水炊きの締めは厳正なジャンケン三回勝負を経てうどんに決まった。
俺は雑炊がよかったのだが、まあ仕方あるまい。
仄明るい障子越しの灯りの下、洒落洒落の和モダン個室で豪勢な料理を存分に堪能し尽くした頃。デザートが運ばれてきたのを見計らい、己は口火を切った。
「でだ。目下のところ我らの悩みの種と言やぁ、あの百姓番組をどう締めるか。これに尽きる」
「百姓言うなし……言い訳の余地もなくそうだけど。ってかそうなったのは誰の所為だと!?」
「どうどう、有馬。お前が憤慨しなくても製作スタッフも出演タレントも視聴者すらも誰が元凶かはちゃんと解ってるから。俺ら解り合えてるから」
「すごーい。有史以来人類に不可能だったことが実現してるのに全然感動的じゃない」
「元凶が無敵すぎてどうにもならないことまで周知の事実だからでしょうね」
「ファック」
「お口が悪いぞ有馬」
「ほ、ほら、ベリーのテリーヌ。甘酸っぱくて美味しいですよ」
ベリーの詰まった寒天のような姿。色鮮やかなそれを有馬嬢はスプーンで掬い、頬張る。
ぷりぷりとした怒り顔がややも和らいだことから味は申し分ないと見える。
「ぶっちゃけマンネリになってきてる。意外性で打ち出して、その後も各回インパクト勝負一辺倒でなんとか遣り繰りしてきただけに」
「逆によくもまあ勢いだけでここまでやって来られたもんね」
「それもこれも有馬嬢の奮闘と発破と怒髪天あればこそよ」
「私が言うのもなんですが、ツッコミ役一人ってバランス的にどうかとは思いました」
「有馬はすごい奴なんですよ」
「早々にリアクション担当を他人に丸投げした男の舌ってどうしてこうよく回るのかしら。一回引っこ抜いてどんな造りしてるか見てやろうかしら、ねぇ?」
スプーンをナイフのように突きつけて、まるで破落戸かヤクザのように有馬嬢がアクアに凄む。怒りの表情一つとっても実に豊かなバリエーションを持つ娘だ。流石、子役上りは伊達ではない。
「こんのアホ共、適当に褒めてりゃ女が皆喜ぶと思うなよ? おぉ??」
「先生、これが『今日あま』でヒロインを演じ切った女の本気です」
「その抽斗はもっと別の機会か作品でお目にかかりたかったなぁ……」
「そうそう何を隠そう女優有馬かな、近頃苺プロに加入し立てのほやほやでしてな。己が言うのもなんですが良い仕事をしますぜこの娘。先生方、どうか弊社大型新人有馬かなをよろしく」
「営業すんな」
「仕事に手抜きはいたしません! どんな現場もお任せあれ♪」
「般若みたいな顔からいきなり営業スマイルすな。びっくりするから」
『今日あま』、『今ガチ』と、なにかとアクアを通して縁のある有馬嬢がフリーだった身の上から苺プロに籍を置く運びとなったのはつい先日来のこと。直前には、事務手続き上は業務委託の形とはいえルビーちゃんの相方にメムちゃんも加わった。
いやはやお仲間が増えるのは素直に喜ばしいものだ。
「……待って。事務所が同じってことはお互いにバーター出演とかも増えるのよね? ってことはなに……また私がこいつらのツッコミ担当に??」
「気付いてしまわれましたか」
「この瞬間まで気付けなかったなぁせめてもの救いなのかねぇ」
「ま、契約書交わしてしまえばこっちのもんだから」
「アクア坊、おぬしもなかなか悪どい男よ」
「よせよ、照れる」
「が、がんばってね有馬さん!」
言葉もなく卓上で頭を抱える有馬嬢を先生が慰め、なんとなれば自分のココアババロアをスプーンで差し出す。この悪い悪い大の男共とは違って吉祥寺先生はほんに優しかった。
「吉祥寺先生はあの番組をご覧いただいてるようで」
「ええ、毎回楽しく。スタジオでもアシさん達とよく話題にしてます。私は特に有馬さんのダイエット回が好きでした」
「おぉ、意外なところを」
「低脂質・高タンパクの食材の捕獲と運動を兼ねてウシガエルをチョイスする辺りに好感を覚えました。外来種が固有の生態系に与える影響は、やはりこの国に住まう人間一人一人が意識すべきことですから。密輸など論外、安易な飼育、ましてや放棄なんて以ての外です」
「おいどうすんだ。すごいポジティブで為になる解釈してくれてんぞ」
