推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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報い

 

 

 

「この一ヶ月500回くらい繰り返し言ってると思うんだけど、この規模のイベントを一ヶ月で開催するとかやっぱ正気の沙汰じゃないわ」

「デスマーチってこういうのを言うんだな」

「芸能界ってファッキンブラックなんだね! ノブユキおぼえた!」

「ほんっとキツかった。出店のフードの味見役任せてもらえなきゃ乗り切れなかったとこだよ」

「あ、最初の想定より材料費(かさ)んだのってやっぱりゆきが原因なんだ……」

 

 控え室の長テーブルを囲んで少年少女らは深々と息を吐く。

 まるで繁忙期に連日の深夜残業を耐え抜いた企業戦士のように疲れた様子。

 

「まったく、馬鹿な男共に付き合うのも楽じゃないわ……」

「ぷっ……」

「ははは」

「んふふっ」

「へぇ~?」

「なによ」

 

 かなに四者四様の視線が注がれた。

 生暖かなその感触に少女は露骨にむくれ面になる。

 

「かなっていい娘だなぁって」

「かなちゃん可愛い」

「うっさい! ほ、ほら! そろそろ始まるわよ! 天才アイドル様のステージが」

 

 外部に繋がったモニターには会場の映像が表示されている。画面を埋め尽くす人、人、人、人、人、ステージに向かって歓声と待望と興奮の視線を一心に注ぐ津波のような人々。

 

「……これが“本物”の実力ってわけ」

「一応は“今ガチ”ファン感謝祭、ってタイトルなんだけどな」

 

 ケンゴの皮肉っぽい言い様を誰一人非難することはなかった。皆が皆同様の感想を持ち、また理解している。

 今、万を超えてさらに留まることを知らず増え続ける無数の人の集いが。

 一体誰を求めて生まれたか、生まれ拡がり続けているのか。

 

「ねぇ、どうでもいいけど会場の収容人数大丈夫なの? モニターに映る範囲でももうかなりオーバーしてるように見える。気の所為?」

「開場して二十分でとっくに手遅れだよ、有馬」

 

 

 

 

 

 

 幕の下りたステージ上に人影三つ。

 一人はルビー。一人はMEMちょ。そしてセンターに陣取るのは。

 

「っ! うぅ、あっ、やばい、やっばい……」

「MEMちょ!? 泣いてるの? わ、わ、今はやばい! メイク落ちちゃう!」

「だって……だって私今、今、び、び、B小町の、アイのステージの、アイのライブ、アイのダンス、アイの歌のバックで、お、踊るって……意味わかんない……ゆ、夢? 私今夢見てる? 私、実はもうずっと部屋のベッドで長い夢見てて。ホントは今ガチもいちごプロ移籍の話も、マッシーが降ってきたり連行されたり、アクたんやかなちーやルビーに出会えたのも全部……全部本当は」

「全部本当」

 

 くるりと少女めいて可憐に振り返りアイは微笑んだ。MEMちょの迷いも恐怖も全て優しく払い去り、残るのは。

 完璧な笑顔にただ一つ残るのは真実。

 

「今日、私達はB小町。そしてルビーとMEMちょの初ライブ。だから」

 

 少女二人の肩を抱く。今日この日、肩を並べて舞台に上がり共に戦う戦友を。

 一筋の涙が落ちるとルビーの瞳は燃え盛るような歓喜で輝いた。

 MEMちょが鼻をすする。少しだけ滲んでしまったアイラインをティッシュで拭って固く握り潰した。

 

「思いっきり楽しも!」

「はい!」

「うぅぅぅう、やったらぁー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新宗教団体『(わざ)(しるべ)』代表役員“ニニギノミコト”……佐藤トシヤという男は所謂(いわゆる)無神論者だった。

 特定の宗教へ帰依することも、かといって病的に忌避することもなく、正月には神社に参拝し(メリー)クリスマスと口ずさみシャンパンを開け一族累々菩提は寺に弔ってもらう。神の不在を議論と論拠を尽くして主張する元来の学術思想などではなく、どこにでもいる無邪気な自称無神論者である。

