推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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酒と監督と不良刑事と

 

 翌21時。

 指定されたのは都内某所、繁華街を逸れた裏通りの裏ぶれた居酒屋であった。

 

『一般市民様から善意の捜査協力の申し出だ。見返りに、そうだな。一杯付き合え』

 

 こうして呼び出しにのこのこ出向いたのは無論下心あってのこと。相手は新進気鋭の若手映画監督・五反田泰志。あの日、撮影現場のメッカだとかいう廃校で俺から名刺をせびった男だ。

 芸能関係者。今己が心底より欲する情報源に相違なし。

 焼き鳥屋『炙』の暖簾を潜る。小造り、というより狭苦しい古びた内装の奥間。五反田はカウンターの隅で既に生ビールのジョッキを呷っていた。

 

「……んっ? よう来たか、不良刑事」

「冷や一杯。コップでいい」

「あいよ」

 

 小一時間居座る程度の注文を済ませ、五反田の隣に腰を下ろす。

 

「アイドルの個人情報を知ってる輩ってなぁどんな手合いだ」

「あぁ? いきなりだなおい」

「こっちにゃ余裕がねぇと、覚束ねぇ足許見えたからこそこうして呼びつけたんだろうが」

「否定はしない」

 

 悪びれた様子もなく、五反田はジョッキのビールを飲み干し追加を注文する。

 

「一口にアイドルっつってもその仕事は多岐に亘る。特に今の時代はな。映画・ドラマ・MVなんかの映像作品、ファッションモデル・グラビア、歌にダンス、テレビ・ラジオ・ネット配信、あぁあとはそれこそライブか。それぞれの現場にその道の専門家や雇われが働いてるわけだ。中でもアイドルが演者として関わるとなると……」

 

 五反田は煙草を咥えたまま指折り役職を数えていく。

 

「プロデューサー、ディレクター、ADにカメラマンに、スタイリスト、契約スポンサー様がわざわざお出ましになって逐一文句つけてくパターンだってある。外注で制作会社が入ってるなら関係性はもっと広がるな。親密で、懇ろな、お付き合いにまで発展する相手となるとやっぱ共演者同士も要注意」

「とはいえ、そういった連中は流石に皆口は堅いか」

「当然だ。お喋りな奴はこの業界で長生きさせちゃもらえない。干されるか、ゴシップ専門誌で洗いざらい吐かされて吐くものがなくなったらお役御免」

「……」

「あんたが一体誰を探してるのかは知らないが、関係者の供述から割り出そうとするのはいくらなんでも遠回りし過ぎだろ。芸能界なんて真っ黒な海の中を素潜りするような無謀さだな」

「先刻承知よ」

 

 卓上に冷酒とつきだしの煮物が置かれる。常温の日本酒を喉に流し込んだ。辛口の酒精が火のように香る。

 

「なんでアイ本人から聞き出さない? あんたの追ってる相手、あの子の関係者なんだろ」

「言いたくねぇんだと」

「はあ??? いや、あんたそう言われて引き下がったのか? 意外と弱腰なんだな」

「公僕なんざ偉そうにふんぞり返ったところで市民から協力が得られなきゃそんなもんだ。だがこの場合、無理矢理口を割らせる方が厄介でな」

「というと」

「あの娘は嘘が上手すぎる。強引に証言させて、挙句さらに巧妙な嘘を吐かれちゃ仕様があるめぇ」

「……あぁ、なるほど。そりゃ確かに厄介極まりない」

 

 咥え煙草を一吸い、旨そうに味わってから男は煙を吐いた。

 気付けば己も懐から自前のものを取り出し、早々に火を着けている。

 

「質問一個、答えたぞ。次はあんたが答える番だ」

「我々には捜査内容を秘匿する義務がございますれば」

「どの口が言ってんだ! これ現在進行形でごりっごりの違法捜査だろ! ……まあ別にその辺のことは無理に教えろとは言わねぇよ。興味はあるけどな。俺が知りたいのは情報というか、心情だ」

「心情?」

「あんた、どうしてこの件に拘るんだ。違法な捜査活動に手を染めてまで、宮崎くんだりからアイドルの小娘の尻を追い掛けてきた。未だに都内に居座ってるってことは欠勤も随分重なってるんじゃないか。絶対有給足りねぇだろ。まさか無断だったり? 公務員の、警官の命令無視と独断専行、控えめに言っても懲戒免職待ったなしだ。明らかに普通じゃない」

「……」

 

