推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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マシラ、おもしれー男(嘘)

 

 

「戦ってます。毎日。この焦燥感と」

「い、いきなりどしたん?」

 

 寿みなみは戸惑っていた。

 四時限目の授業を終えて昼休みに入り、机に突っ伏したままかれこれ五分間動かないルビーの奇態に。

 

「兄とおじさんは農業と狩猟採集に精を出して、おじさんは東ブレでCMまで決まっちゃって……」

「農耕文明の黎明期の話? おじさんて……あ、例のマシラさん? 最新話の誕生日お祝い配信おもろかったわー。小麦粉の製造工場見学しとるかたわら野生の大麦でパンケーキ作るて、大麦班完全に貧乏クジで可哀想で可哀想で」

「あれねー。結局出来上がったのはケーキどころかパンと呼ぶのも(はばか)られる暗黒物質だったね。抉り込むようにストレートな不味さだったよ」

「あれ食べたん!?」

「食べさせられたよ……おじさんめぇ。可愛い妹分になんて仕打ちを……」

「あ、せやせや! もぉ~ルビーちゃんおじさんおじさん呼ぶし私も全然気ぃ付かへんかったけど……マシラくんがっつり年下やん!」

「あれ、みなみちゃんには言ってなかったっけ? いやー、まさかお兄ちゃんとMEMちょとロリ先輩以外メンバーみんなおじさんの年齢知らなかったなんてねー」

「中三って発覚した瞬間視聴者さん共々皆さん脳味噌バグっとったねぇ……」

「“年齢詐称”がトレンド入りして流れ弾でMEMちょが一番ダメージ負ってた」

「? なんでやの?」

「まあうん、まあまあ」

 

 良心とか常識とか、いろいろ咎めたのだ。

 

「それはいいの! いやよくない! 家族でパワーバランスが崩れてる! 芸能人パウワーが!」

「芸能人ぱうわー」

「MEMちょ主導でユニット結成の動画配信とか宣伝とかいろいろ話し合ってはいるんだけど……現状“無”です! 日々“無”を取得してます!」

「あー、なにもしないをしてる的な」

無職(プー)さん……ぼく一般人の無職(プー)さん……」

「あぁわあわわルビーちゃんしっかり……!」

「こ、こうなったら身内のコネで『今ガチ』に乱入するしか」

「最終回直前で新メンバー加入て、打ち切り前にテコ入れ失敗したみたいやね」

「うぅ悪魔に魂を売るべき? でも……いやでもあの『今ガチ』には出てみたい……アクアとおじさんばっか楽しそうでズルい!」

「それが本音なんやねー。ルビーちゃんはお兄ちゃん子やなぁ。かわええなぁ」

「むぅ」

「『今ガチ』出るの?」

「ぬおぉ!?」

 

 可愛い女の子らしからぬ呻きを上げてルビーは振り返る。

 濡れ羽のような黒髪。どこか人間離れしたイエローダイヤの瞳。クラスメイト達と同じ筈の紺のブレザーですら、彼女が身に纏えばそれは華を帯びた衣装へと変貌する。

 不知火フリル。

 

「悪魔と契約するなら私も便乗したいな。わたしドラマ番宣担当フリル、コンゴトモヨロシク、的な」

「それ悪魔側のセリフやなかったっけ?」

「不知火さんも『今ガチ』見てるの?」

「うん、面白いよね。前シーズンまでに培った全部が木っ端微塵で」

「こっぱ……」

「なんなら私その落差を感じたいが為に恋愛リアリティーショーだった頃の『今ガチ』見直してる」

「な、なんか特殊な楽しみ方してる人いた」

「そんなに珍しいことでもないよ。例えるなら……一般誌で活躍してる漫画家さんの成年誌時代の漫画を読み返して興奮するみたいなこと」

「待てぃ高校生!」

「JKがしていい例えとちゃうよ!? というかその例えも微妙に的外しとるような気がするよ!?」

「いっつぁじょーく」

「わ、分かり辛い」

「真顔でえぐい冗談言えるタイプの人や」

 

 やはり真顔で両手をぱたぱたさせるフリルに、ルビーもみなみもひどく当惑した。

 

「面白いって言ったのはホントだよ。マシラくん、だっけ? うちの社長が噂してるの聞いたことある。芸能界のトラブルシューターなんだよね」

「と、とらぶるしゅーたー、さん? 社長さんと懇ろなんて、な、なんかすごいんやねぇ」

(おじさーん! あんたホントにこの十年くらいどこでなにしてたのー!?)

 

 ルビーの心の叫びを他所に、フリルは顎先に指を這わせる。思索の所作。

 

「でも、木っ端みじんこしちゃったとはいえ」

「こ、こっぱみじんこ??」

「今の『今ガチ』にも一応、恋愛要素はあるよね。そこはかとなく」

「恋愛、要素……ある?」

「ノブユキのゆきに対する一方通行な好き好きアピールとか、イケメンが可哀想なのって可愛いよね」

「あぁ、それちょいわかるわぁ」

「みなみちゃんわかるんだ……」

「それと、あかねとアクアくん」

「えっ」

 

 ルビーは虚を衝かれ、フリルの煌めく瞳を見上げた。

 

「あかねと、アクア? え、なんで? あかねが積極的なの、おじさ、マシラにだよね」

「私も最初そう思ってたんだけど……よくよく動画なんかを見返してるとね、あかねはマシラくんの隣に立ってることが増えたけど、必ずしもマシラくんを見てるわけじゃない。むしろ二人の視線の方向は大抵同じなの」

