推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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最初の犠牲者

 

 

「はいじゃあまず一人目の犠牲者はこちら!」

 

 配信画面が切り替わり、一枚の画像が大写しになる。それは今ガチ撮影中の風景を切り抜いたものだった。

 青空の下、土から引き抜いた大根を掲げて笑顔に汗を煌めかせる少女。

 

「この番組で被ってた猫を即行でひっぺがされちゃった! ツッコミのキレは業界一! 実は結構口悪い! ツンツンツンツンデレツンツン具合にこってりしたファンが急増中! ロリ先輩こと有馬かなさーん!」

「その煽り文句今考えたのかルビーちゃん」

「同意しかない。かなちゃん私だー! 口汚く罵ってくれー!!」

「叫ぶな叫ぶな。寝た子らが起きる」

 

 着膨れのトナカイが二頭、客室へと続く渡り廊下の手前でわちゃわちゃとはしゃぐ。

 湯治宿の衒わない和の風情の中でその絵面は実に奇天烈だ。

 えいこら白い風呂敷を担ぎ上げ、一路、我らは少女の居室へ向かう。

 

「いやー女の子の部屋に合法的に侵入できるなんて……興奮してきたな」

「フリルさんってば欲望に全力だね。それ、私が言うのもなんだけど事務所の人に怒られないの?」

「当然怒られるよ。なんならマネージャーさんもう怒ってる」

「すごい顔でこっち睨んでるもんね」

 

 廊下を忍び足でトナカイ達が行く。

 己はその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 静かな旅館だ。閑静というか、山間という辺鄙な立地、周囲に響くのは虫と風の音くらい。確かにこういうところに長く逗留していたら都会の喧騒なんて忘れてしまうだろう。

 夜がこんなに短く、そしてこんなにも、儚い、と感じたのは久しぶりだった。

 いつもいつも、焦燥と不安を押し殺して無理矢理に目を瞑る長い時間。仕事がなくなり、やっと手にした数少ない機会を活かそうと毎日必死だった。眠剤に頼ったことも一度や二度じゃない。

 変な気分だ。慰安旅行なんて。

 『今ガチ』このタイトルを使うのも最初は正直違和感しかなかったし、今ではそれすら消えてしまった。断じてそれは馴染んだ訳ではなく他に呼び名が無いものだから仕方なく使い続ける内に後戻り出来なくなったとかそういうあれである。

 元はと言えば義理だった。

 アクアに『今日あま』の出演を打診し、その交換条件に恋愛リアリティーショーなんてものへ出演させられた。決して本意ではなかったし、役者としてのキャリアに恋リアなどというジャンルを刻むのはどう考えてもプラスになるとは思えなかった。

 嫌々である。仕事の無い人間の、追い詰められた末の切り売り。そう思っていた。性格の悪い自分らしい思考。

 今でも思う。出るんじゃなかったって。

 だってまさか。まさかこんな────四六時中全方位全メンバーのやる事なす事尽くにツッコミ入れさせられるなんて誰が思う。

 あの野郎共、問題児筆頭五反田マシラ。そして早々に裏切った憎き星野アクア。許すまじ。

 収録や生配信があった日は、帰ってシャワーを浴びてベッドに入れば一瞬で意識は落ち泥のような深い眠りに落ちる。自分が日々どれだけ体力を費やしているのかよくわかる。

 この番組の所為だ。間違いなく、寸分の誤解すらなく、この番組の所為だ。

 あの男共の、お蔭だ。

 癪だ。まったくもって癪で気に入らない。

 仕事が増え始めて、街中では事あるごとに顔を指され、なんだか固定ファンのようなものが出来て、古風にも手書きのファンレターなんてものまで事務所に届くようになった。

 自分が芸能人だったことを、思い出した。

 ムカつく。

 ああムカつく。

 役者ではなくバラエティータレントみたいな、というかまんまそれそのものをやらされているのに、軌道に乗り始めているのだ。子役時代とは違う、変な人気を獲得しつつある。

 糞。

 糞が。

 絶対感謝なんてしてやらない。する筋合いじゃない。実際本業は遠ざかっているのだから。

 

「温泉、気持ちよかったな……ご飯、やたらと美味しかったし……」

 

 なにが慰安旅行だ。どうせなにかまたみょうちきりんなことをやらされるに決まってる。

 油断なんてしない。奴らの前科は山積みなのだ。

 気を許してなんてやらないんだから。

 

「……アクアめ……見てなさいよ。私は役者としてあんたを……マシラ……マジなんもしないでお願い……」

 

 宛がわれた客室の床の間、布団に横たわってぶつぶつと悪態を繰り返す。うつらうつら、意識は夢と現を行ったり来たりしていた。

 芯まで暖まった体と心地よい満腹感が瞼を重くする。

 また明日。騒がしい収録が始まる。それまでに体力を回復してやろう。声の限りに悪態を吐きまくってやるのだ。

 あのおバカな奴らには、ツッコミ役が不可欠なのだから。

 私が、必要なのだから。

 

「ふふ……」

「……なんかすごい安らかに笑ってる。うーん、起こすの可哀想になってきた」

「……美少女の寝顔。じゅるり」

「あぁフリルさんヨダレ垂らさないでね。あ、付いちゃった」

「おっと失礼。ティッシュティッシュ」

「あーあーそんなぐいぐい拭いたら起きるよ……!? ロリ先輩起きちゃうよ……!?」

「すっぴんでもこの可愛さ。世の中不公平だよね」

「それフリルさんが言う?」

「ルビーちゃんも勿論可愛いよ。食べちゃいたいくらい」

「ここまでの流れ見た後だとすんごく不穏な発言だよフリルさん」

「ぐへへ、さあお嬢ちゃん観念しな。大丈夫、天井の染みを数えてる間に終わるよー」

「もうこの人無敵だな」

 

