推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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台風とジェラシーと珍客の交々

 

 

「あ、ごめんアクアくん。ここもう少し補強したいの。ロープとペグってまだ余ってないかな?」

「ああ、買い置きがまだあったと思う。そうだ。土嚢は? さっきスタッフさんが追加分持ってきてくれたけど」

「ホント? 助かるー。ハイジの小屋の周りがちょっと頼りなくて。じゃあアクアくんにはお手伝いお願いしちゃおうかな」

「当たり前だろ。あかねだけにやらせることじゃない」

「優しいねーアクアくん。そういう言い方はポイント高いよ。可愛くて。私知ってるよ。それツンデレっていうんでしょ?」

「言ってろ」

「えへへ」

 

 

「……」

 

 鶏小屋の切妻屋根に被せたビニールシートをロープと重りで固定していく。

 ロープをペグで地面に縫い留めれば、そこそこ丈夫に補強が叶う。こうしておけば強風で小屋が木の葉のように吹き飛ばされるなどということもあるまい。多少雨漏りくらいはするかもしれんが。

 ヤギのハイジやコッコ始め鶏達は、既に別の飼育所に移されている。少なくともこの時期、この気候が落ち着くまで。

 道具を抱えて立ち上がる。

 すると、なにやら小屋の影で身を屈めて潜む娘子を見付けた。作業着がお世辞にも似合わない華奢な背中。竹箒を槍の如く抱えて、まるで敵情を窺うかのような様。

 

「なにをしてんだい有馬嬢よ」

「へ!? な、なにって別に……なんでも……」

「疲れたんなら素直に休憩しなきゃあいけねぇよ。今年は秋口まで蒸し暑かったが、今日はその揺り戻しみてぇに冷えやがる。暖かくして、適度にサボりながらやるくれぇが丁度いい。有馬嬢はどうやらサボり下手なお人のようだし」

「うん……」

「……ふむ」

 

 常ならばほんの軽口であっても快刀乱麻な返しをくれるこの娘子、近頃このように切れ味が悪い。

 その理由はまあ尋ねるまでもないのだが。

 皆まで言うのも、野暮という話で。

 

「アクアくん、暗渠の出口なんだけど」

「排水口か。裏のやつ明らかに小さいんだよな。梅雨の時期もちょっと溢れ気味だったし」

「全体の水捌けを考えるなら、学校周辺の側溝もある程度掃除しとかないと」

「周り全部をか? ……それ、絶対やらないとダメです?」

「ダ・メ♪」

「……はい……やりますよ……」

「ふふふ、がんばれがんばれ♪」

 

「ぐぬぬ、なによ今になって。やたら馴れ馴れしくない? もう2クール目最終盤よ? は? 今更なにちょっと恋リアっぽいことしてんのよ」

「ありゃ真面目に作業しとるだけなんじゃあねぇのか?」

「どこが?? 声色普段とまったく違うじゃない。なんか、こう……『私、貴方のことわかってます』っていうか……女房面な感じよ! わかるでしょ!?」

「あぁん? いや、まあ」

 

 わかるようなわからぬような。

 

「あかね坊が物怖じせずなにかと積極的に動いてくれるようになった。いや実に喜ばしいことと、己なぞは能天気に思うんだが」

「あっそ。じゃああんたは……あかねの味方って訳ね。ま、そーでしょーよ。素直で真面目で愛想も良くなった。えぇえぇ口の悪い性悪よりよっぽど好かれるわ。当然よね」

「俺ぁその口の悪ぃ娘さんの味方でもあるんだぜ? しかし当のお嬢に頼り甲斐がねぇと思われっちまうなら……そいつぁ紛れもなく己の不徳よ。すまねぇ」

「……なによ、それ。そういう言い方……卑怯じゃない」

「卑怯ついでに、あの二人のとこへ一緒に行かんか? 一人じゃ話し掛ける勇気がなくてよぅ」

「嘘吐け」

「まあまあそう言わず。な? 頼むよぅ有馬の姐さん。この爺を助けると思って、な? な?」

「姐さん言うなっちゅーに……しょーがないわね」

「かっかっ、ありがたやありがたや」

「バーカ」

 

 娘子の手を引っ張って立ち上がらせ、鶏小屋から離れようとしたその時。

 

「……」

 

 小屋の暗がりの奥に据えられた木枠はコッコ達の為の産卵箱である。ゆきが藁を丁寧に解し、ノブユキとケンゴが組み立てた箱に、男共が鶏たちと格闘しながら敷き詰めたもの。なかなか良い出来だと偉そうに感心したのを覚えている。

 そこに。

 

