推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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推し活

 

 

 

 複数台のPC(パトカー)が赤色灯を点して居並ぶ。

 忙しなく建物を出入りする消防隊員達、その合間を縫うようにして婦人警官に付き添われた巫女姿の老婆が外界に姿を現した。

 自らの足で立って歩けるあたり外見ほどに衰弱はしていないようだ。

 

「あれがミヤビノカミか……まるっきり別人だな」

 

 室外機の喧しいビルの屋上にて四人、雁首揃えてその光景を見下ろしている。

 傍らで双眼鏡を構えたアクアが呟く。率直な驚き、呆れ、そして微かな怖気を込めて。

 ミヤビノカミに続いて、佐藤トシヤが非常口から半ばまろび出てきた。屈強な警官二名に挟まれ、怯えて縮こまる様はいかにも小物然としている。

 

「分不相応の力を不純物まみれの紛い物を通して使い続けた末路。命があるだけ、神に感謝を捧げるべきね」

「……」

 

 ルメの声音に含有したたっぷりの悪意にアクアが顔を顰める。

 大騒動の幕切れは、思いの外粛々と、あるいはあっさりとしたものだった。

 万を超える大勢の信者を、そして多くの子供を巻き添えに私利私欲を恣にした大犯罪者。その事実は動かぬ。

 が、己の目は彼奴をしてそのような大人物とは捉え得なかった。

 刑事の頃なら、こんなことは思わなかったろう。罪を犯した者、罪そのものにしても、大小も貴賤もありはしない。情状酌量は司直が決し、恨み辛みの多寡は被害者やその親類縁者が斟酌する。

 見方が変わったのは、きっと己の立場が変わった所為だ。

 刑事、警官から、芸能事務所の末席を汚す役者崩れに。

 

「人気商売ってやつぁ、なかなか業が深ぇなぁ」

「……うん、本当にそうだね」

 

 フェンスに肘を預けたままフリル嬢がこっくりと頷く。

 

「よかったのかい。友達に付いててやらなくて」

「拒否、されちゃったから……警察には自分一人で行くって」

 

 藝の導が行っていた組織的管理売春の事実を警察に通報するとフリル嬢の友人は約束したそうだ。

 少なからぬ罪悪感もあったのだろう。彼女はどうも、ミヤビノカミの洗脳を受けていなかった。そうと知りながら藝の導がもたらす芸能の加護に縋ることを止められなかった。それを気安く罪と呼ぶのは躊躇われる。

 しかし同時に、望まぬ服従を強いられていた子供らの存在を知りながら、それを看過していたのもまた事実。

 そしてなにより、不知火フリルを、同輩の友を団体に差し出し、自らも身を沈める同じ暗闇の中へ引きずり込もうとした。

 

「……」

 

 遠く、ひたすらに遠くを見詰めたその美しい横顔。何を思うのか、誰を想うのか。

 

「さて! そろそろずらかろうぜ。時間的アリバイ工作も一応しなくちゃならねぇんだ」

「……またあの非常識な移動方法を使うのか?」

「おうともよ。でなきゃライブに間に合わなくなっちまう」

「うへぇ……」

「ここに昇ってきた時みたいな感じ?」

「もうちっと揺れるだろうな。なんせ距離がある。フリル嬢は絶叫マシーンはいける口かい?」

「大好きです」

 

 ぐっとサムズアップを押し出して少女は鼻息を荒げた。先程までの寂寥など初めからなかったかのように。

 演技達者も考え物だが、空元気とて元気は元気だ。

 

「ほぅれルメ。こっちおいで」

「私はいいわ。貴方と空を駆けるのは好きだけど、生憎今日はお荷物が二つもあることだし」

「荷物その三が偉そうに。用が済んだんなら早く消えたらどうだ。お望み通りの結末を見られたんだろ」

「前から思ってたんだけど、アクアくんってこの子にやたらと当たり強いよね。子供嫌い?」

 

 ルメはさっさと背を向けてビルの反対側の縁へ進み出る。そのまま軽いステップでフェンスに跳び乗った。

 フリル嬢が息を呑む。

 

「危なっ」

「じゃあねサルタ」

 

 突如、暗黒が視界を、ビル屋上を呑み込んだ。

 闇と見紛う黒。黒の群。荒々しい無数の羽搏(はばた)き。烏だ。

 烏共は少女を取り巻いたかと思うと、一瞬にして空高く飛び上がる。

 少女は既にして姿を消していた。後には一片、ゆらゆらと黒い羽が置き土産とばかり落ちてくる。

 フリル嬢は絶句して空と己とアクアを順繰り見やる。

 己は肩を竦めて笑み、アクアは気まずそうにそっぽを向いた。

 

「あぁそうだ。フリル嬢よ。会場に付いたら悪いが楽屋までは一人で戻ってくれるかい。己とアクアはそのまま観客の背後に回らねばならん」

「えっ、あ、あぁ……そっか。あれやるんだっけ……正直絵面はすごい面白いと思うけど。意外だった。アクアくんああいうの得意なんだ」

「いやまあ……ルビーのリクエストだから」

「こいつぁ筋金入りのドルオタだぜ。いやアイオタか? かっはは」

「うるせぇ」

「まあ今回、一番の功労者のルビーちゃん達ての希望だ。無碍にはできまいて」

「ルビーが?」

 

 首を傾げるフリル嬢を右腕で抱え上げ、アクアを左肩に担ぐ。

 

「おそらく近い内に、元信者やその家族らが藝の導を向こうに訴訟を起こすことになる」

「え?」

「ルビーが頑張ったんだ。陽東高校の生徒の内、あの団体に無理矢理入信させられた子達を一人一人説得して」

 

