推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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あくどい者共

 

 

 ざっと見渡しても、今宵の宴会参加者は百を下るまい。

 撮影・制作スタッフ、スポンサー企業の社員、撮影に協力してくれた農家や漁協の人々、そして有馬嬢曰く自称らしい関係各所から参じたお歴々。

 会場変更を余儀なくされたのはなにも、ゆきの大食いの所為ばかりではなかった。

 会場の壁際に男共二人は並んで陣取り、少女は小休憩用の椅子に腰掛けた。

 

「まるで政治屋の資金集めパーティーってぇ趣だ」

「そこまで見下げたものじゃないさ。利益追求は企業さんとしては当然の仕事だし、ここで募った“参加費”はきちんと今後の企画に活かされるし」

「えっ。お金取ってるんですか」

 

 不知火嬢は無表情のままに、ぎょっとした所作で手にしたカクテルグラスを覗き込んだ。いや、酒精のないものはモクテルとか呼ぶんだったか。

 

「本物の関係者は勿論タダさ。打ち上げなんだから。それにこの規模じゃ大した額にはならないよ。精々取材費の頭金ってとこ」

「へっ、とっぽいこと抜かしやがる。あと見当外れだぜ。このお嬢さんはな、こんな内輪の打ち上げ宴会に金払ってまで参加してぇと抜かす物好き共が居ることに驚いてんのさ」

「あぁ、そっちか」

「……」

 

 鏑木が惚けたように首を傾げる。

 不知火嬢ちゃんは何故かその金瞳でじっと己を見上げた。研究者先生に観察される実験ネズミにでもなった心地だ。そういう注意深さ、ある種無邪気な、無機質な興味と関心。

 変わった娘子である。今まで出会ったことのない類いの人間。

 いや、あるいは僅か。

 アイを彷彿とするものが、微かだがある。

 何処か常人離れした気配。超然、そういう形容が似合う少女。

 居るところには居るものだ。凡俗なる己などとは違う、天才と呼ばれる奇人。

 そしてまたぞろ、鏑木はすっ惚けたように言った。

 

「この番組に関して言えば金策の心配は要らないよ。今日のこの会は新しいコネクションを開拓する為の、まあ社交会だとでも思ってくれればいい」

「くれればいい、じゃあねぇんだよすっとこどっこい。てめぇの腹の黒いのは、子供にゃ毒にしかならねぇといい加減学びやがれってんだ」

「酷い言われ様だなぁ。ね?」

「二人は、その、仲が良いんですね……?」

「その冗談は流石にゾッとしねぇな」

「僕は仲良くするに吝かじゃないんだけど嫌がる人に無理強いするのも可哀想でしょ」

 

 不知火嬢はその美麗な無表情の中に微妙な困惑の色を滲ませた。

 無理もないが、訂正する気もさらさらない。

 この男は確かに己に対して一定の信用を置いている。使える駒、という表現はやや露悪過ぎるにせよ、面倒事を片付ける便利な塵取りくらいには考えているだろう。

 面倒事。そう、おそらくは先の今ガチ襲撃事件に続いてまたしても。

 

「で? 用件はなんだ。まさか演者にプロデューサー様直々に労いのお言葉を掛けに来てくだすった、なんてぇ訳じゃあるまい」

「皮肉っぽいなぁ。まあその通りだけど。ご明察だ。君にまた頼み事ができた。こちらの不知火フリルくんが抱えてる問題を解決して欲しい。あ、例によって警察への通報は最後の手段で」

 

 遠慮も気後れも一切なく、鏑木は平然と厚顔を貫く。芸能プロデューサーとかいう人種は面の皮の造りが河馬や象と同じに出来ているのだろう。

 己はその分厚いすまし顔を睨み付けて問う。

 

「それはこのお嬢さんの芸能生命を慮ってのことかい」

「無論、それが第一だ。けれど彼女に関しては打算的な面がより大きいってことを先に白状しておく。彼女はなんせ売れっ子だから、どんなジャンルであれスキャンダルとして報道された時、業界全体の被る損害は莫大だ。下手をすると、何人か首を吊らなきゃいけなくなる」

「…………」

 

 当人を前にしても男の弁舌に淀みはない。なるほどそれはただの、酷烈なだけの事実であるから。

 

「……っ」

 

