推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

90 / 99
過〇評価

 

 

 

「よし、冒頭のナレ飛ばして7ページ目。『渋谷クラスタ』の会議シーンからクライマックス手前まで通しでやる」

 

 集まった全員の軽い自己紹介の後、役者陣はホール中央に輪を作った。

 椅子や机はなく、全員が棒立ちの格好である。通常の“本読み”は文字通り台本の内容に基づいて各自の役柄、演技、解釈を互いに確認し合う為の音読作業だ。“本読み”、“読み合わせ”等の工程を経て初めて動作と板上の立ち回りを決める“立ち稽古”へ移るのが舞台演劇の通例である。少なくとも、己が過去経験した限りにおいてはそうだった。

 開演まで残り一ヶ月弱。準備を急ぎたい運営側の意向もあるのだろう。

 しかし、役者達を見やるかの演出家先生にはどうやら別の意図があるように思われた。

 

「とりあえず各々自由に動け。2.5だからな。多少大袈裟でいい。細かい修正は後でやるから止めずにやれ」

 

 寛大なのか大雑把なのか判じかねる指示を出すと金田一はパイプ椅子にどっかりと腰を下ろした。

 ト書きを除いた一行目。序幕は『渋谷クラスタ』の根城、剣客共の会話、その第一声は意外なことに主役でも敵役の頭目でもなく、いわゆる端役であるところの参謀“タテワキ”の進言より。

 

「南西ブロックの平定が完了いたしましたぞ」

「随分梃子摺ったなタテワキ。相変わらずまどろっこしいやり方だ」

「ふん、力押しだけが取り柄の貴公には巧遅と遅滞の区別もつきませぬか」

「なんだと……?」

「ま、まあまあお二人とも。同じクラスタの(よしみ)っす。内輪揉めはよしましょ」

 

 劇団ララライの“みたのりお”と“船戸竜馬”、“林原キイロ”。ひょろりとした七三分けに大柄な男が突っかかっていき、それを前にちょこまかと舎弟のような小男が慌てふためく。少年漫画的なキャラ説明と対比を兼ねた場面。絵面がなかなかコミカルだ。

 

「私の目的は一つだけ。渋谷の連中、あいつら全員皆殺しにしてやるんだ……!」

「む、無茶よ! あそこには銘刀の仕手が何人もいるのに!」

 

 同じく劇団ララライの“化野めい”、“吉富こゆき”。流石の情感である。本読みだからとて手抜かりは一切ない。舞台役者として円熟した演技だ。

 

「刀を抜かねば何も守れない。ならば戦うのみです。新宿を……落とします」

「御意のままに、姫」

 

 あかねとアクア。劇団の看板女優を張るあかねは言わずもがな、アクアもおさおさ劣らぬ。なにせ五歳の頃にあの泰志の気紛れに捕まって以来役者業にどっぷり肩まで浸かって来たのだ。己の裏稼業に首を突っ込みながらよくもまあ。元来が器用でそつのない男だったが、努力に見合う分だけ確かな技量を身に着けている。

 まあ、己が偉そうに品評するのもおかしな話だが。

 そして。

 

「お前が噂の新参者か。その銘刀、渡してもら……」

「ハッ」

 

 弾けて散る水か、咲ける花か、そうした“生”に満ち満ちた声。

 あの有馬嬢をして息を呑むほどにその男の声、言葉、身体は覇気を放っていた。“姫川大輝”。劇団ララライの看板俳優。名実共に併せ持ったエースと呼んで差し支えない。

 

「取れるもんならぶん取ってみな。銘刀使い同士、真剣勝負とシャレこもうぜ!」

「大口叩くじゃあないか……後悔するなよ! ブレイド!」

 

 鋼の刃の如くに鋭く重く振り下ろされた演技力を、同じだけの威力にて返す刀は有馬かな。天才子役の異名、伊達に非ず。

 頭一つ抜けた実力者共の演武を目の当たりにした。

 とはいえ、いつまでも呑気に観客を気取ってもいられない。

 出番だ。

 対する役者は“鴨志田朔夜”。なんでも2.5次元舞台に精通した専門家だという。

 プリン頭に、メルト少年に負けず劣らずのイケメン。

 

「貴方がハバキ……どのクラスタにも属さない孤狼の剣士」

「……」

「本日は他でもない。我が渋谷クラスタには貴方を迎え入れる用意が……」

「羽虫」

「え?」

「羽虫の言葉は知らん」

「っ、姫が、望まれているとしても、ですか? 僕には独自の情報源がある。だからこそ知っている。貴方は、貴方と鞘姫様は……」

「羽音が、随分耳障りだな。斬って落とさねば、鳴り止まぬか」

「ぅ、あぁ……」

 

 軽薄だった雰囲気は鳴りを潜め、今はそこに立つのは戦気に怯え竦むうらなり瓢箪のような少年だ。

 間違いなく一線級の役者である。

 業界の縁で何かと役者業を当てがわれ、己も経験を積む機会にだけは恵まれてきたが、油断してるとすぐにも置いて行かれてしまう。

 

