これ面白いんか……?
武藤アヤは、フリーのジャーナリストである。
彼女が扱うのは“犯罪”に関わる諸々。民事から刑事まで、物取り、性被害、ご近所トラブル、暴力沙汰、殺人事件、時には政治家の汚職、企業の不正に至る。
微罪、組織犯罪、凶悪犯罪の別なく、悪く言えば無節操に。あらゆる違法行為、またあるいは合法の皮を被った脱法事案もその照準の範疇。
悪。
女はそれを殊の外憎悪した。
あるいは、宮崎県警に奉職していたあの時分以上に。いやさそれを遥かに上回る強さで。
「先輩に似たんです」
「そりゃまた、悪いのを手本にしちまったな」
「ええホントに。後悔し切りです。まったく、どうしてこんな人を……って」
テーブルにぺたりと突っ伏した女の上目がこちらを見上げる。恨めしげにも見えるし、どこか物欲しげな子供のようでもあった。
後ろに結った黒髪が肩に垂れ下がる。眉はきりりと濃く描かれているが頬や唇の化粧気は薄い。薄く見えるよう工夫しているのか。
しかしその顔立ちが、己の目にはどうにも幼気に映る。実際この娘は童顔の部類なのだろう。人懐こい仔犬のような愛らしさはそのままに、今その面相には一廉の者としての精悍さを備えている。
変わらないのは己の、この目だ。あの頃のままの武藤婦警。後輩の姿を見ている。
昔日をまるで昨日のことのように見ている愚か者は。
「フリーでも食っていけるもんかい? 報道屋ってなぁなかなかヤクザだろ」
「それ、偏見ですよ。くれぐれも他所で言わないでください。まあなんだかんだ実力と運次第ですかね。男社会だしセクハラパワハラのオンパレードですけど、それだけに実績出してる人間には強く出られない。面子とプライド命でしょ男って。それがわかってからは扱いも簡単になりました」
「くくく、違ぇねぇ。耳が痛ぇや」
忌憚のない痛烈な言い様だ。立派になったと、さて褒めるべきかどうか。
「先輩こそ最近随分と
「厭味な言い方するんじゃあねぇよ。爺が子供らの内輪に放り込まれてそれでもどうにかこうにか頑張ってんだぜ」
「ふーん、それにしては結構楽しそうに見えましたけどー? 若くて可愛い娘達に囲まれて、内心ウッキウキだったりして」
「まあ、どいつもこいつも可愛い子には違ぇねぇが。かっかっ、もう十年二十年歳食ってくれりゃそうも思えたかもしれねぇな」
「……」
こちらの冗句に武藤は咄嗟、応えを寄越さなくなった。
なんのかの言ってやはり年齢の話題は女衆に禁句だったらしい。己のこの辺りの無神経さは死んで生き返っても治りやしない。
くわばらくわばらと、手前で頼んだコーヒーカップに口を付ける。夜の盛りの静かな酒場で場違いな飲み物だが、これがなかなか香り高く苦みと渋みも絶妙で、美味い。店主の淹れ方が丁寧なのだ。
武藤は、先程までと同じように己を見上げる。
それはやはり、曰く言い難い色と肌触りの視線であった。
「……貴方がそんなだから、私はいつまで経っても……」
「いつまで経っても、なんだい」
「なんでもないでーす。さ、仕事の話をしましょうか」
「そうかい? そうだな。それがいい」
脱力から一転、武藤は迷いを絶つように背筋を伸ばし、脇に退けていたバッグから黒いバインダーを取り出した。
一瞬前の酔いどれが嘘のような有様。
実際、嘘である。この娘は宮崎県警の新米時代から課内一の
「ご依頼の“
「なら、表面以外はどうだい」
「それがですねぇ」
武藤はその少女のような顔に殊更厭らしい笑みを浮かべた。
「これ、見てください」
「ん、名簿……いや帳簿か」
開かれたバインダーには印刷された紙資料が綴じられている。
ずらりと列記された人名、日付、金額、そして備考欄に追記されているのは宿泊施設の名称だろうか。
「喜捨額の一覧、にしちゃ内容が妙だな」
「それもですが、私としてはここに居並んでる名前の方に注目して欲しいです」
「有名俳優、女優に歌手、この監督は会ったことがある。大手企業の社長の名前もあるな」
「ええ、新新新宗教の新参団体にしては香ばしいです。そしてなにより私の一押しはこいつ」
武藤はページを幾つか捲り、人差し指で一つの項目を示す。彼女の爪は短く、綺麗に手入れがされていた。
「! こいつは野党の」
「そ。今結構イケイケの大物議員です」
「宗教と政治家が懇ろ宜しくやるってなぁそう珍しくもねぇが……妙だな。藝の導側はともかく、この政治屋に旨味がねぇ」
「流石先輩。そうなんです。票集めのコネ作りの相手として藝の導はかなり微妙な相手です。信者数はそこそこなんですが、売りが芸能の御利益でしょ? 加えてこの議員は今更人気取りに腐心しなくても注目度は既に高い。むしろ宗教団体と繋がりを匂わせる方が現代の有権者的にはマイナスです。それなのに……この金額」
「ほう、月々にこの払いか。御大尽だねぇ」
「都内の高層マンションに部屋が借りられますよ」
鼻を突く金臭さ。そして。
「キナ臭いでしょ」
「同感だが、お前さん言い回しが古くせぇな。今日日聞かねぇぞ」
「うっ……ちょっと前アリアにも言われたなぁ。ママの口調武士みたいって……先輩のが感染ったんですよ。どうしてくれんですか」
「あぁん? そりゃ申し訳も立たねぇがな。どうしろってんだ」
「そうですね。責任取って
グラスを手に、武藤は悪戯っぽい笑みを湛えた。儚い間接照明の下、それは妙に艶気がある。
肌に朱が差している。酒精がそうさせるのか、それとも。
「おいおい」
「冗談ですよ……冗談」
女の、装飾品も帯びぬその白い左手がそっとグラスを撫でた。