これ一体なに読まされてんだろう?と思われたそこのあなた
安心してください
私も自分なに書いてんだろう?って常に思ってます
「逃げんじゃあないよ!」
女が叫び、触手が大玉花火さながらに咲き割れる。
烈火の如く放射状に散開したかと思えば同じ速度でそれらは己へと殺到した。
「お前さん、何故こんなことをする!」
先刻までの焼き直しかに見えて、否。極めて単純な、そして絶大なる差異がある。
物量だ。
視界の七、八割を占める緑、針を群生した緑の茎、その束、無数の緑、緑、緑。
悍ましいまでの肉肉しさ。植物らしい静的趣は絶無である。
後方へ宙返り。二回、三回目に、直下から伸びてきた一本の先端を踏み、蹴り落とす。
「宗教の勧誘にしちゃあっ、えらく物騒だな! えぇおい! ミヤビノカミさんよぅ!」
目前に茎の束が溢れ返る。それらを手刀で斬り払い確保した視界の先。
女は僅かに得意げな顔をした後、こちらを小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ミヤビノカミが、この私が、勧誘なんてまどろっこしいことするわけないでしょ。そもそもそんなもの、必要ない。そんなことしなくても信者は集まるわ。私がその気になれば、ね!」
触手は鞭から槍へと変ずる。雨霰とばかり大量に降り注ぐ死の刺突へ踏み入る。その僅かな間隙へ這入り込む。摺り抜ける。
屹立した手近な一本に足を掛け、一挙に駆け登った。
長柄の主へと迫る。が、女は虫でも振り払うように嫌々と矢鱈に蔓を振り回した。
身体は軽々と宙に舞い、あわや摩天楼の狭間に投げ出され掛けたが、運よくその方角にあった貯水タンクの上へと降り立つ。
忌々しい。そのように面相を歪めて女は俺を睨め上げる。
「そんな雑用やりたいヤツが勝手にやるわよ。あのオヤジ、金儲けが趣味みたいだし丁度いいわ」
「そいつぁ藝の導の教主、いや導師だったか。ニニギノミコトとかいう男のことかい」
「ええそうよ。宗教団体ってなにかと面倒な手続きが多いからそういうのは全部あいつにやらせてる。ふん、金さえ好きにさせとけば率先してなんでもやるし、まあまあ便利な召使いよ」
「そいつが高じて挙句の果てに未成年を使って売春ってか? 立派な御趣味もあったもんだねぇ」
さも裏事情通を演じて言い放つ。現状これは、ただの当てずっぽうの鎌掛けである。見当外れであればそれに越したこともないが、白を切られてしまえばそれまでのこと。
しかし有り難いことに、女は実に饒舌だった。それは第一声で正体を表明してくれた態度から知れたこと。やや病的な自己顕示欲。
「さあ? 私はよく知らないけど。芸能で売れない馬鹿なガキが金欲しさに自分で自分の体を売ってるんだってさ。ウケるよね。教団は単にそういう馬鹿なガキが大好きなロリコンとショタコンに、善意で場所を提案してるだけ」
「……ほう、そいつぁ世知辛い話だねぇ。となれば、馬鹿な子供のすることにミヤビノカミ様の御神力なぞ出る幕ではないか」
世辞とも挑発とも取れる調べでそう問いかけてやると、女はやや後者の意でそれを受け取ったらしく。
「まあ、躾の成ってないガキは、私が直々に教えを与えてあげるけどね」
「へぇ、例えばどのように」
「いざ客を前にして怖気づいて逃げたり、抵抗したりするガキに囁くんだ。『私の為に働きなさい』って。それで
「…………」
べらべらと本当に、よく喋る女だ。
「聞けば有名な政治家先生も随分ご贔屓だとか」
「今夜もいるわよ、あのホテルに。陽東のDKが今のお気に入りなんだって」
「DK?」
「男子高校生。ぷっ、ふふふふふ」
一瞬、呆れて言葉を失う。相槌を打つ気も失せる。
悪びれもせずむしろ得意満面に悪事を、邪悪を暴露するその有様にか。あるいはその迂闊さにか。
女は笑みを浮かべた。それはひどく意味深な。
「私がどうしてあんたにこんなになにもかも話して聞かせてあげるのか、不思議に思わなかった?」
「なに……?」
「あんたに知られたところで、
「!?」
給水塔に亀裂が走る。それは見る間に裂け割れ砕け、瓦解する。
内部、女の足元から建造物内部を掘り進み、掻き分けて、給水塔を粉砕しながら蔓の茎が伸びる。
大発生した緑の触手共は今己が立つ貯水タンクを軽々跳ね除けた。
跳び退く。
不意を打たれたとはいえ、未だ己の反応速度の範疇。瞬発し、身を躱せば逃れられる。
このまま逃れ────タンクが奈辺へ吹き飛ぶ。
ビル屋上を離れ、夜空へ。そして数秒後にそれは重力という物理法則に従い落ちていくだろう。
内部に貯まった水量は知る由もないが、高さ2メートルを超える金属の容器はそれ単体の重量だけでも数百キロを下るまい。
賑わう夜の街並へ。数多の人々が行き交う往来の只中へそれが、墜落したなら。
どうなる?
なにが起こる?
惨事。その一語が形をもって現れるのみ。
「糞ッ!!」
ビルの縁から跳び出し、宙を舞う巨大な金属塊を追う。
引き戻すことも吊り上げることも現状現装備では不可能である。
であれば、せめて人的被害の及ぼさぬ場所へ逃すしかない。
隣接するビルの屋上へサッカーボールよろしく貯水タンクを蹴り飛ばす。
蹴られたステンレスが甲高い抗議の悲鳴を上げ、凄まじい衝撃を伴なってタンクが屋上を直撃した。建物内外にそれは轟いた。アイのゲリラライブという乱痴気騒ぎを以てしてもこれは隠しようがない。まあ、どれもこれも今更なのだが。
「へぇ、下のヤツらを助けたんだ? 正義の味方じゃん」
空中で、別種の大惨事を晒す高層建築物を見下ろしながら、高速化した思考回路は次に訪れる展開を容易に予想し得た。
「捕まえたぁ」
腕に、脚に、胴体に、深緑の触手達は恐ろしい俊敏さで既に巻き付き、取り付き、拘束を終えている。
まるで万力のような膂力だった。コンクリートを楽々粉砕する様を思えば然もあろう。
次の瞬間、異様な感覚が身体を襲う。
急激な脱力感。そして同時に失われる熱。骨の髄から肉体が凍えていく。凍っていく。
「う、ぐぉ……!?」
「っ!? は、ははっ、アッハハハハハハ!! なにこれなにこれなにこれぇ! すごい、こんな、こんなの、初めてよ!」
女は哄笑した。狂ったような喜悦、悦楽に。
理屈はわからないが、己は何かしらの力をこの蔓に、蔓を管としてこの女に奪われているらしい。
「こんな強くて熱くて瑞々しくて活きがいいのは初めてよぉ!! あぁ美味しい!! 美味しいわぁ!! アッヒャハハハハハハハハハハハ!」
喪失感と不快感が意識を遠ざける。街の灯によって薄れていた夜闇がここぞとばかり目前を覆ったか。
気障りな笑声だった。
なにより、透かし見えるそれ。女のあらゆる全てに対する玩弄が……気に入らねぇ。
「気に、入らねぇ……!」
憤怒と共に、それは湧いた。
身の内より溶岩流の如く出でる。見知らぬ力が。