 その後も(つつが)なく本読み稽古は進んだ。

 途中、メルト少年が台詞回しで四苦八苦していたが、こればかりは回数と時間を掛けて口舌に馴染ませてやるしかない。

 

「よし、一旦休憩入れるぞ。10分後再開だ」

 

 金田一の号令が下る。スタジオ内で一定に保たれていた緊張が緩み、役者陣は各々水分補給や談笑を始めた。

 台本を頭から読み直していると、あかねとアクア、そしてメルト少年が寄ってくる。

 

「自称探偵のくせに舞台演技も案外サマになってたな」

「大きなお世話だよ。器用なお前さんと違ってこちとら下手なりに数こなしてトントンってぇとこだ」

「えー私は好きだよ、マシラくんの演技。きっと嵌り役ってこういうのを言うんだろうね」

「聞いたかい! 千両役者様からの有り難いお言葉を」

「フォローが手厚いのは内容がお察しな場合が多いよな」

「ち、ちが、もう! そういう嫌味じゃなくて!」

 

 あかねからのダメ出しならそれは紛れもない値千金。神妙に拝聴する準備があったのだが、褒められてしまうとそれはそれで少々面映ゆい。

 対して、和気藹々とする我らと違いメルト少年の表情は決して明るくはなかった。

 

「皆やっぱすごいな、演技経験者ばっかだし……俺なんてまだまだ」

「あかね坊やアクアはともかく、己はただ多めに場数を踏んだってぇだけだよ」

「いや、でも、もうマジで、才能の差がやばいっていうか」

「戯け。それこそそんなもん判断材料になるなぁ、向こうで役者談義してる有馬嬢とその隣の御大。そしてこちらの黒川あかね殿下くれぇだろうよ」

「えっへん」

「強くなったな、あかね。今ガチ初期の頃なら全力で謙遜してたろうに」

「あの縮こまってた娘さんがこんなに図太くなっちまって、おいちゃん達嬉しいぜ」

「それ褒めてないよね!?」

 

 自分の名前が耳に入ったからだろう。有馬嬢がこちらの一団を見やって目を細める。

 

「ちょっと~、陰口なら当人に聞こえないとこでやってよねー」

「よっ、有馬屋!」

「天才女優!」

「かなちゃんこっち向いてー!!」

「死ね」

 

 これ以上ないファンサービスを浴びてあかねだけが(すこぶ)る喜んだ。

 呆気に取られた顔のメルト少年に笑みを向ける。

 

「ま、たった一月ばかりだが悔いのねぇように頑張ろう……」

「そういうの、自己満って言うんだぜ?」

 

 不意に横合いから差し込まれた言葉の棘に、その場の全員の目がそちらへ向かった。

 特徴的なプリン頭、その整った顔には皮肉げな薄ら笑いがある。こちらを見下す目。嘲弄の色。

 鴨志田は己から視線を切り傍らのメルト少年を流し見て、微かに鼻から吐息した。

 

「さっきから聞いてると、ちょっと馴れ合いすぎっていうか。甘やかしすぎじゃない? その下手糞をさ」

「っ……」

 

 奥歯を噛む気配を聞く。少年がその若い反骨心を制し、飲み込んだ音だ。

 

「あ、あの、鴨志田さん、流石にそれは……」

「ああ黒川さんはいいのいいの。申し分ないし。星野は初対面だけど巧くてガチ驚いた」

「……」

 

 異議を唱えようとするあかねの機先を強引に逸らし、今一歩鴨志田はこちらににじり寄った。

 アクアは無反応を決め込んでいる。

 

「えっと、五反田だっけ?」

「へい、五反田でござい」

「ぶっちゃけ、ぶっちゃけなんだけど、評判倒れだよねあんた」

 

 室内の体感温度が下がった。空気が固形化し、ささくれ立って肌に刺さる。

 異変を感じ取った他の役者やスタッフ達の視線がこちらに集中し、居心地の悪さばかり極まっていく。堪ったものではない。

 アクアは冷ややかな、それこそ虫でも見るような目で鴨志田を観察していた。次の出方次第でなんぞ返礼をしてくれよう、などという腹づもりが見て取れる。この男は本当に怒ると熱が引いてどこまでも冷えていく。相手を凍て殺すまで冷徹に致命的な仕返しを企てるので危ういったらありゃしない。

 あかねは困ったような微笑を浮かべ、丸めた台本を腰溜めに構えた。半歩の踏み込みで全体重を乗せて脇腹でも喉笛でも好きなところに打ち込める間合。束ねた紙は立派な武器になる好例だ。

 いやいや待て待て。どうしてこう揃いも揃って血の気が多いのだ。

 

「今ガチ、俺も見てる。面白いよな。うんうんよくできてると思う。お笑いバラエティーとしては。いいよな。ただバカ騒ぎしてりゃギャラもらえるとか、楽でさ」

 

「………………」

 

「んで、そっちで人気出たから周りのやつも勘違いしてこういう場にゴリ押ししちゃうのもわかるんだけどさ~、本業役者としちゃ迷惑なんだよね。あんたらみたいなの」

「ちょ、おい、俺はともかく、五反田のことまで……!」

 

