推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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仕事の話をしよう

 

 

 

 テーブルに瓶の容器を置く。重みは相応。なにせ3Lの器の中にはなみなみと満たされている。焼酎、そして夥しいまでの。

 凶凶しく吊り上がった無数の複眼、鋭い針を生やした縞模様の腹、今にも動き出しそうな虫。虫。蟲。

 オオスズメバチの焼酎漬けである。

 

「ギャアアア!! なんで持ってくんのよこのバカ!?」

 

 斉藤ミヤコは悲鳴と罵詈を吐くや、休憩スペースの壁際まで退きこちらに背を向けた。

 

「おいおい皆で苦労して手に入れた戦利品だぜ? 何年か寝かせりゃ毒が酒に溶け出してそれが薬効に変ずる。滋養強壮、疲労回復、血行促進、高血圧やら不整脈の改善。おぉそうそう、美肌効果もあるんだと。どうだいミヤちゃんも一杯」

「嫌! 無理! 絶対無理! 美肌云々いうなら蜂蜜とか寄越しなさいよ!」

「残念だけど、オオスズメバチには蜂蜜を蓄える習性がない」

 

 保冷バッグから取り出したタッパーを冷蔵庫に詰めながらアクアが答える。中身は蜂の子の佃煮だ。

 ルビーちゃんはそれを横からくすねて、蓋を開けた。

 

「へぇ、そうなんだ……おぉう」

 

 中身を見下ろしなんとも言えぬ顔をしながら、恐る恐る一匹の蜂の子を摘まんで食う。

 途端、ぱっとその表情が綻ぶ。

 

「むむぅ、これは白米に合いそうな……蜂って全部花の蜜とか集めてるのかと思ってた」

「ゆきん子も残念がってたなぁ。石窯のパンにこれでもかってぇ蜂蜜塗りたくって食べたかったってよ」

「うーん食いしん坊キャラがガチ過ぎる……あの子ホントになんで太らないんだろ。世の中不公平だ」

「毎週ゴールデンタイムにやってるバラエティー番組から早速オファーが来たらしい。大食いコーナーの」

「ファッションモデルなんだよね?」

「たぶん」

 

 『今ガチ』の配信が始まって早数ヶ月。新学期からいつの間にやら次第次第初秋の気配色濃く感じる今日この頃、しかしまだその程度の月日なのかと驚く心境も微かならじ。

 

「『今ガチ』メンバー全員、仕事が増えてる。まあ本職から大分毛色の違うやつが多いみたいだけど」

「ありがてぇようなありがたくもねぇような話だな」

「ありがたがれ! この贅沢者共が!」

 

 威勢よく現れた斉藤壱護社長がタブレット端末片手にどっかりと対面のソファーに腰を下ろした。

 座ってしまってから男はテーブルの禍々しい気配に気付いたのだろう。強面が豹変して楚々とソファーの端に座り直す。夜間運転用の偏向サングラスの内側で、その目が乙女のように怯えているのが見て取れた。

 

「今夜は斉藤夫妻ご両人事務所かい? 我らが千両アイドル様はどうした」

「え、MV撮影が長引いてんだよ。マネージャー置いて一旦寄っただけだ。すぐスタジオに戻る。えぇ? なに? なんなのこれこわぁ」

「前から思ってたけど、うちって社長の腰軽すぎないか。一タレントの仕事場に逐一事務所社長自ら出向くって、他のプロダクションだとまずありえないだろ」

「ね? そう思うでしょアクアも。苺プロだって今じゃ業界の中堅所に納まってる。こっちとしてはいい加減現場仕事は社員に任せて社長室でじっとしてて欲しいんだけど……うひっ」

 

 苦言を呈してこちらに振り返ったミヤちゃんは、またうっかりとテーブルの呪物を視界に入れて呻き、再び身を捩った。

 

「こいつは給湯室の戸棚にでも入れて置く。熟成の目安は書いてある日付からぁ、まあ二年か三年後だ。くれぐれもまだ飲むんじゃねぇよ」

「飲まねぇよ!?」

「てかそんなもん事務所に置いてくんじゃないわよ! あと! アクアもさりげなく冷蔵庫になんか入れてたでしょ!?」

「ちっ、気付いてたか」

 

 今回駆除した蜂の巣が何分にも大物だった。大物過ぎた。地元新聞の記事に載る程度に凄まじい大きさで、屋根裏にまで大規模なコロニーが侵蝕していようなどとは流石に予想外だった。獲れた蜂や蜂の子の数も相応の大々量。

 