 そう、普通ではない。今の己がまともであると俺自身にしてから胸を張れぬ。

 己の進退を慮外に捨てて、それでも衝き動かされるままここまで来た。この────

 

友人(ダチ)をな、殺された」

「…………」

「珍しくもねぇ話だ。公明正大に振舞おうったって所詮警官も身内にゃだだ甘ぇときた。遵守を誓った法を踏み倒し、あちこち手当たり次第に横車押してでも、己のこの手で犯人(ホシ)を捕えねば気が済まぬ。収まりが利かぬ。勘弁ならぬ」

 

 許さん。断じて。

 

「警官やり出してそろそろ十二年か。捜一の刑事(デカ)張ってんだ、殺しの現場には何度も足を運んだ。その度、被害者家族や縁者達の悲しみを怒りを、無念を、これでもかと見てきた。そして彼ら彼女らに我々は賢しらに宣うのさ。罪を憎んで人を憎まず、と。くっ、くくくく」

「……」

「笑い種だぜ。偉そうに講釈垂れてた野郎が、今じゃこの有り様よ」

 

 喉肉をひくつかせて仄暗い笑声を漏らす己に、五反田は暫時言葉を失くした。その指に挟んだ煙草が無為に燃え尽き、灰が卓上に落ちるまで。

 

「……犯人を見付けたら、あんたはどうするんだ」

「さあな」

「さあなっておい」

「どうするべきなのか思案中だ。思案したところで、いざ面と向かった時にゃ下手な考えなんぞ吹き飛んでいるやもしれん」

 

 憤怒のまま、憎悪のままにただ仇敵を滅ぼすだけの理性無き獣に身を窶す。そいつと同じ人でなしに、人殺しに。

 ならないと、どうして言える。

 

「……復讐か。人間は有史以来そいつが大好きだ。現実の歴史も創作物も長らくそいつがトレンド一覧から外れたことはない。なんせ気持ちがいい。正しさを民衆に、社会に保証されて他人をぶん殴れる快感なんてそうそうあるもんじゃないからな」

「かっ……そりゃあなんとも、聞くだに(おぞ)ましい話だ」

「そう思える内はあんたはまだ正気だよ」

「……」

 

 五反田はろくに吸いもしない煙草を灰皿で揉み消した。残り火が葉肉と共に崩れ、潰れ、それは歪な紫煙を宙に描く。火勢はあっさりと鎮まる。

 

「復讐の是非なんてものを現代社会は考慮しないし認めない。法律は私刑を禁じたがそれは社会秩序を守る為の方便であって個人の恨みや憎しみ、怒りや悲しみなんて知ったことじゃない。倫理ってやつは綺麗なわりに驚くほど個人の心を救うことには向かないときてる。だから、結局のところ最後に選ぶのはあんただ。“その時”が来たら、あんたの心の決断はあんたにしか下せない。踏ん切りを付けるか、ケジメを取らせるか、耐え忍ぶか……当たり前だって言っちまえばそれまでだが」

「……あぁ」

 

 なにやらひどく懐かしい。

 それはいつか、日暮れの教室で。誰あろう俺自身が宣った理念ではなかったか。

 人生の行く先に迷う少年に、訳知り顔で滔々と語って聞かせた。

 

「まさか、手前(てめぇ)の身に返ってくるとはなぁ……」

「あ?」

「なぁに、昔の、若気の至りってやつを思い出して身悶えしてんのさ」

 

 羞恥と懊悩を冷酒で流し込む。それは胃の腑に重く、なにより重く、溜まる。

 

「……なんにせよ、捕まえねぇことには始まりも終わりもしねぇ。やはり娘っ子締め上げるしか手はねぇか」

「あんた、どうもアイに拘るな。あの子が犯人を知ってると確信してる。決め付け思い込みは犯罪捜査では一応タブーなんだろ」

「そいつが横行しちまってんのが現警察組織の実情だがな……あの双子。星野アクアと星野ルビーな」

「ん?」

「アイの子だ」

「ぶっ!?」

 

 五反田は飲み掛けていたビールを吹き出し、激しく咳き込んだ。

 

「マジか!? いやそうか、よく見たら顔は母親譲りの造りか。あのマネージャーのガキだって言われるよりしっくりくる……でもおまっ、そんなスキャンダル俺に漏らしていいのか。俺だって立派な芸能関係者だぞ」

「その反応見りゃお前さんがあの子らの父親でないことは確かだ」

「あ! このやろっ、試しやがったな」

「かっかっかっ!」

 

