コール&レスポンス。
コール&レスポンス。
呼び掛ければ誰もが、恥じらいも躊躇いもなく、先を競うようにして声を上げる。
反応はいい。この人数なのに端から端まで、観客から通行人まで全部が今、一体だった。
熱気がすごい。今が冬だってこと忘れちゃいそう。
人と人がひしめいて作られた黒い海で、赤いサイリウムが深海魚みたいに揺れてる。
即席で、即興で集まったにしてはかなりすごい規模だ。まあ流石にドームコンサートってほどじゃない。人数も、広さも。
けどこんな近さは久しぶり。
小さな箱でやる単推しファン限定の感謝祭を思い出した。人の声や視線や熱を肌に直接ぶつけられる。舞台と客席の境が曖昧で、全てが同じ空間、同じ空気にない交ぜにされる。
津波のような人の声。
私を求める赤い光。無数の目。数えきれない想い。願い。
こっちを見て。
自分を見て。
私を、見て。
ここにいる。
ここにいるよ、って。
遠くを見上げて私はその姿を探す。きっと地上にはいないと思うから。
見てる? うん、見てないか。忙しいもんね。
少し寂しくて、そんなしおらしいこと考えてる自分に心の中で苦笑い。
自分が昔よりずっと欲張りになったことを知ってる。気が付いてる。
構って欲しい。見詰めて欲しい。気に掛けて、甘やかして、でも時々叱って欲しいな。
星の少ない都会の夜空。大歓声が湧き上がったその向こうに。
街の灯が煌々として夜の闇を侵蝕する。その狭間に。
彼と、巨大な何かが駆けた。
破裂音。
夜闇を真実引き裂きながら深緑の鞭が薙ぎ払われた。
気流とは異なる局所的突風。鞭、との呼ばわりはただの比喩ではない。
その触手────針状の葉を群生した長い長い“茎”の一振りは、斯くも容易く音速を超えていた。
それがまた一振り、二振り、さらに、さらにさらにさらに幾度でも無数に。
茎の一本一本にまるで意思を宿すかの如く縦横無尽に蠢き、のたうち、うねる。
高速で打たれるそれらを躱す。大きく退き、あるいは跳び、跳ねる。なんとも物騒な縄跳びである。
大移動が困難となれば、最小の重心移動と上体の傾きだけで連撃をやり過ごす。頭上に、脇の下に、頬の横合いに。紙一重。その度、肌身を衝撃波の余韻が掠る。
瞬発する。その場を放棄して、隣接するビルの壁面へ移り、駆け上り、フェンスを渡り、給水塔を越える。
屋上の広場へ着地し、そのまま前転跳躍。着地点を狙って殺到した緑の鞭打が、コンクリートの床面を粉砕した。
ヒカゲノカズラ。元来は地表を這いずるただのシダ植物の分際でこの威力。強度。
「ふざけた破壊力だ」
僅かに踵を上げて、次なる瞬発に身を備える。
それを気取ってか敵方からの攻め手が一時、止んだ。
視野を広げ、仰ぐ。夜空を覆い隠すほどに肥大したその影。
うねうねと蛇の群そのものの姿で無数に深緑の茎が脈打った。壁だろうが柱だろうが自在に取り付き巻き付き、毛虫の如く這い登り、今は屋上の縁を掴んで屹立する化生。
一見すればそれこそ毛の塊のようだが、その発生源は、根はただ一ヵ所であった。
それは一人の人間であった。
朱色の袴に白衣。巫女装束の女。
襷掛けした日陰蔓から伸びた針葉と茎が、女の全身を取り巻き、手となり足となり指となり爪となり牙となり
一振りで人間を挽肉に加工できるだろう攻撃を数限りなく見舞ってくれたその女が、不意に口を開いた。
「あんた誰。というか、ナニ? なんであのホテルを見張ってたの?」
「……」
装いの厳かさに比して、女のそれはやや舌足らずな、妙に気怠い口調だった。
当然の疑問だが、それは遥か昔、出会い頭に投げるべき問いである。
散々に擂り潰す勢いで追い掛け回した挙句、仕留められぬと一旦諦めてから問答に移るというのは、文明人の作法ではあるまい。
とはいえ会話ができるなら。
しかして女はこちらの返答を待たず、独り合点した様子で鷹揚に細い顎先を持ち上げた。
「ああ、そっか。やっぱりあんたがそうなの。私の教団をなにかと嗅ぎ回ってる人間がいるとか、あいつ言ってたもんね」
「やっぱり……?」
「く、ふふふ、じゃ好都合だ。馬鹿げた運動神経に、これだけ近付いても蔓に呑まれないタフさ……いいじゃなぁい。とっても
紅を引いた唇を濡れた舌が舐る。
それに呼応するかのように、緑の触手達が打ち震える。
獲物を見付けた喜びに。
「あんたも私の養分になりな!」