推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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最新話のMEMちょが健気すぎて……。






仕掛けを添えて

 

 

『はーい藤の間を離れて今度はMEMちょの菖蒲の間に突撃したいと思います。プレゼントに怒り半分ニヤけ半分なロリ先輩も一緒でーす』

『鼻骨殴り潰すわよ』

『んもうかなちゃんったら照れちゃってぎゃんわいいぃいいい』

『ねぇ不知火フリルってホントにこんなキャラなの!?』

『今見えているものが現実です。ロリ先輩、気持ちはわかるよ』

『もはや別人なんですけど!? ひぃいいいいこいつなんで人の髪の毛食べてんのぉおおおお!?』

『ひほーほほはひはふふ(美少女の味がする)』

『いいぃやぁあぁああぁあああああ!!!』

『こりゃもう全員起きちまってんじゃあねぇか?』

『そん時はそん時だよ』

 

 ライブと表示された配信画面を食い入るように見詰めながら、ほくそ笑む。

 馬鹿なやつら。何も知らず暢気に、自ら居場所を教えてくれている。

 まるで襲ってくれと言わんばかりの迂闊さ。

 なんて好都合。

 滅茶苦茶にしてやれる。

 あの異物達で汚されたこの番組を亡きものにして、残った純粋なものだけを摂取できる。

 待っていて。今正してあげるから。

 今、あなた達を解放してあげるから。

 

「くひ、くくく」

 

 その表紙に指を這わせる。特殊紙五色刷り、薔薇の花枝を金の箔押しで表現した絢爛豪華な見栄え、しかしその中央を飾る人物画のなんと繊細なことか。

 そこに広がる世界は現実ではなかった。現実を超えた夢がそこにはあった。

 尊ぶべき夢想。その源泉を守護(まも)らねばならぬ。

 それこそが“自分達”に課された義務なのだと、信じて。

 

 

 

 

 

 

 なりたいからってなれるものじゃない。

 そう言い聞かせ続けて、もう何年くらい?

 覚えてない。てか覚えていたくない。考えたくない。

 自虐ネタに振り切れない程度に未練たらたら。

 藻掻きながらしがみつき続けてきた。承認欲と名声欲、それとお金。生活する為。なにより、なによりも、この世界に居続ける為に。インフルエンサーとか呼ばれながら、騙し騙しどうにかこうにか必死に、死に物狂いで。

 そしていつかは、ソレになれるんじゃないかって。

 叶う当てのない夢を大事に大事に抱えて来た。

 白状すると、そんなもの半分以上諦めてた。夢見てんじゃねぇよ。もういい歳だろ。世間に出れば嘲笑と罵倒と憐れみが待ってる。

 いい加減、現実見ろよ。

 見ないふりして、それでも見えてしまう時間的限界。

 

 そんな時だ。

 それは突然現れた。巡って来た、なんて運命的なものじゃない。

 体感的には道端でボールをぶつけられたような感触だ。

 

 ────苺プロ来ちゃいなYO!

 

「ぷっ……変なの」

 

 変だ。変な出会いだ。

 変な人達だった。

 ルビー、アクたん、そして極めつけのマッシー。

 あの夜に私を捕まえた怖い人は、まあ実際怖いことを陰で延々とやりまくって来たらしいのだが、私の叶う当てもなく寝ても覚めても遠くに見ていた夢を。

 叶えちゃったのだ。

 

 いやこんなあっさり!?

 

 契約書を交わして、アイドル業界で知らない者はモグリ認定必至のあの斉藤社長とそのパートナーミヤコさんに引き会わされ、あれよあれよと今に至る。

 とりあえず、アイドル名乗るからには恋愛事はNG案件と、恋愛リアリティーショー『今ガチ』最終回まで本格的始動はお預けではあるが……れん……あい……?

