事のあらましを聞いた斉藤夫妻は両人が一旦苦虫を噛み潰したような顔をした後、思案顔になる。
「……お前ら『
「なにかあるのか、ないのか、そいつを調べようとしておるのさ。略取誘拐の嫌疑が上がっちゃいるが今のところ立件するには程遠い段階でな」
「なにか知らない? 教えて(そこはかとなく)偉い人!」
「聞こえたぞコラ。そこはかとなくじゃなくこちとら社長じゃ」
壱護がルビーちゃんに凄む。
娘子の方は男の精一杯の威勢などどこ吹く風だが。
社長の代わりに、その右腕秘書たるミヤコちゃんが顎に指を添えて口を開いた。
「わりと有名よ。芸能人が多く入信してる宗教だって。流石に公言してる人は少ないけど、そこそこ売れたタレントや俳優、歌手にアイドルなんかが通い詰めてるって噂」
「噂じゃねぇよ。ぶっちゃけ事実だ。別に芸能関係者の神頼みやら験担ぎは今に始まったことじゃない。俺の知り合い、そいつも芸能プロの社長だが、自分の抱えてるタレントの方から勧誘されたそうだ。スカウトする側の自分がまさか、なんて面食らってやがったぜ」
壱護は手近な一人掛けのソファーへどっかり腰を下ろす。
「もう一つぶっちゃけると、この団体は業界内じゃ評判の駆け込み寺だ」
「駆け込み寺?」
「神道系なんだし神社だろ」
「うるせぇな言葉の綾だよ。人気が低迷してたりそもそも芽が出ねぇ芸能人がこぞって拝みに行く御祈祷場所なんだよ。実際、ここに通い出したタレントはその後妙な人気が出て使われる頻度も増える」
「妙な?」
己に言葉尻を捕まえられ、壱護は嫌そうな顔をする。
見据えて先を催促すると、観念したように男は溜息を吐いた。
「……別に、俺の感覚的な話だよ。あそこを贔屓にしてるタレントだのアイドルだのの売れ方に違和感がある。使われ方が急だ。脈絡がねぇ。仮に“枕”で出演権をもぎ取るにしたって順序がある。流れってもんがある。が、ここに関しちゃそれがない。唐突でそういうセオリーが感じられねぇってだけの……根拠なんてねぇよ。悪いか」
「いや、悪かぁねぇよ。この道二十年を超える芸能一筋の男の言葉だ。信用できる」
「けっ……才能で売れるのはいい。努力して売れるのもいい。運でもコネでも色仕掛けでも買収工作でも、嘘でも、なんでも使えるもん全部使って天下獲ってやろうってどうしようもない馬鹿が集まるところだここは。でもな、神様に縋ってその御利益で売れましたなんてやつ、俺は気に入らねぇ。なにより魅力がねぇ。んなもん面白くもなんともねぇっつうの」
そう言い捨てて悪態で鼻を鳴らす社長の姿に、社長夫人が微笑んだ。優しげに、処置無しと呆れて。
しかし、おそらくは神の悪戯によって今生に在るアクアにルビーちゃん、そして己は、どうやらこの男の中では面白味の範疇らしい。
アクアは手許でスマホを操作してそのページをこちらに示す。藝の導ホームページ、アクセス方法と教団近辺の地図であった。
「なにかあるのか、ないのか、確かめるなら直に行くしかない。事前に調べるったって外側からじゃ限度がある。都内だけでも三つ支部を持ってるようだけど、まあ探りを入れるならやっぱり総本山、中央本部。事件は現場百遍なんだろ? 元刑事さんよ」
「己の十八番を奪うんじゃあねぇよ。言われずとも、行かねばなるまいて」
不知火嬢の友人の手掛かりを得るには身辺を洗うだけでは足りぬ。本丸攻めは元より必定。
だが。
「問題は誰が行くかだ。いや己が行くのが最も手っ取り早い方策ではあるんだが」
「馬鹿野郎この野郎今ガチの年末スペシャル目の前なんだぞ!? お前は一応番組の顔だろうが! そうでなくたって年末進行でもうすぐデスマーチが始まろうってこの糞忙しい時に!」
「あんた自分が有名人だって自覚ある? 番組が人気っていうのもそうだし、地上波じゃ東ブレのCMもばんばん流れてんのよ。そんな売り出し中のタレントが新興宗教に出入りしてる、なんて噂立ってみなさい。あらゆるベクトルで
この国の宗教というものに対する認識は、個人はともかく、一般大衆・世間においては随分と歪んでしまった。なにせ、過去世界に先駆けて取り返しの付かない最悪の先例を持っている。
偏見は拭い難い。
「己の人気云々はともかく、不特定多数に面が割れてるなぁどうも上手くねぇな。芸能人ってのも厄介なもんだ」
「贅沢言うんじゃねぇボケ」
「その理屈で行くと俺も迂闊には出られないな……」
「じゃあ私」
「「ダメ」」