「? なに、どうしたの?」

「いんや、後でいい。さ、さ、行きやしょうぜ姐さん」

「まだ言うかこの」

 

 

 

 

 秋の深まりを覚える夜長の日々。

 四季折々の日本の常としてその季節は来た。

 台風だ。

 重く暗々と垂れ込める灰雲が、肉眼でそれとわかるほど速く空を走っていく。

 山麓に位置するこの廃校周辺は、その立地に相応しく天気の移り変わりが殊の外激しい。

 宙に向かって鼻をひくつかせ、短く幾度か吸気。

 

「……一雨来るか。こりゃ少々荒れるな」

「もしかしなくてもそれ臭いで判断してる?」

「お前は獣か」

「さ、流石師匠! ふんっ、ふんっ……うーん、よくわかりません……」

「おバカ、わかる方がおかしいの。正常な人間は天気予報を頼るもんなの」

 

 スマホを出して検索を掛けた有馬嬢が「合ってるし……」と苦々しい顔で呟いた。

 

「お前もあんまり変なことすんなよ。あかねが真似する」

「わ、私はマシラくんを手本に精進を」

「こんなんを役者の到達目標に据えんじゃないわよ!」

「一応ララライさんから預かってる花形女優だぞ。丁重に扱え」

「……ちょっと、それは過保護すぎなんじゃない? 仕事で来てんのは皆同じでしょ? あんたがどうして誰か一人の扱いにまで口出しすんのよ」

「おい待て有馬、この流れでなんで敵に回るんだ」

「あんたが露骨だからよ。自分に懐いた途端贔屓して……ホンット分かり易いわね男って」

「いや、そういう訳じゃ」

「じゃあどういう訳? 参考までに説明してみなさいな」

「こらこらお前さん方。喧嘩は止しな。いや言い直そう。他人を出汁に喧嘩をするな」

 

 おたおたと不安そうな顔でアクアと有馬嬢を見回すあかね坊の頭にぽんと手をやる。

 

「気に入らねぇなら互いに腹割ったところ指し合え。なんなら一席設けようじゃねぇか。ん?」

「……そんなんじゃない。余計なお世話」

「かなちゃん……?」

「おい、有馬」

 

 ぷい、とそっぽを向いた有馬嬢に、アクアがなお言い募ろうとした。

 そこへ横合いから声が掛かる。

 

「ういーっすお疲れー! 寝坊しましたサーセン!」

「悪い。渋滞に捕まった」

「ごめーん! 撮影長引いちゃって!」

「そして私は収録トラブりました! なんだかんだ遅刻四人組! 手伝い来たよ! まずなにする、の……どしたの?」

 

 ノブユキとケンゴ、ゆきにメムちゃんが揃い踏み、そうして困惑に足を止める。

 それに敢えて取り合わず、わざとらしい大声を張った。

 

「おぉし揃ったな! ならば取り急ぎ屋上の整理だ。プランターを屋内に運び込むぞ。そろそろ天気が怪しくなってきやがった」

「……先行ってるから」

 

 有馬嬢はつかつかと歩き出した。

 背中を追う視線に一顧だにせず、刻むように鋭い足取り。付いて来るなとでも言うような。

 

「ど、どしたのかなちゃん」

「まあ、虫の居所と日和の悪さ、あとはアクアの所為だ」

「おい」

「なるほど、アクたんがにぶちん唐変木ムーブをかましたんだね。オーケーオーケー把握」

『あー』

「なんで全員納得してんだよ」

 

 生暖かな笑いと顰蹙を一身に受け、アクアは変わらず努めて無表情だが、それでも憤慨しているようだ。

 対して、落ち込んだ顔で俯くあかねのなんと律儀なこと。

 

「お前さんが悪い訳じゃねぇさ」

「……そうでもないです」

 

 自嘲の色濃い笑みで、あかねはアクアを流し見た。そこに宿るものをどう表現したものか。

 ただの色恋だったなら、これほど複雑な彩には染まるまい。

 難解だ。

 

「若ぇ子の心持ちってなぁいつの世も難解だねぇ」

「中三がなんか言ってるー」

「俺、未だに納得してねぇから」

「正直マシラってうちの父ちゃんより大人っぽいわ」

「宇宙の法則が乱れる! だね」

 

 好き勝手言ってくれる。いやある意味、この子らのおおらかさというか適当さは真に美徳と呼ばわれるものではあるまいか。

 この子らとの触れ合いこそ……かの娘にとって救いになる筈だ。

 なって欲しいと、切に思う。

 

「……」

「なんだアクア坊。いろいろ言われて落ち込んだか?」

「うるせっ……」

「ちょいと時間作って話をしてやりな。お前さんの聞き上手はよく知ってる」

「言われなくても」

「あぁ、なら安心だ」

「……大人げないな、俺」

「お互いにな」

 

 その瞬間、風が逆巻いた。

 一際強く、太く分厚い風の塊が山から吹き下ろしてくる。

 

「ひやっ」

「やっば」

「くっ!?」

 

 枝葉が舞い散り、地表の土埃は掻き乱される。

 山颪。巨大な低気圧の接近がそれを増幅したのか。

 風のうねり、唸り、その向こうに。

 

 ────きゃああああああああ!

