熟睡していたノブユキは簀巻にして部屋から運び出し、別室の、ケンゴの居室である床の間に吊るした。手際が良すぎた所為か思いの外居心地が良いのか、その間、剛胆にもノブユキは起きなかった。
異様な気配を覚えたのだろうケンゴが床の中で目を覚ます。まず真っ先に目に飛び込んで来た光景を果たしてどう捉えたか。梁から伸びたロープの先でゆらゆら揺れる巨大なミノムシの如きもの、そこから生えたノブユキの生首を見た瞬間、少年は絶叫した。
そこはそれ、流石は歌手。その声量は山に轟くほどだった。
「ノ、ノブノブノノノノブユ、ノボホホォ……!!?」
「…………へっ、えっ、ちょ、なに? なにぃ!? なにこれぇ!? いやぁーッ!!?」
絹を裂くような悲鳴を上げながらノブユキが芋虫同然に藻掻く。その様は実に哀れを誘ったがルビーちゃんとMEMちょと有馬嬢は腹を抱えて笑った。
不知火の娘子は慌てふためき怯え竦む見目好い少年達の奇態に鼻息を荒げた。
「ノブユキ、なんぞストリートダンスのプロチームがお前さんの本業を偶さか見たとかで共演依頼が来とるぞ。ケンゴの方は今度やる音楽番組とロックフェスの出演オファーだ。なんとかいう有名な音楽プロデューサーからの名指しよ。いや、よかったな」
「あぁそうかよどうもありがとう!!」
「マジ泣きそうだわぁ……頭に血ぃ上って」
「さて、次はゆきん子だ。あぁ忙しい忙しい」
「ゆきぽんは桔梗の間だね。あの子は一度寝入ったらなかなか起きないから」
「好都合ね。で、今度はどうやって襲う?」
「すごーいここだけ切り取ると最低な会話だー」
「順応力ぅ、ですね」
野郎共の反応の良さに満足して、我々は次なる獲物の居城へ歩を進めた。
そうして、居並んだ全員が手に手に釣り竿を携える。糸の先に結わえ付けたるは銀座に本店を持つ有名ベーカリーの人気パントップ5。
メムちゃんはメロンパン、有馬嬢はクロワッサン、ノブユキが食パン丸一斤、ケンゴはフランスパン、己はアンパンを釣り下げる。
床の間には布団が敷かれ、ふわりと娘の黒髪が枕から畳へ広がっている。
その鼻面へ種々のパンを近付けた。
「……シュー―ルな光景」
「これで起きたとしたらゆきは一体何なのよ」
「ちょっと意味不明な絵面だよね」
「……俺ら、なにやってんだろ」
「仕事だよ。訳わかんねぇけど」
「シュトーレン美味しい。五反田くんも食べる?」
「どらどら、あむん……おぉ、うむうむ、こいつぁ甘酸っぱくて、なかなかいけるねぇ」
不知火嬢の食いさしを差し出されるまま頬張る暢気な己を、手酷い起こされ方をした少年達は睨んだ。
ゆーらゆら、ゆーらゆら。釣り竿から垂れた糸の先で五種類のパンが揺れる。
振り子のように一、二、三往復目。
「がうっ!!」
「食い付いた!」
「ホントにかかった!? ホントにかかった!」
「食パンにいったー!」
「ノブユキ! 竿立てろ! 持ってかれっぞ!」
「ゆきぃぃいい!? クソォ! ちょっと嬉しい! でも複雑! 絵面が酷すぎるんだわゆきぃ!」
「がるるるるるるる」
獣の如き唸り、深々と噛み付かれた食パンは刻一刻貪られ消えていく。その様相はまるでシュレッダーに差し込んだコピー用紙である。
丁度食パンが三分の二ばかり消失したあたりで、娘子の獣性は徐々に弱まっていった。
その瞳に人がましい光が戻る。はっとして、ゆきは周囲の状況を見渡した。
「はへー、ひんはほほひはほほんはほほで(あれー、みんなどーしたのこんなとこで)」
「食べながら喋らないの……」
「んぐんぐんぐんぐ」
「いや食べ切れって言ってんじゃなしに」
「うわぁ食パンが消えた」
「早朝寝起きに食パン一斤食べ切ったよこの子」
