推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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キミは現のウズメ

 

 

 撮影終了に伴って、今度は機材等の撤収作業が始まった。

 

「いやぁ演者さんのお陰で片付け超楽だよ」

「ちょっと、あんまり大きい声で言わないの」

 

 農具や工具の類いから、現場で使用したテント類、調理スペースや各種器具、随所の清掃に至るまで(何故か)己や子供らが片付けたので、スタッフ共の仕事は見るからに少ない。とはいえ、彼らにしてみれば映像編集とその後の配信や媒体の管理こそが本領。ここを離れ制作スタジオに戻ってからがくりえいてぃぶ仕事の始まりと言えば始まりなのだろう。

 気付けばそのように呆としていた。

 送迎車のバックドアを開き、荷台に浅く腰掛けている。仕事は大方終わった。することがないのだ。

 所謂、手持無沙汰であった。

 アクア達はここにはいない。今子供らは最終回と件の特番、海外ロケ企画決定の宣伝だかCMだかのコメントを撮っている。

 そうしたものに己が呼ばれないのは偏にその適性がないからだ。我々の乱痴気騒ぎを見たいなどという奇矯な者は格別こちらが何か言わずとも勝手に見るだろう……と、バラエティーの演者にあるまじき寝惚けたことを宣う己を宣伝担当に起用するほどの暴挙もあるまい。

 日が沈み、灯りを落とされた廃校は如何にも暗い。冬の山麓は静かだ。ひうひょう、夜啼き鳥の声が微かに聞こえる。

 

「なかなか、雰囲気があるな」

「へぇ、どんな?」

「そりゃ無論のこと怪物なり幽霊なりが化けて出るあれよ。そうして一人また一人と襲われながら、居合わせた我ら今ガチメンバーは力を合わせて見事魑魅魍魎を調伏するのさ」

「おぉ思ったよりダイナミックな展開。でも私の今の気分だと、もう少しロマンチックなやつがいいかな」

「浪漫にゃ溢れてると思うが……例えばどんなだい。その、ろまんちっくな展開ってぇなぁ」

「若者への嫉妬と狂気に囚われた女が撮影クルー達を一人また一人と惨たらしく殺していって最後には誰もいなくなった……みたいな?」

「似たり寄ったりじゃねぇか。それとな、この現場でその設定は洒落になっとらんぞ」

「あっはははは」

 

 血腥い妄想を口にしながら、その女はひどく朗らかに、心底可笑しそうに笑った。まるで年齢の判らない幼気な面差し。まるきり少女の顔貌。

 撮影現場の照明も遠いこんな薄暗がりの中、その姿は燐光を帯びているかのようだ。

 やはりこの女は別物だ。人間離れしている。出会った頃にも一度似たような印象を抱いた。

 アイはちょこんと己の隣に腰を下ろした。

 

「番宣の撮影があったんじゃあねぇのかい」

「ないよ? 私が顔出しするやつはみんなスタジオで撮るんだって。私が今ガチに出るのは最終回まで秘密だったし、CMとか広告も全部今日の撮影分が配信された後だから」

「そりゃあそうか」

「みんなのパパは一人でお留守番中?」

「役立たずは座ってろと言われてな」

「ふふ、アクアだね? じゃあアクア達が来るまで()()()()はおばさんと待ってよっか」

 

 女は突然友達の母親みたいな口を利いた。

 おかしくはない。ない筈なのだが、実に似合わない。違和感ばかりだ。

 

「……時代かねぇ。若ぇおっ母さんもいたもんだ。いや、いや違うな。お前さんがおかしいんだよ。何年経っても変わりゃしねぇ。齢食わねぇのか、お前さん」

「ありゃりゃ? もしかして褒めてくれてる? うれしー! ってかめっずらしー! マシラさんでもそういうこと言ってくれるんだね」

「半分は皮肉だよ……化粧か? それとも流行りのあんちえいじんぐとかか」

 

 無礼を承知でまじまじアイの顔を見詰める。

 恥ずかしがるでも気分を害するでもなく、女はむしろずずいと顔を寄せて来た。

 この、山麓で見る星空めいた両瞳が、我が身を覆わんばかりに拡がる。

 

「まあそりゃメイクはするけど。エステはねぇ、めんどくさいからあんまり行かなくなったなー。してもしなくても大して変わんないし」

「……ミヤコちゃんあたりに聞かれた日にゃ殺されっちまいそうな言い様だな」

「ほほぉ、容疑者役は決まったね」

「戯け」

「えへへ」

 

 何故か罵倒されてはにかむ娘子に、己は知らず笑っていた。

 思えば奇妙な間柄だ。今にして、いや今更に思う。

 出会いも、その後の関わりも、そして────事の結末も。

 尋常からは程遠かった。そも、今の我が身の有り様がまさに天魔の仕儀。天神共の悪質な悪戯なのだが。

 アイ。星野アイ。

 アクアとルビーの母御。雨宮の受け持った最後の褥婦であり、さりなちゃんの憧れ。

 己にとってはあの二人越しに見るテレビジョンの中の偶像に過ぎなかった。

 それが、今。

 

「なんか不思議だねぇ」

「なんだ藪から棒に」

「藤咲さんとこうしてるのがね」

「昔の名前で呼ぶんじゃねぇよ。どこで誰が聞いてるかもわからねぇんだ」

 

 こうして並んで二人、埒もない談笑を交わしている。

 俺達は決して友人ではない。ではなんだ。

 浅からぬ縁。ある意味、友情愛情を超えた深みにある、この絆は。

 この、切っても切れぬ“繋がり”は。

 

「切るべきなのだ。切るべきだったのだ。己なぞ」

「ダメだよ、そんなの」

「……」

「アクアもルビーも、藤咲さんがいなきゃダメなの。実際、私もダメだった。()()()()()()()()()()。あの人を救ってあげることはできなかった」

「救い……」

 

 女は儚げに微笑する。あるいは艶然と、山より出でた怪異か、女神のような妖しさで。

 俺の脳裏にはどうしてか、あの少女が、ルメの姿が過った。

 

「ありがとう。藤咲さん、私に付き合ってくれて。そして、ごめんなさい。後戻りできないところに付き合わせて」

「お前さんには関わりない。あれは己の」

 

 罪業である。

 

「違うよ。私達の、だよ」

「それは」

「藤咲さん、貴方が私の、私達の為に、大切なものを捨ててしまったこと、私は理解してるつもり。信念とか、正義とか。私バカだから、意味とか理屈とか、満足に理解できないかもしれない。でも、貴方がそういうものを犠牲にしたことだけはわかる。だからね、何度でも言うよ」

 

 こちらの耳元に唇を寄せて、女性(にょしょう)は囁いた。

 

「私達は共犯者」

 

 慈愛と罪業の同居した美貌を笑みで飾る。

 それは甘美な、女神からの裁断であった。

 

「もう絶対に離れられないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 鴉を連れた少女さんが芸能担当ではないとぶっちゃけてくれましたがこちらの二次創作時空では変わらずヤバい最古ダンサーでいていただきます。あしからず。
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