推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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後悔したとて既に遅い

 

 

 

「言い訳はあの世で聞く」

「一行目から問答無用……!?」

 

 事務所の休憩スペースで星野兄妹がじゃれ合っている。

 アクアの上体が順調に捻れ上がっていき、苦悶は絶叫に、絶叫はそろそろ断末魔になるだろう。

 完璧なコブラツイストが極まっていた。

 

「楽しそうですねぇ?? お兄ちゃんもおじさんも若い子達に囲まれてデレデレと」

「あれ見てその感想なのか!? よーく見返してみろ! 基本野良仕事と工作と山狩りだぞ!?」

「美味しそうなもの一杯食べてた! 週末は家族で食事って決めてたのに! 特にヤギミルクのチーズってなにさ!? ハイジのやつ!? ハイジのやつなの!?」

「おぉ確かにありゃハイジのミルク(やつ)だな」

「ずぅ~るぅう~いぃいい~!! 私も食べたかったぁあああああ!」

「ああああがががががが!? わかった!! 今度持って帰ってくるから!! パ、パンも付ける!!」

「食べ物のことだけじゃないもん! トマトもお願いね!」

 

 突き倒されたアクアが床に突っ伏す。

 ルビーちゃんは素早くアクアの背後から脇に移動し両足で片腕をロック。鉤状に握り合わせた両手を少年の顔面に引っ掛け、ぐいと上体を反らした。丁度ボートを漕ぐような姿勢と動きで、体重を後ろへ。

 アクアの顔面を力点に、その背中が折れ曲がる。

 クリップラー・クロスフェイス。

 これは痛かろう。特に顔だ。鼻骨や頬骨が本当に軋む。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 アクアが床をタップしたのを見て取り、両者の間に割って入る。

 そうして、ゆるゆると立ち上がったルビーちゃんの左手を頭上に掲げた。

 メムちゃんのスマホから試合終了のゴングが鳴った。

 

「あ、荒れてるねールビー。アクたんもマッシーもさ、番組盛り上げる為にいろいろ頑張ってくれてるんだよ? ただ面白がって好き放題やってる訳じゃ」

「「……」」

「おい男子二人。だんまりこくな。フォローが台無しだよ」

 

 ゆらり、ルビーちゃんが振り返る。

 少女に対峙され、ソファーの上でメムちゃんが縮み上がった。

 

「……MEMちょ?」

「ひょ? なに、なん、でせうかルビーちゃん。いえルビーさん」

「元はと言えばさぁ、MEMちょがおじさんをあんなキラッキラッ若者向け番組に放り込んじゃったのが原因なんじゃない? わかってたよね。この人のアレな感じ」

「れ、恋愛リアリティーショーってさ、近年になっていろいろ悪い噂も多いじゃん? プライベートを切り売りしなきゃだし、その癖出演者はほとんど高校生、言っちゃうと子供ばっかでしょ。心の成長し切ってない年齢の子達が、大人でも悩みそうな題材に半分は嘘だけど、半分本気で向き合わなきゃいけない。不安だった。なにより、心配だった。だから……何があってもぶれない、強い人が一緒なら安心できる、そう思ったんだ」

「MEMちょ……」

「あとぶっちゃけ恋リアって最近ワンパっていうかマンネリでちょっと面白味に欠けるしぃ、ここは一つ起爆剤でも投入しとけば話題になったりしないかなーなんて思ったりしちゃったりして。まさか番組のコンセプトまで吹き飛ぶとはこのMEMちょの目をもってしても見抜けなかったわー! あっはははははははは」

 

 足四の字固めを極められたメムちゃんが床を手で強打する。

 

「ン゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?」

 

 

 

 床にべちゃりと横たわるアクアとメムちゃんを尻目に、ルビーちゃんがソファーにふんぞり返る。

 己はといえば、いつかの焼き直しとばかり床に正座だ。

 

「頼むよルビーちゃん。機嫌治してくんなよぅ。こいつもきちんと依頼された仕事なんだぜ?」

「……わかってるけどさ。ずるいよ、やっぱり。私もアクアとおじさんと共演したいもん」

「そうだなぁ。そんな話が舞い込んでくりゃ、一も二もなく飛び付くんだが。まあ、この先の大いなる楽しみってぇやつだな」

「ミヤえもんにまた直談判してやる。あと! 個人的にいっちばん腹立つのはね、ロリ先輩! なにが今ガチの良心よ! ツッコミ担当? 苦労人ポジ? 暴走マシラパパと冷静アクアママとしっかりものの長女かな……だってさ! 家族構成ネタはやり過ぎると嫌われるしアンチが湧くなんて当然なのに公式が拾うとかマジありえない」

「そういうもんか?」

「まあオタクっぽい発想だしね。キャラを家族に例えて妄想するの。当然、万人に受け入れられるものじゃないって注意は常に必要」

 

 うつ伏せのままメムちゃんが器用に解説をくれる。

 ルビーちゃんが地団駄を踏むと、それにビクついて娘はまた死んだふりに戻った。

 

