推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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宴の後

 

 

 

 月下、対峙する影は二つ。

 冴えた水色髪から三本の角を生やした忍び装束の少年。一振りの打刀を肩口に差し上げ、八相に構えて立つ。見上げる視線の先にあるものを凝と睨みながらに。

 月を背にして白髪の男が一人。女物と思しい藍色の着流しを肩に羽織り、その偉丈夫に相応しい大太刀を抜き身ながら構えるでもなくただ手に携え、少年を見下ろす。

 そこは朽ちた都心の只中、嘗ての華やかな営み既になく廃墟が葦のように乱立する世界。塵芥と鉄錆とコンクリートが墓標のように広がる空間に武人が二人、互いに凶器を差し向け合う。

 

『ハバキ……!』

『サヤの守り刀。どれ、一つその切れ味を見てやろう』

 

 赫怒を放って吠える少年に、傲岸に笑う男。

 少年が一跳躍に斬りかかる。

 男は待つ。

 白刃が打ち重なり、夜闇に火花を咲かせた。

 

 東京ブレイド2.5

 今冬、開幕

 

 和楽器の華々しい調べと共に48インチのテレビ画面に毛筆のロゴがでかでかと現れ、そのCMは締め括られた。

 

「映像綺麗~」

「あの火花ってCGだよな?」

「いやあれはガチの火薬」

「えぇ!? 本物なんだ」

「熱くねぇの?」

「熱ぃに決まってんだろ。羽織の襟が焦げちまってよ。お陰で俺ぁ衣装の姐さんに叱られちまったよ」

「それでか。あんな普段使いできねぇ着物わざわざ貰ってきやがったのは」

 

 小言を吐きつつ泰志はコップに残った僅かなビールを飲み干した。そこへ瓶ビールを酌してやる。

 そして己もまた三本目のノンアルコールビールの缶を開けて一口呷った。

 ダイニングテーブルでだらだらと飲んだくれる男二人を後目に、子供らの下馬評は忌憚なく続く。

 

「いるわよねぇ、凝り性っていうか本物嗜好っていうか。特撮やりたがる監督。まあ演じる側としちゃ実物に越したことないけど」

「おぉ、女優さんの意見だ。あかねちん的にもやっぱりグリーンバックよりかそっちのがいい感じ?」

「うーん、場合によるかな。むしろ舞台だと書割とか張りぼてとかの小道具を役者がどれだけ本物に見せるかが肝心だと思うから」

「物語世界の構築に手を抜いてちゃ演者よりも先に観客が白けるわよ」

「そうさせない為の私達でしょ」

「役者だけが作劇の全てを担ってる訳じゃない、って言ってんの」

「作品造りがチームワークなのは舞台役者なら誰もが理解してる。してなきゃ話にならないし。というかスタンドプレイのお化けみたいなかなちゃんに言われたくないんですけど?」

「看板女優とか持て囃されてるあんたにだけは言われたくないわね。あ、もしかして鏡に向かって喋ってますか~?」

「あーあーあー! ごめんなさいすみません気安く素人質問したこのMEMが悪ぅございました! お祝いの席だから、ね? 今日のところは穏便に……」

「そんな慌てなくても別に喧嘩おっ始める気なんてないわよ。役者の面白トークの範疇。でしょ、黒川あかね」

「ふふ、かなちゃんとこういう話をする為だけにご飯一緒してるからね、私は」

「それはそれでキモい」

「酷い!」

 

 リビングの丸テーブルを囲み、辛辣な有馬嬢にあかねは子供のような膨れ面になる。歯に衣着せぬ言い合いは内情を知ればこそ小気味良いが、気遣い屋のメムちゃんなどは律儀にハラハラと慌てふためいている。

 メムちゃんは菜箸を取り出し、すき焼き鍋の肉やら野菜やら丁寧によそって女優陣に献上した。ご機嫌取りのつもりらしい。

 

「……やっぱり美味しいわ」

「ね、すっごく美味しいよねこのお肉!」

「近所のスーパーで売ってた普通の牛ロースなのになんで……子役時代に連れてってもらった赤坂の料亭で食べた近江牛くらい……いやそれ以上かも」

「けっ、ガキのくせにとんでもねぇとこで飯食ってんな。っつうか料亭のブランド牛の方が美味いに決まってんだろ。ババアにそんなおべっか使う必要なんてねぇぞ~……あだっ!?」

 

 鋭く走った銀の軌跡は過たず泰志の額に直撃。鈍く重い音色だった。お玉の打撃は存分に男の頭蓋骨を楽器として用立てた。

 

「痛いよ……母ちゃん……」

「口は災いの元だぜ、親父殿よ」

 

 五反田家の実質的大統領であるところの祖母上はテーブルに突っ伏す息子を一睨みしてから打って変わって上機嫌笑顔になる。

 

「んもう、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。かなちゃんってばホント褒め上手ね」

「あ! はいはいはい! 私も私も! おばちゃまの手料理すっっっごい美味しい! ほっぺた落ちちゃったもん! もう毎日食べたい! この家の子になりたい!」

「まあああ! ゆきちゃんはなんて素直なんでしょ! うちのバカ息子と大違い!」

「なのでおかわりお願いしまっす!」

 

 本日三杯目となるお椀を高らかに掲げるゆき。下手な遠慮より余程気持ちのいいその食いっぷりに祖母上は(すこぶ)る歓声を上げた。

 

「あんらぁ! いいわよいいわよじゃんじゃん食べなさい! 遠慮なんて要らないんだから。ほら男子達もおかわりは!? ノブくんあんたそんな細いのにもっと食べなきゃダメよ! 最近の子はすぐ風邪ひいちゃうんだから。若い子はちょっとぽっちゃりしてるくらいで丁度いいの!」

