芸事と荒事で二足の草鞋を気取る不埒な己などとは違い、アクア、有馬嬢、あかね坊は立派な兼業役者である。学業に精励する傍ら、俳優として様々な仕事をこなす。世間一般の学生身分と比較してもこれがなかなか忙しい。
特に『東京ブレイド2.5』の開演を控えたこの一ヶ月強。
遂に本格的な舞台稽古が始まった。
冬晴れの薄ら青い空の下、都内某所の稽古場へ我々今ガチ一味は仲良く乗り込んだ。
「だ・れ・が、一味よ。この上なく不名誉なんですけど」
「そうは言っても俺らはもうどこの現場行ったってこの看板から逃れられないからな」
「間違いなく知名度は上がったけど、ちょっと、ほんの少し、決して嫌って訳じゃないんだけど……困るよね」
有馬嬢ちゃんの手心ない悪態にアクアはもとより、あかねまでも控えめな賛同を見せた。
「なんだいなんだい冷てぇ言い草じゃねぇか。まるで肌身に悪名でも彫られっちまったが如くよぅ」
「わりと紛れもなくそうよ。“女優有馬かな”としてのブランディングは既にボロボロですがなにか??」
「いちご所属になってからバラエティーのオファー増えたよなぁ、有馬」
「で、でもドラマの仕事も増えたから! 知ってるよ、かなちゃん朝ドラのレギュラー決まったんでしょ!? 私もう超楽しみで!」
「だから余計に性質悪いのよ……! これで不平不満垂れるとなんか私の方がただ恩知らずの恥知らずみたいだし……ぐぬぬぬ」
終いにはハンカチでも噛みそうな有馬嬢の発奮具合であった。
だが今ガチの存在が、その言葉通りにただひたすら忌まわしいものでしかないのならこの娘はさっさとそれを見限って迷いなく独立独歩を貫いていたろう。
気に入る入らぬはさて置いて、善きにつけ悪しきにつけ番組に面白味を見出だしていればこそ。
誰あろう芸能の先達・有馬かなからのこの遠慮のない怒気と小言が聞ける内は、今ガチは安泰なのだ。
エントランス横の警備室で受付を済ませ、中央廊下を抜ければ指定のスタジオは目の前であった。
その開け放たれたドアから一足先に一歩、ホールに踏み込んだ有馬嬢は一瞬で自らの襟を正した。黒基調のレースで飾られたビスクドールのように愛らしいワンピースのそれではなく、精神に纏った役者という鎧の襟をだ。
「“つるぎ”役を務めさせていただきます、有馬かなです。よろしくお願いします」
倣うべき見本とはこのような者を言うのだ。
有り難くその背に続こう。
「“刀鬼”役を務めさせていただきます、星野アクアです。よろしくお願いします」
「“鞘姫”役を頂きました、黒川あかねです。精一杯務めさせていただきます」
「“ハバキ”役を拝領いたしました五反田マシラです。どうぞよろしくお頼み申します」
一瞬、室内の視線が入口に集中する。
小学校の体育館よりやや小振りな空間。スタッフやマネージャーが忙しく出入りする中、役者連中と思しい男女が銘々、台本のチェックやストレッチ、談笑の最中であった。
壁際には長机が据えられている。運営や事務所関係者が末席を埋める中、堂々と中央に陣取ったその男は己の図体を下から上まで眺めやり。
「昔の侠客みたいな挨拶しやがるな」
格別、面白くもなさそうに呟いた。
義父である泰志よりやや
金田一敏郎。あかねが所属する劇団“ララライ”の代表にして、今舞台の総合演出家である。
「……よし、全員揃ったな。今日は顔合わせっつうことだがこのまま本読みまでやっちまうぞ。そうだな……10分後開始だ。それまで各自準備しとけ」
指示を飛ばすと金田一代表はスマホ片手に離席した。
追随するようにもう一人、男が立ち上がる。齢は二十の終わりか三十の始めと見るが、容姿も服装も妙に若作りで読み難い。そして何故か髪色が毛流れに沿って白黒二色に分かれている。紫がかった偏光グラスと相まってなかなかエキセントリックな外見である。
愛想の良い笑みを浮かべて、男は真っ直ぐこちらに近寄ってきた。
「どうも。こうして面と向かって会うのは初めて、だよね? 先日電話した雷田です。これ、名刺ね」
「おぉ、こいつぁどうもご丁寧に」
何故か指抜きグローブを嵌めた手が紙片を差し出してくる。受け取って『(株)マジックフロー 代表 雷田澄彰』という小綺麗な印字を確認してから、ふと苦笑が漏れた。
「生憎お返しできる名刺どころか事務所も看板も立てちゃおりません。自他共に認めるモグリでやらせてもらっておりますんで、失敬しますよ」
「あはは! 気にしないで。こっちこそ急な申し出を聞き入れてくれて感謝してる……しかし、噂通りだね」
「噂、とは」
「外見も振る舞いも、とてもじゃないが中学生に見えない。場慣れっていうのかな? 間抜けな言い方をするとぉ、すごくプロっぽい」
「くく、うちの事務所の社長夫人殿下からはてめぇは若々しさの欠片もねぇ! と、よく苦言を頂戴しますよ」
「はははは! そりゃ手厳しいや! 良いキャラだと思うけどね。僕みたいなチャラい人間からすると羨ましいくらい。ま、雑談含めて突っ込んだ話は後にしよう。会議室を押さえてるから稽古が終わったらそこで」
「承知しました」
「何はともあれ、頑張ってね!」
雷田は片手を上げて去っていった。己などよりよほど若々しい所作だ。