「単にノブユキのビビる顔が見たかっただけとは言えんなぁ」
「そういえば番組で声高々に太ったことを公言された私への謝罪をまだ聞いてないんだけど?」
「次はやっぱりカミツキガメですか? それとも最近話題のヌートリアとか?」
あの回の配信以来、特定外来生物の駆除依頼が増えたことは言うまでもない。番組では再三に亘って一般からの仕事、お悩み相談等を請け負う主旨はないと宣言しているのだが、今のところDMやハガキ、ファックスが減少する気配はない。
世代を問わぬ番組の人気を有り難がるべきだろうか。
「便利屋はお前の専売特許だろうが。俺らを巻き込むな」
「放し飼いにしてるアクアもほぼ同罪だから、行くならあんたら二人で行ってきてね。頑張ってねぇ~応援してる~」
「冷てぇこと言いっこなしだぜ有馬嬢よ。死なば諸共。皆で歩きゃ冥府魔道もきっと暖けぇさ」
「地獄の業火的な意味でしょそれ騙されんぞ」
「あ、じゃあこういうのはどうです? 最終回にやって欲しいことを視聴者から募集するんです。手法としてはまあベターなやつですけど」
俺とアクアと有馬嬢は互いに顔を見合わせた。
目から鱗というやつで、当初の番組作りからこっち、所謂通常営業が存在しない『今ガチ』である。
邪道中の邪道と言っても過言ではない我々が、ここに来て王道に立ち戻る。なるほど。
「そいつぁいいや。なにがいいって楽でいい」
「今まで散々楽させてくれなかった奴が言うと重みが違うな」
「でもなんでだろ。私らが今更面突き合わせて感想メッセージとか応援コメントとか読み上げてるって……ダメ、全然しっくり来ない。前の生中継同時視聴の時も正直違和感すごかったし」
「順調に毒されてますね、お二人とも……」
「まあまあ、せっかく吉祥寺先生が下すったご啓示だ。有り難く拝領しようじゃあねぇか」
「えっ、ほ、ホントにいいんですか? ただの思い付きですよ?」
「逆に感謝するのはこっちなんだよなー」
「ありがとうございますありがとうございます。久しぶりに普通のことができます。普通がなにか思い出せます」
有馬嬢は吉祥寺先生の両手をひしと握って額に押し戴いた。
そんなにか。
不意に、膝の上に乗った頭がむずがるように動く。
椅子二つを並べて横になり、人の膝を枕代わりに寝こける娘子一人。アビコちゃんはもう30分も前からこのような有り様だ。
「調子に乗って許容量以上に飲んじゃってましたから。よっぽど楽しかったんでしょう」
「それにしたって気ぃ許し過ぎね。マシラ、あんた変な気起こすんじゃないわよ」
「もし起こしそうになったらうちの妹呼ぶぞ。街中でクロスボンバーの刑な」
「やめろやめろ。ルビーちゃんなら呼ばずとも走り込んで来そうだ」
「どんな妹さんですか!?」
そうして宴席はお開きとなった。
年長者の務めと、会計は吉祥寺先生が持って行かれてしまわれた。どうもこうした場面は未だに慣れぬ。中学生風情が金勘定に出しゃばる方が余程不気味というものだが。
寝惚け眼のアビコちゃんを椅子から起こし、個室を出る。ふらつく足取りの子に肩を貸しながら廊下を歩いていると。
「んん~……歯磨き……」
「あ?」
「あー、アビ子先生、何か食べた後はいつも歯磨きするんです」
「家帰ってからじゃダメなのかい?」
「歯ぁ、磨くぅ……」
「こぉらアビ子先生、もぉワガママ言わないの」
「しょうがねぇな。どれ、歯ブラシ出しな。あぁ店員さんよ、ちょいと洗面所借りますぜ」
妙な拘りの強さを発揮してイヤイヤをする娘っ子を抱えて、小綺麗な洗面所に入る。トイレの外に共用のものがあって助かった。
「はい、じゃあすまねぇが吉祥寺先生、後ろから支えてやってくだせぇ」
「あ、はい。ホントにやるんだ……」
「早くしろよ。俺ら二人だけで外出てる訳にもいかないんだ」
「それにしても奇天烈な絵面ねぇ」
アクアの言をして心配性とは言えぬ。若手役者とはいえ、出歯亀連中にネタを提供する機会を増やすこともない。
シャカシャカと娘の歯を磨いてやりながら、なにかと気を遣う俗世の柵に思いを馳せた。
「上の歯~、下の歯~、前歯~、奥歯~」
「仕上げはお父さんってか」
「やかましいわ」
「皆さん、なんだかんだ仲良いですよね」