春の夕空。
茜色に染まる校舎に吹き抜ける爽やかな春風が新しい季節の巡りを告げる。
即ち、恋の季節を。
『今からガチ恋始めます』
煌めくタイトルロゴ。ハートマークで彩られたそれが過り、シーンは切り替わる。
新シーズン開幕。
今回の気になる八人のメンバーは。
ファッションモデル 鷲見ゆき
ダンサー 熊野ノブユキ
女優 黒川あかね
バンドマン 森本ケンゴ
ユーチューバー MEMちょ
容姿端麗明朗快活。瑞々しい空気感の中、また一人教室に少年が訪れる。
自然なミディアムショートの金髪。あるいは女性的にも見える瓜実顔で大きな両瞳が輝かしく夕陽を映す。
「星野アクアです。うわっ、すご。カッコいい人と可愛い人ばっかだね。うぅ緊張するな。よろしく」
「あっはは、アクアくんだってめちゃイケメンじゃん」
「ちょ、やめてよ。照れるから」
「えーなにその純なリアクション! かぁわいい~」
和気藹藹、自己紹介もそこそこに会話が弾む。
そこへ、おずおずとした足取りで少女が歩み寄っていく。
「こ、こんにちは……」
『こんにちはー!』
「……」
全員から返ってきた挨拶に少女はややたじろぐ。
ただ一人黒川あかねだけが、彼女に対する反応に乏しかった。あるいは、感情を選びかねて。
教室の只中、寄せ合った学習机の傍に彼女は佇む。特徴的なグラデーションボブヘア。紺のセーター、紺のリボン、紺のベレー帽、寒色に統一された装いの中で、マゼンタの髪色がその甘い顔立ちをビビッドに飾る。
「有馬かなです。ひゃー! 今ドラマの現場よりも緊張してる! よ、よろしくね!」
「あー! かなちゃん!」
「うっそ、超有名人だ!」
「本物だー! サインください!」
「あとでねー。ふふふ」
素直な歓声に満更でもない様子で手を振り返し、かなはアクアの隣の席に着く。
そして二人はひどく、ひどくにこやかな笑みを交わす。
「わぁ! 役者仲間と一緒なんてすげぇ嬉しい。なーんか安心した」
「私もー! これからよろしくねー。ア・ク・ア・く・ん」
────覚えてろよこの野郎
────念願の仕事だぞ有馬。笑顔、笑顔で
腹の底になにやら黒々と渦巻く少女を、根性のテレパシーで宥める少年。
幸いにして、そんな二人の心象的攻防に気付く者はいなかった。
なにがどうしてこうなった。
有馬かなは切実に今日この場にまで至った顛末を思い、呪う。
アクアは、若干の罪悪感を覚えながら道連れの存在に安堵もしていた。この若者空間に(中年が)一人で放り込まれるのは流石にキツいと。
そして二人は同時に考えた。
我々がこんなところに来る羽目になった元凶たる男を。
この世で最も恋愛リアリティーショーなんてものが似合わないだろうあの。
あの伊達男気取りが。
「あ、あれれー? おかしいなー? なんだか少ない気がするー」
「それ、それ思った。今季は確かもう一人いる筈だよなぁ?」
「あ、ホントだ。一人足りない」
「メンバー八人って言ってたもんな」
「さっき待機場所にもいなかったし……あぁ! サプライズみたいな?」
「第一回目から変化球だねぇ」
画面の端にスケッチブックのイラストが現れ、そこには天の声(スタッフ指示)が書き込まれた。
『校舎裏に全員集合』
七人が顔を見合わせ、首を傾げる。
「最後の一人がそこにいるのかな」
「なんかこれあれだ。ホラー映画の導入みたい。行方不明の参加者がこの後死体で発見されて……」
「ちょっ、やめてよ。私恐いのダメなの」
「はあ? ゆきって可愛すぎかよ。こんなん守りたくなっちゃうじゃん」
「うるさいぃ。そんなの褒められても嬉しくないから」
「でもホントーは?」
「……ちょっと嬉しいかも」
隙あらば差し挿まれる色に惚けた会話を愛想笑いでどうにか聞き流すアクアとかな。
教室から出立した一行は、指示カンペ通りに中央校舎を渡り廊下を抜けて裏庭へ。
『今日あま』のクランクアップ後、番組プロデューサーである鏑木からの恋リア出演交渉を承諾したのは無論アクアの本意ではない。恋愛リアリティーショーというものに対する偏見もまた理由の一つではあるが、自己の適性を考慮した上で自分が参加することで番組の質的向上に貢献できるとは思えなかったのだ。
心情的にも合理的にも『今ガチ』への出演は沙汰の外。
だというのに、あろうことか、あの男にまで出演依頼が回っているとは。
(絶対まともに終わらないぞ。プロデューサー、いや今回はその上の役員か。今までにないとか型破りなとか視聴者層の厚み増やすとかすげぇよいちいち全部現場知らないお偉方の見本市だよ……馬鹿なのか)
ノウハウが蓄積され、ある種形式化された長寿企画は成果の判断基準が新番組とは異なる。
数的に言えば、横ばいがベストなのだ。
前年比と多少前後したところでそれは視聴者たる中高生が進級し年齢を増して新しい世代に入れ替わったに過ぎない。客の出入りという意味ではプラマイゼロ。
また恋リアに客が期待するものとはとりもなおさずお約束のベターな恋愛エンタメであって、どんでん返しありちゃぶ台返しありのビックリ映像ではない。いや当然と言えば当然の話なのだが。
テンプレートを崩すなら、今までの固定客を手放す覚悟が要る。
局の上層部が果たしてそれを理解しているのか、アクアには知る由もなかった。
(鏑木Pも大変だな……)
(そのP直々に賜ったブレーキ役はご自分お一人でおやりになられたらよろしかったんではなくてぇえええ???)
