推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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夏が変えたあの子

 

 

 

 夏、である。

 寄せては返す小波に、磯の香りが浜に満つ。

 海、である。

 

「海だー!」

 

 MEMちょの号令に全員で続く。ちなみに台本で指示された台詞はこれで全部だ。

 元来が台本のない群像劇を売りにしているとはいえ、ロケの時くらいはもう少しなんとかして欲しかった。

 八人の少年少女は関東圏某海岸にこうして揃った。

 

「いやいやいやー、意外や意外って感じ。まさかこの面子でこんなベッタベタな夏イベントやるなんてねー」

 

 フリルをあしらった肩出しのセパレートタイプ。エメラルドグリーンの水着に身を包んだMEMちょが感慨深げに言った。

 

「海水浴なんて小学生の頃以来だよー。水着は撮影で時々着るけどさ」

 

 ゆきの水着は所謂タンキニ。上下を黒で統一し、アームカバーを兼ねたレース地の長袖トップスを重ねている。

 流石はファッションモデル。雑誌のワンショットのような完璧な出で立ちだ。

 ただの食いしん坊じゃなかったのか。

 

「製作サイドが突然画面映えとか思い出したみたいね」

 

 有馬のそれは、一見すると水着ではないかのようだ。

 白いハイネックのトップスはフレアで胸元のボリューム増し増し。その癖背中はざっくり空いていて、形の良い肩甲骨の間で細いリボンが儚く主張するばかり。ハイウェストの黒い花柄スカートが少女の可憐さを際立たせた。

 

「……なんか言いたそうね」

「よく似合ってる。有馬ってやっぱり可愛いんだな」

「少しくらいどもれ。思春期男子の癖に」

「本当のことだからな」

「ふんっ、可愛くない。あぁこの後輩可愛くないわー」

「素直じゃないなーかなちん。アクたん見て見て、美少女のニヤけ面~」

「ちょ、やめてよ、やめ、やめろーっ!」

 

 MEMちょにその鍔広のハットを持ち上げられまいと有馬が暴れる。

 華やかできらびやかな女子達。

 その他描写に値しない男子組。

 

「アクアってその辺の感性はマジ雄だよな」

「顔は女子みたいに可愛い系入ってるくせにな。やっぱこういうのに女の子は騙されるんだなー」

「人聞きが悪い」

 

 俺が思考に余力を残したのはなにも選り好みだけが理由じゃない。

 問題は一つ……いや二つだ。

 抜けるような青空を仰いで、矢鱈に大きな男が一言。

 

「しまったな。こいつぁ海水浴日和だぜ」

「魚は低気圧下の方が活性が高い、でしたっけ?」

「まあ大気圧がどうのこうのとうっかり知ったかぶりすると、その道の専門家に袋叩きに遭うだろうからそこは置いておくとしてだ。体感小雨くれぇが理想的なんだがなぁ」

「全員のスケジュールが合うロケ日、今日だけでしたからね。仕方ないですよ」

「儘ならねぇもんだ」

「絶対違う」

「雨降りの曇天に水着のお披露目なんてするわけないでしょうが」

 

 ツッコミの衝動を今日ぐらいは抑えて十代の少年少女一夏の思い出(笑)作りに貢献する気はあった。つい五分前までは。

 全身を鮮やかな青のウェットスーツで覆い両足にフィンを装着し頭にシュノーケルを載せたこの二人を見るまでは。

 あかねは網を、マシラは三叉の銛だかヤスだかを携えて、それは紛うことなき素潜り漁のガチ装備だった。

 

「いや知ってたよ。お前ってそういう奴だよ」

「そう来るだろうと思ってたわ。だからまあマシラの方はもう諦めるとして……黒川あかね」

「? なに? かなちゃん」

「なに? じゃないのよ。なんでなのよ」

「え、どこかおかしかった? ウェットスーツって初めてだからちゃんと着れてないのかな……?」

「マシラァ! どうしてくれんのこの有り様!?」

「心配すんな有馬嬢よ。あかね坊が潜るなぁ浜の近くだけだ。あぁそうそう、ちゃあんと地元漁協さん水産課さんにゃ許可取ってるぜ。いやぁ組合の皆さんこの番組を見てくれてるそうでな、快くお許しくださった。くれぐれも言っとくが、許可のない採集は密漁になっちまうから良い子は真似すんなよー」

「心配してんのはそこじゃねぇのよ。わかれよ。わかりなさいよ。わざとか? わざとなのか??」

「この場合、お前が珍しく視聴者に気を遣ってることを喜ぶべきか? それとも今更すぎることに怒るべきか?」

 

