推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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経験則

 

 

 

「話が纏まったんなら、今度は私の要件を済ませたいんだけど?」

 

 しおしおと落ち込むメムちゃんをルビーちゃんと共に慰めること30分。

 機を見て口火を切るは有馬嬢。両肘を抱き足を組み、さも横柄に振る舞う。自分は強気である、というそれが娘なりの演出なのだろう。

 その宝珠のような瞳が一心に見据えているのは、アクアである。

 

「俺に? なんだ」

「……」

「……おい、黙り込むなよ」

「だって……」

 

 自ら演じた強気な人物像(キャラ)から一変して、有馬嬢はおどおどと視線を彷徨わせた。それは己、あるいはルビーちゃんやメムちゃんを周遊し、そうして結局アクアに終着する。ややもすれば、縋るような。

 ならばここは一つ。

 

「ルビーちゃん、夕飯の買い出しに付き合ってくれんか。うちの婆さんに頼まれてな。ついでに食っていくといい。どうせ今夜もお前さん達の“母御”は宵っ張りで帰りが遅かろう」

「え? う、うん。ならアクアも」

「アクア坊は有馬嬢とナシ着けてから来い。おぉなんならメムちゃんもどうだい? 晩の当てがねえんなら家においで」

「およよ、いいの? 何を隠そうご飯のお誘いは遠慮しない主義ですが」

「結構結構。たらふく食ってってくれ」

 

 ぐずるルビーちゃんを宥めてソファーを立つ。

 カラオケルームから出る間際、擦れ違いに有馬嬢の小さな声が耳孔を擽る。

 

「……ありがと」

「ふふ」

 

 振り返らず軽く手を振って、俺はそっと扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 ルビーちゃんはそのむすっとした顔を見られまいとしてか、大股に先頭を歩いた。

 夕飯時にはちと早い。しかし日没の早さは春先だろうが相変わらず。肌身に纏わり付く寒気の鋭さもまた同じ。

 肩を震わせるそんな己を隣を歩くメムちゃんが見上げてくる。

 

「マッシーってばよかったのー? ああいう援護射撃」

「援護ぉ? 俺が? 有馬嬢にかい?」

「いやいやそうでしょ。有馬ちゃんの態度ってすんごい露骨だし。初対面の私がわかるくらいだし。ルビーちゃんは現在進行形で激おこだし~……まさかマッシー、気付かずにやっちゃった?」

「年頃の娘さんの複雑な心情を慮るなんざこの爺めにゃとてもとても……」

「う、胡散臭い」

「と、冗談はさて置いて、有馬の嬢ちゃんとアクア坊にゃちょいと因縁があってな。いやいやなにも物騒な意味じゃあねぇ。昔共演した折から、嬢ちゃんが坊に役者として一目置いてるってぇ話でな」

 

 有馬かなという女優は役者業に並ならぬ信念を備えた少女だ、とはアクアの見立て。

 

「その受け売りから斟酌してだ、あの思い詰めっぷりからすると今回はおそらくその仕事の話だろうと、まあ粗忽者なりに察してみたのさ」

「お、おぉう、そんなぷろふぁいりんぐをあの一瞬で……」

「かっかっ、そんな大層なもんじゃねぇよ。それに本業役者同士が膝突き合わせて話をするとなりゃ、アクアにとっても悪いことじゃあるめぇ」

「……ならおじさんが同席でもよかったじゃん」

 

 くるりと振り向いたルビーちゃんが己に詰め寄って言った。

 ぷりぷりとした怒り顔が懸命に睨め上げて来るが、生憎と受ける印象は愛らしい以外にない。

 ルビーちゃんの抗議はある意味正しい。

 

「えっ、マッシーって俳優さんだったの?」

「事務所にそういった仕事が入れば受ける、ってぇだけのこった。近頃はとんと芸能関係の仕事は閑古鳥よ。かっかっ」

「……実際んとこさ、マッシーって何者? 苺プロ所属のぉ、タレントさん? なんだよね?」

「んー、まあ早い話が」

 

 

 

 

 

 

 

「なんでも屋ぁ?」

「そうなる。現状あいつがやってることを言葉にすると」

 

 有馬は素っ頓狂な声を上げて、そのまま微妙な顔になる。驚いたような呆れたような、どちらとも取れる表情。

 有馬の要件はシンプルだった。

 現在放送中のネット配信ドラマ『今日は甘口で』への出演依頼。そして、その撮影現場と作品が抱えている様々な問題について。その苦悩について。

 俺は、然程逡巡もせず依頼を受託した。別に同情や義侠心を拗らせたからではない。自分が非才の身であることはこの二度目の十数年で嫌というほど理解した。それでも、今この歳になっても、この世界にしがみついている自分がいる。

 監督の下で、映像製作の手解きを受ける傍ら、演技を鍛え続けた。

 決して手放しに賛美されるような業界じゃない。そこは陰険で凶暴な弱肉強食の競争社会だ。

 それでも。

 俺はわりと純粋に、役者業にのめり込んでいた。いつの間にか。

 それは、おそらく、顧みるべき憂いや迷いが消えてしまった所為なのだろう。

 “復讐”

 そういう妄執を、あいつが吹っ飛ばしてしまった。

 才能の無さに日々四苦八苦しながら、芸能人星野アクアはここにいる。

 人として当たり前の苦悩、ありふれた努力と普通の挫折と、ほんの刹那の成功を夢見て。

 あの馬鹿は、それを馬鹿みたいに喜んだ。夢を追う俺を、ルビーを。

 

