「私……もう今ガチやめたい……!」
茜に染まる校舎を仰ぎ、涙ながらにゆきは言った。
その場に集まったメンバー全員がどよめく。
中でも一番に動揺を露わにしたのはノブユキだ。
「なんでっ、ゆき……どうしてだよ。キツいこともいろいろあったけど、俺と、俺達とゆき皆で頑張ってきたじゃんか! プランターのトマトだけじゃなくカブもクレソンももうすぐ収穫時期だ。安納芋の植え付けの時、これでスイートポテト作ってもらうんだってあんなにはしゃいでたのに」
「楽しみだった……お芋のタルトも食べたかった……でも、最近学校でね、皆が言うの。『お前が出てるあの番組あれ恋愛リアリティーショーじゃなくね?』って……それに、収穫期の早い野菜ばっかりじゃなく、ちゃんと一年間腰を据えて土選びから真剣にやれって……私なりに真剣に取り組んでたつもりだったけど、やっぱり無理なんだよ。プロの目から見たら、私達素人の家庭菜園なんて、ただのお遊びに見えちゃうんだ……!」
首に掛けた冷感タオルで、ゆきは涙を拭う。
「その上、男子がからかってくるの。うちの実家の嫁に来ないかって……私に、白菜農家のお嫁さんなんて荷が重いよ……虫害恐いよぉ!」
「葉菜類は虫の好物だもんな……」
「私の友達の実家がキャベツ農家さんでさ、その子がよく愚痴ってたよ。皆が綺麗とか可愛いとかほざくあのモンシロチョウを見る度に絶滅させたくなるって」
ケンゴの言葉にMEMちょは染々と頷いた。
ゆきは塗装を終えたニワトリ小屋に手を添え、深く俯く。
「農業がこんなに大変なことだったなんて、私知らなかった……」
「俺もだよ。普段食べてる物が全部、こんな苦労して作られてるなんて想像もしてなかった。なにもかも手探りで、上手くいかないことの方が多い……でも、俺、楽しかったぜ。なんでだと思う? ゆきと一緒だったからだ!」
「! ノブくん……」
「おうい、早めの晩飯だぞガキ共。今日は玉子とトマトのソテーだ」
「やったー! 私それ大好き!」
ゆきは喜色満面飛び上がった。
ニワトリを両脇に抱えたマシラが微笑む。
「コッコとジロとハナコとジュリエッタとヤサブローが今朝産んだ卵も使うぞ」
「ホントに!? 絶対美味しいやつ! コッコー! あなたの愛をこれから美味しく頂くからね~いたたたたたたたたたた」
そうしてゆきは自分の足下を過ろうとした一羽の雌鶏を抱え上げ、頬擦りしようとして無茶苦茶突っつかれた。
「……」
「まあ、ドンマイ」
「ダイジョブダイジョブ脈はあるから! ……今は食欲が勝ったけど」
ケンゴとMEMちょは、ノブユキの肩をそれぞれ叩いた。
少年の背中はちょっと煤けている。夕焼けの所為かもしれない。
中庭に設けたキッチンセットに三人で並び立つ。
青いエプロンのアクア、赤いエプロンの有馬嬢、そして白い割烹着の俺。
「うい、では早速トマ玉ソテーを作っていく。具材のトマトは屋上のビニールハウスで今朝獲れた早熟、そしてタマネギの方は近所の農家さんのご提供だ。皆の衆ちゃんとありがとう言ったかぁ!?」
『ありがとーございむぁーす!!』
「島原農園さん本当にありがとうございます。その糖度はなんと10度! 苺並に甘くて瑞々しい
立て板に水の宣伝の後、有馬嬢とアクアが画角の下方を二人して指差す。
数秒してディレクターからOKサインが出る。
「そしてはい、今晩のトマ玉ソテーですが、材料は例によって画面端に垂れ流してるのでそっちをどうぞ」
「いつも通りの説明ぶん投げありがとーアクアくん。カンペ読み上げるくらいはしてほしかったわー」
有馬嬢の厭味を聞いてか聞かずか、アクアはクーラーボックスからジップロックを一袋取り出した。
「えー、こちらは昼間にノブユキとケンゴと山で採って来たフキです。ちなみにこれ、どうやって灰汁抜きしたと思う?」
「さあ興味ない」
「なんと重曹を使ってるんです」
「で?」
「重曹を、使ってるんです」
「噛んで含めるように言えば私がリアクション変えると思ったか!? 言っとくけどねぇ! 私の周囲でそのネタ引っ張ってんのあんたとあんたの妹だけだかんな!?」