 

 娘の悲鳴を確かに聞いた。

 

「屋上!」

 

 あかねが指差す。

 釣られて頭上を仰ぎ見る。

 そこに、それはあった。

 間口2メートル奥行5メートル。比較的小型と言える菜園用ビニールハウスが、今まさに捲れ上がろうとしていた。

 

 

 

 

 トラブルというやつはいつもいつも時と場を選ばず噴出する。まるで皮膚に現れる吹き出物の如く。出物腫物とはよく言ったものだ。

 

「有馬!」

「ぁ、アクア……!?」

 

 屋上に飛び出したアクアが、蹲ったまま動けぬ有馬嬢に覆い被さった。

 それも無理からぬこと。突風によって舞い上がったビニールハウスからはステンレスのワイヤーロープが伸びており、それは今風に打たれのたうつ蛇の如くに踊り回っている。

 まさしく鞭の速度と破壊力で手摺を打ち拉げさせ、屋上の床面を浅く打ち砕き、フェンスの一部を打ち破った。

 揚げられた凧の様相で、たった一本のワイヤーがどうにかビニールハウスの空中遊泳を思い留まらせているがそれも時間の問題。

 一体どんな固定の仕方をしたか知らんが。

 

「あとでスタッフ全員集合反省会だ馬鹿野郎!」

「言ってる場合か馬鹿野郎! マシラ! 早く逃げるぞ!」

「そうもいかぬ。己らとっとと校舎へ戻れぃ!」

 

 ワイヤーロープのその最後の一本が給水塔の支柱から解けて、空へと舞い上がる────

 

「ぬぉおお!!」

 

 逃げ去る蛇の尾を掴む心地でロープの末端を掴む。

 しかし、如何にこの身が怪力を誇ろうとも、やんぬるかな質量は。

 5メートル近い身幅で巨大な揚力を得たビニールハウスは、容易く我が身体を持ち上げた。

 

「マシラー!?」

「やぁーッ!!? ばかばかばか放しなさいよばか!!」

「とっとととととと!」

 

 間抜けに必死に両足を立て腰を踏ん張る。

 己が身をペグかアイゼンのように、屋上の床面を削り止める。しかしてじりじりと確実に己は引き摺られて行き、なおも空を直向きに目指すビニールハウスが遂に────屋上を飛び出した。

 

「あああああああああああッ!!?」

「ぎゃあああああああああッ!!?」

「ふんぬらばぁー!!!」

 

 あわや諸共空舞おうかという刹那、渾身の力でフェンスの縁に安全靴の踵をぶつけ、引っ掛けた。

 ワイヤーロープを手繰る。身体へ巻き付け、ゆっくりと確実に、今度はビニール凧を屋上へ引き摺り下ろしていく。

 

「えぇいこなくそ! 戻れぃ! 戻らんかこの! ハウス!」

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、流石に今回は死ぬかと思うたわ」

「こっちのセリフじゃ!」

「バカなのあんた!? そうねバカだったわね! バーカ!!」

 

 ビニールハウスがこれ以上風に浚われぬよう分解していく。

 そんな己を力一杯罵倒しながら有馬嬢は泣いた。それは怒りなのか安堵なのか。

 とはいえ、本調子を取り戻した様子。

 

「えぇはい小さい悩みなんて吹き飛びましたありがとうくたばれボケナス!!」

「普通に手ぇ放せばいいだろうが。なんでわざわざ捕まえに行ってんだよ馬鹿」

「罷り間違っても牧場に落とす訳にはいかなんだのよ」

「はあ??」

「いや、あかね達もスタッフも全員屋内に避難してただろ」

「あー違う違う。危ぶまれたのは鶏小屋にいる“客”の方だ」

 

 アクアと有馬嬢は意味不明とばかり目を瞬いて顔を見合わせた。

 屋上に駆け込んでくるスタッフとメンバーらの足音。

 とりあえず、なによりも先にプランターが無事であることをまず伝えねばなるまい。

 慌てふためく少年少女らが聞く耳を持ってくれることを祈る。

 

 

 

 

 

 

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