 転機は十年前。山間の土木作業中に起きた崩落事故。運悪く転落した地下空洞で見付けた朽ちた祠。

 そして男は、中に仕舞われていた“(かずら)”を手に入れた。

 男はどんな神にも信仰心など抱かなかったが唯一、金だけは厚く信奉した。金銭そのものは当然として、蓄財、資産運用、金策。

 金を稼ぎ、儲けを出し、富むこと。

 “蔓”の性質に気付いた佐藤トシヤが金儲けの方法として宗教を選んだのはひとえに投資に対する利益率の良さからである。

 教祖様と崇め敬われることに多少の気持ちよさを覚えても、男の目的はやはり金、ひたすらに金だった。儲けられるだけ儲けたあかつきには近頃なにかと窮屈なこの国をおさらばして海外移住で悠々自適に遊び暮らすというのも悪くはない。

 ドーム講演が成功すれば、いずれは今回投じた額に百倍する金を回収できる。

 決して夢ではない。

 佐藤トシヤの皮算用は遠大だったが、高額なチケット代と現地で信者が落とす様々な喜捨額を勘定すれば十分に実現するものだった。

 ほんの一ヶ月前までは。

 

「なんだ、これは」

 

 エキゾチックな舞台装飾をされた球形の巨大空間。中央には円形舞台が鎮座する。

 それを囲うように用意された大量の座席。

 そこには今まさに夥しいまでの信者達が集まっている────筈じゃないのか。

 無人の座席。茫漠としていたずらに巨大なばかりの空間は、寒気すら伴うほど静かだった。

 

「し、信者は……俺の金蔓はどこだ!?」

「ここにはいやしねぇさ」

 

 期せず、応えがあった。

 佐藤トシヤは声の主を見やる。この意味不明な状況を説明してくれる誰かに縋る思いで。

 それは長身の影であった。フードを目深に被り、踝まである外套で全身を覆っている。異様な風体。闇が人の形を取ったかのような黒。

 影法師の男。鋼のように粘り、渋みを含んだ男の声で、怪人は宣った。

 

「なんせ、本物の女神様がご降臨なさったんでな」

「な、なんだそりゃ。どういう意味だ。ミ、ミヤビ、ミヤビノカミ! あの女なにしてる!? でかい金を掛けてこんな大層な箱を押さえたんだぞ! それを、ふ、ふいに」

「お目当ての方がおいでなすったぜ」

「へ?」

 

 がなり立てる佐藤トシヤを越えて、男の視線は舞台の直上。ドームの天井を仰いだ。

 そこに蠢く無数の深緑。緑の触手。蔓の凝集体。

 

 偽神ミヤビノカミ

 

「アアアァアアアイイイイイイイィイイイイイッッ!!!!」

 

 怨嗟の咆哮が空間全域へ降り注ぐ。

 佐藤トシヤは、強烈な音圧を浴びてあっさり失神した。

 

 

 

 憎悪と嫉妬、羨望と渇望。

 きっと、この者は神になりたかったのだ。崇め、敬われ、そして愛される神に。人々が求める唯一無二に。

 

「お前にはなれん。なるべきではない」

 

 あんな悲しいものに、人を人とも想ってはもらえない悲しい女神様。

 初めて会った時からあの娘の実相は、その印象は変わらない。どれほど美しくなろうと、どれほど妖しく光り輝き、蠱惑によって人を世界を狂わす魔性を得ようと。

 ただの小生意気な、寂しがり屋の娘っ子が。

 外套の裾を払い、腰元から剣を抜く。会場の各所に節操なく飾られた神鏡や勾玉といった模造品の中に、きちんとそいつも安置されていた。

 儀式用の宝剣。

 

「さあ、始末を着けようぜ。似非偶像(アイドル)さんよぅ」

 

 爆裂する憤怒と蔓を身に纏い、巨大な棘となって女は天より地へと堕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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