その日、開催されたるは新参教徒向けの訓話会。教主もとい導師ニニギミコトの有り難いトークを拝聴できる。
そしてメインイベントとして、
教団に所属する巫女の中で最高位というその
不知火嬢の友人が頻りに口にしていたのは神や偶像ではなく、実在の人物のことだったらしい。
『……えっ、これ入場料払うの?』
極限に潜められたミヤコちゃんの声がスピーカーから響く。
拝殿横の入り口から中に入ってすぐ、大きな受付カウンターが現れた。緋袴の巫女さんがずらりと並び、行儀よく列を成す信者達を次々に捌いていく。
見ればなるほど、巫女さんは紙幣を受け取り、代わりに信者へ白い小袋を手渡している。さながら神社の授与所である。
「いや、今日初参拝者は入場無料、受付で申告すれば記念品もプレゼントしてくれるってさ」
スマホの画面を確認してアクアが言った。
「ちなみに一般信者は大人一人¥25,000」
「アイのライブチケットの倍以上すんじゃん!?」
「ぼろいなぁおい。大物の外タレでももう少し遠慮するぞ」
斉藤社長は感心とも呆れともつかない声を上げた。
カメラはローマ神殿のような建物内を、人混みに紛れながら移動していく。
照明は雰囲気作りの為かやや落されており、壁にずらりと据えられた御神灯の朧な光ばかりがゆらゆらと辺りを照らした。信者達の影法師が整然と列を成して行進する様は、はっきり言って不気味でしかない。
そうして程なく廊下を抜けた。実際の距離以上に長くミヤコちゃんが歩いていたように見えたのは、空間の異様さがそう思わせるのだろう。
コンサートホールの待合所のように、両開きの扉が横一列に等間隔で五ヶ所、口を開けている。
ミヤコちゃんは歩を進めた。
「……」
「広い」
ルビーちゃんの素朴な感想に肯く。
防音の分厚い金属扉の先には円形の空間が広がっていた。外から見えた講堂の天井の高さは隣接するビルのおよそ二階相当だったと思うが、内部の広大さはそれを遥かに凌ぐものがある。
そこは擂り鉢状の、大きく円い舞台であった。
古代ローマの円形劇場を彷彿とさせる。あるいは本当にそれを模して設計されたのかもしれない。そもそもこの施設全体の意匠が、拝殿を除けばそのほとんどが石造りの遺跡めいているのだ。
指定席は舞台を正面に据えた擂り鉢の中腹辺り。観覧するには特等席だ。新しい信者を囲い込む為の配慮か。
間もなく堂内は満員。潜めた話し声がざわざわと響く中、照明が落ちた。
静謐が場を満たす。
しゃらり、鈴が鳴った。神楽鈴の音。
笛が吹かれ、太鼓が打たれ、
舞台上に照明が灯り、壮大な雅楽の雨霰の中に数十人の巫女が躍り出た。
「神楽が先なのか」
「そうらしいな」
「派手な掴みでまず客を驚かせる。典型的な演出だが、それだけに結構効くんだ。こういうのは」
芸能プロ社長の講釈は置いても、舞台上で繰り広げられる舞踊は、娘達の華美な衣装のお蔭か見応えがある。
だがそれだけと言えばそれだけだ。
雑技団の地方公演を観ている。感慨と言えばその程度である。
「なんか、こう言ったらあれだけどさ。巫女服かわいいー! 以外ぱっとしないね」
ルビーちゃんの忌憚のない感想に隣でアクアが苦笑した。この男の方もほぼ同感といったところ。
今のところこの画面越しに万単位の信者を魅了するような異彩は見出せない。
「……ミヤビノカミってのはどれだ」
「まだ出てないんじゃない?」
「そもそも、そいつの元ネタはなんだ。ニニギノミコトと言やぁ日本神話だが」
神道を設定元にしている以上、それも何かしらの神の名であろう。
無学な己に分かるのはそれくらいだった。
気を利かせたアクアがスマホをタップする。まったくもってネット端末の検索機能様は偉大だ。
「……あぁ、なるほど。つまりは
「ん?」
少年は、腑に落ちたというように呟く。
「ニニギノミコトが葦原の中津国を統べる為に高天原から天降る、所謂天孫降臨。その時、ある意味で先陣を切って天津神の為の道を開いた女神……」
「そいつは」
「ミヤビノカミは“アメノウズメ”の別名だ」
再び堂内が暗転した。舞い踊る少女達の煌びやかな姿が暗闇に没する。光という光が消えて失せた世界。さながらそれは、岩戸の向こうに陽が隠れてしまったように。
俺は、どうしてか予感を覚えた。ざらついた映像に塗り込められた黒、その闇の向こうに蠢く……
次の瞬間、世界は陽光を取り戻す。
光が戻り、色が立ち返り、舞台の中央には一人────女がいた。
鮮やかであり、他の者のそれより一層烈しい緋色の袴。無垢な白衣に千早を羽織り、頭に花を飾った冠を頂き。
そして白衣の上から、深緑の、それは深い、深い色をした緑を。しな垂れた茎から針のように細い無数の葉を群生したそれは植物である。長く伸びたそれ、
光が瞬く。瞬いた光が、水滴のように弾け、広まる。
照らし出された舞台から溢れ、堂内の薄闇にそれらは広まった。夜闇に瞬く星屑めいて。
客席から歓声が上がった。光が弾け、瞬き、降り注ぐ度に、信者達が嬌声を上げた。
『あぁ……あ、ぁ、あぁ……綺麗……きれい……』
「? ミヤコさん?」
「どうした」
「ミヤコさんの、カメラが揺れて」
『あぁ、ぁぁあぁああ』
スピーカーで激しい雅楽の音と、それをBGMにしてミヤコちゃんの呻き声が絶えず重奏を鳴らした。
明らかに異常事態であった。
「ミヤコちゃん!」
「ミヤコさん!? ミヤコさん! どうしたの!?」
「お、おい、ど、ど、どうなってんだこれ、ミヤコ!? なあおい!」
運転席から乗り出し、マイクに取り縋って壱護が狼狽する。
アクアを見やる。男も己を見ていた。
この場のルビーちゃんと壱護を任せ、己はワゴン車のドアを勢い開く。
冷涼な外気に跳び出し、路地を駆け抜けんとしたその矢先。
目の前に、黒い矮躯が立っていた。
白銀糸の美しい髪。西洋人形めいて精緻、現実離れした美貌。人外染みた美貌の幼子。
黒いワンピースにコートを纏ったルメが、微笑で己を出迎えた。
「ミヤコなら平気よ。まだ」
「なに」
出し抜けにルメは言った。柔らかな口調、まるで母が子に言って聞かせるように優しく。
少女は肩を竦めた。
「“アレ”は所詮紛い物だから、人を完全に堕とすにはどうしたって
「お前さん……あれらの正体を知っているのか」
「もちろん。だからこそここに来たの。サルタ、貴方の手伝いを、いえ、貴方に手伝って欲しくて」
楚々とした足取りでこちらに歩み寄り、幼子は己の手を取った。紅葉のように小さく、華奢で、暖かな手。
恋情を囁くように熱っぽく、少女を己を乞い求めるように、言った。
「一緒に打ち滅ぼしましょう。あの目障りな贋物を」