推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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犯人の正体見たり◯◯◯

 

 

 

 

「屋上でビニールハウスに悪さが出来る者は限られている。まず今ガチのロケ地であるあの廃校の所在を知り、屋上の鍵を持ち出せ、屋上のボルトの径や型を理解して工具を用意出来る。順当に考えりゃ、現地スタッフを疑わねばならぬところだが……」

 

 二階の屋根から、一階の張り出した庇へ、立ち尽くす女の前に飛び降りる。

 黒い装いがその身に帯びた闇ごとたじろいだ。

 

「なんで、どうして私のこと。どうして私の名前まで!?」

「あの日修繕の為に廃校へ呼び出された設備管理会社の従業員達。電話口じゃあどうしたとて現場の状況を全て正確に伝え切るなんてなぁ難しい。分解(バラ)されて吹っ飛んじまった鉄柵の部品、その型番を諳んじて言える奴がさて何人居るやら……だってぇのに、お前さんきっちり持ってきてくれてたな。建物の内と外で改装された年代もてんでちぐはぐな校舎の、屋上の一部で使われてるだけの部品をよ。そこでふと思ったのさ。もしやして、この従業員らの中の誰かは知ってたんじゃあねぇのか。何処の部品が幾つどんな風に外れてるか、ってぇな」

「そ、それだけの理由で」

「無論こんなことだけで犯人扱いするわきゃあねぇとも。ただ、疑いを以て探りを入れるには十分な理由になった」

「ち、近寄らないで!」

 

 携行缶を抱き締め、女はジッポーライターを開いた。

 怯えと同じほど、凶暴な反骨心がその顔を歪ませている。

 それを敢えて意に介さぬように己は朗々とネタばらしを続けた。

 

「偉そうに言っておいてなんだが、白状するとこんな囮捜査紛いな真似でお前さんを誘き寄せたなぁ結局容疑者を絞り込み切れなかったからだ。今のところ明確な物証はない。まあ? 流石にそんな物騒なもんを明け方近くに持ち出しておいて今更、潔白です、などとは言えまい。現行犯だ」

「で、でも! やっぱり私が屋上の事故を仕組んだっていう証拠はないんでしょ!?」

「ああ、そうなる。ただし状況証拠は一つ。お前さんあの台風の日、細工の為廃校へ来る足に社用車を使ったな? 走行距離のメーターと使用歴を計算してみたが……申告された数値よりもすこぉしだけ多かったぜ。そう、丁度社屋から廃校までの一往復分。そしてその日最初の申告者は佐々木エイコ、あんただ」

「え、いっ、いつ、そんな」

「つい今朝だよ。慰安旅行に招待されたGメンテの社員がこの旅館に来ている間に、締め作業で遅れて来るという事務員さんに予め協力を仰いでおいた。あ、密告されたなんて思うんじゃねぇぞ。単なる世間話のついでに聞き出したまでだ。いやはや毎度毎度車でロケ現場までの遠征ご苦労様です、表のライトバンをよくお見掛けしますよぅ、ありゃ使い易い車ですってねー、ちょい中見てよろしいですか? なんてな具合によ」

 

 そうお道化たところで女はちらとも笑わなかった。当たり前だ。

 じりじりと追い詰められているのだから。理屈と現実、双方から。

 

「問題は動機だ。そこだけはどうにも予想が立たなんだ。同業者が妬み嫉みから演者を害さんとする。ありそうな話だ。あるいはそれこそ……番組の人気や売り上げから、お零れを掠め取ろうという欲得尽くの輩。しかし近頃はなんだ、てめぇの所業を簡単に世間に広められるとあって質の悪い愉快犯も多い。なかなかどうして難儀していた折……天啓をくれたなぁ、あかね坊だった」

「! 黒川、あかね……!?」

 

 

 

 

 此度アクアが練った計画を実行するに当たりどうしても必要な措置。

 事の次第を今ガチメンバーへ明かさぬ訳にはいかなかった。

 事情を通じぬまま、何も知らぬメンバーの誰かが犯人の襲撃を受けるなどは万に一つあってはならない。行動するにせよさせぬにせよ、そこには緊密な連携が不可欠だった。

 大所帯で五反田家の自室に集まり、脅迫の事実を含め己とアクアの推論を開陳する。ノブユキやケンゴは驚くより呆れ、メムちゃんやゆきは何が何だか分からないといった様子。

 有馬嬢の反応は極冷ややかだった。もしやすれば一度ならず、こんな事件を知り得、あるいは経験すらしてきたのやもしれぬ。なんせ芸歴にして十年以上。子役上がりの賢しい娘子。人間の腹の底で淀む汚泥のような悪意を、望まずとも見聞きしてきた筈だ。

