脳内妄想では地獄が歌う方のわんわん大尉なんだすまねぇ(妄言)
ふと、思う。
タイミング逃したなーと。
深夜を目指して刻々熱気を増す人混みの中を縫うように、オリーブ色のモッズコートを羽織った大きなその背中について歩く。
何度か混雑に紛れて逃げてしまおうかとも考えたが、あの瞬間移動みたいな速さで追い掛けられたら逃げ切れる自信はなかった。なによりめっちゃ恐い。
どうなっちゃうの。私どうなっちゃうの。
「おぉそうだ」
「はい!?」
「己は五反田マシラという。いや名乗りもせずとんだ不調法よ」
「は、はあ……あっ、わ、わたくしめはその、め、MEMと申しますすみませんごめんなさい」
「かっかっ、こいつぁどうもご丁寧に。よろしくお頼み申す。め、めん、め、め、めみゅ…………めんちゃん」
「あ、いえ、MEMちょっす……あああごめんなさい嘘ですめんちゃんでいいです」
「んん、そうかい?」
“事務所”ってことはこの人は十中八九ヤクザ屋さんな訳で。ならさっきの路地裏での一件はヤクザ屋さん同士のOHANASHI合いな訳で。
その遣り取りを目撃してしまった私は、これから口封じの為に事務所で詰められるのだろう。いや最悪の場合は。
「……コンクリ詰め……東京湾……そ、それとも山奥に埋められて……」
「お、いたいた。あの車だ」
「……は!?」
そう言って彼は通りの先で停車した黒いワゴン車を指差した。
「ハ、ハハハイ○ース!?」
「いや? ありゃア○ファードだと思うが」
遂に、遂に私ハイ○ース(動詞)されちゃう!?
齢2
くお、しまった。もう随分ご無沙汰だから……。
「今日下着上下違うやつだしぃ!!」
「??」
五反田さんは不思議そうに、くずおれる私を見下ろした。
解るまい。この乙女の微妙な慟哭。どのような状況であろうと可愛くありたいという、それは謂わば心意気。
…………今まさに手篭めにされそう、って点に目を瞑っていいのかはさて置き。
「かっかっ、まあまあそう怯えんでくれ。信用してくれなどと言えた義理じゃねぇが、なぁに
そう言って、彼がドアハンドルのスイッチに触れようとしたその時……電子音を鳴らしてパワースライドドアが独りでに開いた。
室内灯が点る。開け放たれた後部座席から、光を背負ってずずいと。
女の子だった。セミロングの金髪をサイドテールにした可愛い子。
可愛い、はず。
「ぃ、よう、ルビーちゃん」
「…………」
腕を組んで物凄い尖った眼差しで五反田さんを睨め下ろす少女の顔はさながら般若面。
え、めっさこわい。
「どうしたのかな。俺ぁてっきりもう家へ帰ったものとばかり思ってたんだが」
「へー、私が帰らないと不都合なことでもあった?」
「いやいや滅相もねぇ。ただ、その、なんだ、夜も更けてきたことだし、お若いお嬢さんがいつまでも歓楽街を出歩いてちゃ危なっかしいと思うてな? 己のような頭の古い人間は余計に心配しちまうもんなのさ。なんせルビーちゃんは街中でスカウトされっちまうくらいに美人だ。なぁ?」
「はえ? あ、そっすね」
曖昧に頷いておく。
てか五反田さんめっちゃ口数増えたな。
対面の女の子、ルビーちゃん? は五反田さんの言葉を聞いて片眉を上げた。
「あーなるほどー。夜は危険だもんねー。だからその辺歩いてた可愛い子ナンパして車でお持ち帰りしちゃっても仕方ないもんねーへーそーですかー」
「猛烈に人聞きの悪いことを」
「えっ、これナンパだったの?」
「お前さんも真に受けるんじゃあねぇよ……後ろ暗い場に居合わせちまったんだ。まだその辺りに“鼠”がうろついてるとも限らん。事情を言い含めるついでに車でさっさと送り帰しちまおうと思ってだな……うぅむ、皆まで言っちまうといかにも間抜けだねぇ」
「恰好つけたいからって必要な説明省く方が間抜けだと思いますけど?」
「いやまさにご尤もで」
ぴしゃりと言い切られて、五反田さんは恭しく頭を垂れた。
ふと、後部座席の奥ではもう一人、金髪の若い男の子が座っている。何故か背もたれに触れないよう背筋をピンと伸ばして。
視線は真っ直ぐ前方に注がれたまま動かない。いや、今ほんの一瞬だけこちらを。
「お兄ちゃん、私動いていいなんて言った?」
「……動いてない」
「今ちらっとこっち見たでしょ」
「見てない……です」
ルビーちゃんは一度も振り返ることなく言った。
背中に目が付いてるのだろうか。
「とりあえずおじさんも乗って」
「御意」
「はじめまして! MEMちょ!? MEMちょだよね!? わぁ本物だー! こんなところで会えるなんてすんごい偶然! 感激だよー! さ、どうぞどうぞ。ちょっと狭いけど寛いでね。アクアもっとつめて」
「お、おぉう。ど、どもです」
中国伝統芸の変面も斯くやとばかりの豹変ぶりで、ルビーちゃんは満面笑みを溢れさせた。
両手で握手され、その勢いのまま車に導かれる。
あれよあれよと、私は逃げる隙を失ったのだった。
“事務所”の休憩スペースの固い床に男子が二人、並んで正座している。
その前に仁王立ちして、かれこれ一時間ルビーちゃんのお説教が続いている。今のところ終わる気配は見えない。
私はソファーで二杯目の紅茶に口を付けながらその光景を眺めた。
うん、ホントだ美味しい。
「…………ってここ苺プロダクションじゃん!?」
私の遅すぎる理解に、ツッコミを入れてくれる人はいなかった。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
予感のようなものを覚えて慌てて画面を確認する。そしてそこにはやはり。
「もしもし! 大丈夫!? け、怪我とかしてない!? 今どこに!? ……渋谷警察署? 警察に……そっか、保護してもらえたんだね……あぁ、無事なんだね。ホントに……よかった……よかったぁ……!」
後輩ちゃんは、思った以上にケロっとした声音で今夜の出来事を興奮気味に、早口に喋り出す。
「警察署なんてはじめて? 言ってる場合か!? ホントにっ、ほんっとーに心配したんだからね!? だって、電話途切れて、酷いことされたんじゃないかって……えっ、助けられた? ヒーロー? いやいやちょい待ち、待ってってばなんの話……侍みたいな喋り方の男の人? 侍……?」
何故か、ごく最近身に覚えが。
ふと部屋の中央を見やればそこで。
「だいたいいい年したおじさん達が大はしゃぎで悪人退治とか馬鹿なの!? こう、年甲斐とかさあ……あるでしょ!?」
「へい、いやいやまったくもって」
「仰る通りで」
「…………」
おぉ可愛い後輩ちゃんや。
君の言う救いのヒーローさん達は今、揃いも揃って女の子からガチめの説教を貰っているよ。