「あ、いや、もうたくさん頂いてますんで。はい」

「そぉお? 好きなの食べなさいね! ケンちゃんは? ちゃんと食べてる!? ケンちゃんあんた歌うのが仕事なんだから太らなきゃダメよ。オペラ歌手の人見なさい、みーんなふくよかなんだから! 歌い手さんは太ってるくらいで丁度いいの!」

「えっと、俺バンドマンなんで……ってかオペラやってる人あれ別にわざと太ってる訳じゃ……」

 

 ノブユキとケンゴ、おそらくこの場の誰よりも遠慮深い二人が祖母上の機関銃のような食え食え攻勢に屈して肉やら野菜やら食わされていく。見た目はチャラいが行儀の良いやつらだ。

 

「五反田家にお邪魔する日は覚悟した方がいい。自宅で食う量の五倍はお出しされるから」

「でもおばさんの料理ぜーんぶ美味しいからついつい食べ過ぎちゃうんだよね……ん~っ、カボチャの煮物好きぃ。あまじょっぱくて、でも優しい味~。こういうのをお袋の味っていうんだよね?」

 

 なにやら達観した風なことを(のたま)いながらアクアは自分の皿に刻々山と積まれていくステーキ肉を据わった目で見守っている。

 そしてルビーちゃんの無邪気な言に祖母上はいよいよ感激した。凄まじい勢いで追加の料理が増産されていく。

 今夜は酒肴に困ることはなさそうだ。

 

「家にマーくんが来てからホント賑やかになったわねぇ。まるで一気に子沢山になったみたいでおばさん嬉しいわぁ! は~、あとはこの泰志(やどろく)に良いお嫁さんが見付かれば言うことないんだけど……」

「お前らグラスは持ったなぁ!? 今ガチリアルイベントの成功を祝して! かんぷぁーい!!!!」

『かんぱーい』

 

 独身男のその悲哀を消し飛ばさんばかりの自棄糞な音頭に、若者達のひどく気遣わしげな声が応えた。

 

 

 

 今ガチリアルイベント『今からガチライブはじめます』が無事に終幕を迎えて早一週間。ライブの準備に宣伝にと、無茶無謀突貫ハードスケジュールに泣いて笑って怒って鳴いて狂ったように笑い転げて忙殺の限りを尽くされた今ガチメンバーは、久方の平穏を取り戻していた。

 関係各所を交えた打ち上げ宴会という仕事を収めてから、改めて内輪のささやかな祝賀会を五反田家で催すこととなった今夜。

 

「正直、あのレベルの会場でライブできるとは思ってなかった。しかもあのアイのバックバンドとか……」

「俺も俺も。うちのクラブのメンバーもバックダンサーって名目で全員呼ばしてもらったし、ぶっちゃけ役得過ぎて申し訳ないまである」

「ほんほほんほ、でみへのりょーりへんぶただでたべはしてもらえへやくほくやくほく」

「出店の料理がね、全部タダで食べられたんだよね? よかったねぇゆきりん。食べながら喋るのお行儀悪いからね」

「んぐんぐ……それと私的にはなによりあれ。思い付きでランウェイやりたい! って言ったらホントにキャットウォーク作っちゃうとは思わないじゃん! しかも全員で歩けるとか! もう最っ高だった!!」

「狩猟採集農業キャンプ害獣駆除リフォームいろいろやったけど、まさかファッションモデルの真似事やらされるとはね……」

「何気に今ガチやっててあれが一番大変だったかも……」

「えー! なんでなんで!? かなもあかねも超可愛かったよ! 見て見て! カメラマンさんから写真のデータ貰ったから一緒に見よ!」

「いやー、すごかったねぇ。飛び入りでアイまで出てきちゃった時は会場揺れてたよ。ええもん見られたわぁ」

「あんたは早々に失神してたわよね」

「人間って感激し過ぎるとああなっちゃうんだね」

「あはは、見てこれ、MEMちょの鼻血ぶー」

「なんでそんなとこまで撮ってんの!? やーめーてー!」

 

 やいのやいのと賑々しい。

 子供らのこの歓声を聞けただけでも、今回のイベントは成功と言って差し支えあるまい。

 

「……思えば遠くに来たものね」

「お、かなちんがなんか曰くありげなこと言い出した」

「でもわかるー。最初に事務所でオファーの話聞いた時にはこんな風になるなんて想像してなかったもん」

「想像できるやつがいたらそいつはだいぶ頭おかしいと思うぞ、ゆき」

「顔と声を売るつもりで仕事受けたんだけどな。まさか小型ユンボの操作技術が売りになるとは思わんて」

「次はフォークリフトの免許も頼む」

「玉掛けクレーンも!」

「あはは、まずは普通免許でいいよ。軽トラックがあるだけで大助かりだし」

「マッシーが獲ってくるやつって重量級のばっかだからね~。それにMY工具と農具はできるだけ他所の現場にも持ち込みたいし。ケンケン、がんば!」

「こいつらっ……ここぞとばかりに……!」

「あーあー、揃いも揃ってすっかり染まっちゃってまあ。まったく……どこかの誰かさん共の所為で」

 

 ベランダの掃き出し窓越しにそんなぼやきを聞いた。

 背中を刺すちくちくとした視線。このいかにも険険とした感触は有馬嬢に違いない。

 

「悪口言われてるぞ、誰かさん?」

「おや? 俺ぁてっきり隣の金髪小僧の話をしてるものと思ってたんだがな」

「残念でした。ここにいる悪ぅいおじさん二人の話でーす」

 

 男共二人の間抜け面をころころと少女が笑ってくれる。ルビーちゃんにかかれば我らなど形無しだ。

 手摺に三人並んでもたれ、疎らな街灯が描くささやかな夜景を望んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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