「半分くらい寝てたけどね」
「一応マーマレードも用意してたのに」
「なんの配慮よ……」
「ゆき、ゆきん子よーい。耳は聞こえてるかい言葉はわかるかい。お前さんにも朗報だ。牛丼チェーンのCMだぞ。来週から嫌ってほど牛丼が食えるぞー」
「つゆだく!?」
パンの最後の一欠片を飲み込んでゆきは叫んだ。
輝く両瞳の奥で丼が回転している。
「この子さっきから人語を話してないんだけど」
「私この番組の陰の功労者はゆきぽんだと思うんだ」
「……被害者じゃね?」
「本人が幸せならそれでいいんだ。ゆき、俺はお前がどんなになっても傍に居るからな」
「がんばれノッブ。食費とか食費とか食費とか」
「甲斐性の見せ所」
「いよっ、御大尽!」
「朝ご飯は和食がいいな! 獲れ立てのイワナ! 塩焼きで!」
「まだ食うの!?」
オチも付いたところで、桔梗の間を後にして次の標的の寝床へいざ行かん。散々騒いでいい加減どいつもこいつも目が冴えて来たのだろう。
襲撃準備に淀みはなかった。
「次あかねだっけ?」
「どうしよっか。ベタに巨大バルーンで部屋ぎっちぎちにする?」
「まだ夜明け前で暗いしホラー衣装で脅かすのは?」
「今更そんなもんであかねはビビらないだろ」
「お手本がおじさんだもんね」
「枕元に山の生き物大集合させてもダメかな。はい、カマキリ」
「うひぃどっから持ってきたのよ!? ああああこっち向けんな!!」
「庭木にいたよ。やっぱり山育ちは活きが良いね」
不知火嬢の指の間で、大振りなメスカマキリが鎌を元気に振り回す。
あかね坊には望み薄だが、有馬嬢の枕元にそんなプレゼントを置いた日には絶大な効果が約束される代わりに向こう半年は口を利いてもらえなくなるだろう。
とにもかくにも坊の部屋へ向かう。
「あかね坊が泊ってるなぁ椿の間だったか」
「そ、旧館の奥まったとこ」
サンタを筆頭に、トナカイ二頭と浴衣姿の少年少女達がぞろぞろと廊下を行く。
スマホに流れるそのライブ映像を見限って、早朝の庭を駆けた。
部屋に忍び込むなら当然宿泊者の留守を狙わねばならない。それを映像でわざわざ教えてくれているのだ。これ以上のチャンスがあるだろうか。
携行缶片手に、渡り廊下の直近の部屋へ。用意していた脚立を使って一階屋根に昇る。
目当ての部屋の窓際ににじり寄り、そして。
「この臭いは、ガソリンか」
「!?」
「そいつぁちょいと……笑えぬ悪戯だぜ」
二階の屋根の棟の上。長身の影が月光を背にして立っていた。一体いつから。一体どうして。
「まんまと掛かってくれたな。流石はアクア坊の悪知恵だ」
「な、な、なん、で」
「なぁに、種を明かせば単純明快。お前さんがライブ配信だと思ってるその映像な、わざわざ二日前に全員で前乗りして昨朝撮ったもの。そう、録画だよ」
「!」
スマホを見やる。映像は滞りなく進行して、今し方黒川あかねが宿泊するという椿の間にサンタ率いる今ガチメンバーが押し入ったところだった。
そして今この時、この場にいる筈の無い五反田マシラが凶暴に笑んでこちらを見下ろしていた。
「この旧館は
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
「廃校撮影の折はなにかと世話になってますなぁ。株式会社Gメンテ設備管理課担当事務員、佐々木エイコ殿」
「ッ!?」
黒いニット帽に黒いハイキングジャケット姿、思ったよりずっと若い。あるいはその眼鏡の奥できつく尖る瞳が女を余計に老けて見せているのか。
視線は揺らぐ。驚愕と怯えが眼球から神経を走り脊椎を震撼させて、女は硬直した。
「観念しな」