街の喧騒を掻き分けるような帰り道。
不意に、アクアはポケットからスマホを取り出した。着信らしい。
画面を見たアクアの表情は努めて平淡だったが、微かに驚いたような色が見える。それだけで電話の相手を察することはできた。なにせ長い付き合いだ。
「悪い」
「おう」
言葉少なにその場を離れ、路地の脇へ寄って行くアクアを見送る。
そうして物問いたげな有馬嬢とルビーちゃんに向き直った。
「という訳でお二人さん、アクア坊のテル待ちついでにちょいとそこでアイスでもどうだい」
「えぇ、さっきケーキとか散々食べたじゃない」
「はいはい! 食べる食べる! ソフトクリームは別腹だから無問題!」
有馬嬢を制してルビーちゃんは道の先に見えるカフェテリアに向かった。
「あの子太るわ。絶対太る。仮にもアイドル名乗ってんでしょうに」
「まあまあそう固ぇこと言わねぇで。育ち盛りの内はなんでも食えばいいのさ」
「出たわね、その若さで全部片付けようとする理論。他人から見られるのが仕事なんだから体形維持は本当に最低限の義務なの。おじさんってホント女の子に甘い……いや中二だったっけ。年下……これが、年下……?」
「そろそろ十五になりやす。いやいやどうかよろしくしてやってくだせぇ有馬の姐さん」
「姐さん言うなし。ぶっちゃけ私はまだ疑ってるからね。ホントは歳誤魔化してんじゃないの~?」
「さあてどうかねぇ。まあ、ご想像にお任せってぇやつよ。ちなみにどうだい、俺ぁいくつに見える?」
「うっざい質問来たわね。合コンのめんどくさい女子か……三十後半」
「おしい」
「おしいの!?」
ほとほと良いリアクションの吃驚顔から一転、むすっとした可愛らしい顔が己を睨め上げる。からかわれたとでも思ったのだろう。
有馬嬢はそのままルビーちゃんの待つショーケースの方へ足を向けた。
己はその背中を、一旦は追わず、電話中のアクアに近寄る。
「ああ……うん、そう。マシラが。ルビーと俺の入学祝だってさ……ふふ、気が早いってのは思った。わかってるよ。本当に受かった時は三人で……拗ねるなよ。はいはいわかったから……ははっ、マシラにヤキモチ焼いてどうすんだよ。うん……うん」
アクアは傍に立つ己をしっしと邪険に手で払った。
今、電話口の向こうにいる者と話しをする時、否応なく綻ぶその顔を見られたくないのだ。
子煩悩であると同じほど、子供のように我が儘を言う。かの娘は相変わらずのようだ。
今少し長引きそうなアクアから離れ、娘子らの後を追った。
「……ん?」
探すまでもなく道端に有馬嬢とルビーちゃんの姿を見付ける。
店先からやや離れた街路樹の傍で、娘子二人ともう一つ。見馴れない黒のジャケットの背中があった。
「だーかーらー! この前言ったでしょ? 私苺プロでアイドルやってて」
「いやいやこうしてまた再会できたのはマジで運命だって。うちなら即デビューできるから」
「……」
雑踏を躱しながら近寄ると、そのようなやりとりを耳孔が拾った。
ツーブロックの茶髪、綺麗に剃り上がった側頭部で、耳には三つの輪がぶら下がったピアス。ジャケットにイージーパンツの出で立ちはスカウトマンというよりベンチャー企業の若手社長のような装いだ。
横顔を見るに三十に手が届くかどうか。取り立てて端整とも言えないが、妙に色気のある目鼻立ち。女遊びには馴れていると見える。
少女ら二人に執拗に迫る様、デビュー云々、そして数日前の出来事を思い起こせば、なるほど。
事情は容易に察せられた。
男の背後に早足で近寄り、その肩に腕を回す。なるべく馴れ馴れしく、なるべく鬱陶しく。
「いよう兄さん! 精が出るねぇ」
「う、お、なっ、なんだお前。は、放せよ!」
「まあまあそう邪険にしなさんな。その子らに用があるんならまずは己が話を伺おうじゃあねぇか。えぇ? そういうこったから、娘さん方は頼むぜ坊よぅ」
