ネット配信版今ガチ最終回の打ち上げ宴会は当初、ディレクターの知己が営むバーで開かれる予定だった。
それが変更されたのは、誰あろう健啖家ゆきの胃袋を慮ってのことである。
ホテルの宴会場を借り切ってビュッフェスタイルでフルコース料理がプレートに山と盛られ並ぶ。厳かさとか
「やーん! ありがとDさん! 大好きー!」
「!? ゆ、ゆき! このキッシュとか綺麗だし美味しそうだぜ!? と、取ってやるよ」
「バカバカなに言ってんのノブユキバカ。お腹に溜まる炭水化物は後! まずは肉! とにもかくにもお肉に決まってるでしょ!」
「バ、バカ……」
「さあ元取るよ!!」
皿を手に気合を漲らせるゆき、そしてその後に悄然としてノブユキが続く。
「打ち上げっていうか立食パーティーだこれ」
「差し詰め今のゆきん子は暴食のヴァイキングってぇ訳だ」
「上手い……かなぁ?」
「この番組そのものがわりと侵略者めいてるから、合ってはいるんじゃねーの。あむ……知らんけど」
「元々のジャンルが恋リアだったこと、一体何人が覚えてるんだか」
メムちゃんはわざとらしく手で庇を作って会場を眺めやり感嘆し、あかねは苦笑を隠すことももはや忘れ、ケンゴはいかにも素気無く言い捨て傍のテーブルからカナッペを一つ取り上げて頬張った。
そうしてアクアが呆れも深々に締め括り、グラスに口を付ける。
乾杯の音頭を済ませてより三々五々。メムちゃん曰くの立食宴会は恙無く和やかに進行している。
披露宴の会場にも使えそうな、というか実際に使われもするのだろう広々とした絨毯敷とシャンデリアの空間を見渡し、己はふと独り言ちる。
「随分と見馴れぬ顔が多いな」
「業界各所からお越しの“自称”関係者様達よ」
傍らに気配が立つ。
やや下方に視線を向ければ真紅か蘇芳か、ひどく深い赤髪が見えた。
「私が言うのもなんだけど、なんたって非常識な売れ方だったから、この番組。お金が生るなら木だろうが犬猫だろうが寄って集る。あんた風に言えば、それが人情ってもんでしょ」
「かっ、違ぇねぇ。まあ身も蓋もねぇが」
「ふぅん、なら今ここに集まってるのは業界のお偉方か」
「そうよ。右を見れば有名プロデューサー。左を見れば協賛企業やらその系列の社長。あ、前やった地方ロケのお礼にって知事が挨拶に来るらしいからそん時はメンバー全員ちゃんと雁首揃えときなさいよ」
『えぇ……』
途端、目を細めて有馬嬢は一同を睨んだ。
「挨拶回りなんて基本中の基本でしょうが。本来はあんたらだってやるべきことなの。せっかく顔覚えてもらうチャンスだってぇのにまったく」
「あ、あはは、そうなんだよね。そうなんだけど……知らない人に声かけるの怖いし」
「音楽関係の現場なら俺もまあちょっとは頑張ったけど。そうじゃないなら普通に飯食って帰る」
「くっ、このZ世代め……!」
「かなちんは真面目だにゃー」
「流石、芸歴十年選手は言うことが違うよ」
「いっぺん干されて地獄見てきなさいな。そんな嘗めた口利けなくなるわよー」
メムちゃんとアクアの軽口に、どす黒い瘴気を纏って有馬嬢は微笑んだ。
場数の違いというものが否応無しに知れる。
「まあまあ有馬嬢。今日のところは堪忍してくれぃ。なにはともあれ無事に一段落つけたのだ。まずはそいつを祝おうや。なあ? 有馬嬢の在ればこそここまで人気を博したんだぜ。おう、こいつぁ世辞でもおべっかでもねぇ。感謝感謝また感謝よ」
「……ったく、調子のいいこと」
こちらがコップを翳すと、有馬嬢は不承不承ながら手にしたグラスを合わせてくれた。
ちん、と。硝子の澄んだ音色が響く。
「というかあんた、それまさか」
「心配ねぇよ。こいつぁノンアルだ」
「絵面が不味いっつってんのに」
「何故か違和感はゼロだよマッシー。いや全然良いことじゃないけど」
非難がましい視線を後目に、琥珀色のビール擬きを口にする。
それがやはりどうにもどこかしら味気無いと感じるのは酒精が足らぬ所為か舌が若い所為か、それともこの老いた性根の所為なのか。
「MEMちょだって我慢してるんだぞ」
「そうだよ。MEMちょ、さっきから誘惑に必死で抵抗してるんだよ?」
「年長者がちゃんと空気読んでるってのにマシラはさぁ」
「設定に律儀なMEMちょをちょっとは見習いなさいよね」