 途端からからと笑う男に怒る気も失せた。

 対して、静かに叫喚する俺と有馬と違い、ノブユキとケンゴはえらく神妙だった。

 

「いやまあ、ぶっちゃけマシラのことだから俺ら漁船に放り込んでマグロ釣りとかやらされんじゃね? くらいは覚悟してたから」

「今心底安心してる。素潜り漁? いいじゃんどんどんやっちゃえやっちゃえ」

「なぁるほど……マグロ漁船。その手があったか」

「ウソウソウソウソウソウソ冗談だからほんの軽口イッツァジョークホンッッットに勘弁してください」

「じゃあ言い出しっぺのノブユキと頑張ってな! 応援ソングいっくらでも歌うぞぉ! タダで!!」

「必死で草」

「マグロ!? 捌き立ての刺身! フライもいいなぁ……あっ、兜焼き!!」

 

 MEMちょは他人事のように笑い、ゆきは獲らぬマグロの皮算用で涎を垂らした。

 この男が良い意味でも悪い意味でも男女平等に容赦がないことをどうやら彼女らはまだ理解し切っていないらしい。

 その“時”が楽しみダナー。

 

「さぁておーぷにんぐとーくはここいらで終いにしてだ」

「おい巻きに掛かったぞこいつ! 中途半端にテレビにかぶれやがって!」

「言っとくけど私らのリアクション有りきだかんなこの番組!? そこんとこ理解してる!? しろ!!」

「無論だとも。いつもいつも威勢の良い見事な大向こう。骨身に沁みるぜ。ならば一丁恩返しがてら海の幸をば振る舞わん。では行くか! あかね坊!」

「はい! 師匠!」

『師匠!?』

「なにがどうして!?」

「あかねちんがマッシーサイドに堕ちた!」

「戻ってこいあかね! その人手本にするのは人類には無理だ!」

「くっ、俺らが無理させたばっかりに……頭が……!」

「あかねいいの? あんたの芸能人生ホンットにそれでいいの??」

 

 あかねは何の疑問もなく、なんとなれば(すこぶ)る前のめりだった。

 駆け出したウェットスーツ姿の二人の背中がもうあんなにも遠い。いろんな意味で、遠い。

 そうしてものの十分足らずで、あかねは水面から腕を突き上げて叫んだ。

 

「タコ! 獲ったどー!!」

 

 うねる軟体。踊る八本足。

 それはそれは見事なマダコだった。

 そしてそれよりなにより。

 

「言った! やっぱり言った!」

「みんな我慢してたのに!」

「あの女! さては地上波狙ってるわね!?」

 

 バーベキューの準備中であっても油断ならない。

 ロケ開始から一時間も経っていないが正直疲労困憊である。

 というか俺と有馬の負担多くない? 多いよね?

 

「油断したわ。あかねがこんなキャラだったなんて……」

「ホタテ! 獲ったどー!」

「真面目な人間ほど(たが)で抑え付けてるものも強烈ってことだな……」

「カワハギ! 獲ったどー!」

「それにしても毒されすぎでしょ。なによ師匠って。ふざけてんの」

「ウニ! 獲ったどー!」

「あれはマジのやつだ。だからこそ問題だ」

「なんにしても現世に引き戻さないと。一応同世代の役者仲間をバラエティータレントにさせる訳には」

「ウツボ! 獲った」

「うるせぇ!! ボケの手数多すぎんのよ! あとせめて画角の中でやれ!!」

 

 有馬が肩で息をしている。

 今日はあかねが爆走する分、有馬までいつにも増してフルスロットルだ。

 

「有馬、気持ちはわかるが今からそれじゃあ後が持たないぞ。本番は……これからだ」

「…………うわぁ」

 

 海からゆっくりと上がってくる。その両肩に担がれた黒い魚体は。

 全長5メートル近い。冗談のような大きさだ。

 特徴的な三角の背鰭。頬に走る鰓。開閉する大顎の中にはびっしりとハート型の鋭い歯が並んでいる。

 ノブユキはもう気絶していた。気の早いやつ。

 男はいそいそとそれを運んできた。

 

「イタチザメだ。なんでも近くの海岸で悪さしてたらしい。いや漁協の組合長さんが小遣い弾んでくれるっつうもんだからつい張り切っちまっ」

「ディレクター!! ここカットでぇ!!」

 

 これで最終回近いというのだから、風呂敷を畳む人達は大変だ。

 

「いやーこれ」

「終わるかなぁ……」

「登録者数見ろよ」

「ディスク化決まったってよ」

「あ、その万が一があっても私はパスするんで」

「ははっいつまでも一緒だよ、有馬」

「いやぁぁあああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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