 なんか知らんけどフォロワーとチャンネル登録者数が巻き添え気味に上がり捲っていく今日この頃。なんだかんだYouTuberで躍進中のMEMちょ、アイドルなりましたとさ。

 

 うぅむ実感が、まったくもって実感がありませぬ

 

 というか今のところは、道端でキャッチされた女がほいほい芸能事務所の看板に釣られて研修生()やってるだけな状況なのである。悪徳アイドル事務所に拉致られた後輩ちゃんを何一つ叱れないのだった。

 そしてこれ実は気の長いドッキリでした、とか言われるんじゃないか夜な夜な不安に駆られてるのが内心な訳で。

 

 それでも

 

 ルビーとレッスンをする日々は楽しかった。B小町の振り付けをトレースしたり、歴代アイドル語りに花を咲かせたり、苺プロの休憩スペースで管を巻いたり。

 芸能界の入り口あたりでその空気を吸わせてもらってるだけで、なんだかとっても幸せ感じちゃったりなんかしちゃったりしてる自分がいる。

 

「ちょろいなー私……」

 

 和室の広縁、窓辺に据えられた肘掛付の椅子に腰かけ、モダンな丸テーブルに頬杖を突く。

 澄んだ月夜の空を見上げてアンニュイに溜息なんて吐いてみる。普段ならインスタ用に機材を起ち上げるところだが、今この時だけは職業病も鳴りを潜めて。

 ただ、感慨に浸っていたかった。

 

「……お母さん、私ね」

 

 今でも夢、諦めてないよ。

 諦めないでよかったよ。

 ありがとう。

 

『おいおい、そいつぁ己に言うことじゃああるめぇ。ルビーちゃんか、斉藤夫妻か……それこそ、御母堂に言わなきゃいけねぇよぅ。かっかっ、いやこいつは如何にも口幅ったいが』

 

 ある時、堪え切れず神妙に感謝を告げようとした私をマッシーはからからと笑った。

 でも、私を見付けてくれたのはマッシーなんだよ。

 

『己が余計な節介焼かずとも、メムちゃんならば屹度(きっと)なれてたさ。あいどる』

 

 なんだか口にし馴れていない調子で、お世辞も含めず真剣に言ってのけるマッシーが、私は可笑しかった。

 悔しかった。

 ズルいと思った。

 なるほど、と。はいはい。この人はこういうことさらっと言えちゃうんだ。

 せめて口説き文句であれよこの野郎。

 そうでなきゃ。そうでもなきゃ。

 この感情のやり場がないじゃないか。感謝もさせてくれないなんて。

 罪な奴……あれ、これもアイドルソングだっけ?

 

「にゅふふ」

 

 先行きが見えないのは今も同じだけど、それでもここに居られることを感謝したい。

 アイドルでいさせてくれて、ありがとう。

 私を捕まえてくれてありがとう。

 いつか、そう言える日が来ることを願っている。

 

「あれ、起きてる」

「あららどうしよう」

「もう踏み込んじゃったし今更でしょ」

「…………なにしてんのキミたち。なにそのバズーカ。なんで人の部屋に入って来てんの」

「問答無用! 各員斉射三連!」

「ファイエル!」

「ごめんMEMちょごめんマジごめん!」

 

 ルビーと黒髪美人とかなちーが厳つい大砲をこちらに向けて、わりと躊躇なくそのトリガーを引いた。

 爆音と共に、白煙とカラーテープと金銀の紙吹雪がものごっつい物量で降り注ぐ。

 

「に゛ゃぁあ゛っぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!?」

 

 ド深夜、もとい早朝に。

 状況の理解は瞬時にして明らか。

 いや、セオリーは弁えている。だからこそ驚愕はひとしおだった。

 事前連絡なしの寝起きドッキリは反則技なんだよなぁ……。

 畳を埋め尽くすバズーカの中身に埋もれ、私はこの不条理の元凶だろう男の人を探した。

 その人は何故か、畳を持ち上げて床下から顔を出した。

 