 にやりと笑みを向けてやる。

 有り難い説教の礼だ。

 

「犯人の動機……目的は()()アイの殺害だ。アイドル・アイの偏執的ファンにスキャンダルと所在地の情報を流すことで殺意を促し、自らは手を汚さず間接的に殺させようとした。それを画策した者こそがこの事件(ヤマ)黒幕(ホンボシ)よ。そしてそいつはおそらく……」

「アイの妊娠と入院先を知っていて、かつ殺害するだけの動機のある人物……現状、容疑者は子供の父親以外いないって訳か」

「我ながら推測と憶測を重ねたひでぇ結論だが、埃の有無は叩いて確かめる。その為にも、娘っ子孕ませたまま雲隠れしてるふてぇ野郎を見付け出さねばならん」

「おいマジでそんなもん雲を掴むような話だぞ。アイが頑として喋らないなら、あの子に関わりのある男を手当たり次第にDNA鑑定するくらいしか……流石に現実的じゃねぇな」

「最悪それも手だ」

 

 無論、ある程度の当たりを付けて、盗人同然にサンプルを採取できればだが。加えて、それをする間悠長に犯人が待ってくれるという前提で。

 それは本当に最悪、最後の手段だ。

 

「最悪の手段っていうならもう一つある。本職を頼るんだよ」

「本職?」

「スキャンダルと聞けば頼まなくてもハゲタカみたいに集って来る奴ら。週刊誌、ゴシップ雑誌の記者だ。奴ら、顔と人脈は気持ち悪いほど広いからな……ただその場合、話がでかく広まる。犯人にこっちの動きを覚られて」

「逃げられるか」

「一つの賭けだな。ただ確実にアイのアイドル生命は終わっちまう」

「命あっての物種だろうが」

「……まあ、あんたみたいな人間からすればそれが当然だわな」

 

 命を代償にしてまで縋る価値。己のような門外漢にそれを理解することはできない。

 死ねば全て終わりなのだ。本来は。

 

「その孕ませ野郎が今でもアイと交際してりゃ話は簡単なんだがな。俺やあんたがここで悩むまでもなく、記者共こぞってアイの自宅マンションを見張って……いや、売り出し中のアイドルにそこまでは……」

「見張る、か」

「おいおい、真に受けるなよ。来るかどうかもわからん相手を何日、下手すりゃ何週間、何ヶ月も待つなんて暇とノウハウのある専業記者じゃねぇと無理だ。あんただっていつ宮崎に強制送還されるかわからねぇんだろ。それこそ、犯人がいつ来るか予測できるならまだしも……」

「! そうか! それよ! 誘き出しゃいいんじゃねぇか!」

 

 里芋の煮っころがしを頬張ったところで五反田がびくりと硬直する。

 

「糞ッ、なんで気付かねぇ。彼奴等は星野アイを諦めん。その機会さえあればすぐにも仕掛けて来ると己自身で推測しておきながら……」

「ん、ぐ……ぐへ、ど、どういうことだ、おい」

「星野アイは今も無事だ。自宅はただのオートロックマンション。高級マンションのようにコンシェルジュや警備が常駐してる訳でもねぇ一般集合住宅。だのに、未だに仕掛けて来る気配もねぇ……彼奴等、知らねぇんだ。あの娘の住所を、居所を」

 

 奔放で抜けた娘かと思っていたが芸能人なりの用心深さはきちんと備えていたらしい。

 いや……あるいは、子を持つ母なればこそ。子を守る為に、子が安住する家を守る為に。

 定かではない。そんなものを己のような寡男が斟酌したとて益もなし。

 

「勘定だ」

「お、おい! ちょっと待っ……んだよこんな時に」

 

 万札をカウンターに叩き付け席を立つ。向かうは苺プロダクション。

 背後でがたがたと慌ただしく椅子を蹴り飛ばす音がする。

 

「はい!? 今ちょっと立て込んでんだけどなぁ! ────って、お前、早熟ベイビーか」

 

 暖簾を潜り、夜道を早足に進む己に、五反田はどうしてか息せき切らせて追い付いて来た。

 

「おい! おいこの不良刑事! ちょっとは待ちやがれ!」

「うるせぇ。こちとら一刻を争うんだよ」

「だから待てっつってんだ馬鹿野郎! 星野アイとの直通電話だ!」

「あ??」

 

 五反田はそう怒鳴るや否や、手にした通話中のスマホを印籠の如く突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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