推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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天照美姫降臨

 

 

「いろいろあったね~」

「ありすぎたわ」

 

 八人が銘々思い思いに土手の芝生に座ったり寝転んだり。

 黄昏れながらメムちゃんが言った。

 軽く毒づくように有馬嬢が応ずる。

 なるほど思い起こせば数奇な巡り合わせではあった。番組に招集され……いやオファーか、打診か、ともかく番組制作において内容に適した演者として各事務所から押し立てられて来た少年少女らが、気付けば半年以上もの間汗水垂らして働いて、苦楽を共にしてきたのだ。

 感慨に耽るのも無理からぬこと。

 

「これで終わり……うん、やっぱり少し、寂しい」

「なによ。今更改まって」

「えへへ」

 

 有馬嬢が睨むと、あかね坊はむしろはにかんで笑った。

 それが意表外の顔であったからか、嬢は戸惑う。

 

「大変だったぁ……ハイジが怪我しちゃった時は本当に……もうどうしようもないって一人で絶望したり」

「ホントよ。あの時はわりとガチで死ぬかと思ったわ」

「あはは……その節はご迷惑をお掛けしました!」

「いいんじゃね? 結果的にはあそこから番組跳ねたんだし」

「吹っ切れたっつうか、ブレーキが壊れ始めたのもあの辺からだったな」

「マッシーが猪担いで山から下りて来た時は自分の目と正気を疑ったよね」

「お肉美味しかった(小並感)」

「このバケモン」

「よせよせそう褒めるな。面映ゆいじゃあねぇか」

 

 アクアが繰り出してくる拳を一打二打三打掌に受ける。

 

「なんでこんなんなっちゃったのかしらね……」

「マッシーを呼んじゃったから~! ってだけでもないか」

「私らも結構悪ノリしちゃったし」

「乗らなきゃやってられねぇっていうのもあった」

「まあ下手に遠慮とか躊躇とかしてたら置いてかれるなーって感じはすぐ読めた。呑まれてはい終了。俺の出番も終了」

「目立てなきゃ降ろされる、事務所にも怒られる、そういう怖さがずっとあって……だから私みたいなのはさー、やらかしちゃってさー」

「あかねが盛大にネガってるな」

「かかっ、真面目な娘だ。というか、この面子にゃ真面目じゃねぇのがいねぇんだ。心配になっちまうくれぇによ」

 

 少年少女達は互いに顔を見合わせ、揃って苦笑した。

 

「そりゃマジにもなるって」

「テキトーな人間が生き残れる業界じゃないし」

「はいはーい! ぶっちゃけ私、最初の方実はめっちゃキャラ作ってましたー! もうホンット手探りで。そして気付いたら食いしん坊キャラでした」

「ぶりっ子キャラで行こうとして初日で不可能を覚ったMEMちょですどうぞよろしく!」

「なに? ぶっちゃけトークコーナーに入るわけ? じゃあ言うけど、ツッコミ役とか未だに納得いってねぇからな!? 番組進行とその日のテーマの軌道修正のプランと締めのコメントを毎週考えさせられる身にもなれ! ファック!」

「はい! 言わずもがな立ち位置迷走して大変なご迷惑をお掛けしました黒川あかねです。ごめんなさいマネージャー。心配かけてごめんお母さん。私は大丈夫。舞台もドラマも、春のオンリーイベントも頑張るから!」

「もう八割くらい開き直ってるよな」

「逞しくなったもんだなぁ、あの大人しいあかね坊が」

「大人しかった期間の方が短いけどな」

 

 禍根はないが、なにかこう開いてはいけない扉というか見出してはいけない才能というか、そういうあれが開花してしまった気はする。責任も多少感じないではない。

 

「まあ、元気ならいいさ。いろいろ苦労掛けたな。己のようなのに付き合わされて、さぞ気苦労も多かったろう」

「ふーん、殊勝じゃない」

「かっかっ、そりゃ最後だからな。改まりもすらぁな」

 

 己のような埒外者に、それでもここまで着いて来てくれた子供らに感謝以外が浮かぼうか。

 

「ありがとうよ、皆の衆。どうかこれからも達者でな」

 

 その前途が良きものであることを願う。彼ら、彼女らの幸いを想う。

 などとまた、この爺めは偉そうに保護者面で考えるのだ。まったく、何様の分際でか知らん。

 アクアは呆れながら、可笑しそうに失笑を堪えている。

 不意に、メムちゃんが口許を両手で覆う。

 

「っ、わ、わ、やば。ちょっとうるっと来た」

「あっははは、見て見てみんなーMEMちょ泣いてるー」

「うぅ、ゆきだって泣いてるじゃん」

「うん! なんでだろ! この番組じゃ絶対そういうの、ないって、ふぎゅっ、あはっ、うわぁ、あははは」

「っ……!」

「えぇちょっと、あんたまで?」

「こ、これは、仕方ないじゃん。もらい泣きだから……」

 

 メムちゃんに始まり、ゆきん子があかね坊がハンドタオルで目元を拭う。

 

「ゆき、泣きたいなら俺の胸、貸すぜ?」

「マシラパパー、涙と鼻水だらだらの人がなんか言ってまーす」

「ノブユキはまあこうなるだろうなって」

「素直な奴だ」

 

 ノブユキは縋り付いたケンゴの胸板を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした。

 ケンゴは頗る嫌そうな顔でノブユキを引き剥がそうと藻掻き足掻いた。

 あかね坊は少年らのその様を見て泣き顔のままにちゃりと笑った。

 