「芸能関係の仕事“も”やる。依頼があれば人捜しでも失せ物探しでも、交渉、仲裁、ご近所トラブル、ペットの世話……子守りは今のところないな。俺らに黙って、苺プロで事務仕事なんかも手伝ってたらしい。義務教育真っ最中のガキがアルバイトって訳にはいかないし、親戚の縁故っていうか、子供のお手伝いの体で」

「体て」

 

 書類作成や備品の発注、電話応対等、デスクワークは警官時代に嫌というほどやってきた……とは藤咲の言。

 

「スタッフを揃える暇がないのに繁忙極まってた時期だけな。うちは一人、アイドル業界で桁違いの成功をやらかした人がいるから」

「あぁ……」

「あ、前に企業向けのアパレルモデルなんかもやってたな。あいつ無駄に身長あるから、ホント無駄に。くそ」

「なんでちょっと悔しそうなのよ……あんまり高過ぎても困るんじゃない? こう、隣に並んだ時、その、バランスとか……わ、私は! アクアくらいがいいと、思うけど」

「?」

「ん゛ん゛……それで、要するになに? 役者は腰掛けで実態は便利屋稼業ってわけ? マルチタレントって言えば聞こえはいいけど」

 

 有馬は露骨に気分を害した様子だ。

 自分の本業、生業……人生を懸けてきた世界。それをまるで片手間の作業のようにこなされるのは、なるほど我慢ならないのだろう。

 けど。

 

「別に弁護するわけじゃないが、あいつは受けた依頼を蔑ろにするような男じゃない」

「十分弁護じゃない……死に物狂いで努力して、それでも日の目を見られない人間が五万といるのよ、この業界は。一足の草鞋で棘の道を歩いてるのに、何足も履き潰して平気な顔してる……厭味の一つも言いたくなるわ」

「……そうだな。有馬の言うことも尤もだと思う」

 

 俺はスマホを取り出して、映画のサブスクリプションアプリを起ち上げた。

 お気に入り一覧からとある作品を選び、タップする。

 画面を差し出すと、有馬が目を瞬いた。

 

「なに、これ……?」

「小説原作の時代劇。少し前に国内で助演女優賞以外の賞を総なめにした」

「いや知ってるわよ、それくらい。畑違い過ぎて流石に見たことはないけど。監督は国から勲章だか褒章を授与されるような超ベテランで役者陣も全員主演を張れる一線級。所謂、ストレートど真ん中の名作ってやつね。今の私じゃ到底呼ばれないような……って、まさか」

「ああ、これにマシラが出てる」

「はあ!?」

 

 

 

 

 

 夜。

 けたたましいまでの虫と蛙の声。湿気が目に見えるかのような濃密な闇。

 その闇間を、着流しの男が駆け抜ける。

 上役から理不尽な切腹を命じられた武士が、あろうことを上命を拒んで脱藩を企てた。

 必然の仕儀、罪人には追手が掛かる。

 夜道の先にて立ち塞がる一人の若い侍。

 名乗りもせず、若者は鞘を払って白刃を表す。

 

『藩命である』

 

 侍は一足、上段から斬り掛かった。

 闇黒に一閃、鈍い銀が奔り、裂く。

 対する脱藩武者が動く。鞘を握り、転身。鮮やかに斬撃をやり過ごし、柄に手を掛ける。

 一撃目を躱されたとて若侍は止まらない。引き足を打って振り返る上体の回転をそのまま横一文字の打ち込みへと転化。

 着流しの胸元、衿が浅く切り裂かれる。

 それは偶然ではない。仕損じたのだ。

 抜き打ち。一足一刀よりさらに深み、所謂懐の間合。鞘走り、遂に露わとなった白刃が若侍の首筋を捉えた。

 切断には至らず、皮膚に食い込んだ刃を男が振り抜く。

 字義通りの撫で斬り。

 若侍は首筋を抑え、半歩蹈鞴を踏んで、地面に崩れ落ちた。

 死。

 死んだ。生命が一つ、潰えた。流れ出る血潮と同様にゆっくりと命だったものが闇に溶けて、消える。

 死闘の終着。

 逃げ去る足音が夜闇を遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 有馬はそのワンシーンを食い入るように見ていた。

 特に、崩れ落ちる若侍の死に様を。

 

「……」

「……どうだった」

「演技は正直、平凡。このたった一言だけでも個性を出せる役者は他にいくらでもいる。でも……この殺陣、ワンカットで撮り切ってるのね。この監督が半端じゃないリアリティ志向だっていうのは聞いたことあるけど、こんなに生々しいんだ……その期待に、こんな応え方……」

 

 有馬は吐息した。それは確かに、感嘆の響き。

 

「こんな、死の演技……私には絶対にできない」

「……っ」

「すごい……本当に、ふっつり息絶えて、魂が抜けて……それこそまるで、まるで……経験したことがあるみたいに」

「────」

「アクア……?」

「……あぁ」

 

 緩慢に返事をする。

 有馬は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

「ちょっ、どうしたの? 顔、真っ青よ。だ、大丈夫? 気分悪い? お水飲む? ほら」

「悪い。ありがとう」

 

 あわあわする有馬の姿に少し落ち着く。

 受け取ったグラスを一気に呷った。

 まったく、情けない。

 

(まだ慣れないのか俺は。もう十五年も経つんだぞ)

 

 何年経っても、堪える。

 あの男の死に様は今もこんなに生々しく、俺の脳にこびりついてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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