 安寧な暗闇に響く無遠慮な声。

 水底からゆっくりと浮上するように意識が覚醒に向かう。

 その半ば、微睡ながら瞼を開く。

 常夜灯の橙色の光を背にして……二つの女の顔で、赤鼻がちかちか明滅していた。

 

「……ッ!? ッ!?」

「あ、ロリ先輩起きちゃった」

「おぉ今ものすごい速さで窓際まで這ってったね。カメラさん追えてなかったよ」

「ゴキブリかな?」

「ルビーちゃんそこはせめてハンミョウって言ってあげよう」

「……いや知らないですハンミョウ。そんな皆さんご存知! みたいなテンションで言われても」

「あ、あぁぁああぁあんたらなに!? こんな時間になによ!? え!? ルビー?? こんの糞アマなななに人の部屋に不法侵入して……不知火フリル?」

「あはは口わるーい」

「初めまして。不知火フリルです。今日はよろしくお願いします」

「あ、はい。有馬かなですどうぞよろしく……」

 

 トナカイが正座してお辞儀するので、思わずこっちも正座してお辞儀を返した。

 ……いや、なんだこれ。

 

「貴様らなにしてんだこら」

「貴様www」

「初めて言われた貴様」

 

 状況は単純であり、間もなく飲み込めた。

 そうかそうか今度はそういう趣向ですか。

 

「とりあえず誰をぶちのめせばいい? アクアとマシラ? ふっ……あんの野郎共ォ……」

「声ひっく。ロリ先輩、ロリ先輩、美少女がしちゃいけない顔してるよ」

「……あ」

 

 赤鼻のトナカイ不知火フリルが不意に声を漏らし、指、というか蹄をこちらに差した。

 

「有馬ー! うしろー!」

「え?」

 

 振り返った窓の外に、大きな影が垂れ込めている。

 一瞬、夜闇かと思ったが違う。それには実態がある。輪郭と凹凸と色がある。

 赤いコートにナイトキャップ。白い風呂敷包みをぶら下げて、それはどうしてか逆さまに。

 逆さまに吊られた人間が。べたりと窓に張り付いたサンタが、にやりと笑ってこちらを見下ろしていた。

 

 ────ぎゃああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

「おうそこに直れや。手打ちにしちゃる」

「キレッキレだ。かつてないキレ具合だ」

「怒った顔も可愛い」

「サンタってなぁよくよく考えると危うい職業だな。こうして子供の寝所に忍び込むってんだから」

「「ねー」」

「余計な口叩いてんじゃねぇぶっ殺すぞ貴様ら」

「「「すんません」」」

 

 雁首揃えて正座させられた我々を浴衣姿の有馬嬢が仁王立ちに睨め下ろす。

 怒り心頭に発するとはまさにこの有り様。打ち首獄門待ったなしと言った具合である。この床の間に真剣でも飾ってあったなら命はなかったろう。

 居合わせているスタッフに対しても平等に同等の殺気を振り撒くあたり、流石は有馬嬢。

 

「いや、やはりどうして有馬ノかな嬢、一廉の女傑の器よな」

「おべっか使って許される状況かどうかよく考えてからものを言いなさいな」

「へへー」

 

 ぺんぺんと脳天に手刀を喰らいながら己は平身低頭に畳へ額を付けた。

 

「寝起きドッキリか? 今ガチだけに事前予告なしのガチンコドッキリですか。へー流石ですねー何事にも体当たりで手抜きってものがないんですねー。バラエティー百遍(ひゃっぺん)見直して来い」

「だって、嘘は……嫌だ!」

「名台詞みたいに言っても許さねぇぞルビー」

「ロリ先輩もはや口調が原形留めてないよ」

 

 荒魂の如くに怒れる女神様を果たして如何にして鎮めよう。

 やはりここは一つ。

 

「姫御前に於かれましてご機嫌麗しくあられたく」

「誰の所為で荒ぶってると??」

「つきましてはこちらを献上いたしませう」

「あ? ……なにこれ」

 

 風呂敷包みから取り出したのは一冊の本。B5サイズで装丁は背表紙を糊付けした所謂無線綴じというやつ。

 

「……台本?」

「来期にやるドラマだそうだ。世に言う月9ってぇやつだな」

「あ、ちなみにそれ私も出ます。レギュラーなので、1クールよろしくね。かなちゃん」

「…………」

 

 テッテレー。

 不知火嬢が声を上げた。SEのつもりらしい。

 

「いやめでてぇ! めでてぇな! 女優有馬かな、また一歩躍進す、と。いよ! 苺プロの看板女優!」

「おめでとうロリ先輩! 同じ事務所の子が売れるって嬉しいね! 大丈夫焦ってないよ! 私全然これっぽっちも焦ってないからね!」

「漏れてる漏れてる。いろいろ漏らしちゃってるルビーちゃん可愛い」

「人聞きが悪い!!」

 

 娘子は無言のまま閉じた唇をぐむぐむと歪ませた。

 顔は怒りやら笑みやら悲喜交々と忙しない。

 

「ふ」

「ん?」

「普通に報せろッ!!」

 

 至極当然の抗議を娘は叫び、丸めた台本で己の脳天を叩く。ぽこんぽこんと小気味良く、有馬嬢はしばらくの間何度も何度も己を打ち据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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