『“今ガチ”最終回の企画案、会議に通しといたから。今までを思えば比較的大人しめの内容だし、まあ弾かれるってこともないでしょ。一応報告までに』
「はっ、左様で、そいつぁわざわざ、手数を、っととと! かけまさぁ!」
『それから、直近のクリスマス回だけど、上がった台本には目を通してもらえたかな。コピー用紙二、三枚のあらすじというか目次みたいなもんだけどね』
「まともな台本なんざ! 一度だって! 貰った例しがねぇがなぁ!」
『そこに文句を言われても困る。半分は君らの、いや、君の所為だろ。それに元々恋愛リアリティーショーに台本はない。これはリアリティーを謳う都合上の建前ではなく本当に、元来のスタンスでね。エチュードやバラエティーとも違う。演者になるべく素に近しいアドリブ力を要求するのがこのジャンルの特殊なところだ』
「かっ、題目はいかにも御大層だぁねぇ。十五、六のガキに心身を切り売りさせようって阿漕な商売、よくぞこうまで世に蔓延ったもんで……おっとととと!? ちょいと待たれぃルビーちゃんや! その金属バットどっから持ってきた!?」
『今更だけどさ、君。僕がプロデューサーだってこと理解してるかい? それもこの業界じゃ結構稼いでる方の』
「勿っ、論っ、存じ上げておりますともよぉぉぉおい!? あっぶねぇな畜生! アクア坊てめぇボーラなんざどこで覚えてきやがった! 漫画で? マ〇ターキートン? あぁ確かにありゃ名作だ……」
『仕事柄、他人から嫌われるのは慣れてるから別にいいんだけど。一応理由を聞かせてくれるかい? 今後仕事を振る上で地雷は避けたいからね』
「ほっ、こんな跳ねっ返りを今後もご贔屓にしていただけるんで? そいつぁとんだ酔狂だそのフルスイングは人死にが出るぞ! 鏑木さん、俺ぁなにも、あんたを目の敵にしてる訳じゃあ、ねぇんだぜ。有馬嬢! 通報は今少し待ってくれぃ! 大丈夫だから! こやつらは己がなんとかするから! な!? な!? ごほんっ、俺ぁ芸能界ってぇ世界自体を良く思っておらんのさ。本音を言えば身内には断じて関わって欲しくはない。こんな、魑魅魍魎共の跋扈する魔界に」
『ははっ、差し詰め僕はその魔界で糧を得ている悪魔ってところか? 酷い言い草だし、黴の生えた古臭い考え方だ……でも概ね同意する。僕もね、自分の娘がある日突然芸能界を目指したいなんて言い出さないか、毎日戦々恐々としてるよ』
「ふんっ、何がとは言わんが猛々しい話だ。その元締めに近い地位に席を置いた者がよく言いやがる」
『まったくだね。もう随分長く浸かってたからさ、芸能界って沼に。ホント、我ながら悪い大人の見本だよ。いや、歳も歳だしもう標本かな? なまじ古株だから、叱ってくれる人間もいない。なんだか懐かしいよ……君みたいのは』
「おいおい、こちとら十五の糞ガキだぜ。妙な期待をされても困るんですがねぇ」
『ガキらしく振る舞えてから言いなよ。君と話してると、なんだか高校時代の担任を思い出すんだ。頑固一徹の厳しい人でね。よく拳骨を食らったよ。今時ありえないよね』
「こっちは今拳骨よりやべぇ物喰らいそうだがな!!」
『私情は置いといて、仕事ぶりの方には期待してるよ。君のように嘘を必要としない人間は、芸能界では稀少種だ。精々お客の信用を勝ち取ってくれ』
「そいつぁいいや! この身は珍獣扱いってぇ訳だ。ならばそのように振る舞って進ぜよう。あの時無理にでも追っ払っとくべきだったと、精々後悔してくんな。アクアなんだそりゃ。おい答えやがれ。懐中電灯じゃあねぇんだろう。おいこら無言でこっちに向けるんじゃ……ネットランチャーか!!」
『ああ、楽しみにしてる』
愉しげに皮肉を受け流して、鏑木はまた電話口で声を上げて笑った。
人を食ったような男だ。また、そうでなくてはこんな魔界で生き残れないという生き証人でもある。
そんな男はどういう訳か、厄介者たる己を取り立てて、今後の付き合いまで露骨に示唆してくる。無論、現に『今ガチ』等で創出されている利益、それを踏まえた打算こそ大いにあるのだろうが。
やはり変人なのだ。芸能によって立身を夢見る者、そして芸能を創り出す者らとて同じ、同じほどに。
『ところでさ』
「なんだ。まだなにかあんのか」
