『今ガチ』特番の宣伝の為の動画撮影であった。ネットと地上波それぞれに向けた30秒程度のCMを撮り終えて早々、今度は事前告知していたライブ配信を行う。
各方面で注目されつつあるこの面子が全員揃い踏み。貴重な機会だ。しかし。
「賑やかなのはいいが、どうも画面が狭っ苦しかぁねぇか。おい」
「配信開始して第一声が愚痴ってどういうことだ」
「っていうかウチらってスタジオ撮影の経験あったっけ?」
「ほとんど外ロケで農作業とか採集ばっかりだったし、校舎とかただの背景だったね」
「屋根がある。日が差さない。虫もいない!
「ノブユキ、芸能人ってどっちかっていうとそれが普通だぞ」
「順調に毒されてて草」
「私はまだ諦めてないよ。恋要素」
「あー視聴者にもいるわよね、それ期待してる謎のしぶとい勢力。んなもんねぇわよ。どこひっくり返したって出てくんのは野菜か猟果よ」
有馬嬢は冷めきっているようにも不貞腐れているようにも見える微妙な顔をして吐き捨てた。
そんな娘をフリル嬢が撫で繰り回す。そして妙に色気のある低い声で。
「別に女の子同士でも構わんのだろう?」
「やめろ」
「百合営業やる? 一女性配信者的には断然アリですが」
「百合があるなら薔薇もあるよね! ね!?」
「でだ、アクア坊。本日はどのような趣向でお送りするのかね」
「そうだな。特番の宣伝も大事だが、一足先に前祝いをしようと思う」
あかね坊の期待と興奮に光り輝き散らす瞳と弾んだ声音を極力無視して我々はカメラに向き合った。
ケンゴとノブユキの同情の篭った視線が痒い。ゆきん子はいかにも「むつかしい話だなぁ」と幼児のような顔をした。それをメムちゃんがおっ母さんのようにあやす。フリル嬢はあからさまに鼻息を吹き、ルビーちゃんと有馬嬢はなんならちょっと嬉しそうだった。
どうしようもねぇ。
カメラマンの後ろに立って撮影風景を見守る慈母の女神の如きアイの笑顔が眩しい。いやてめぇもか。
「はいはいはい進行! 進行をします! 『今ガチ』最終回記念! もうちっとだけ続くんじゃ! 仕事を失わずに済んだ若者達の宴ー!」
『うぇ~い』
「あんたら、もう少し若者らしい溌溂とした歓声あげらんないわけ?」
有馬嬢の至極真っ当な苦言もそこそこに、突如ルビーちゃんが画面端に捌けていく。
娘はなにやら白い布を被せられた台車を押して戻ってきた。
「ルビーちゃんや、こいつぁなんだい」
「ちょっと新人、無言で台本にないことしないでくんない? いちいち心臓に悪いのよ」
「有馬はまだあのぺら紙を台本と言い張ってるんだな」
「かなちゃんは真面目だなぁ」
「うるせぇ。どうせ予定にないことしかしないんだからせめて嘘予定の方を除外してその他のことに心の準備をしてんのよこちとら」
「な、涙ぐましい……」
有言実行とばかり有馬嬢が台車から距離を取る。慣れた様子でノブユキ、ケンゴ、ゆきがそれに続き、フリル嬢が透明樹脂製の盾を機動隊が如く構えた。どこから出した。
メムちゃんは流石ゆーちゅーばー、へっぴり腰ながらその場に留まって待ち受ける構え。
あかね坊は己とアクアと並び立ち泰然としたもの。
前置きもそこそこに、ルビーちゃんはあっさりと覆いを取り払った。
それは、黒々としていながら同時に眩い銀発色の光沢を放つ魚体。流線形と肉厚を両立する自然界で生まれ培われた機能美。
まさしくそれは黒いダイヤと呼ばわるに相応しい。
「以前サメ被害に遭われていた漁協さんが紹介してくださった伝手を手繰って手繰ってホンマグロ丸一本を融通していただきました。はい拍手ー」
「道理でこの部屋冷えると思ったわ」
「ちょっと生臭かったしね」
「スタジオの隅の方で待機しているのって板前さんだよな?」
「カンペ出てるぞ、今更。あー解体師さんだってさ」
「はいはーい! あたし兜焼きが食べたいです!!」
「慌てない慌てないゆっきー。まずはお刺身っしょ! カマトロ! 贅沢しちゃうよー!」
「美少女達とマグロ……っ! 閃いた!」
「ちょっとあんた黙ってなさい」
「どうでもよいが、もはや魚一匹程度じゃあ誰一人驚きもしやがらねぇな」
「誰の所為だと思う? お前」
アクアの辛辣な物言いに、しかしてこの場の全員が神妙に頷く。酷い話だ。味方がおらぬ。
ふと下方を見やると、何故かアイがその手にスケッチブックを持ってカメラ傍に屈んでいる。『私は味方だからね♡』というカンペを掲げる娘の朗らかな顔は決してこちらを虚仮にしている訳ではなかろうがとりあえず無視しておいた。