 呼吸の乱れは虫の羽音より微かだった。今生の我が身の、この獣めいた聴力でなければきっと聞き逃していたに違いない。

 超然とした少女。天才と呼ばれる稀人。だからとて、気安く奔放に繰られた言葉にこの娘が内心泰然自若でいられる保証はない。

 鏑木の言には誇張も多分に含まれていよう。

 これはある種の脅し文句なのだ。お前の協力如何によっては悲劇を防ぎ子供の精神衛生を健やかに保つこともできるぞ、と。

 己が凶相を自覚しながら、俺は傍らの男に犬歯を剥いた。

 

「馬鹿馬鹿しい。そんなもんを斟酌してくれる相手かどうか考えてものを言いな」

「……まあ、君はそう言うだろうね。しかしそれでもお願いするよ。君以上の適任は他に居ない」

「その心は」

「この件は、先達ての僕に対する“脅迫”にも絡んでくるからだ」

「……」

 

 驚きは極少ない。今ガチへの襲撃と鏑木への脅迫は、当初から知れていた通り別口の犯罪だ。脅迫者が同時期に発生した佐々木エイコの犯行の尻馬に乗ったという、なんともお粗末な話なのだが。

 脅迫者は未だ逮捕されていない。鏑木が通報どころかその間抜けを放置しているのだから当然である。

 

「その辺りの事情の詳細は後日に伝えよう。今夜のところはとりあえず、不知火くんの話を聞いてあげてくれ」

「まるで己がその解決を請け負うと確信してるような物言いだな」

「君は、助けを求める子供の声を無下にできないだろう」

 

 良く回る舌だった。この場で引き千切ってやれないのが残念だ。

 

「会社の一つ二つ、潰れる覚悟だけはしておけ。己は容赦せんぞ」

「肝に銘じよう」

 

 こちらの捨て台詞も承知の上とばかり。

 男はそっと壁際を離れて賑わう会場の中へ踏み入った。その周遊は五歩と続かず、鏑木はすぐに業界関係者のお偉方に捕まり、談笑を、商談を始める。

 その横顔を見限り、傍らの少女を見やった。

 不知火フリルは姿勢よく椅子に腰かけたままそこにいる。一見して変化はない。ないように見える。

 

「すまねぇな」

「え」

「胸の悪くなる話を延々聞かされてよ。さぞ嫌な心持ちだったろう」

「私は、別に」

「そうか? うむ、ならば早速だ。あの野郎の口車に乗る訳じゃあねぇが、話を聞かせてもらえるかい。こんな身分(なり)だが何か力になってやれるかもしれん」

「いいの? マシラくんは、その」

「あの男の言う打算だの業界の損得だのに欠片も興味がねぇだけさ。悩み事、困り事、厄介事の類の相談なら己の領分よ。というか、己にはそれしか能がねぇ。いやいきなり信用しろ、というのがそもそも無理な話なんだろうが……それでも、少しでも辛いと思うなら助けを求めちゃくれねぇかい?」

「……」

 

 逡巡はそう長くは続かなかった。

 無論、そこに宿った迷い、躊躇、懊悩を、己が完全に汲んでやれたなどと思い上がれる筈もなし。

 それでも不知火フリルは決断した。目前の得体の知れぬ男を、今一時信じるという道を。

 

「お願いします。私を、助けてください」

「承った。とくれば、河岸を変えるか。ここでは些か騒々しい。ま、ホテルのラウンジでよかろうさ。ちっと腰据えてゆっくり────」

「あ」

 

 その時、不知火嬢が小さく声を漏らした。

 己が気配を察知したのはその直後。

 油断、なのだろう。しかし言い訳するなら、害意敵意がない上、馴染み慣れ切った人間の接近という奴は感じ取るのが難しい。絨毯を抜き足差し足で忍び寄られては尚の事。

 そして性質の悪いことに、この娘は昔からこうした悪戯が大の得意と来た。

 

「あれれ~、マシラくんが女の子ナンパしてる~」

 

 左隣から、後ろ手を組んでアイが己を覗き込む。

 

「パーティー会場から連れ出して、一体どんな内緒話だ? マ・シ・ラ・くん」

 

 右肩に肘が置かれ、アクアが馴れ馴れしい笑みと白々しい口調で問う。

 

「おじさんさぁ……いつまでも私達が出し抜かれると思ったら大間違いなんだから」

 

 頭の上から体重が圧しかかる。それは実際のところ、仔犬が乗る程度の重みに過ぎないのだが。

 ルビーちゃんは己におぶさりながら文句を垂れた。

 

「おのれらな」

「まあまあいいからいいから」

「言い訳は不知火さんの後で聞いてやるよ」

「しんみょーにお縄をちょーだいしろー!」

 

 下手人扱いであった。

 星野家総出で己は両脇と頭を捕られ、この珍妙な集団はぞろぞろと宴会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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