「心配するな有馬。ネットでは大人気だ。重曹は生活の伴。なくてはならない名バイプレイヤー。いや主役と言っても過言ではないね、って俺は言いたい訳さ」
「おちょくりてぇだけだろ? おぉ??」
「ほー、プランターといえど馬鹿にはできんな。あむん……俺ぁこのくらいの酸味が好きだねぇ」
「あっこらマシラてめ。数少ないトマトを!?」
「ごるぁ!! ちゃっかり摘まんでんじゃねぇぞ爺!!」
「それ俺の鉢のやつぅ!!」
「ノブ助、良い出来だぞ。お前さん農家の才能がある。どうだいゆきん子よ。ノブ助の点数は」
「それよりマシラパパ早く晩ご飯んんー! 私もうお腹ぺっこぺこなのー!」
「それ……」
長テーブルにノブユキが突っ伏す。ゆきは駄々っ子めいて卓上をばんばんする。
「最近のノブたんはこの可哀想ムーブが黄金パターンだよね」
「一応微かに当初の主旨を守ろうとしてるあたりあいつ結構真面目だよな」
前菜代わりのヤギミルクの冷製スープに舌鼓を打ちつつ、MEMちょとケンゴは冷静に考察した。
さても、トマ玉ソテーである。食材はどれもこれも新鮮そのもの。味付けも然して衒うことはない。塩コショウと鶏ガラベースの出汁。そして。
「これらをこの、ハイジのミルクから作ったバターで炒めていく」
「ハイジちゃわぁぁあああああんあなたの愛の結晶が私達を強くしてくれりゅのぉおおおああああ髪食べないでもしゃもしゃしないでぇ」
いきり立ったゆきがヤギに抱き着こうとして逆にその髪を食まれて退散した。
なにかと忙しい娘だ。
「彩りに刻んだパセリを散らして完成だ」
「そしてこれが手作り石窯で焼いたバゲットです……ごめん、めっちゃ月並みなこと言うわね……お店か!?」
「今更だな。フキもいい感じに炊けた。有馬、味見してくれ。あーん」
「有馬嬢、こっちも味見してくんな。玉子がふっくらといい具合だぜ。ほれあーん」
「わ、わかったから。順番、順番に。まあ味見役やるって言っちゃったの私だし。てかなんでいつもいつもあーんなのよ?」
「いや、だって、なあ?」
「これがあれだろ、恋愛りありてーしょう」
「今更ァ!!」
有馬嬢は苛立ち紛れに突き出された料理へと食らい付き、そして叫んだ。
「うんまぁぁあい!」
「よしよし」
「待たせたな。ほうら晩飯だぞー」
『わーい!』
恋愛リアリティーショー『今からガチ恋始めます』
それは当初の予定想定とは大きく大きくかけ離れ変わり果てて、現在に至る。
ディレクターやプロデューサーといった現場と経営陣とを折衷する者達の嘆き怒り混迷周章狼狽狂乱呵々大笑とは裏腹に、視聴数は伸びて行った。
アナリティクスは荒れに荒れ。メインの視聴者層の中高生世代は何故か据え置いて、恋愛リアリティーショーを見る習慣などないだろう三十代から五十代の男性女性層を獲得している。
SNSや口コミサイトでは、未だ評価の軸が定まらない始末。
なんだこれ……いやなんだこれ
少年少女達が織りなすハートウォーミングなリアリティーショー(農)だよ
なんか甘ったるい恋愛を見に来たはずが炎天下で半自給自足生活する若者の奮闘を見せられたよ
これ半分詐欺だろ
半分……?
これでおもしろいのがずるい
ノブユキとケンゴのニワトリとの死闘よかった
最終的に負けてるの草
もんぺに日除け帽のゆき可愛い
MEMちょは違和感なさ過ぎて年齢を疑うレベル
ババア可愛いぞ! うちの嫁に来てくれ!
アクアとマシラ仲良すぎ辛い夫婦かよ
「おい」とか「あれ」で全部通じるのはもう夫婦なんよ
アクアママとマシラパパとその子供達
この二人に振り回されてる時の有馬ちゃんが一番不憫かわいい
有馬かなのツッコミ切れ良すぎわろた
この番組の良心
恋リア要素最後の希望なお
有馬かな、子役の頃はあんまり好きじゃなかったのにこの番組で見る目変わったわホント好き
関係各所の思惑や期待に副う形かどうか、大いに議論の余地を残しながらそれでも。
『今ガチ』、そしてその出演陣は、思いがけない人気を博した。
「…………」
────黒川あかねって『今ガチ』に要る?
自室のベッドに腰掛けて、少女は一人。
その無遠慮なスマホの光は、過剰なまでに彼女の瞳を焼いた。