推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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情報収集

 

 

 

 都内某所。

 立地は駅から徒歩十数分。交通の便は良い方だろう。裏道を抜け歓楽街を横切り、丁度雑居ビル街と住宅地との狭間にそれはあった。

 

「わ」

 

 まず目につくのはその鳥居だ。普通乗用車三台分ほどの幅、高さは近隣ビルの二階に届く。朱塗りの表面はてかてかとしていて存外に真新しい。

 この多少粗い解像度でもその程度は見て取れる。

 

「なんか安っぽいね」

「くかかっ、ルビーちゃんは率直だ」

「口が悪いとも言う。安っぽいってのは同意だけど」

 

 街中に屹立したその明神鳥居は、忌憚なく言って異様であった。

 本来は神の通り道。門であり俗世と神域を別つ為の境界線。なるほどその意味では、日常の中でそれが異様を放つことはなにも不思議なことではないのか。浮世を離れた神世へと、それは繋がっているのだから。

 赤い門を目掛けてぞろぞろと人が吸い込まれていく。

 現在時刻は午前十時。週半ば、本日は祝日祭日いずれにも当たらない。出勤や登校時刻には遅く、さりとて昼時というにはまだ早い。半端な時刻にやや蟻の行列を成す人、人、人、人々の姿は、やはりどこか普通ではなかった。

 集団に混じりながら、()()()()()()が鳥居を潜る。

 

「……都内にこんなところがあったんだな」

 

 カメラの広角レンズの画角から鳥居が消え、新たに画面を埋めたのは大きな建造物だった。切妻造りの瓦屋根、壁面や柱といった随所に金箔が貼られている。太い注連縄、巴紋を染め抜いた垂れ幕、極彩色の御神灯。境内と呼んでよいものか、建物正面には無数の幟が立ち並び、参詣する信者達を出迎える。

 部分を挙げればこの場は神社然とした佇まいなのだが、その場に漂う雰囲気はやはりどこか歪だ。周囲を行く信者の様子がそう思わせるのか。

 あるいは、この建物の有り様が。

 社の背後にはビルが建っている。隣接しているのではない。ビルの一階部分に切妻の社が増築されている。

 まるで、神社がビルの壁面に巣食っているかのような姿。

 ここは『(わざ)(しるべ)』関東本部。

 新宗教の総本山、もとい摂社。いや末社の方をろくに知らないのだが。

 そんなところに今、我々は乗り込もうとしている。

 

『いや現場に来てるの私だけなんですけど……!?』

「仕方あるまい。集団でのこのこ入り込んで敵方に警戒されては困るんでな」

「ミヤコさん、あくまで今日は偵察だ。無理せずに、でもできるだけ内部の隅々まで見て回ってくれたらいいから」

「ファイトミヤコさん! 女スパイだね! 主役だね! ヒューカッコイイー!」

『覚えてなさいよこの年齢詐称トリオ……!』

「ミ、ミヤコ。あんま大声出すと周りに怪しまれ……」

『壱護、帰ったらとりあえず十発殴るわ。グラサン外して待ってろ』

「ひゃい」

 

 ワゴン車の運転席で斉藤社長が仔猫のような声を発した。

 ハンドルを抱えるようにして縮こまる男の煤けた背中はいかにも労しかった。

 

 

 

 

 

 不知火フリル嬢からもたらされた依頼に基づいて、俺は、俺達は行動を開始した。

 まずもって情報収集が急務であった。

 苺プロ、所属タレントや社員向けに設えられた休憩スペースで己、アクア、ルビーちゃんと、馴染みの面子が雁首揃えている。

 アクアが手元のスマホを見下ろしながら言った。

 

「『藝の導』教会の設立は十年前。教祖の名前はニニギミコト。通称は“導師”」

「本名、じゃあねぇよな」

「ああ。本名は佐藤トシヤ。背景には一応神道を()()してるらしい。公称の信者数は10万人」

「えっ、多くない?」

「いやぁこの手の団体にしちゃ控えめな数字だ」

「まあ、こういうのは盛ってなんぼだからな」

「あ、公称ってつまり自称なんだ」

 

 新興宗教、新宗教の定義はかなり曖昧だ。大雑把な区分で言えば、江戸期以降に始まったものは総じて新の字で括られるとか。

 伝統宗教の一宗派、分派、あるいはその教義や歴史、偶像を基本理念に据え、一般庶民向けに単純化された道徳を説くような場合もあるが、新宗教はその信仰対象を生身の一個人とする場合が多い。

 