「はあ……はいはい締め入るわよ! えーっと? 短い間でしたが、番組はこれにて終了です。応援してくれたたくさんの人達、ホントに今までありがとー!」

『ありがとー!』

「人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し。別れがあらば出会いもいずれ。また会う日まで壮健なれ! ちょっとこれ書いたのマシラでしょ!?」

 

 その時、低いモーター音が過る。

 カメラを搭載したドローンが校舎の影から飛翔した。茜の空高く舞い上がり、土手に居並んだ我々を見下ろす。

 八人が手を振る。

 遠退きながら校庭を、校舎を、廃校の全景を大写しに、おそらくはEDテロップが流れるのだろう。

 

「はいせーの」

『さようならー』

 

 雑な合いの手でだらだらと声を揃えて、我々は最後の挨拶を夕空に投げた。

 そして、校舎の屋上から垂れ幕が下りる。

 『また会う日まで』とわざわざ手書きさせられた番組の大団円を祝う為の────

 

「……ん?」

 

 それは格別、予感めいたものを覚えたからではない。ディレクターのカットの合図が遅いというのもあるが。

 垂れ幕の下がった校舎を振り返った。

 そこに書かれた文言に視線を這わせ。

 

「有馬嬢、有馬嬢よ」

「ちょっ、なによ。カットまだ掛かってない……でしょ……」

 

 『年末特別企画“出張!ガチ弾丸全国モンスターハントの旅”12月31日全世界同時生配信決定』

 凝固した有馬嬢の様子に気付いた面々が、その視線を追って垂れ幕を認め、暫し固まり、すぐ弛緩する。

 

「あぁ……」

「まあ、うん」

「ですよねー」

「年越し。あぁガキ使みたいな?」

「意外さはねぇわ」

「このサプライズ要るか?」

「そう言うな。スタッフさん達が頑張って書いてくれたんだぜ」

「待って。ちょ、うん、わかった。年末特番ねはいはい。お仕事どうもです頑張りますよええ……誰か、ちょっとその、隣に垂れ下がってるやつ、代わりに読んでくれる?」

 

 有馬嬢は震えた声で漸う言った。信じられぬ、いや信じてなるものか、そういうものを押し殺し、殺し切れず滲ませて。

 

「んーっとね『幻の怪鳥を追え!暗黒の魔境アマゾンの冒険!』だって」

「ざけんなぁぁあぁあああああ!! 国内だけじゃ飽き足らずかあああああああああ!?」

「あ、端っこにスケジュール抑え済みって書いてある」

「アマゾンかぁ」

「俺海外ロケ初めてだ」

「南米ならまずシュラスコだよね!」

「ラテンのサウンド、勉強にはなるか」

「…………」

「どうしたアクア坊。嬉し過ぎて言葉もねぇかい」

 

 アクアは無言で俺の首を絞めた。

 

「お前知ってたのか」

「いやいや、まったくの初耳よ。こりゃマジだマジ」

「……不定期の特番とかは、覚悟はしてたけど……海外、それもアマゾンて……昔のバラエティーじゃねぇんだから……」

「冠名はどうする? ここは一つ『有馬かな、探検隊!』ってぇのは」

「ぶん殴るぞこの白髪野郎」

「どうどう落ち着け有馬嬢。とりあえずその拾い上げた石ころ下ろしてくんな。傷害事件になっちまうから」

 

 芝生に崩れ落ちた有馬嬢の肩を叩く。

 他の子らは相も変らぬ物分かりの良さで早々に事態を飲み込んだらしかった。諦めたとも言う。

 

「おーい! みんなー!」

 

 高らかに、実際高い所から良く通る澄んだ声が降ってくる。大いに聞き馴染みのあるそれを振り仰げば、校舎の屋上からこちらに手を振る少女が二人。

 金糸の髪が風に浚われ、煌びやかな茜の光を照り返す。赤ジャージ姿のルビーちゃんである。

 その隣で同じくジャージを着た別嬪、馬の尾のように結われた黒髪が靡く。不知火フリル嬢。

 

「最終回お疲れ様でっす! 年越し全国ツアー助っ人ルビーです!」

「どもども、どーもどーも。アマゾンに付いていく気満々フリルっす」

「シリーズレギュラーの座は逃した私達ですが特番にはがっつり潜り込みます! 引っ掻き回すぜぇ! ボケまくるぜぇ!」

「番宣とかどうでもいい。今日私はただただかなちゃんの絶叫を聞きに来た!」

「うるせぇ!! ぶっ◯すぞ!!」

「あぁいいぃ。染み渡る」

「そしてそしてそれだけじゃありません! 最終回と定期特番化と地上波放送を記念して、本日はなんと! なんと! この方がお祝いに駆け付けてくれました!!」

 

 なにやら感極まった調子でルビーちゃんが煽り文句を叫んだ瞬間、スポットライトが一斉に点る。

 それは屋上のただ一ヵ所に集中し、その人物を照らし出した。

 ジャージ衣装が義務なのか。白いそれを身に纏い、笑顔そのものが光り出しそうなその少女……少女のようにしか見えないその女性(にょしょう)

 夕陽さえ呑み込む鮮やかな漆黒の髪が踊る。舞う。

 燐光さえ纏って立つ、完璧すぎるその美貌。

 

「来ちゃった」

 

 お道化て彼女はピースする。カメラに、観客に、夥しいまでのファン共に。

 世界を魅了し蠱惑する姫御前。

 アイはこちらを見下ろすと、華やぐように微笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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