 一触即発の中、前に出ようとするメルト少年を片手で制す。こうも真っ直ぐなことを言われて、この少年を矢面に立たせては大人としての立つ瀬がない。他称現役中学生の分際ではあるが。

 

「忌憚のない評価、有り難く。こちらの至らぬ点がそちらの仕事を阻害しているならお詫びする。申し訳ない」

「……べ、別に謝罪とか。ただ、そう、演技で見返してみろよって話」

 

 殊勝な態度を見せると、鴨志田はややたじろいだ様子でそう言った。

 なるほど、先方の本音はどうやらそこらしい。

 出会い頭の悪口、悪態、挑発も、つまるところこうした流れに話を持っていきたいが為の方便。いや、吐いた皮肉の幾らかも多少は本音なのだろうが。

 本読みだけでは納得できぬ。ならばもう一歩、踏み込んだものを見せろ、と。

 

「なら、一回差しでやってみるか」

「えぇ!? ちょっとちょっとなに言ってんの金ちゃん?」

 

 その時、思わぬ方向から解決案が出た。

 こちらの遣り取りを見物していた金田一が、あの面白みなどないと言わんばかりの顔で己と鴨志田を順繰り見やる。

 雷田が慌てているのも無視してスタッフに何事か指示する。

 スタジオを出て行ったスタッフは一分としない内に戻って来た。そしてその両手には、やや使い古した感のある木剣が握られていた。

 

「荒立ち、ってほどでもねぇな。まあ抜きで1シーンやってみろ。(もんめ)とハバキの対決。立ち回りは適当でいい」

「俺はオッケーでーす」

「ハバキ、やれるか」

「……ええ、承知しました」

 

 演出家がやれというならやらぬ訳にもいかぬ。

 スタッフから木剣を受け取り、ホールの中央に向かう。

 他の役者達がスペースを空ける為に退散していく時、いつの間にか近く有馬嬢が寄ってきていた。

 娘は隠しもせぬ呆れ顔でこちらを見上げ、溜息を一つ。

 

「やるなら徹底的にやりなさい。同じ板上に立つ同輩を納得させてやる為でもあるんだから」

「おいおい有馬の嬢ちゃんまで。お前さんなら止めに入って己とあの金髪小僧両方叱り飛ばしてくれるかと思ったんだがな」

「ふんっ……言っとくけど、私もちょっとムカついてるからね」

「ん?」

「な・に・が、楽な仕事よ。楽? 楽ですって? あのチャラ男、人の苦労も知らないで好き勝手抜かしやがってクソボケがぁ……いてこましちゃれ」

 

 怨念を漲らせて娘は自身の首を親指で横一文字に引っ掻く。うら若い娘子のしてよい仕草と顔ではなかった。

 反問も拒否も許されなくなってしまった。

 もはや仕方もなく、対手と向き合うことにする。

 彼我の間合は五歩。常人ならば跳んで二歩と少し。己は一歩で跨いでしまうが、そんな進突をかませば彼方を吹き飛ばしてしまうだろう。

 かといって適当に打ち合ってお茶を濁したとてこの場の誰の納得も得られはしまい。

 鴨志田は木剣を両手に握り、僅かに腰を引いて呼吸に合わせて肩を微かに上下させる。か弱い若年剣士の怯えを完璧に再現して見せた。演技比べ。お前もやってみせろというあちらからの挑発。

 

(演技)

 

 演技か。

 思えば、己のような粗略漢にそんな器用な真似ができる筈もなし。見様見真似では駄目なのだ。そんなもの、己に求められてはいないのだ。

 あの変わり者で難儀で一途な漫画家の娘が、この五反田マシラに求めた“力”は。

 

「て、抵抗されるなら、仕方ない。僕は、僕はそれでも渋谷の、我らの姫の為にこの忌々しい力……ちから、で……へ? え、ぁ」

「────」

 

 刀を握ったからには覚悟せよ。

 刃の報いはいつだって、己に返る。

 刃金の真相。

 あぁ、懐かしい。己もいつだったかこの首に受けた刃味。

 今、眼前に立つ剣士にも味わってもらうとしよう。

 

「おぉ……」

「ちょ、金ちゃん? これ、こういうのってさ、普通なの……?」

「あ、あの、と、止めた方が」

「へぇ……」

「あの馬鹿」

「……あはっ、すごい。師匠はやっぱり“本物”を知ってる」

 

 誰も彼も好き勝手に何か(のたま)っている。

 知ったことではない。

 知るべきは己ではなく、対手(おまえ)なのだ。

 剣を構えることもなく、差すのは視線。刺し込むのは“意”。

 ────お前をこれから斬るぞ。そう宣言してやるだけでいい。

 

「────ひゅっ」

 

 奇妙な音色を喉笛から吹いたかと思うと、鴨志田はその場に崩れ落ちた。

 

「……あんた、それはちょっとやり過ぎじゃない?」

 

 有馬嬢、今更そりゃねぇぜ。

 

 

 

 

 

 

 

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