「坊って呼ぶな」
とうに異変を察知したアクアが早くも駆け付け、ルビーちゃんと有馬嬢の前に割って入る。
「ちっ、自称アイドルが男連れかよ」
「自称じゃねぇしッ! てんめっこのやんのかこらー!!」
「あーキレるなキレるな。ややこしくなるから」
発奮するルビーちゃんを羽交い絞めにしてアクアが退く。
有馬嬢は戸惑い、不安げに己を見、そしてアクアを見た。
「心配ない。この兄さんとちぃと話をするだけだ。そら行こうぜ。あぁ……
そう囁いてやると男は一瞬驚いたようにこちらを凝視した。
硬直したのをいいことに、首を固めて力尽くで引き摺って行く。
路地に入り、居酒屋を横目に空のコインパーキングへ。放り捨てるように男を解放する。
「痛ってぇ! この野郎……! お前、どこの組だ!? うちの尻持ちが誰か知ってんのかあぁ!?」
「ぷっ、くく、ケツモチと来たか」
素人がやたらに専門用語を使いたがるのはどの
ルビーちゃんの言で苺プロの関係者だと察しが付きそうなものだが。どうもこちらの風貌や所業からして、まさか己がそうだとは思いもよらぬようだ。
実に、好都合である。
「どら、そのケツモチさんも交えて一丁お話し合いと洒落込もうじゃあねぇか。ほれ、電話なりなんなり、さっさとしろ」
「後悔しても知らねぇぞ」
「ちょっ、ちょっと、あ、あれどうすんのよ!?」
有馬が悲鳴のような声を上げた。
人混みに紛れるようにして駅に向かう。広場には交番があるので、万が一敵の“増援”があっても滅多なことにはならない。
マシラが俺に投げた役目はつまるところ引率だ。ルビーと有馬かなを無事に家に帰し、ついでにお前も帰れ、と。言外に押し付けられた。それくらいはわかる。付き合いだけは長い。
理解はするが、それはそれとして腹は立つ。
俺らを逃がして自分一人で荒事を片付けようとしている奴の勝手さが。
だから、こっちも勝手にするまでだ。
「ルビー達は先に帰ってろ。俺らはちょっと遅くなるってミヤコさんに……」
「待たんかいこら!」
ルビーの平手が後頭部を弾いた。大した痛みはないが音と衝撃が頭蓋骨に響く。
むっとして振り返る。
もっとすごい膨れっ面が俺を見上げた。
「また私ってば除け者扱いですかー!? 男同士でこそこそイチャコラと……アクアとおじさんってば昔っからそう! ラバーか? 相棒ってか愛棒ってか!?」
「えっ、あんたら二人って……えぇっ、そ、そういうあれなの!? や、やだもう先に言ってよ……!」
「ちげぇよ。本当にちげぇからやめてくださいお願いします。あと、有馬はなんでちょっと嬉しそうなんだよ」
キラキラと瞳を輝かせて今日一番ときめいた顔をする有馬に引く。
「元はと言えば私があいつを振り切れなかったのが悪いんだし……悪い奴を叩きのめすなら、私も手伝う」
「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ。この場合性質の悪いスカウトの男と中二男子がサシでどっか行っちゃったことの方がやばいから」
「別にそこは心配してない。これがただの喧嘩で、相手が十人までならあいつ一人でどうとでもなる」
「そりゃおじさんだし、それは大丈夫だと思うけど」
「心配しろよ!? 大丈夫なわけ……えっ、なに、私がおかしいの!?」
返答に困る俺ときょとんとするルビーを見て、有馬は至極常識的な狼狽え方をした。
そう、有馬の様子こそ正しい。
俺とルビーは五反田マシラを知っている……藤咲仁を知っている。
加えて、もう一つ。
「十五年」
「は?」
「あいつが自分自身を
藤咲は今もずっと“あの時”のことを悔いている。
自分の死に様をルビーに、俺達に見せてしまったことを。
────二度とあんな目に遭わせやしねぇよ
勝手にそう気負って、奴は今日に至るまで“剣”を振ってきた。
「あの剣術馬鹿がチンピラ如きに負けるかよ」