元気よく手を挙げたルビーちゃんに異口同音否やを返す。娘は不満そうに膨れ面をした。
「ぶーぶー。代案のない否定は良くないと思いまーす」
「尤もらしいこと言ったってダメなものはダメ」
「ルビーちゃんは不知火嬢の方を見舞ってやってくんな。己ら粗忽者が下手な気遣い寄越すよかずっといい。な? そうしてくれぃ」
「むぅ」
「そうそう。ルビーはお留守番。良い子にして待ってて。潜入捜査はママにお任せ!」
はらりと降り注ぐ漆黒の髪。藤の花めいて華やかにしな垂れ、香る。
帽子を被り、大きなサングラス、裾の長いカシミヤのコート姿。外出用のその変装に果たして効果があるのか。正直言って疑わしい。この娘の放つ光彩はその程度で隠れるものではなかった。
俗にオーラとか呼ばれるもの。いかにも陳腐な表現なので口にはすまいが。
「おかえりーママ!」
「ただいまールビー! それにアクア。おかえりなさいのハグ~」
アイはソファーの後ろからアクアを抱き締め、跳び付いて来たルビーちゃんを抱き留める。
そして何故かその煌めく瞳は己を見詰める。
「マシラくんはしてくれないの?」
「馬鹿を言うな」
「え~」
アイの不満気な抗議の声を無視する。
隣からは、アクアのなにやらじとじととした視線がこちらを刺してくる。己の邪険な態度に不服らしいが、応えたならそれはそれで心持ちは微妙という。
無理もない、のだろう。この男にとってこの娘は崇拝すべき偶像であり、労しい元褥婦であり、今や愛する母御なのだ……と表現しておいてなんだが考えるだに意味不明である。
どうして己が悪友のこの複雑怪奇な心境まで斟酌せにゃならんのか。阿呆らしくなる。
それはさて置き。
「さらりと話に交ざりやがって。誰を送り込むにしてもお前さんだきゃあありえねぇよ」
「アイはさ、自分の知名度をいい加減理解しような」
「えーひどーい。二人がまた除け者にするー。ルビー、あなたのお兄ちゃんとパパはすんごい意地悪だよぉ」
「ママってばかわいそう……! もうこれはDVだよ。ドラスティックヴァイオレットだよ!」
「……鮮烈な紅?」
ひし、と抱き合う少女二人。姉妹と見紛う美しい娘達のとんちきな物言いに、アクアと二人して肩を竦める。
「あーそういう態度取っちゃうんだ?? こういうところでちゃんと構ってくれない男の人ってダメだと思うなー。女の子が寂しがりなとこわかってあげられないの」
「うぅこれが倦怠期ってやつなんだね。ママ、息子とパパに捨てられちゃう……ママの味方はルビーだけだよぉ」
「近頃はぁなんだ、こういう
「俺は配役に納得いってないけどな」
「あのね、そうやって事あるごとに親子関係匂わせるのやめてくんない? この十五年間胃腸千切れそうなんです。社長からの切なるお願い」
「もう今更っていうか、手遅れって感じだけどね」
十五年律儀に気を揉みに揉み続ける社長とは対照的に、社長夫人の方はもう半ばほどどうでもよくなっているらしい。
アイの隠し子たる双子はすくすくと育ち、ルビーちゃんなど髪色を除けば容姿はアイと瓜二つである。正直、未だに事が発覚していないことの方が不思議なくらいだ。
アイにしてからが、もはや開き直っている節もある。
「っつうか最初から言ってんだろが! あの教団は売れっ子が行くようなところじゃねぇんだよ! お前がのこのこ顔出した日には週刊誌からワイドショーからネットニュースまで大騒動になるわ!」
「その意味だと、マシラとアクア、それにルビーも絶対ダメよ。スキャンダルは売れ掛けのタレントが一番目立つんだから」
ミヤコちゃんのトドメが入り、実動部隊の人選は手詰まりになる。
「やはり己が忍び込むしかねぇか」
「別方向のリスクがデカすぎるから却下……つまるところ、現役の芸能人じゃなければいいんだ」
「でも私達に協力してくれる知り合いだと皆芸能関係になっちゃうよ?」
今回の一件と己らの事情をある程度把握している者がやはり理想ではある。
アクアが言った。
「現役じゃなくて、でも芸能界に未練もある」
ルビーちゃんが続いた。
「売れたい願望の強い」
社長がソファーにもたれ、大儀そうに呟く。
「なんなら、宗教に嵌りそうなくらい幸薄い感じで」
そして不意に、ぽんとアイが手を打った。
「ああ! そっか」
晴れやかに頷きアイはそちらを見た。
そうして室内の各々も理解する。それらの要素を併せ持つ適任の一人を。
ミヤコちゃんは自身に注がれる視線達を見回して、幾度か目を瞬き、ひくりと頬を引き攣らせた。
「私かよ!!」