いや、厳密には、眼下にあるのはただの板切れだ。そこには数枚の薄っぺらな板と棒が横たわるのみで、形を失くしたからにはもはやこれを小屋とは呼べまい。
元小屋、その残骸。
終わってみればあっという間。それこそ夢の後の如し。
今からガチ……なんだったか。番組タイトルを失念する程度にその内容は当初の道程から大きく大きく乖離してしまった。
それもこれもまあ、己の所為ではあるのだが。
悪びれてやることもあるまい。依頼主たる制作会社、配信元、企画室、それらの上層部の許諾、いやさ要請と命令と極めて軽はずみな思い付き、営利追求的下心によって己が身は招集されたのだ。
仕事を斡旋された分だけの義理は果たした筈だ。
そして、それに巻き込まれた子供らに対する報いというか、
冬本番。枯れた風が冷え冷えとして身を切るようだ。
天気こそ良いが、薄雲のちらつく空にあっては日輪の恩恵は少ない。寒い。ネックウォーマーに顔半分を埋めながら、ボルトや蝶番といった金具をプラスチックのケースに放り集める。
撤収作業もこれで一段落着いたか。
「……ねぇ、これ最終回なのよね」
「そうだよぉ。だからこうして皆で片付けしてるんじゃあねぇか。おうノブ、その辺の材木も全部トラックに積み込んじまってくれぃ」
「うーい」
「そりゃそうでしょうけど、最終回って言ったらもっと、こう、大団円、希望の未来へレディーゴー的な、なんか派手なことしなきゃいけないもんなんじゃないの? 私こういう番組出たことなかったからわかんないけど」
ビニール袋に火バサミでゴミを拾い集めながら有馬嬢は素朴に呟いた。
相変わらず真面目な娘だ。
傍らのアクアが木切れをノコギリで細かに裁断している。積み木細工のようになったそれらを袋に放り込み、口を縛って一息。
「ふぅ……前半は出演させられた後悔と恨み節全開だった癖に」
「出るからには半端な仕事したくないだけよ。ギャラ貰ってんだから当たり前でしょ」
「ちなみにおいくらで?」
「言う訳ないでしょボケ。それに同業でも割安な私より、個人事業主の配信者の方が刺激的な額貰ってるわよ。きっと」
「かなちーん、その言える訳ないネタをこっちに振らないでー」
「いいじゃねぇか。皆好きだろ、金の話」
メムちゃんとゆきん子がブルーシートを苦労して畳んでいる。
ケンゴはビニール長手袋にカップマスク、保護メガネ、長靴、前掛けと重装備でニワトリやらヤギやらの糞を掃いて集めている。そうしてマスクの内からくぐもった声で少年は言った。
「生臭ぇ……」
「高校生の会話じゃないな」
「なに言ってんの大事なことだよ! ご飯食べてく為だもん!」
「ゆきが言うとなんか説得力あるよね」
「当初のキャラが迷子よ」
「大食いに旅ロケに朝の食レポコーナーにレギュラー三本一気に決まったんだっけ?」
「今度Cook D◯のCMも決まりました。ブイ」
「大したもんだ。うちの出世頭はゆきん子で決まりだな」
ゴミや廃棄物やらを纏め、作業道具を洗い清めて仕舞う。
そこへあかね坊が荷物を抱えてやってきた。
「あ、師匠。この戦利品ってどうしましょう」
「ん?」
「あぁ……」
「あれぇ、まだなんかあったっけ?」
「全部食べたと思ったんだけど」
「猪の毛皮と鮫の顎と、カミツキガメとかアカミミガメとかの、なんか甲羅が一杯」
「毛皮ってまだあったよな、ヌートリアとか」
「リスの尻尾は私がストラップにしてもらったよ」
「甲羅と貝殻は何個かギターピックに加工したぜ。小さすぎて使い辛いけど」
「あったあった、あのちっちゃくて大量に獲れたやつ」
「あの貝は正直食べられたもんじゃなかったわ……」
「え、そう? 結構美味しかったよ?」
獲りも獲ったり獲物の数々。うっかり猪なんぞ仕留めてしまったが為にすっかり狩猟採集が平常業務になった番組の弊害、もとい成果達。
市の展示物として寄贈したものも幾つかあるが、それでもどうしてなかなか持て余す。
「いっそネットオークションで売るとか」
「それこそ生臭いわ」
「なかなか良い値が付きそうだがな」
「衛生面とかで責任負えないから却下」
至極真っ当かつ冷徹にアクアが断じる。
となると視聴者プレゼント! などという体の良い不要品処分法も使えんか。
ならば無難に行政を頼るが筋であろう。
「あかね坊、すまんがこいつも袋に詰めてトラックに積んじまってくんな」
「はーい」
「……こういうあっさりっていうか容赦なくっていうか、記念だろうが思い出の品だろうがとっとと捨てるのがこの番組よね」
「にょほほ~、かなちんがちょっと寂しそうにしてる~」
「かなってばかぁわいいー! さっすが今ガチの純情担当!」
「実は一番そういうの大事にするのはかなだよな」
「なんかエモい感じにアコギでも弾くか? エンディングテーマ的な」
「有馬、泣いてもいいんだぞ?」
「おうさ最終回だからな。涙の一つも零れっちまうのが真っ当な人情ってぇもんよ、かっかっかっかっ!」
「この番組でだけは死んでも泣かねぇわ……! えぇいうるせぇ! 囃すなバカ共! いや敢えて言うけどちょっとくらいはセンチになれや! これ最終回やぞ!?」
ぎゃあぎゃあ騒ぎはしゃぎながら、撮影現場たる廃校の隅々まで丁寧に丁寧に清掃し、其処彼処に散らばる番組の痕跡を回収していく。
来た時よりも美しく、立つ鳥跡を濁さずの習いだ。
気付けば早々と日は傾き、西空の彼方でカラスが鳴いていた。
「積み込み終わり! あ゛ぁ腕痛ぇ!」
「掃除もすんだよー」
「農家さんに挨拶周りもやったし。あとは?」
「ん、チェック箇所はだいたい片付いたわね」
「あはは……それにしても、絵面地味だったねぇ。カメラは半日くらい回してたけど、撮れ高って大丈夫なのかな?」
「知ーらね。この番組が視聴者置いてけぼりなのは初回からだろ」
「必要なこととはいえ、スタッフは一切手伝ってくれねぇし……」
この廃校には屋内外を問わず各所に多数の定点カメラが据えられている。ディレクター曰く我々の自然な空気感、ガチ感なるものを重視した結果らしい。その為、カメラマンがカメラを構えて子供らが作業をしている現場に立ち入るということがあまりない。
今日に至っては皆無である。
撤収作業も概ね完了。
八人で校庭の土手に座り、茜色の空を望んだ。
「今日の撮影、唯一の指定がこれ?」
「『作業終わりに八人で夕陽を眺めながら回想』って台本にあったし」
「結局最後までまともな台本渡されることはなかったな」
隣でしみじみとアクアは言った。それはもはや苦言ではなく感慨の吐息で。
「これで、終わりか」
「ああ」
そう。これで終わる。今日で終わる。
この奇妙な饗宴だか乱痴気だか、楽しい見世物は。