推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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落城

 

 

 

 突如ドームの壁面が発光した。長大なパノラマのスクリーンに映像が流れ始めたのだ。

 最新の高精細ビジョンが映し出したのは、どこかの屋外ステージ。その舞台上に立つ三人。とりわけ光り輝く、その一人。

 歌姫、偶像、女神────その冗談のような数々の呼び名を(ほしいまま)にする芸能の天才の一人。いや、きっと世界において唯一無二の存在。

 

「アァイィィィイイィイィイイイイイッ!!!」

 

 

 

 

 

 黒いワンピースのスカートを可憐に翻し、バルコニー席から場内を見下ろすのは白銀糸の髪の童女、ルメ。

 怨嗟の絶叫を吐き、暴れ狂う巨大な緑のモノを心底より嘲笑する。

 

「良い趣向でしょう。お前のなりたかったものを見せてあげる。決して届かない綺麗なものを妬み羨みながら……私の男に斬られるがいいわ、紛い物」

 

 傲慢に、侮辱と軽蔑と、なにより幼稚な優越感を隠すこともなく少女は笑う。笑う。

 

「ん」

 

 不意に少女は指を鳴らす。

 途端、少女の周囲の照明が安定を失い明滅した。傍目にはそれと覚ることのできない変化。

 今、この建造物内に設置された防犯カメラの最後の一基が機能停止したのだ。

 

「サルタ、とくと見せて。貴方の猛り」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたが憎かった。どんどん売れて、才能と実力の違いを嫌ってほど思い知らせてくるくせに。私とは違う、“本物”のくせに……未だに友達面するあんたが大嫌いだ!!」

「……」

「だから呼んだの。ここに、藝の導に。私と、同じ所へ」

 

 断続的な地響き。地面が、機材が、其処彼処で爆ぜる。

 広大なドーム空間に満ち満ちる緑色。触手か棘かもわからない異形の腕が無数に振り回され、触れたあらゆるものを破壊していく。

 子供の癇癪だった。部屋や玩具を荒らし壊す。無様。

 

「あんだけしつこく勧誘したのに見向きもしなかったくせに、『助けて』ってメッセージ送った途端、ははっ、ホントに来るとか。馬鹿じゃないの? 騙されたことにも気付かないで」

「……」

「あんたも落ちぶれなよ。私と同じように。ミヤビノカミって化物に洗脳されてさ。したくもない接待やって、ホテルでお客取らされて、そこまでして、やっと、ようやく、少しだけ売れる。そういう同じ穴に落ちてよ、一緒に……一緒に」

「いいよ」

「えっ」

「それであなたが満足なら。それで……許してくれるなら」

 

 不知火フリル。美少女の代名詞。役者、歌手、モデル、あらゆる芸能に祝福された天才。

 世の多くの人々は口を揃えて言うだろう。彼女は別世界の住人だ。

 凡人には並び立つことも、触れることもできない。

 不知火フリルの友人──そんな“席”に座らされた少女は思う。背筋に刺さる無数の劣等感の針。どうして、どうして。

 よりによってどうしてこんな子と同じ世界に自分は足を踏み入れてしまったのか、と。

 別の時代、別の分野、ほんの少しずれてさえいたら。どんなに、よかったか。

 そんな天稟に愛された少女が、微笑んでいる。それは雑誌やテレビで見るあの超然とした形をしていなくて。

 なんだかひどく弱々しく、まるで、まるでそれこそ普通の、女の子みたいで。

 自分と同じ、誰かに嫌われるのを、見捨てられるのを怖がる女の子。

 ────愛されたい、って願ってる。

 巨大なビジョンで可憐な微笑が大写しになる。別世界から女神の歌声がする。

 

「変わらないよ」

「な、なにが」

「私もあなたも」

「それでっ、慰めのつもり!?」

「少なくとも私は、私の心は大して強くない。嫌われるのは嫌だ。好きな人に嫌われるのは……悲しい。痛い。苦しい。楽しくない」

 

 金瞳が滲む。白く美しい顔が、歪む。

 童女のように嫌々と、フリルは首を振った。髪を振り乱して、頭を抱えた。

 蠢動する触手、狂乱するミヤビノカミと、それはひどく重なる。似ている。

 

「あなたに許してもらえるなら、それでいい! だから」

「う、うるさい」

「お願い」

「し、信じない!」

「一緒に」

「あんたは私とは違う!」

「一緒に、いこう?」

 

 伸ばされた手は儚く、踏み出す足は覚束ない。まるで親に叱られ、置いて行かれようとする子供だ。

 そんな顔で。

 そんな目で。

 

「見ないでよぉ……!」

 

 緋袴の足先がたじろいだ。

 その時、突如外野席に瓦礫が降り注いだ。

 

「っ!」

「ひっ」

 

 押し殺した悲鳴と短い呼気。

 細かに砕けたコンクリートや千切れた手摺の雨霰。

 フリルが少女に覆い被さる。石塊一つ、頭にでも命中すれば簡単に死ねる。

 死ぬ。

 死ぬ。

 フリルは理解していた。理解して覚悟した。

 少女は理解できなかった。嘘と同情でまんまと誘き寄せた憎き彼女の行動が。

 散弾のような死の雨が止んだ後すぐ、巨大な影が二人を覆う。

 それは設営されていた舞台装置の支柱だった。大理石の円柱に金属の芯を埋めた石塊。

 人間を挽いて潰すに何の不足もない質量が、二人の少女の頭上に迫る。

 少女は見上げる。己の上から頑として動かない彼女を。

 フリルは、少しだけ困ったように微笑んだ。そうしてぽつりと、言い訳みたいに。

 

「ごめんね。私なんかと心中で」

「っ!? フ、フリル……?」

 

 差し出される命は重く寄り添う友人は暖かで。

 少女は、そのあまりの優しさと罪の深さに涙を流す。

 二人の手は最後まで固く繋がれていた。

 

 風が吹いた。

 鋭い風が。

 少女ら二人の傍近くを疾風が過ぎ去り、それは巨大な柱を斬った。

 斬り、粉砕し、粉微塵にし、消し去った。無きものにした。

 僅かな塵芥がぱらぱらと降り注ぐ。柱だったもの。削り斬られた残り滓。

 

「コツが掴めてきたぜ」

 

 いつそこに現れたのか。いつからそこに立っていたのか。

 フリルにはわからない。

 長身の背、外套の裾が微風にはためく。

 手には、時代錯誤な剣が一振り、握られて。

 

「マシラ、くん……?」

「ガキが悲壮な面しやがって。大事な友達捕まえたんならとっとと逃げやがれ。恨み言も泣き言も生きて吐くもんだ、戯け」

 

 無数の蔓が、槍となって青年を襲う。

 先程の石柱と同じかそれ以上の質量、威力を伴って。

 それら全てを彼は斬り払う。丁寧に、一本、一本、また一本。

 巨大なビジョンで女神が歌い踊る。

 目の前で剣士が舞う。

 眩暈のするような異様。異常な風景に、けれどフリルは魅入っていた。現実を離れた神話的幻想の剣舞(ソードダンス)

 

「行け。走れ!」

「っ、うん!」

「う、あ……!」

 

 自失する友人を無理矢理引き起こし、フリルは崩れ掛けの観客席を走った。

 振り返らず、出口の通路に飛び込む。

 暗がりに踏み入ったその瞬間、ドームが揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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