「あれは頼られて満更でもないって顔だ! 自分がいないとダメなんだこいつらってちょっと優越感入っちゃってるんだよ! それで周りも囃し立てるから余計に! あの女ァ……!」

「や、そいつはちょいと穿ち過ぎってぇもんじゃねぇかい」

「わかるもん! 女の勘で!」

 

 ならば己などに反駁の余地は絶無であった。

 番組の評判はどうも悪くないらしい。らしいというのは、己がその辺りのネット関係に疎い所為だが。

 世代を越えた人気は視聴者数、番組のサブスクリプション登録者数へ如実に現れている。

 ある意味、無知な上層部の無茶と、無知な己という異物の暴挙との化学反応が起こした奇貨だった。順風満帆。苦虫を噛み潰したような顔のプロデューサーから、既に続編の可能性すら示唆されている。

 ゆえに懸念があるとすれば、一つ。

 

「なあルビーちゃん、視聴者の目線から一つ聞きてぇんだが。あかね坊はそっちからどう映ってる?」

「え? 黒川あかね? あの子は……うーん」

 

 打てば響くようだったルビーちゃんが、途端に口ごもる。それだけでかの娘の扱いがあまり芳しくないことは理解できた。

 

「ぶっちゃけて言うけど……印象はすごく薄い。出てない回もあるんじゃないかな?」

「流石にそれはない」

 

 復旧したアクアが床に胡座を掻く。

 

「あの番組の契約内容的に、出演時間ゼロは違反になる。まあ逆に言えば、ゼロでさえなければどれだけ削るかは制作側の自由……アーカイブを見返した限りだと、全話数分の総出演時間合わせても、俺やお前の一話分より少ない」

「あぁ? なんだぁそりゃ。あの子は毎回しっかりと仕事してくれてるじゃあねぇか。真面目で良い娘だ。少々口下手だが会話がねぇ訳でもねぇ。それに美人だぜ?」

「恋リアならアドバンテージだったかもな……いや、黒川あかねのあの性格だと、それも難しいか……? 半フィクション半ドキュメンタリーっていう半端な舞台設定。純粋な舞台役者には身の置き所が掴めないのかもしれない」

「だからかねぇ。現場に出る時、どうもあの娘危なっかしくてなぁ。心ここに在らずというか、不安で不安で落ち着きがねぇというか」

「お前が言うと“現場”って言葉が無闇に泥臭くなるな……身も蓋もないことを言えば黒川あかねにこの種の仕事は合ってない。もしくは、経験が足りてない。有馬みたいに場数を踏んでれば自分のポジションを確保できるんだろうが」

「いやだからロリ先輩のあれは素だって。もっと言うと好き勝手はっちゃけてるおっさん共の所為」

 

 アクアと一度視線を交わして互いに明後日の方を向く。

 ルビーちゃんは今にも咬み付こうとするポメラニアンのような顔をした。

 

「コンセプトが迷子……シフトした分、悪評には繋がり難くなった。それはまあ、お前の成果ではある。恋リアはどうしたって炎上と不可分だ」

「それよ。己が気に食わねぇのは」

 

 恋愛リアリティーショーとはなんぞや。有馬嬢とアクアには、当初は番組の歴史や特徴を執拗に説かれもしたのだが。

 

「くっだらねぇ。惚れた腫れたを見世物にするのも大概だが、画面越しにそいつを見ただけで人間性まで斟酌した気になってやがる連中の気色の悪さと言ったら」

「ぷっ、お前ならそう言うよな」

「おじさんだからねぇ」

「マ、マッシー、気持ちはわからなくはないんだけど発言には気を付けようね。ヘイトスピーチ一歩手前……どころか思いっきり踏み付けちゃってるけど……」

 

 床で亀のように丸まったメムちゃんの謹言は尤もである。かの娘は、顔の見えない無数の他人に向けた情報発信、そのエキスパートだ。

 己の言い分がほとほと時代錯誤であることもわかっている。

 

「ならば話は早ぇ。あの娘をカメラの前に引っ張り込んじまえばいい。編集してる奴らが否が応にも使わざるを得ぬよう動いてやる」

「お前、お前なぁ」

「型破りなもんが見てぇと言い出したのは配信事業元の社長だぜ? お望み通り、己を使ったことを存分に後悔していただこうじゃあねぇか」

「うわぁ……」

「これで現に実績出してるっていうのが性質悪いよねぃ」

「他人事みてぇに呆れてるが、お前さんも手伝うんだぞアクア。お前さんときたら、若い娘さんのお相手は()()()()手馴れたもんだったからなぁ。えぇ?」

「殺すぞ爺……! そして殺さないで誤解ですルビーさん許してぎぃぃいえええええええええ」

 

 やはりどうして綺麗なコブラツイストである。

 メムちゃんと己は二人並んで正座しながら、そうやって仲良く悶着する兄妹を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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