推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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タブー

 

 

 マグロの漬けを一切れ()んで、よくよく噛んで飲み込んでからルメが言った。

 

「まあまあね」

「しっかり味わっといてこの言い種」

「かっかっ、素直でないのさ。漬けダレがなかなかどうして乙な味だろう? このアクア坊めは、生意気に舌が肥えてやがるからな」

 

 高給取りだっただけに雨宮(アクア)は和洋中他良い店を数々知っている。昔、食道楽を気取って野郎二人津々浦々に足を伸ばしたものだ。

 撮影スタジオのビル屋上より都会の喧騒を見下ろしながら、マグロの残りを皆で片付けた。

 

「いい加減片ァ付けねばなるまい。それに不知火の嬢ちゃんにとっての重大事は面妖な宗教屋なんかじゃあなく、初めから一つっきりだ」

「……」

「でも台無しにするったってお前……」

「ん~~~……直接殴り込む? ドーム」

「無茶言うな」

 

 アクアは呆れ、己は笑声を吹く。ルビーちゃんの思い切りの良さと潔さは気持ちがいい。

 心情的にはその案を推したいところだ。可能か不可能かで言えば、七分ほどの公算で可能ではある。

 

「己が単身乗り込んでミヤビノカミを無力化しフリル嬢の友達を奪取し逃げ去る」

「ダメだ」

 

 間髪入れず少年から待ったが掛かる。

 

「今のところ判明してるミヤビノカミの能力は、伸縮自在の日陰蔓(ヒカゲノカズラ)による膂力、飛行、そしてなによりも洗脳、精神操作」

「の、能力……?」

 

 フリル嬢が頓狂な声を上げるが、一旦その当然の反応を差し置いてアクアの言を待つ。

 

「もし、奴が教団の信者を操ってけし掛けて来たら? あるいは周囲の無関係な人間を捨て駒に仕立てて……いやそれこそ、不知火さんの友達を盾にされたら」

「っ……!」

「お前がいくら強くて敵を倒せる力を持っているとしても、その子を助けられなきゃ意味がないだろ」

「人間って脆くて面倒ね、サルタ」

 

 軽口の調子でルメは言った。皮肉や嫌味も含めずただの感想を。

 これに同意を覚えてしまえば己もいよいよ人とは呼べぬ。

 同時に、旧友の言葉は俺を現実に引き戻した。本来の目的。何を、守るべきなのか。

 

「根城を襲えば事は済むと思ってたんだが、甘かったな」

「……いや、元はと言えば尾行を完遂できなかった俺の落ち度だ。ドームの敷地に入った途端姿を見失っちまった。ドームホテル辺りが潜伏先としては固いが、如何せん確証がない……すまん」

「ばぁか、落ち度などあるものか。むしろ空を飛び回る化物をよくぞそこまで追い詰めたもんだ」

 

 真面目腐って肩を落とす少年の様に笑みがこぼれた。

 隣に座るルビーちゃんもなにやら微笑ましげな、愛らしいものを見るような顔をしている。

 

「下手にこちらから仕掛けた場合、敵が逃亡を図るだけならまだしも周りを巻き添えに暴挙に出るかもしれん」

 

 あの埒外の力に溺れた女なら躊躇なくやりかねない。

 

「とすると、やはり奴らが自ら表に姿を現す時……ドーム講演の開催日周辺、ないし当日を狙うしかねぇか」

「ほらほらやっぱり! ドーム殴り込み作戦しかないって!」

「ドームの収容人数は五万人強。流石に満員はないにしても、数千か、万の信者が一堂に会する。もし……もしミヤビノカミがそんな数の人間を一度に全て操れたとしたら」

「できるでしょうね。サルタを吸った今のアレになら」

 

 にべもなくルメが肯く。退屈そうにベンチで両足を揺らしながら。

 ルビーちゃんもアクアも、そして無論話の置いてけぼりを食らうフリル嬢も言葉を失くした。

 敵の戦力を見誤っていた。現実離れした妖術を一度ならずこの目で見ていたというのに。

 いや返す返すも手落ちは我が身にこそある。俺がみすみす敵に力を与えてしまったのだ。

 この上は……やはり強行突破しかあるまい。フリル嬢の友人は教団内で“重用”される信者の一人であることは明らかだ。ならば講演会当日の会場に彼女は必ず列席する。彼女を逃がし、ミヤビノカミを討つ。

 なに、己の身一つどうとでもなる。

 どうなったところで一人の子供は解放される。

 それでいい。

 それで────

 

『よくない』

 

 突如屋上に声が響いた。それはこの場の誰のものでもない。この場にはいない筈の者のそれ。

 そして、己の耳はそれが肉声でないことを聞き取った。

 しかも音の出所はベンチに置いたランチバッグの中からである。

 ご丁寧に中敷きの下にそれは隠されていた。通話状態のスマートホン。

 ルビーちゃん、アクア、フリル嬢、皆で頭を突き合わせて一個の機械を唖然と見下ろした、その瞬間。

 屋上のドアが勢いよく開かれる。

 吹き込む風に黒髪がそよぐ。輝ける両瞳の星。少女のような実体持つ偶像、アイ。

 アイが意気揚々と屋上に踏み入る。

 娘は一人ではなかった。その背後にぞろぞろと付き従う少年少女達。

 あかね、有馬嬢、ノブユキ、ゆき、ケンゴにメムちゃん、今ガチ面子が揃い踏み。

 アイは手にしたスマホを掲げた。

 

「話は聞かせてもらったよ!」

「ホントはちゃんとしたやつの方がよかったんだけどね、音質とか。古典的でバレやすいし。でも咄嗟に使えそうなのがスマホしかなくて」

 

 あかねはそう言って気恥ずかしそうに舌を出し、己の手からスマホを取り上げる。その照れた顔は一体何に対する羞恥の表れなのだろうか。草の者としての美学とかだろうか。

 有馬の嬢ちゃんはじめ、居並んだいつもの面々を見やる。

 

「諦めは着いてるわよ。どうせまた前の旅館の時みたくなんかやらかすんでしょ? そして私らは体よく巻き込まれるんでしょ。ふふふふふ……一思いにやりなさいよぉ!!」

「かなちんどーどー。気持ちはわかるよー。死なばもろともだよー」

「マジで事件に事欠かねぇよ。お前らといると」

「超能力バトル? フゥーッ! 漫画じゃん! すっげー! やっべー! 超こわい」

「メンバーのピンチだもん。私達に手伝えることあったらなんでも言って。あ、お礼は叙々苑でいいよ! 鏑木P行き付けの回らない御鮨屋さんでも可」

 

 いつも通りに過ぎる反応に、返事を探しあぐねるのはこちらの方。

 言い訳一つも浮かばず唇をひん曲げる無様な己に、アイは不敵なまでに美しい形のその唇で朗々と。

 

「結論、大勢の人を巻き込まず、フリルさんの友達も安全に逃がして、マシラくんがそのミヤビの人の前に一対一で立つ。そんな方法(ルール)

 

 そんな法外無辺な術が果たして現実に存在するのか。

 

「あるじゃない。ここに、(アイ)がいる」

 

 清廉な白に妖艶の紅、純粋無垢な黒が混淆する。

 娘は、その天使のような顔で甘くどろりと悪魔の如き宣言を下した。

 

「あっちのお客さん、みーんな奪っちゃおう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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