「方向」

「そ、アクアくん」

「…………」

「ん? あぁ、そう、言われたら、たしかにそうかもしらんねぇ」

「マシラくんはアクアくんを見てる。好き勝手に暴れてるように見えて、それでも要所要所アクアくんの裁量をしっかり伺ってる」

「初めの頃はマシラくんがみーんなに世話焼きで引っ張ってってく流れに、今はあかねちゃんも参戦しとる感じやし」

「そういう流れに従いつつ、それでも特にアクアくんによく構うでしょ。平等に接してるように見えて、やっぱりそこは見知った幼馴染同士で、気の置けない間柄なんだって伝わって来る。たぶん、マシラくんはあかねにとって手本(メンター)なんだよ」

「メンター?」

「精神的支柱っていうのかな。番組開始当初は場にも人間関係にも馴染めてなかったあかねが、例の『猪事件』からマシラくんを模倣するようになった。ちょっと無茶な企画にも体当たりで、どうすれば獲物を仕留められるか。どうすれば野菜が上手く育つか。どうすれば鶏小屋の居心地を良くしてあげられるか。そうやって目的が明確化した分、あかねの不安定さが消えた。目的に傾倒するだけでいいって気付けたんだろうね。番組の人気とか主旨とか、出演時間とか、カメラや視聴者の目線への応え方とか、それら、そんなものを問題にしない、気にも留めない人が目の前にいたから」

「それが、おじさんだった?」

「答えの見えない悩みだったと思うよ。どうすれば人気が出るのか、ううん、どうすれば、客に嫌われずに済むか。ドツボに嵌って、身動き一つできなかったと思う。そんなところに、あんな人が現れた。縋る思いで彼の後ろを雛鳥みたいに付いて回って……黒川あかねの非凡なところは、それで庇護してもらおうとはならずに、同じになろうとするところだね」

「模倣、手本、投影……」

「同化」

 

 フリルは初めて微笑んだ。考察の積み重ねが真理の一端に触れた、その喜びを知る哲学者のような貌で。

 

「黒川あかねは五反田マシラと同化したいんじゃないかな。豪放磊落快刀乱麻、かと思えば思慮深く時に驚くほど老獪な、その芯の強靭さを」

「な、なんやえらいけったいな話になってきてもうて、うちちんぷんかんぷんやわ」

「なにかとややこしく小難しい語彙を並べたけど、私が言いたいのは、次のカップリング候補のことだよ」

 

 話題の変調は著しく、やにわに牧歌的なガールズトークの再開。

 しかしルビーはそれを微塵と信用しなかった。その先に続く言葉を知っていたから。

 だから、どうしたって気分は悪くなる。焦燥が焦熱に変わって皮膚を焼く。

 

「あかねとアクアくん。来るんじゃないかな」

「えぇ! ホンマに!? 大穴やん!」

「ダークホース。あかねがマシラくんの在り方を真似れば真似るだけ、それは同時にマシラくんのアクアくんに対する想いと繋がり、絆を再現することになる。その執着を。アクアくんは、きっと、それを拒まないんじゃないか────」

「不知火さん」

「?」

 

 ルビーは力なく、興奮気味のフリルを呼び止めた。

 その話は十分に、これでもかと徹底的に、もううんざりだと。

 

「アクアは帰って来る。おじさんと一緒に帰って来るの。だって」

 

 アクアは私のせんせで。

 おじさんは私の、私とアクアだけの味方。絶対に、この世界が滅んだって絶対絶対絶対私とせんせを裏切らないたった一人の人。

 藤咲仁は私達だけのもの。

 私達だけの、完璧で究極で無敵、最強の(メンター)だから。

 

「ルビーちゃん……?」

「ごめん、私がなにか気に障るようなことを言ったかな」

「────ううん! なんでもないよ! 不知火さんの面白考察にびっくりしただけ。うちの兄がねー隅に置けないんだからあのスケコマシめ。あ、そうなったらおじさん、ただの当て馬になっちゃう! 可哀想……」

「あぁ、あははは、せやんなぁ」

「その時はみなみちゃん。おじさんのことお願いね!」

「うち!? それは荷が重いぃやつ。頼れる年下男子いうてなんぼなんでも限度があるわ。完全に子供扱いされたりすんのハズいし……」

「あっははは残念! おじさん、まぁた自分のいないところで女の子にフラれてやんの!」

「じゃあ、私が立候補しようか?」

 

 フリルはイエローダイヤの瞳を光らせ、小首を傾げた。覗き込むようにルビーを見る。見詰める。

 ルビーは半瞬、舌を凍らせて。

 

「…………ぃいんじゃない! あの不知火フリルが『今ガチ』の瀕死の恋愛要素復活の起爆剤!? それも相手があのおじさん!? 猫に小判っていうか虎にダイヤって感じ! わー勿体ない!! あっはははははは」

 

 ルビーはからからと上機嫌に笑い続けた。

 胸中に湧く瘴気のような嫌な熱を表に出すまいと、ただただ空の乾いた笑声を上げ続けた。

 

 アクア……せんせはもちろん渡さない。誰にも許さない。

 でも……じゃあおじさんは?

 私の、私達のおじさんは、いずれ誰かに盗られてしまう。

 

 私達はそれに、耐えられるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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