「仕留めた獲物は食い尽くすのが我ら『今ガチ』の信条でな。お前さんらも猪や鮫の肉は喜んで食うておったろう」

「虫は守備範囲外だよ! いや範囲内のやつの方が少ねぇよ!?」

「……そもそもなんで恋愛リアリティーショーの現場から猪やら鮫やらがお土産で返って来るのかしら……」

「ミヤえもんは真面目だなー。カブと猪肉のシチューすっごい美味しかった!」

 

 ちょくちょく正気を取り戻すミヤちゃんは紛れもなく苦労性だ。

 仕事に当たっては意図して図々しいこの社長にして、この社長夫人こそ実に釣り合いが取れている。

 

「他人のこと図々しいとか言える立場かこの野郎。今の『今ガチ』の無茶苦茶っぷりの元凶はてめぇだろうが」

「ねー。そもそも番組の人はなに考えておじさんを使っちゃったのか」

「最近は企画者の自業自得……って言うのも可哀想なレベルで原型がないんだよな」

「おいおいルビーちゃんもアクア坊もそっちの味方かい? 寂しいこと言いっこなしだぜ」

「恋愛リアリティーショーと銘打っておいて実態は若者の農業バラエティー。意外性一点張りの、出オチの一発ネタってやつだ。数字の伸びようがない固定ジャンルをどうにか跳ねさせたいっていう上層部の馬鹿に鏑木Pが付き合わされた形だ。番組終了も織り込み済みだったらしいぞ……それが今や、各社サブスクで一位をかっ浚う人気番組に化けちまった」

「ならばそのように言い含めておくべきだったな。己のような半ば素人(トーシロ)にゃ、業界の暗黙の掟なんてものはちんぷんかんぷんでよ。ひひひっ」

 

 今にして思えばかのプロデューサーは、番組方針を崩壊させた上役への最後の足掻きか報いに、無知な素人である己、延いては己という恋愛リアリティーショーにおける異物を利用しようと画策したのではあるまいか。

 己が余計な真似をして視聴者の反感を買い物議を醸せば、それは話題を呼ぶ。悪名、炎上という形で。

 

「……お前がやったのは所謂反則技の類だ。今まで積み上げてきた番組手法やテンプレを崩す。今回に限っては当の胴元がそれを指示した訳で、やっぱりこいつは自業自得だが……他では控えろ。加減を間違うと、お前マジで業界から干されるぞ」

「肝に銘じておこう。なぁに、万に一つしくじりそうな時ゃ、早めに切ってくれればいい」

「けっ、言われなくてもそうするよ! しかぁし! 利益(あがり)が良い内は絶対に逃がさねぇぞマシラァ。早速てめぇに仕事だ」

「そいつぁ苺にか? それとも」

「バッカちゃんとした正式なやつだよ。そもそもなんでてめぇの私立探偵業までうちが窓口せにゃならんのだ……なにがサルタヒコだ! 気取った命名しやがって!」

「……そういえばなんでだろうな」

「え? おじさんってそっちが本業なんでしょ?」

「宣伝も広告も打ってないのに業界の偉い人ほどあんたのこと知ってるのよね……ゾッとするわ」

「まあ、なんだ、小坊の時分からいろいろと悪さをした成果というか、応報というかだな」

 

 人気商売であるにも関わらず、この業界は犯罪絡みのトラブルに事欠かぬ。

 まったくもって闇の深さが量り知れぬ世界だ。

 

「あぁあぁ今はどうでもいい! 表仕事の話だ! なんとかいう漫画のキャラのコスプレ衣装モデルで、がっつりPV撮影もある。なんと地上波のCMまで決まってる」

「漫画?」

「ああ、なんていった。ほら、最近アニメ化してたろ。あの」

「名前が出て来なくなったらいよいよ老いを感じますね社長」

「うるせぇ。ああそうだ。『東京ブレイド』」

「え!? 『東ブレ』!? それも実写で!? おじさんすごいじゃん!」

 

 きゃっきゃとはしゃぐルビーちゃんには悪いが、近頃の漫画アニメにはとんと造詣がない。

 アクアを見やる。

 

「流行ってんのかい?」

「メガヒットって言ってもいい。発行部数累計五千万部突破。コンテンツとしては余裕で100億越えの超人気作品だ」

「ヒュー、そいつぁすげぇな。そんな御大層なもんに今更己のような芸人崩れが呼ばれるたぁ、なるほど太っ腹だねぇ」

「……いや、この人選は適当じゃねぇぞ」

 

 意味深な笑みで、男は己の鼻面を指差して言った。

 

「喜べ、原作者様直々のご指名だ。五反田マシラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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