「えーっと教義というか理念というか、『神の御威光を浴びてその力を身に付け、苦悩を超越し己の藝を磨き夢を叶える為の道導となる団体』……らしい」

「うーん、この」

「神の御威光と来たか」

「『ニニギミコト導師はその昔建築会社に勤務しており、とある地域の山林で土木建設作業に従事。大きな山崩れに遭い、重傷を負って土砂の中に閉じ込められたが、その窮地の最中に彼は神の片鱗に触れた。神力(しんりき)を得ることで生還したニニギミコト導師はこの力を世の人々の為に振る舞い、救済と導きに生命を費やすことを決心。間もなく『藝の導』教会が設立された……』とかなんとか」

 

 要するに、世に言う奇蹟を得た宗教者、ということだろう。

 

「正直言ってぴんと来ねぇな。不知火嬢の言うような芸能人御用達の宗教、そんな毛色は覚えぬが」

 

 

 

 不知火嬢の友人がその教会に嵌った切欠は、有体に言えば芸道を挫折したからだ。

 鳴かず飛ばずのタレント生活の中、鬱屈と焦燥と不安と絶望の末に、救いを求めた。その縋った藁が藝の導教会。

 精神的救済を宗教に見出すことに不思議はない。信仰を心の支えに人生を歩む者、それを持たない者より彼ら彼女らが豊かでないとどうして言える。

 言うまでもないが、宗教は悪ではない。神仏への信仰は人間固有の文化であり、やや露悪的に表現するなら高度な思考遊戯でもある。その末に得られる救済、あるいは悟り、あるいは快楽が、人間の苦痛や苦悩を和らげる。それは紛れもない事実だ。

 この国では信教の自由が法によって約束されている。

 不知火嬢の友人が、その信仰に帰依することそれ自体を批判することはできない。また他人が横から嘴を挿むべきでもない。

 しかし、不知火嬢の訴えは、己のそういった小賢しい予断を躊躇させた。

 

『あの娘、変わったんです……まるで別人みたいに。人が変わって、性格が明るくなったのはまだいい。けど、顔まで……顔の形が、()()()んです』

 

 俄かには理解し難い話だ。

 娘は明らかな変調を見せ、ともすれば変貌を遂げたと不知火嬢は言う。

 心の持ち様で人の人相というやつはかなり変化するものだ。振り撒く雰囲気、受け手が感じる印象、そういった要素が、あたかも実像の変異であるかのように感じる。そのようなこともあろう、と。

 だが。

 少女は怖れさえ滲ませて繰り返した。頻りに教会へ誘う彼女が、会う度に顔の形を変えるのだと。

 もし少女の言が字義通りの意味であったなら、それは異常を通り越して怪奇現象である。

 そして、友人の変化は容姿だけではなく、仕事にも現れた。

 好調したという。今まで結果を結ばなかった小さな仕事が評判を呼び、モデルやテレビ番組のオファーが確実に増えて来た、と。

 

 ────全部、全部、ミヤビノカミ様のお蔭

 

 不知火嬢はそれから折に触れて友人と会うようになったそうだ。疎遠であった時期の空隙を埋めるように。

 その都度、熱心な勧誘を躱すのに苦労したと少女は言う。

 宗教に対する偏見……ではなく、友人のあまりの変わり様、そこに浅からぬ恐怖を覚えて。

 

 参詣した者に芸能の加護を与える教会、教祖────神。

 

 懐疑し警戒するのは無理からぬことのように思えた。

 説明不能の畏れ。払拭するには知らねばなるまい。

 なにより。

 

『あの娘は……監禁されてる』

 

 ある時から、会う度に繰り広げられていたその勧誘攻勢はぴたりと止み、代わりにひどく娘は落ち着きなくただただひたすら喋り続けるようになったそうだ。とりとめもない世間話、他愛もない近況報告、思い出話。まるで、不安を忘れようとしている。不知火嬢の目に彼女の様子はそう見えた、と。

 程なく、友人からの連絡が途絶えた。

 最後のメッセージは。

 

『わたし本部に呼ばれたんだ

 すごく名誉なこと

 だけど

 なんでかな

 わたし

 わたしこわい』

 

 それ以後、不知火嬢からのメッセージや電話に娘からの応答は一切なくなったそうだ。

 

 

 

 インターネットは情報収集の手段として便利な反面、腰を重くする。手許の端末に溜まっていく情報を追うのに必死で思考が鈍化するのだろうか。

 うんうんと三人、小一時間ほど密談をしていると。

 

「ちょっとそこの三人」

「また悪巧みかコラ。暇してんなら台本の一枚でも読み込んどけよ」

 

 頭上から降って来た声を仰ぐ。

 斉藤夫妻の呆れ顔が並んでいる。

 そこでふと、思い至る。

 

「おぉそうだ。芸能界の事情通がこんなところにいらっしゃるじゃあねぇか」

「あ?」

「なによ……どういう意味?」

 

 訝しむご両人を引っ張り込んで、此度の仕儀は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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