年齢を言い訳にできる分際ではないが、どうも流行り物にはとんと疎い。そして生前にも増して随分と食指が鈍くなった。漫画アニメなどはまさに極め付けだ。
『仕事貰っておいて寝言言うな』
『はーいおじさん、東京ブレイド全巻と本誌の最新号。撮影までに読み込もうねー』
『……ちっと多くねぇかい?』
『数年週刊連載してればこんなもんだろ』
『だーいじょーぶ、面白いからすぐ読めるよ』
鮫島アビ子作『東京ブレイド』。
事前にアクア坊とルビーちゃんから叩き込まれたその物語の内、まず何を置いても己が把握せねばならない点はやはりこの“ハバキ”という男の設定と、その性質だろう。
仕手に超常の力を齎す二十一振りの剣。称して『盟刀』。全ての剣を手にした暁にはその者に世界を統べる國盗りの力を与えるという。
この物語は、盟刀を巡って争い、時に心を交わす少年少女達の冒険活劇である。
そして肝心、己の役処たる“ハバキ”は……有り体に言えば敵役だ。
主人公『ブレイド』率いる『新宿クラスタ』という徒党と真っ向から敵対する。いや、味方など一人としていない。相対する者全てを敵手として凶刃を振るいに揮う狂人。
大太刀使いの『ハバキ』。人斬り、殺し屋、狂戦士、剣鬼、修羅……散々な忌み名を足跡代わりにしてその世界のあらゆる勢力と好み望んで斬り結ぶ、そんな男。
「とんだ困ったちゃんってぇ訳だ」
「その言い方ムカつきます。訂正してください」
「んん? そうさなぁ。なら通り魔なんてなぁどうです?」
「安っぽいからダメ」
「悪鬼、餓狼」
「それそれ、そういうのもっとください」
「無頼、邪剣使い、あぁー……刃金狂い?」
「……イイ、採用」
「ほっ、いいんですかい。適当に吹かしただけですぜ」
「いいんです。公式こそが大正義、そして
「顔に似合わず剣呑なお嬢ちゃんだなぁ」
「お嬢ちゃんはやめてください。私これでも二十二ですよ」
「おぉ? 見えねぇな。いやぁ見えねぇ見えねぇ。なんとまあお若くてらっしゃる」
「貴方にだけは言われたくないです。ってか貴方だけには言う権利ないと思います」
最初こそ借りて来た猫のように大人しかった娘も、馴れてくるとこの通り、今や歯に糸一本帯びなくなった。
第一印象とはとりもなおさず肝要だ。己の
「……」
遠目からこちらを見守る壮年の男が、不意にこちらへサムズアップをやって寄越した。鮫島アビ子の担当編集者だそうな。初対面に名刺も拝領している。
その調子だ、というような意味らしい。おそらくは。
機材の調整を待つ間、ふと隣のパイプ椅子にちょこんと腰掛け、甘いカフェオレをちびちび嘗めるその華奢な姿を見やる。己の老いた目からは、学生か未成年の少女のようにしか見えないこの子が、その一筆で云億円を稼ぎ出す売れっ子漫画家先生だというのだから、人は見掛けで判断できない。
その先生様のご機嫌取りに己のような粗忽者を当てるのはどうかと思うが。
現状どうやら他に適任がいない。アビコせんせーは現場入りした時からどういう訳かご機嫌斜めだった。
「前回と前々回と前々々回の出来、私まだ納得してないですから。私が監修入る前に全部放送されちゃいましたけど」
「己も見せてもらいましたがね。そう悪いもんでもなかったように思うが」
「どこが! あんなのただのコスプレパーティーですよ! 作中の動き……ができないのは仕方ないにしても、取って付けたようにキャラのセリフをくっさい芝居でただ叫ぶんです。もんの凄い違和感でした。吐きそうでした」
「もう少しこう、手心をだな」
周囲で忙しなく、そして懸命に作業に追われているのは、先生様曰く吐きそうな代物を作った当の人々なのだ。
空気が凝り、得も言われぬ質感で肌を擦った。アビコのせんせー様は未だ気付いてはおられぬ様子。
この鈍感さこそが、あるいは必要不可欠なのだろう。傑物と呼ばれる者達には。
だが。
「己に、その辺りのご不満を打ち破れると、先生はお考えかな?」
「……はい、たぶん……『今ガチ』で貴方を見た時、なにかピンと来たんです。この人は普通とは違うって。あ、外見的な話だけじゃなくて……説明が難しいです」
「いや、そう言うてくださるのは頗る光栄。しかしやんぬるかな、己が披露して差し上げられるのはこの棒振り芸だけでしてな。芝居だのセリフ回しだのなんてなぁ、言っちまうと門外漢よ。かっかっかっ」
「え、え、え、で、でも苺プロのホームページのプロフィールには役者って」
「使っていただけるんなら役者“でも”、ご査収は貴社にお任せ致します、とこういう次第で」
「……えぇ」
途方に暮れた子供の貌をするアビコせんせーに微笑む。
「我が身は所詮剣士
『おぉー!』
「頑張れー!」
「新人が座長気取りで生意気だぞ! あっはははは!」
「『今ガチ』のパパ~!」
「サメ獲ったどーは流石に盛りすぎ!」
乗り良く元気よく、撮影スタッフ一同からの暖かいヤジを頂戴する。
膝に手をやり、各々の方へ恭しく辞儀した。こちらは態とらしくならぬよう留意して。
そうして最後にアビコせんせーに向き直る。
「良い物を作りたいのです。先生、ゆえにこそ貴殿のお力も是非にお借りしたい。お願いできませんか?」
「……それは私もです。私も……皆さんと、同じです」
アビコせんせーは肩身を縮め、恥ずかしそうにそう言った。この場の皆の目指すところをきちんと理解してくださった。
あとは質を追窮するだけ。
「カメリハ入りまーす!」
「では、参ります」
「あ、あの」
「ん?」
「……これは、原作でもまだ描いてない、明言を避けてる部分です。でも、“ハバキ”を演じる貴方には教えておきます」
逡巡深く迷い躊躇い、人見知りの子供同然にせんせーは漸う告げた。
「ハバキは“鞘姫”の兄です」
「鞘姫ってなぁ、たしか」
「……それを踏まえて、演じてみてください。できるだけ、その、頑張って……ください」
衣を脱いだことを今更思い出したのか、娘はひどく遠慮がちにそう懇願するのだ。