「アイドル志望?」
「う、が……は、はい、端的に、言葉にして申し上げると、ですね……そう、なりますです」
とあるカラオケルームのソファー席で肩身を縮め、
「なんか訳ありな感じね。脛に傷でもある?」
「んんんん゛、まあ、なくも、なく……あっ! 言っとくけど前科とかではないからね!?」
「ロリ先輩がここぞとばかりにデリカシー皆無」
「こういう時はこれくらい明け透けで無神経な方が話が早いだろ」
「相っ変わらず私に対してだけ衣を忘れる歯ぁしてるわよねこの兄妹」
「この坊めらなりの親しみというやつでな。いやはやすっかり懐かれたもんだなぁ、有馬の姐さんよ」
「…………うぅ嬉しくないわよ! あと姐さん言うなし」
件の悪徳アイドル事務所の実態が暴かれ、数々の略取・誘拐、詐欺行為、恐喝、暴行の邪悪な事実がテレビニュースやネット記事となって巷間を騒がせる一方で。
アクアとルビーちゃんは晴れて陽東高校に合格し入学を果たした。
本日早々と初登校をこなした放課後、こうして五人落ち合っている。
集合場所にカラオケボックスを指定したのは、人目を嫌った有馬嬢であった。
「でもこの大人数なら別に普通の喫茶店とかでもよかったんじゃない?」
「甘い! このクリームあんみつより甘い! ってかクリームがくどい。古いやつ使ってるわね。ぎっとぎとじゃないこれ。フルーツは新鮮じゃないし餡の舌触りも悪いし……前に銀座で食べたのとは雲泥の差」
「カラオケのやっすいフードメニューを一体どこと比べてんだよ」
「かっかっ、有馬嬢は舌が肥えてらっしゃる。ここの食い物もなかなか乙なもんだぜ。親しみのある味だ。旨いかどうかはともかくな」
「じゃはい、私要らないからあげる」
「嫌いなものお父さんに押し付ける子供か」
「……ぴんと来ないわ、その喩え……とにかく!」
有馬嬢はスマホを印籠の如くに掲げ、そうして画面を叩く。
電子的に作られたシャッター音が鳴り響く。
撮影された画像は、テーブルを挟んで座る四人の姿。ルビーちゃんとメムちゃんは即座にピースサインで応じている。ぼんやりと阿保面でカメラを見上げるアクアと己などとは比べ物にならぬ対応力。これが所謂ファンサとかいうやつか。
「誰でも気軽に情報発信できる現代の芸能人は特に油断大敵。好き勝手に曲解と偏見が真実みたいな顔して独り歩きする恐怖をあんたらは解ってないわ」
娘の言をして神経質、などとは言うまい。この場合、駆け出しとはいえ芸能人たる自覚のないアクアとルビーちゃんの方が問題なのだろう。
さても、此度の議題は星野兄妹のプロ意識向上についてではなく、メムちゃんの切実な心底よりの夢の話。
傾聴の姿勢はそのまま、残飯処理の為に匙を取った。わざとらしいまでの餡の甘さが口中を満たす。うむ、次は頼むまい。
「あ、いいこと思い付いた。ユー苺プロに来ちゃいなYO!」
「はへ!?」
この場においては紛れもなく鶴の一声。非の打ち所のない完璧な救済案を出してくれたので、議論は終了した。
むしろ食い下がったのは、一応恩恵を受ける形のメムちゃんの方だった。
「いやいやいやいやそんなあっさり!? というか勝手に決めていいもんなの!? アイドルアニメの導入くらい軽いけど!?」
「のーぷろぶれむ! 新進気鋭ルビーと愉快な仲間達(仮)は現在ユニットメンバー募集中だよ」
「募集中というか、今のところ何一つ企画の進行がない自称アイドルの戯言だと思ってででででで痛ってぇなちくしょう!?」
ルビーちゃんは晴れやかな笑顔のままアクアの内腿をつねり上げた。
天下の苺プロ、その泣く子もはしゃぎ出すアイドル部門に籍を置いたりとはいえ、ルビーちゃんは今のところデビューに向けたレッスンだのボイストレーニングだのをこなす研修生。活動実績は無論無く、斉藤夫妻がその売り出し方を四苦八苦企画検討している真っ最中だ。
「現状青写真もねぇ真っさら白紙とくりゃあ多少融通も利くだろう。むしろ賑やかになっていいじゃあねぇか」
「別にメンバー増やすのが悪いとは言わない。ただその場合、事務所の所属とか雇用契約の話になる。MEMちょはその辺り、大丈夫なのか?」
「あ、うん。私これでも個人事業主だから。苺プロに拾って貰えるならむしろ願ったり叶ったりというか……い、いいのかな。ホントに、私なんかがあの、び、B小町と同じ事務所に……?」
そうやって遠慮する様はいじらしいが、躊躇の原因はどうやら別にある。
「ふむん、アイドルをやる上でなにやら不都合を抱えていると見た」
「ギクッ」
「……そいつは、もしやして法に触れるようなことかな? 荒事厄介事の類なら、俺達で多少は力になってやれんことも」
「ち、違う違う! そんなこの前みたいな危ない話じゃないから! マッシーはステイしててOK、むしろ動かないでくださいお願いします」
慌てふためいて両手を振るメムちゃんの隣で、ルビーちゃんが膨れ面で己を睨む。
無言の応酬の傍ら、知らんぷりでコーヒーを啜るアクアの脇腹を小突いてやる。
有馬嬢は心なしか不満気に、そんな我らの遣り取りを流し見ていた。
「その、決して、ね? 大事ではない、はずで。そりゃ犯罪グループと大立回り! に比べたら全っ然深刻な話じゃない……さ、些細な問題が、一つありまして……」
「なんか奥歯に物が詰まったような物言いね。十人だかを病院送りにした犯人がそこで暢気にあんみつ食べてんだから、ちょっとの秘密くらい暴露したって誤差よ誤差」
「微妙な乙女心なのぉ! うぅううぅうルビーちゃん! お耳を拝借」
「え? うん」
手近な味方であるルビーちゃんの耳に唇を寄せてメムちゃんは囁く。
「んんん? お、おぉ、そうなの!? え、うそぉ、全然見えない……ほあぁそうなんだぁ。へぇ」
「うぐぅ、純なリアクションが痛ぇよぅ」
ルビーちゃんのなんとも奇妙な感嘆の声に、メムちゃんは再び肩身を縮めた。
「大丈夫だよMEMちょ! 誰がどう見てもMEMちょは可愛い可愛いJKだよ! むしろ萌える! より推せる!」
「うぅ優しみがあったかいけど辛ぇ」
「それに」
ルビーちゃんは己の方を指差して、晴れやかに言った。
「見てこのおじさん。この人MEMちょの10コ下だけど、完全にMEMちょが年下だもん! もう空気感からしてぴっちぴち」
「じゅ、え? じゅ……え?」
メムちゃんが己を見詰めたまま凝固する。その姿はみるみる漂白していき、ただただ口からは「じゅ、え」と同じ音を繰り返す。それは壊れた蓄音機に似ていた。
賢しい有馬嬢とアクアは早くも事の真相を察して、なにか曰く言い難い、実に大人の表情をしていた。
ルビーちゃんだけがただ無邪気に、メムちゃんの肩を抱いて元気に頷いている。新メンバー加入を心から言祝ぎ、歓迎して。
己はといえば、なにか気の利いた言葉の一つ二つを脳内に探し、探し、探しあぐね。
探し疲れて諦めた。
「みかん甘いぞ。ほれ、メムちゃん、あーん」
「じゅ……あまい」