推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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再会

 

 

「問題はな。今のところあの教団に不正らしい不正がねぇことだ」

 

 都心の夜に安らかな静寂などはない。

 猥褻な照明、行き交う老若、酔っ払い共の高笑い、店から無遠慮に垂れ流されるBGM。繁華街の主要通りからやや離れた小路などは、むしろ人気と乱痴気が狭い空間を犇めいて余計に喧しい。

 嫌いではない。

 

『催眠、洗脳による金品の搾取。未成年者に対する信仰、奉仕活動の強制……流石に無理があるか』

「ああ、特に前者な。犯罪行為としての立件はおろか、実在を証明すること自体難しいだろう」

 

 酒臭い空気は望むところであるし、酒臭い息を吐いて無遠慮に大笑いする楽しみの心得もある。

 しかし、それを許されない立場に身を(やつ)した上で嗅がされる酒気となるとそれはまた別だ。

 

「仮に不正な搾取なり詐欺行為なりがあるにせよ、信者自身が実害を被っていると認めんことにはどうにもならん」

『まあ、出す訳ないよな。被害届とか』

「信ずる者は救われる。そして我が身は救われている────と思い込んでいる者が他人に助けなんぞ求める理由はない」

 

 呑めぬ、呑むことを許されぬ美酒なぞ目の毒でしかない。舌と喉はその味を、火のような感触を覚えているし現在進行形で心底欲しているのだが、一度でもやってしまうと障りがある。それはそれは大いなる障りが。

 なにせ己は今、外聞を(はばか)る身分。芸能人なのだ。

 これが冗談でも思い上がりでも笑い話でもなく、事実だというのだから始末が悪い。

 

「不知火嬢の言う誘拐・監禁の線も、立証困難という点では同様だ」

『せめて本人と連絡が取れればな……』

「そいつぁ無理な相談というやつよ。この上はやはり、娘の居所を探し当てるしかあるまい。それこそ雲を掴むような話だが」

 

 自意識過剰の恥ずかしい奴だと笑ってもらえるならまだ良いが、生憎世間の目とはとりもなおさず出歯亀である。とりわけ醜聞をなにより好む。

 ここに来るまでに、不審な車を二台ほど撒いた。いずれもスモークガラスの奥でカメラを構えてこちらの様子を窺っていたのでまあ間違いなくその手の雑誌記者であろう。

 まさか己が、パパラッチに追われる日が来るとは。

 実に妙な気分だった。それは感慨とも違和感ともつかぬ。

 

「……違和感と言やぁ、例のストーカーの件よ」

『不知火フリルを脅迫してる奴か』

「ああ。告発する、なんてぇ言い回しもよっぽど怪訝だが、なにより腑に落ちねぇのはストーカー風情が何かを掴んでやがることだ。娘が教団に深入りして何かしらの不正に関与した……その証拠を持っていると言わんばかりじゃねぇか」

『その辺りも含めて、その子を捕まえる必要性が高まったな。内部への潜入工作は俺の方でも考えておく』

「さらっと恐ろしいこと言いやがって」

『誰かさんの影響だよ……悪影響って言えば、最近ルビーが学校でなにか調べ回ってる』

「おいおい。お前さんが見ててやらんでどうする」

『わかってるよ! でも……ルビーの気持ちもわかるだろ。俺らはあの子を危険から遠ざけてるつもりでも、あの子からすれば除け者にされてるって受け取られてもしょうがない』

「……やはり、寂しい思いをしてるのかねぇ」

『いや心底ムカついてんじゃないかな。そろそろ金属バット持って追い回されるのを覚悟した方がいい』

「うむ、流石さりなちゃんだ」

 

 パパラッチの尾行が児戯に思える猛追を見せてくれることだろう。

 それが実行に移される前に、いずれアクアと平身低頭説得に赴く必要がある。

 

「『はぁ……』」

 

 電話口で男二人、溜息を落とす。いい歳をして叱られる心の準備をせねばならない男共の愚劣と悲哀。

 忌憚なく言って滑稽である。

 そして実に、情けない。

 

「まあその辺りはまた後日、存分にお叱りを受けるとしてだな」

『うん……』

「これから情報提供者に会ってくる」

『ああ例の人?』

「どの例かは知らねぇがその人だよ。手掛かりがありゃまたメールする」

『了解。一応中坊なんだから、深夜徘徊も程々にな』

「うるせぇよ。じゃあな」

 

 通話を切り、もう二十メートルばかり進めばその店はある。

 地下へ降りる階段。品の良いアンティークの外灯に誘われて暗がりを下って行くと、これまた古風な木製扉が待ち構えている。

 取手を押し開ける。

 昔ながらのシックなカウンターバー。顔馴染みの店主は、己の姿を認めると微笑み、何も言わずに奥の個室を手で示す。

 軽く会釈して奥に進む。

 仄明るい店内を抜け、その果ての扉を開いた。

 そこは個室と言ってもほんの四畳ほどの小さな空間で、飾り気も少なく、テーブルに向い合せで革張りの椅子が据えられているばかり。酒を飲んで密談を交わすくらいしか使い途はない。つまりは打って付けの場だ。

 先客は既にして管を巻いていた。

 チェスターコートを椅子の背もたれに掛け、ワイシャツの袖を捲っている。肘を立ててロックグラスを傾けると、いやに甲高く氷が鳴いた。

 酒精で熱っぽい息を零し、彼女は己を見上げてふにゃりと笑う。

 

「あぁやぁっと来た。遅かったじゃないですかー、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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