「我慢とかしてねーから! 誘惑とかじゃなくて! ドリンクどれにしよっかなーって! ねねね年長者? え?? なんのことかにゃ??? MEMちょ意味わかんなーい! ってか設定言うな!!」
律儀な娘は律儀に必死に懸命に死に物狂いで弁解を並べ立てた。
労しいこって、と口にしようとして思い留まる。あるいはそれがなにより残酷な仕打ちだからだ。
「苦労人だねぇメムちゃんや……! なぁに遠慮は要らん飲みねぃ飲みねぃ、おいちゃんが注いでやる」
「い、いやいいって、いいってば……ノンアルはむしろ逆効果だから! 火ぃ着くだけだから!」
「呑兵衛のアイドルってめんどくさいわね」
「ミヤコさんが毎日頭抱えてるよ。設定が多いって」
嫌がるメムちゃんに(ノン)アルハラなど興じていると、軽快な足音が近寄って来た。足音と言っても、高級ホテルの上等なカーペットでは靴音も微弱だ。
己の耳が聴いたのは、その娘の闊達さが振り撒く元気な気配である。
「おっ待たせー!」
「ぐお」
「おぉっと」
身構える暇もなく、己とアクアの肩にそれは覆い被さる。
遊具ではしゃぐ子供のように纏わり付いて来るルビーちゃんを床に下ろした。
「なんだいなんだい、ご機嫌だねぇルビーちゃん」
「こぉら、行儀悪いぞルビー」
「えへへへ」
アクアの叱り口調に娘はむしろより一層に綻ぶ。上機嫌を絵に描いたような様子だ。
その理由に、心当たりがないではない。
それはアクアにしても同じなのだろう。平素と変わらぬ風を装ってはいるが、この男もまた今日に限っては少し浮ついている。
「ルビー、走ると危ないよー」
軽やかな足取りでまた一人、娘が現れた。それだけで周囲の喧騒が一瞬遠退き、空気すら道を空ける。
打ち上げの為のパーティー。演者や制作陣を祝い労う会であるがしかし、今宵の主賓は誰かと問えば、それはかの娘であると誰もが答えるのだろう。
黒いハイネックのニットに茶色のロングスカート。
そんな落ち着いた色合いの装いを見て取って己は今更に思う。この娘子もいつの間にか随分大人びたものだと────そしてすぐに己の思考の馬鹿さ加減に気が付いた。少女と初対面を迎えてより一体何年経ったと思っているのか。
そう、こんな場で顔を合わせる機会がなかったからだ。だからこんな奇妙な印象を弄ぶ。
「ア」
「アイさんッ! おおおおつおちゅかおちゅかれさまでぃしゅ!!」
己の隣に進み出て直立したメムちゃんが必要過剰な声量で不明瞭に言ってそのまま頭を下げた。
先に聞いていたが、メムちゃんは筋金入りのB小町のファン、とりわけアイの熱狂的ファンであるとか。緊張か、崇敬か、そういう想念で百面相が渦を巻いている。
「お疲れ様。みんなもほーんとお疲れ様。面白かったよ~。ふふふっ、ほんっとに、こんな可笑しい現場私初めてだった」
「あ、ありがとうございます!」
「ッス」
「ありがとうございます……素直に喜んでいいのかしらこれ」
有馬嬢の素朴なぼやきに苦笑が浮かぶ。
アイの言葉選びが独特なのは今に始まったことではない。
アイはルビーちゃん、その傍らに立つアクアに近付き、ふわりと微笑んだ。
「共演者さんだねぇ」
「うん、共演者さんだ」
「はっ、なんの確認だよ」
アクアが、ぶっきらぼうに言った。照れ隠しである。誰の目にもそれは明らかだ。
そうか、これは。
一つの願いの成就。切望が叶った瞬間なのだ。
いつだったか、アイはそれを口にした。
芸能という仄暗い闇が散見する一筋縄では決して許されぬこの世界で、甘やかな夢を見たのだと。
嘘に塗れた世界。嘘に塗れて生きて来た女が、それでも唯一得た真。
親子共演か。
「……ふ」
「あっ、おじさん! どこ行くの」
「厠だよ」
「か、かわやて」
仄暖かで、なにやら擽ったい。
胸の内から湧いて出るこの妙な感情をどう処理したものか、わからぬ。
命を張る価値はあった。あの日あの時無茶をやらかした甲斐は、確かにあった。
まあ、結局こうして生き永らえてしまっているのだから、含羞甚だしいったらねぇが。
奇妙な、不可思議な、おかしな気分だ。
「五反田君」
会場の端まで行き着いた時、呼ばわる声に振り返る。
壮年の男。いや、実年齢を思えば遥かに若々しいのだろう。そこには上等なジャケットを着こなした鏑木が立っていた。
「ちょっと顔貸してくれないか。内緒話がしたい。彼女も交えてね」
「ん?」
男の背後から、不知火フリルの金瞳がこちらを見ていた。