 異能だの神器だの差っ引けば、奴らのしたことは宗教組織を隠れ蓑にした売春防止法違反。しかも未成年を使ったとなれば刑罰は天井知らずに重くなる。金銭関係の瑕疵、議員との癒着等、手入れすれば余罪も続々出てくるだろう。

 

「悪党は裁かれても被害者は泣き寝入り、では後味が悪い。とことん戦って取れるもん全部取り返さんでどうする! ってのがうちのお転婆娘の見解でな」

「事が事だから、何の落ち度もなくただ被害に遭った人間だって隠せるものなら隠したいし忘れたいって思うだろう。それを一体どうやって説得したんだか……」

「人徳だな。こればかりは俺達にゃ真似できん。流石ルビーちゃんだ。おう、フリル嬢の友達もだぜ。原告側にきちんと話を通してやりゃあ決して悪いようにはされまい」

「…………」

「? どうしたフリル嬢」

 

 首に巻き付いた腕に力が篭る。少女の体の微かな震えの中に本当に小さく、静かな、感情の波濤を覚えた。

 

「……ありがとう」

 

 目尻から一筋、涙が落ちる。

 この娘にもまた、押し殺した幼気があった。それが僅かだけでも解放を許された。

 なるほど。

 

「かっかっかっ」

 

 多少、体を張った甲斐はあったという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イエーイ! ステージもいよいよ終盤! 次が最後の曲になりまーす!」

「みんな盛り上がってっかー!? SAY HOOOO!!」

「どうでもいいけどMCまで私ら引っ張り出されるわけ? こちとら女優だぞオイコラ」

「私だって舞台女優でーす。ワガママ言わないでくださーい」

「鹿肉のバター焼きうんまーい。みんな食べてくれたー!? 特にこの赤ワインのソースが絶妙なの! 監修すんごい頑張ったんだ! いっぱい食べた!」

「マジで一頭分くらい食ってたよな、ゆき」

「YOU DEER!! SAY!!」

「バンドマンうっせぇぞ!」

「かなちゃん『ぬんっ!』って。ほら『ぬんっ!』って言ってみて。他意はないけど。ぜんっぜん他意はないけど」

 

 ステージ上でわちゃわちゃと騒ぐ少年少女達を遠目に確認し思わず笑声を吹く。

 なんとも堂に入ったものだ。有馬嬢に至ってはもはやヤケクソ、とも言えるが。

 

「というか! 残りの三人は!? 特に男二人! 事前に遅刻を予告する面の皮の厚さは置いても限度があるわ!!」

「ねー。お客さんも楽しみにしてたのにねー。二人だけでアバンチュール決め込むんだもんねー。最高だね」

「いや不知火さんもいるから」

「ベーコンレタスマジScary!! Repeat after me! ノブユキと俺はマジで勘弁してください」

「いきなりテンション素に戻るのやめてよ。おもしろいから」

「あはは、安心して。私もそこまで節操なくはないよ。私は描かないから……私“は”、ね」

「んー、ハクビシンのすき焼き半端ない。脂がほんっとあんまいのこれ」

 

 宴も(たけなわ)。となれば締めは盛大に行かねば無作法だろう。

 

「……準備できたみたいよ」

「最後の曲はやっぱりあれ?」

「アイドル詳しくない俺でも知ってるわ」

「アイドルソングの売り上げじゃ未だにトップ揺るがないしな」

「あたしもこの曲好きー! このニジマスのムニエルくらい。んー! 追いバターしちゃお」

 

 ステージにスモークが炊かれ、照明が落ちる。茜空の下、今の今まで怒涛のように降り注いでいた歓声が一瞬途切れ、その登場を今か今かと待ち受ける。

 極彩色に破裂するが如く照明が点る。

 その光の嵐の中から、光すら霞む煌びやかな姿で少女が三人、軽やかに躍り出る。

 余計な言葉は要らない。

 アイはただ、人々が待ち焦がれたその曲名を宣言した。

 

「『サインはB』」

 

 観客全てが発する爆発寸前の興奮が目に見えるようだ。

 ────それを見計らって、己は手にした旗を掲げた。

 目敏いあかねがまず気付き、ノブユキとケンゴがあんぐり口を開け、ゆきは口に魚の尾を咥えたままきょとんとし、有馬嬢はMC用マイクの電源を切る前に一言。

 

「遅い!」

 

 ざわざわとどよめきが人波を伝播していく。

 己らの“姿”に、観客は驚き、笑い、喜び、そして多くは大いに戸惑った。

 三人揃いの『B小町』のロゴ入りTシャツ。少年と少女は三色のサイリウムを指に挟み、一糸乱れぬシンクロでやたらきびきび踊り狂う。

 アクアとフリル嬢の、それはそれは実に完璧なオタ芸だった。

 

「イケメンと美少女が真顔で踊ってる」

「ひたすら異様なんですけど」

「不知火フリルになにやらせてんだ」

「えっあれ不知火フリル!?」

「ってかあの旗なに」

「デッッッッッ」

「旗でかすぎんだろ」

「なんであのサイズの旗を人間が振り回せてんだよ」

「お前ホントに人間か」

 

 口々に聞こえるツッコミが小気味良い。いやなかなかに辛辣というか無礼極まるが。

 小ぶりな戸建て住宅くらいなら包み込めそうな応援旗を振るう、振るう、盛大に振るう。

 ルビーちゃんとメムちゃんの晴れ舞台。そして、あの娘の一つの夢の成就。

 愛娘とステージを共にする幸せ者は、即席親衛隊三人衆を見て笑った。

 それはそれは嬉しそうに、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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