『本題があるにはあるんだけど先にこっちを消化しておきたいな。気になって仕方ないから。君、さっきからなにやってるの?』
「金属バット持った女の子に追い回されてる。もう一人の追手はあんたもご存知アクア坊だ。こっちは無駄に搦手達者でな。油断するとすぐに身動きを封じようと……馬鹿野郎ローション床に撒くやつがあるか!!」
『うん、なに言ってんのか全然わかんない』
「一言一句言うた通りだよ」
この事務所ビルはワンフロアが丸ごと小道具の倉庫になっている。ネット配信に始まり、PV等を自社で製作できるまでに成長した苺プロ。その躍進ぶりには感慨すら湧こうというもの。
「おじさん、私ね、歳の差とかどうでもいいの。ただおじさんのことを幸せにできる相手なら、理想は勿論おじさんの為に命を懸けられる人、なんだけど。流石にそれはちょっと難しいかもだし、口先ならなんとでも言えるから。人柄! 性格! ここだよねやっぱり」
「俺も大体はルビーと同意見だ。お前みたいな破天荒な奴にはよっぽどの人格者じゃなきゃ付いていけないだろ。ルビーはともかく、俺は結構長く“客商売”やってた分人を見る目は養ってきた」
「ともかくってなにさ! 私のこのピュアな目でしか見えないものがあるんですぅ~!」
「そのピュアな目と医者の目、両方から言わせてもらうとだ」
「その子はアウトかな~って」
かつん、とルビーちゃんは金属バットの尖端で床を打った。
その隣でアクアは分銅付きのワイヤーを風切り音も甲高く高速回転させた。
一体何故そんなものが小道具の山の中に紛れていたのか知る由もないが、ある意味本来の使い方でそれは今まさに日の目を見ている。
「なんかね、その子だけはダメな気がする。その子は絶対おじさんを不幸にするよ。なんでかはわかんないけど、すごく嫌な感じ……すごく……怖い……」
「…………」
「聞いて? サルタ。斯くたる証しもないけれど、
「殴り殺すとまでは言うちょらん。ただ、まあ、なんだ。こやつらは何分、そのー、心配性なのよ」
片腕に抱えたその少女は、己の歯切れの悪い御託を軽く嗤った。
紅葉めいて小さな手が頬を撫でる。艶然と、まるで幼子を愛おしみ、また揶揄うように。
唇が首筋を這った。幾度目とも知れぬ。そうして口吸い。皮膚の表層にはおそらく赤い印が刻まれたに違いない。一つや二つではない数の、刻印。
所有権の宣言。
「……」
「……」
「ルビーちゃん、無言で振り被らんでくれ。てめぇも無言で擲つな!」
放たれた分銅を跳躍して躱し、着地を狙った二投目のそれを辛くも蹴り払う。
ちろりと、唇とは異なる感触が皮膚から神経に走る。舌だ。少女が舌先で首筋を舐ったらしい。
「貴方の寵愛は自分達だけのもの、貴方は自分達だけを永遠に見詰めてくれるって、信じて疑わない。傲慢。親の愛は無償で、無限に貪れると思ってる。欲深」
「馬鹿、煽るんじゃねぇ」
「でも本当のことよ」
「大きなお世話だ、疫病神」
「おじさんはお前なんかに渡さない……!」
「あらあら、こっちでも私はそう呼ばれるんだ」
何故こうまで拗れるのか。平素ならば沈着冷静なアクアまでもこの有り様。
この少女の何が、ここまで二人を苛立たせる。
いやこちらの手が塞がっているのを良い事に為される接吻やらなにやらの悪戯三昧については、申し開きの機会と説教を賜る必要はあるが。
それにしたとて。
「前世って、厄介ね。記憶はなくても心が許さない」
「……どういう意味だい」
「この世界では意味のないこと」
「とりあえずおじさん放してどいて! そいつ殴れない!」
「俺は、認めない。お前は……お前は俺達の……!」
『なんだか重々しいことになってるみたいだし、掛け直そうか?』
「あぁそうしてくれ!」
電話口の暢気な男が今は心底羨ましい。
そうして通話を切る直前、鏑木は捨て台詞のように。
『今度直に会う時間を作ってくれ。ちょっとキナ臭いことが起きてる。場合によっては警察沙汰だ。どうやら今ガチメンバーの誰かが……狙われてる』
「なにぃ……?」
怒れる兄妹の激しい攻め手を掻い潜り、窓からビル外壁の非常階段へと跳び移る。
背後から速駆けに迫る二つの足音、階段を全力で駆け上りながら己は思わず夜天を仰いだ。
「……ここを切り抜けたらまた連絡する」
『うん、まあ、がんばってね』