 

『旅館での様子を生配信と偽って流し、犯人を誘き出す』

『特に部屋が無人だってぇことを強調すれば、一定の()()は期待できるな。かっ、奴さん襲撃の機会に恵まれずそろそろ焦れてる頃だろうぜ』

『理想は現行犯だけど、いざとなれば俺らの方から宿泊者の部屋か荷物を漁ってもいい』

『不審物が見付かれば現場を抑えるまでもねぇ。幾らでも締め上げて吐かせてやれる。囮捜査は無論だが、こんな事件が起きてもねぇ段階での看做し捜査は行儀の良い警察じゃあできねぇからな。くふふふ』

『うわぁ……二人ともすげぇ悪い顔してる』

『これが本性か。やべぇなこいつら』

『だいぶ前からわかってたけどね』

『こいつらが今までやってきた“御乱行”が知れるわ』

『ちょっとだけ聞きたいような聞きたくないような』

『やめとけゆき。絶対ろくなもんじゃないって』

 

 有馬嬢が片眉を上げて己とアクアを睨む。

 

『それで? あんたら私達に何をさせたいのよ』

『偽の生配信の最中、別館に退避しててくれ。それ以外は何も望まんさ』

『私達も何か手伝うよ! その、犯人? 大人数で囲んでさ!』

『絶対に駄目だ』

『んなこたぁ断じてやらせねぇよ』

『えぇ~』

 

 異口同音に言う我らに、ゆきは不満気な声を上げた。

 ノリの良すぎるゆきは置いて、他の面子は概ね了解してくれたようだ。当日はノブユキにゆきを全力で捕まえていてもらうとしよう。

 

『……警察を頼らないのは番組の為?』

 

 有馬嬢がぽつりと呟く。

 

『いや? 正直に言やぁお前さん達が無事なら別に番組なんざどうでもいい』

『言い切った!』

『一応俺らこれで稼がせてもらってるんだけど……』

『注目度とか視聴者数とかマッシーが気にするわけないもんねー』

『や、やだよ!? 珍しいものもっと一杯食べたいのに!』

『どうせゲテモノばっかでしょ!!』

『問題は、明確な事件性を証明できない今の段階で警察に通報した場合、碌な捜査もされぬまま犯人が潜伏しちまうことだ。何を目的に、誰が狙われているのか、これが判明せぬ内に番組が終わりこの面子が散り散りになれば……』

 

 己やアクアがこの少年少女らの身辺を護衛することも儘らならなくなる。

 現状『今ガチ』という判り切った標的がある。この構図を崩す訳にはいかない。

 

『一網打尽、それこそが望ましいが……』

『?』

『いや』

 

 鏑木が入手した脅迫の証拠は、某大手芸能事務所に痛烈な打撃を与え得るがこの事件(ヤマ)を解決する手にはならぬ。世間で一騒動起こり、結果実行犯を慎重にさせてしまうだけだ。

 

『いずれにせよ、容疑者を絞り込めねぇ今この策でどうにかする外あるめぇ』

『わかる、かも』

 

 不意に、あかねは言った。

 先程から会話にも加わらず、己とアクアがまとめた捜査資料擬きに娘は目を落としている。

 

『犯人の動機』

『!』

『ハウスを屋上から落とすなんて確実性の低い方法を使ったのは個人を狙った犯行じゃないから。ひどく感情的、だけど嫉妬じゃない。その後、番組への襲撃が続かなかったのは……番組が続くことを望んでるから。終わってしまうのが口惜しいから。うんでも、エスカレートする前なんだ」

 

 現場で撮った写真を取り出して、あかねは頷く。

 

『……まだ感情が煮詰まり切ってない。ロケ現場の物に極力触れずにいたのは証拠を残さない為と同じくらい、犯人にとって触れることを躊躇するような、価値があるから。綺麗な物だから。世界観が……』

『あかね坊』

『……あっ、ご、ごめんなさい!』

『いいや構わねぇさ。それより、続きを聞かせてくんな。お前さんの所見ってぇやつを』

 

 驚いたような面々の視線に一度肩身を縮め、あかねは一度深呼吸した。

 そうして。

 

『犯人は女性。それも特定の、やや偏った趣味趣向を持ってる』

『偏った趣味? そいつぁなんだい』

『………………ぐふぅ』

 

 あかねは奇声を発して床の上で丸くなる。

 暫く娘は動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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