苺プロのホームページや公式SNSアカウントから拾えるだけの情報を拾い集め、アパレルモデルのような雑誌の掲載物、ドラマや映画といった出演作には全て目を通す。情報源として有力で望ましいのはSNSの個人アカウントに投稿された画像や文章なのだが、そもそも彼らにはそういったネット媒体を使用する習慣自体がない。
でも問題ない。私は幸運にも機会に恵まれている。現実生身の本人という確たる情報源の傍にいつでも近付ける。
彼らの行動や素行、言動や声質、趣味趣向、表情、視線の行方一つ。
全て。
全て、見逃さず、聞き逃さず。
自宅の自室の勉強机に一心不乱で向かい行うその作業は、不思議なほど孤独と縁遠かった。まるで講師が付きっ切りで私を見守ってくれているかのような安心。
私の自学自習を左右から彼らがサポートしてくれる。
「共通しているのは実年齢に見合わない立ち振る舞い。十代の少年らしい自意識過剰や攻撃性が少ない。マシラくんに至っては皆無……幼少期に同年代以上と接してきたから? ……ううん、その割には言動や行動に歪さが見られない。教育レベルは高め。細かな行儀作法の順守。二人とも躾の厳しい家だったのかな……祖父母家庭の子供に符合する特徴……でも、二人とも親は存命だって……家庭事情はなー、聞き取りし辛いし……最悪興信所かな……ん、他人の行動に対する寛容、無頓着さ? 父性的支配欲。大胆な行動に反して慎重、計画的。一定の、猜疑心? 手帳にメモ多数。情報整理に慣れてる。他人へのやや過度な分析、詮索、うーん警察みたい。ふふ、その点アクアくんは真逆だね。母性的庇護、献身、他人の心理や特性を分析することに長けてるのにあまり踏み込まない。ワードチョイスに偏り。他人の体調、健康状態に関する具体的な指摘やかなり実践的な療法、注意喚起も……なんだかお医者さんみたい」
二人の少年の画像を並べて見る。
タレントとしての宣材写真ではなく『今ガチ』の現場で撮ったオフショット。これは『川釣りに行こう』の企画で岩場には草鞋だろうと言い出したマシラくんに付き合ってアクアくんと二人して草鞋を編んでいる場面だ。
「関係性は……友達、親友、ん、悪友かな? うーんしっくりこない。幼馴染み。家族……は違うな。出身地は、同じはず……でも距離感が普通じゃない。そっか、戦友だ! 共通の目的意識、共通の障害、共通の敵……秘密の共有? なにか、大きな出来事を経て……大きな感情を向け合ってる。驚くほど釣り合って……どうして。ふふ、どうして?」
常人離れしている。
彼らの軌跡に想像の翼をはばたかせるほど、その感慨は深まっていく。
五反田マシラ。
星野アクア。
タイプのまったく異なる少年達。
けれど、そう設計された歯車のようにぴたりと合致する両者。
相棒。うん、戦友。この表現が一番嵌る。
「ハマる。超ハマる……うへ、ふへへへへへへへ」
私は笑いも堪えられず、板タブにペンを走らせた。
画面内に溢れ出るカルマとリビドーと推しへの愛とめくるめくなんか粘っこいなにかが迸る。
「やっぱりマシアク……アクアくんの襲い受けからのマシラくん甘トロ攻めが至高かな~」
『今ガチ』現行スレでぶ厚い隆盛を見せているベーコンレタスな妄想の羅列に私の胸も熱くなる。
「……ありがとう、マシラくん。アクアくん」
匿名という壁の向こうの、見えも触れもしない不確かなものにただ怯えるだけだった私を救ってくれた。
義務感と焦りでなにも見えなくなった私を、立ち向かうべき現実に掬い上げてくれた。
アクアくんはハイジを助けてくれた。マシラくんは、立ち塞がるなにもかもを文字通り打ち倒してしまった。
感謝してる。心から。
「私に、こんな素敵な世界を見せてくれて!」
「あかねー、ごはんできたわよー」
「あ、はーい! ちょっと待ってー! 今いいとこだからー!」
「もーまたなのー!? どうせマシラくん鬼畜攻めのアクアくん完堕ちとかでしょ」
「そんなの描かないもん! 私は純愛モノしか描かないのー! 読むけど」
「なんか今どこかでとんでもない扉ががっぱーって開かれたような気配が……」
「なんだいその嫌に具体的な予感は」
苺プロダクション事務所ビル。その休憩スペースのソファーやビーズクッションで思い思いにそれぞれが寛ぐ最中、メムちゃんが出し抜けに言った。意味は不明である。
そして、あまり理解したいとも思わない。
「なんか寒気がする……」
「え、お兄ちゃん風邪? おでこ出して」
「どうせ編集の勉強とか言って昨日も夜更かししたんでしょ。解熱剤あるけど飲む? 仮眠取れば? はいブランケット」
「いや、そんな大した症状じゃ……肉体的というより精神的な、そう、謂わば宇宙的恐怖というか……」
「なにおバカなこと言ってんの。んー、熱はない、かな……」
「ってか体温計あるのにわざわざ額と額で測るな」
甲斐甲斐しい有馬嬢とルビーちゃんに挟まれ、アクアは揉みくちゃにされている。
微笑ましい心持ちで、己はそんな遣り取りを背中に聞いた。
段ボール箱に敷いたタオル、その真ん中に丸くなった黒い羽毛の塊。黒い砡のような眼玉に我が身が映る。
「騒がしくてすまねぇな。うぅむよしよし、体も大分暖まったようだ」
烏の仔は瞼と瞬膜を幾度か瞬き、静かにタオルに嘴を埋めた。
「……それにしても、よくもまあイベントに事欠かない番組ね」
「仕込みを疑われそうだな」
「えーそれはなんかヤだな。あ、許可くれたお役所の人に証人になってもらえば?」
「どーおマッシー。カラスちゃんの容態」
「上々だ。元々大した傷じゃあねぇ。雨に降られて体が冷えちまってたのが不味かったのさ」
ニワトリ小屋を訪れた“お客”は、心配そうに自身を覗き込む者共など構いもせず既に眠りについている。豪胆というか、なかなか図々しい奴だ。
「はあぁああ……毎度毎度のことだけど、貴方なんで『今ガチ』で拾ったものをいちいちうちの事務所に持ち込むのよ……」
「まあまあそう言わんでくれぃミヤコちゃん。こいつだって立派に仕事の内。撮れ高ってぇやつだろう?」
「くっ! 実際オファーは増えてるし……文句言い難いじゃない畜生」
「カラスだけにってか? 上手い!」
「殴るわよ」
苦労性で物分かりの良いミヤコちゃんに再度感謝を告げた。
その時、不意に。
「……」
「どうしたのマッシー。あ、ブラインド下ろそうか」
「ん? おぉ、そうだな」
逢魔ヶ時。茜と群青と闇色に淀んだ空を窓から望む。
いずれ都市の猥雑な光が夜を消し去らんばかりに満ち溢れる。
苺プロとて埋もれるビル群、その頂点から。
────なにかがこちらを見下ろしていた。
そんな気がする。
ブラインドの向こうに消えた景色の中、佇んでいた影はひどく小柄に見えた。
まるで童女のような、小さな形をしていた。
謎の少女の正体が原作で明かされるのはいつになるのか。
マジもんの天津神様だったらいいな。