推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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 今ガチファン感謝祭。企画の草案自体は随分前から組まれてはいたのだ。それをそっくり流用し、今回の企てにまんまと利用した訳だが。

 計画を実行するに当たって当然ながら話を通すべき責任者筆頭である斉藤社長の、企画書を一読した直後の第一声は。

 

「ふざけんな」

 

 であった。

 (むべ)なるかな。

 しかし事は人命に関わる。それは少女の友人の、そして何も知らずただ敬虔なばかりの無辜の人々の。

 やらねばならない。やらぬ、という選択肢は生憎とない。

 

「てめぇらってやつは本当にいっつもいっつもよぉぉおおおおお!」

 

 初めこそこちらの無茶無謀な提案に怒り心頭だった社長は、簡略な事の次第と折れる様子のない己らに辟易として、呆れ果て不貞腐れ最後は例によって乙女のようにおいおいと泣いた。

 泣きながらも即座に計画書の細部を詰め、各所へ連絡を取り始めるのだから流石は敏腕芸能事務所社長である。

 

「旅に出てやる! これが済んだら俺飛ぶからな! プラハとか! 探さないでください!」

「馬鹿なこと言ってないで見積の一覧出してください。今わかってる分でいいから」

 

 社長夫人ミヤコちゃんはといえば、ぶつくさ文句と小言を並べつつもてきぱきと周辺業務を確実に消化していく。

 社長の尻を蹴りその悲鳴と泣き言を聞き流し溜息を吐き、そうして微笑むのだ。なにやらひどく穏やかに。

 どうもここぞとばかり込み入ったイチャつき方をしているようだ、この夫妻は。

 

「はぁぁぁぁあ……しゃーないわねぇ。私は関係各所と参加企業とスポンサー様に挨拶回り行ってくるから、事務手続きとか設営とか具体的なことは残った面子でよろしく」

 

 有馬嬢はミヤコちゃん以上に深く大きく溜息を床に落として身支度を始めた。

 

「ったく、別にこんなことの為に愛想笑い振り撒いてたわけじゃないってのに」

「有馬嬢」

「ぁによ」

「お前さん本当に、イイぃ女だなぁ」

「ばーーーか」

 

 スマホを耳許にあてがいマネージャーに足の算段を着けながら器用に悪態を吐く。まったく、なんと頼もしいことか。

 

「じゃ、会場の方は俺とケンゴが見とけばいいか。つっても、業者の手伝いなんて大してできるわけじゃないけどさ」

「まあ現場との連絡役ってとこだ。ダンサーとバンドマン。イベントだのコンサートだのは慣れっこだし、妥当じゃね?」

「はいはーい! 出店のフード監修は任されました! ライブ前の腹ごしらえに最適なやつ考えます! いっぱい食べます!」

 

 ノブユキ、ケンゴ、ゆき。ダンサーにバンドマンにファッションモデル、大掛かりなイベントの出演経験に事欠かぬ三人は今後の展望を既にして頭に描いている。ここにもまた、流石の二字。

 

「ドーム講演……過去のイベントやコンサートの規模、動員数、記録は十分にある。現地へのアクセス方法は限られてる。周辺の宿泊施設に前乗りする人間も考慮してアクセスルートを選定。“(わざ)(しるべ)”は定期的にこの手のイベントを開催しているから参加者の動きはかなりスムーズ。新興宗教としてもまだ新興、中規模の部類。信者は主に関東圏に偏り。年齢層、男女比、送迎バスを含めた移動手段と移動距離、当日主要道路と歩道裏道の予想混雑状況から概算で……うん」

 

 机上に広げた方眼紙、そこに印刷された地図と手元のタブレット、書き付けられた無数の付箋のメモを(つぶさ)に検め終えたあかねが、一度小さく頷く。

 少女は地図上に赤い油性ペンで次々に印を付けた。

 

「私の印象だと、ここと、ここと、あとこことここ、それにここ。ドームに向かう人波の基点になるのは。この辺りを攻めれば、かなりの数をこっちに引き込める……と思う」

 

 やや遠慮がちな言葉尻とは裏腹な重要極まりない事実を並べるあかね。

 なんと感嘆を吐いたものか、こちらが困ってしまう。

 なおも自信無さげにあかねは己とアクアを見上げた。

 

「確かに重点的に広告を打つ価値はあるかもしれない、けど……いくらなんでも無理だよ。特定宗教の信者をまったく別のイベントに呼び込むなんて」

「いいや」

「そうでも……」

「ないと思うよ?」

 

 己とアクアの間からひょこっと顔を出して少女が笑む。いかにも悪戯に、アイはこちらの語尾を掠め取って我が物顔を作る。

 この娘にならばできる。できるのだと知っている。

 

「ひゃ、や、そ、その、アイさんの魔力を疑ってるとかじゃないんです! 問題は、これら基点の距離です。信者がドームに到達する前に翻意させなきゃいけないのに、多すぎるし、それぞれが離れすぎてる。これじゃ車を使っても、どうやったって追い付かない……」

「あ、じゃあ車より速く走れればいいんだ」

「え? は? それは、そう、なのかな?」

「ってわけでお願いね、マシラくん」

「まあそれしかあるめぇな」

「…………???」

「あかね、お前のリアクションは正しいぞ」

「あかねちん、マッシーのあれを一度体験した後はジェットコースターが揺り籠に思えるよ」

 

 メムちゃんが遠い目で過去だか明後日だかを見ていた。なまじ地に足の付いたしっかり者だけに、空を歩くが如き非常識はさぞ肌に合わなかったことだろう。可哀想に。

 

「他人事かいこのヤロー」

 

 着々と着実に、子供らの奮う思いがけぬ強かさと辣腕によって計画は固められていく。

 俺は己が非力の再認識に加え、筋違いな誇らしさなど覚えた。本当に何様のつもりでか。

 

「ところでさ、この忙しい時にえらく静かじゃない?」

 

 不意に、有馬嬢が皮肉げに言った。それは抗議の体を為して、主にアクアへ吹き掛けられた。

 

「あの姦し娘どこ行ったのよ。今は猫の手でも借りて使い倒さなきゃやってらんないんですけど? 監督役のシスコン兄貴さん」

「ルビーは別件で出てる」

「……」

「はあ? 今これ以上の優先事項があるっての?」

「ああ、すまない」

「す、すまないって」

 

 仕事に手抜かりなど断じて許さぬ職人気質の娘の凄みに、けれどアクアは動じなかった。

 開き直るでもなく、厳かに、少年は頷く。

 

「今、あの子は一番重要な仕事してくれてるんだ」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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