話が一段落したことに息を吐く。そうして振り返ると、そこには色の異なる三対の瞳があった。
ひどく胡乱げな有馬嬢。馴れ親しんだ深い呆れのアクア。そして最後に僅かな戸惑いと大いなる好奇心が混じるあかね坊。
「五反田くんったらまぁぁぁた厄介事ですかしら???」
「打ち上げの日の電話で察しはついてたが……ここでかよ。しかもよりによって最高責任者直々の案件かよ」
「マシラくん……いえ、師匠! 依頼ですか? 事件ですか! 戦争ですか!? 私とりあえず記録係やるね!」
「待て待て慌てるな御一同。受けるか受けぬかは内容次第で構わぬと先方は仰せだ。それにな、前回のような大立回りがそう何度もある筈あるめぇ……」
「やめろ、フラグやめろ」
「あたしちーらない! よーし稽古がんばりゅぞ~!」
「ふふ、幼児退行してるかなちゃんかぁわいっ」
度重なる非日常との邂逅によってある意味で随分と自己防衛能力の高まった有馬嬢である。
ふと、そんな近付くことも躊躇われる労しい姿を晒す娘に、しかして果敢にも歩み寄ってくる者があった。
「あ、やっぱり有馬……有馬だよな……?」
アクアと同年代の少年だ。濃紫色の極まった髪型、嫌味なまでに整った顔立ち、『今時の』という形容が実に似合う美少年。いやイケメンというやつ。
しかしどうもどこかで、見覚えがあるような、ないような。
「ぁ、メ、メルトくん」
「ども……」
歯と歯の合間に何か挟まったような、有馬嬢らしからぬどもり具合。名を呼んだからには知り合いには違いあるまい。
そしてアクアもアクアで挨拶と呻き声の中間のような声を発した。
対する少年と二人の間で空気が淀む。気まずい、三者三様にそんな思いが透けて見えた。
とりあえず助け舟を出す。
「アクアよ、だんまり込んでねぇで友達なら紹介してくれ」
「ん、あぁ、うん友達……友達?」
「そこで聞き返してくんなよ、ヘコむから」
「『今日あま』のドラマで共演した鳴嶋メルトくん。あんたはどうせ見てないでしょうけど」
「今日あま? おぉあれか! 吉祥寺先生の! 漫画は読んだぜ。そうかい、ドラマの方か」
そう、いつだったか事務所でルビーちゃんとミヤコちゃんが面突き合わせサブスクリプションの動画を観ていたのだ。アクアの出演作でもあるし確認したくもなろう。己は別件が入り、その鑑賞会に参加することはなかったが。
「はは……まあ、見てないならその方がいいかもな」
「あー……」
メルト少年の言に、今度はあかねが奇妙な声を上げた。
「今日あまの時は、悪かった……その、俺なりにこの9ヶ月仕上げてきたつもりだ。有馬やアクアみたいな玄人に言わせればまだまだだろうけど。だから……これからよろしく、お願いします」
神妙な様子で頭まで下げる少年に有馬嬢は言葉がないようだ。きっと互いに何か思うところがあるのだろう。
あえて空気を読まず己はなるべく明るい声を発した。
「初見だな。俺ぁ五反田マシラという。こんな
「いや無理無理。あんたから兄貴呼ばわりは違和感がやばい」
「そいつぁ残念。後輩面できる好機と踏んだんだがなぁ。有馬嬢にしてもこのアクアってぇふてぇ野郎にしても、己のことを宿六だ爺だと言って
「どの口が抜かすかこのトーヘンボク」
「中坊らしく振る舞えてから言え糞ジジイ」
「師匠を年下扱い……私も遂に役者としての限界を超えなきゃいけないみたいだね」
「そこまで??」
メルト少年が間髪入れず聞き返す程度に、どいつもこいつも口さがないことこの上ない。
消沈した風に肩を落とす。慰めの言葉の代わりとばかり有馬嬢が己の肩を小突いた。
「……なんか、すごいな」
「見ろ。有馬の嬢ちゃんの仕打ちがあんまり惨いんでメルトのあんちゃんびっくりしちまってるじゃねぇか」
「蹴り回すわよ。あんたの言動に呆れてんのよ」
「いや、そうじゃなく……マジで『今ガチ』のまんまなんだな、お前らって」
「はあ?」
有馬嬢が頓狂な声を上げた。納得感とかいうものが欠片も含まれない「はあ?」である。
メルト少年は娘の万感の不満にも気付かず、純粋にその発見を喜んでいた。
「流石にキャラ盛りすぎだろって思ってたけど、そのまんま過ぎてびびる。空気ってか、会話とかいつもそうなん? ガチじゃん、今ガチ」
「ああガチだよ。由々しきことにな」
「というか番組の時の有馬、それが素なんだな」
「ちっげぇわ! 本来の私はもっとこう……もっと、こう……ちっげぇからッ!!!」
「声量」
「どんなキャラ演じてる時もかなちゃんは可愛いよ!!」
「うるせぇ厄介オタクは黙っとけ!!」
「この状態の有馬と同じ現場だったら俺、もっとマシに…………いややっぱ厳しいわ。たぶん立ち直れないわ、この圧」
「心根の優しい娘なんだぜ。ちょいと勘違いされちまうこともあるが」
「誰のっ!? 所為だとっっ!?」
「どうどう落ち着け有馬。皆さんこっち見てるから。すんごいびっくりされてるから」
猛牛のように荒く息する有馬嬢をアクアが宥め、あかねが拝む。己は腹筋で娘から打ち出されるボディーブローを甘受する。
メルト少年の緊張もこれで大いに解れたことだろう。
「おーい今ガチ組。そろそろ始めていいか」
「!?」