「およ、タイミング外しちまったか」

「ふんぬらば!」

「あだっ」

 

 うつ伏せになりながら両掌で丁度床から生えているマッシーの顔を叩く。良い音がした。やはり肌の張り艶が違う。流石は十五歳だこんにゃろめ。

 

「くそぉぉおおおマッシー! ベタな企画通しやがってぇ! おいカメラ止めろ! こちとらすっぴんじゃい!!」

「大丈夫だよMEMちょ! 今編集さんがリアルタイムでモザイク掛けてるから!」

「あ、そっかそれなら安心♪ ってなるかいッ!! 人の顔を猥褻物扱いかコノヤロー!?」

「じゃあ外す? 私の時はその配慮すらなかったわよ糞が」

「それだけはやめてぇ!!!」

「ほーん、化粧なぞなくとも十二分に美人だがなぁ」

「黙れぃ似非サンタ!! おまんに乙女の純情ばわかりっこなかッ!!」

「方言が迷子だよMEMちょ」

「べそ泣きMEMちょ可愛っ。うふふ、いいなぁ。もぉっと虐めたくなっちゃうなぁ」

「すごいフリルさん、Sキャラも完備なんだ」

「こういうのは節操がないって言うのよ」

 

 色っぽく舌舐めずりする不知火フリルという見たことのない物体を見上げ混乱は極致。

 私だって、ゆーちゅーばーの前に女の子なんだ。

 こいつ、この男め、このとーへんぼく。

 

「マッシーあのね、人にはやっていいことと悪いことがあるわけ、わかる?」

「あ、これマジトーンだ」

「MEMちょがキレるって相当よ。マシラ、どうすんの」

「あーあーいーけないだーいけないんだー。五反田くんがMEMちょなーかしたー」

「おぉこの小娘共、早々に見放しやがった。四面楚歌かい」

 

 この期に及んでまだとぼけたことを言うマッシーに流石にイラつく。

 日本のバラエティーにありがちなデリカシー度外視の容赦の無さは知っていた。

 けど、それを、よりによってこの人にやられるのは……なんだか無性に腹が立つ。悲しいくらい、腹が立つ。

 

「いやはや、メムちゃんの仰る通り。この身はほとほと乙女心を解さぬ粗略漢よ。どうか思う存分打ってくれな。しかしだ、その前に一つ、こいつを受け取っちゃあいただけませんかお嬢さん」

「……ちょっと、このパターンさっきも見たわよ」

 

 かなちーの苦言っぽいものを聞き流して、マッシーは白い風呂敷からディスクケースを取り出した。

 CDだ。

 

「これって……?」

「私達の曲だよ! MEMちょ! デビューシングル!」

「シングっ、きょ、曲って」

「私達“新生B小町”の!」

「はいぃ!?」

「長らくお待たせ致しましたと平に平にお詫びせねばなるまいて。諸般の事情で後ろ倒していたステージデビューの機会がこの春に晴れて決まり申した」

 

 ご丁寧にフリップを取り出して、なんだか弁士のようにマッシーは言った。

 

「まず、苺プロ運営の箱でお披露目。その後プロモーション、ミュージックビデオの撮影をしながら春先に大掛かりな祭典だかフェスだかをするそうだ」

「そこで襲名式をやります! そして主催者は今や世界一売れちゃったあの完璧で究極のアイドル────アイ!」

「…………」

「忙しくなるぜ、メムちゃん」

 

 似合わないナイトキャップを被ったマッシーが、厭味なくらい似合う悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 私はふっと溜息を吐いて。

 

「マッシー好きー!!」

「この女即行掌返しやがった!」

「ちょろい、MEMちょちょろい」

「私もー!!」

 

 お母さん。私、なんか知らない間に新生B小町になってたよ。

 私はルビーと一緒に季節外れのサンタさんをぎゅっと抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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