「それはそうとおじさん! はい、割烹着と包丁」
「おぉ? なんだ、本職がいるってのに己が捌くのかい。別に構わねぇがよ」
「いやできんのかよ……」
「刃物持ってる姿が異常に様になるのホントなんなのこいつ」
「マシラパパー! でっかいブロックで切って! 私トロのステーキ丸かじりするのが夢だったのー!」
『漬けマグロぷりーず』と書いたカンペを似非ADの娘がアピールしている。
アクアが早速作業台の端で漬け用のタレを調合し始め、あかねは調理用のバーナーを取り出して火力の調整を始めた。
箸と醤油皿を持って行儀よく整列する面々に得も言われぬ妙な心地を覚えながら、己は刃を魚体に刺し込んだ。
「すごーい! 見る見るうちにマグロがお造りに!」
「あんたホントどこでそういう技術習得してくんのよ」
「解体師さんが拍手してるぞ。いやなんならちょっと引いてる」
マグロ丸々一匹ともなれば平らげるにもさぞ苦労するだろう、などとは微塵も思っていなかった。ゆきがいる。
骨の中落までスプーンで丁寧に
ゆきの
「むしろあかねを撒く方がよっぽど大変だったな……」
「まくっていうか、結局ついて来ないでくださいってお願いするしかなかったしね」
「しょぼん顔のあかね、可愛かった……ちょっと可哀想だったけど」
休憩用なのだろう。手頃なベンチに四人、腰を据えた。
「早速で悪いがアクア坊」
「ああ、ミヤビノカミが逃げ込んだのは……東京ドームだ」
「は?」
ひどく静かに、慎重な声音でアクアは言った。
ルビーちゃんが苛立ちも露わに吐息する。信じられない、ありえない、と。
「なっ、なんでドーム!? あんなよくわかんない団体が!?」
「一応新興宗教団体が講演をやったって前例があるみたいだからな。金とコネと時期が上手く噛み合えば……まあ、なくはないんだろ」
スマートホンを取り出し、少年は表示した画面をこちらに見せる。
なるほど確かに、ドーム設備が利用されるイベント一覧の中に『
「ウソウソウソ! 最悪なんですけど!!」
「ルビーちゃん? どうしちゃったの」
「まあなに、大事な思い入れ、というやつでな」
己の物言いにアクアが肩を竦める。この男の内心とてそう穏やかではないだろうに。
この子らにとって、ドームコンサートというものの価値は断じて軽くない。なによりも重い。
それは一つの夢だった。斉藤夫妻の、この一途なファン二人にとっての、そして今この場におらぬあの娘の……いや、どうだろうか。存外アイなどはけろりとしていそうなものだ。
怪しげな宗教団体、それも実態は悪党奴輩共に気安く使われるなど、思い出を汚されるも同じなのだろう。
「一時的にせよ、潜伏先に随分目立つ場所を選んだものよ」
歌手、アイドル、芸能人にとっての夢の箱。そのような大々的な場でなにをするつもりなのやら。
「ふふ、それはもちろん」
その時、肩に重みを覚えた。
アクアは冷ややかに目を細め、ルビーちゃんの怒り顔もまた冷めた色に変わる。
枝垂れ桜のように舞い落ちる銀白色の髪。
艶やかで、柔らか。大人びていながら幼気。相反する美しい笑声が耳を擽る。
「集めた大量の信者からたっぷりと精気を啜る為でしょうね。意地汚い獣のように」
「えっ、い、今……この子、どこから……?」
フリル嬢の反応こそこの場においては正しい。
前触れもなく突如として出現した幼児。ルメは己の隣にすとんと腰を下ろした。そして、律儀に驚き戸惑う少女にいかにも意地の悪い笑みを向ける。
「たぶん、貴女のお友達もあれの餌場にいる」
「……」
「操られてか、自らの意志かは知らないけど。吸える信者を残らず一堂に会させたいようね」
「焦ってる、のか?」
アクアの言にルメは答えはしなかったが、それは肯定の無言であった。
フリル嬢は綺麗な無表情を顔に貼り付けたまま沈黙している。感情を殺すことも、作ることも、この娘は実に達者だ。先刻の収録や配信の際も、そんな態度はおくびにも出さなかった。
それが痛ましい。
その内心を推し量ろうとは敢えて思うまい。
俺はルメの頭をやや乱暴に撫でた。
「んっ、なぁにサルタ……」
「ならばすべきことは一つ」
揺らぐ瞳に笑みを返す。娘の不安を意気にて吹き払う。
アクアが悪い顔で己を見た。ルビーちゃんは拳を握って頷いた。
「奴輩共のドーム講演、台無しにしてやろうじゃねぇか」