校舎裏までの道すがら、潜めた声で有馬かなが怨嗟を吐く。笑顔かつ口の開閉も最小限度。少女はとても器用なのである。
打ち上げの立食パーティーの場で、シャンパン片手の鏑木Pによる恨み節に付き合わされたアクアも大概だが、一番の被害者は紛れもなくかなである。
子役上がりの演技派女優。やや干されたといえどその矜持は未だ死んでいない。ドラマとも、かといってドキュメンタリーとも呼べない、誰が呼んだか恋愛リアリティーショー。役者たる自分が、仕事欲しさに妥協する場がここなのか、と。
傲岸不遜に、心底より真剣に有馬かなは苦悩する。
それでも、どうにかこうにか現在その精神が辛うじて安定を見るのは、おそらくは同僚の存在があるからだ。
俳優星野アクア。
そして……女優黒川あかねが、ここにいるからだ。
その事実をかなは断じて認めないが。
(契約書を交わした以上はもう逃げられない。覚悟を決めろ、有馬かな)
(偉そうに言うな……あああああ今日あまにあんた呼んだばっかりにいいいいい)
(交換条件にしては高く付いたなー)
(ホントにね!?)
(それからこれは純粋な忠告だ。覚悟が要るのはこの番組に対してじゃあない)
(この期に及んでまた不穏なこと言い出さないでよ)
(あの野郎がなに仕出かすか、仕出かしたとしてどう収拾を着けるか。俺達の奮戦に懸かってる。番組が終わるか。それとも笑って最終回を迎えるか。ある日突然ディレクターが飛ぶか)
(不穏過ぎる。特に最後)
不安しかない。
アクアとかなは今(力一杯不本意な)運命共同体なのだ。
「なんかさっきからアクアくんとかなちゃんすっごい近くない?」
「お、抜け駆けか? アクア純情っぽく見せて実は超ぐいぐい系? やるねー」
「ちょ、そんなんじゃ。そりゃ、まあ、かなは可愛いけどさ……」
「う、マジっぽい反応しないでよー。か、勘違いしちゃう……」
「ひゅー! 始まったばっかりなのにもうカップル成立しちゃう!?」
それらしいリアクションを演じ切る二人に周囲も囃し立てる。
かなは、そこから一歩身を引いて自分を見詰めるあかねの視線に気付いていた。
落ちぶれたりと笑わば笑え。
(上等よ。乗り切ってやろうじゃない。このくっそめんどくさい舞台……!)
己が役者魂に喝を入れて、かなは覚悟を新たにした。
裏口の扉を開き、校舎裏に出る。
表玄関や中庭と違い、そこには酷い荒地が広がっていた。
「うぅわ草ぼうぼう」
「わー、虫とかいっぱいいそうだね」
「えっ、やばいやばい無理無理無理。俺虫ダメなんだよ」
鬱蒼と手付かずの草叢を前にして男子が軒並みたじろぐ中、ゆきやあかねは物珍しそうに屈み込んでノイバラの白い花弁を喜んだ。
「この校舎、表は綺麗に整地されてたのに、ここはそのままなんだね」
「手入れする人は大変だ」
「この状態から草むしりしたり防草用の砂利を敷いたり、費用も馬鹿になんないでしょうね」
「うむ! 良い目の付け所よ。流石は有馬の嬢ちゃん」
「!」
伝法な語りで、鋼のような粘りと深みをした男の低い声音が少年少女達の背を打つ。
その場の誰よりも早くかなが、そしてアクアが息を呑みその方角へと振り返った。
さあ、一体なにをやらかすつもりだ。一筋縄ではいかないと、先刻承知だ掛かってこい。
そこにはやはり思った通り、長身に一見して痩躯の五反田マシラが────
「ンベェ~」
真っ白いヤギをリードで連れて、ツナギに軍手に麦わら帽子。
異様に似合う作業着姿。完全防備の男が笑む。
「揃ったな皆の衆。では一番、草刈りから始めるとするか!」
「「なんでだぁぁああああああ!?」」
アクアとかなの絶叫が、廃校全域に轟いた。