正午を過ぎた辺りで本日は解散と相成った。
途中、一悶着あったものの当初の予定であった本読み自体は主要キャスト全員分を一通り完了。稽古は次工程へ進行することができる。
悶着の当事者その一鴨志田は既に送迎車に運び入れてしまった。綺麗に気絶したままぐうすか眠りこけて起きないのでマネージャー殿は随分往生していたが。
「あの兄ちゃんにも悪いことしちまったな」
「自業自得だろ。喧嘩相手の値踏みを盛大にミスったあいつの」
「あはは、アクアくんが辛辣だ……『こいつと喧嘩していいのは俺だけだ、モブはお呼びじゃないんだよ(心の声)』っていう独占欲の顕れですねデュフッ」
「久しぶりに腐蝕部位が露出してるわね、この子」
「えっ、黒川ってそっち系? すげぇ意外……」
「ふしょくってなんだっけ。腐ることだっけ? あかねが腐ってるってこと? なんで? どういう意味、有馬」
察しの良いメルト少年と無知というか無垢な姫川御大。
有馬嬢は姫川の素朴な疑問を黙殺した。
スタジオを出て、各々更衣室から荷物を引き上げる。時刻は午後五時。真っ当な仕事ならこの辺りが終業時刻だが、生憎と己はここから本番だ。
「有馬、この後飯いかね」
「いいわよ。メルトも来なさい。いい機会だから」
「うっす」
「ならば丁度いい。アクアとあかねもご相伴させてもらいな。役者同士、積もる話もあるだろう。俺ぁちょいと野暮用を済ませてくるからよ」
「えっ……アクアも、来てくれるの……?」
「そうは行くか。毎度毎度お前一人で好きにさせると後が恐いのは身に沁みてんだよ」
「私も私も。今回は最初っから事の顛末を知れるチャンスだし。すっごい面白そうだし」
「……」
アクアはともかくあかねまでも前のめりに引っ付いてくる気満々の様子。まあ、端から追い払えるなどとは思っていない。なんのかのとアクアの知恵を重宝がっている分際で今更何をか言わんやという話だ。
ふと気付けば、娘子の視線がじとじとと己を刺す。いやいや野暮をしている自覚はあるんだが。
「かかっ、すまねぇな有馬嬢。今日のところは勘弁してくれぃ。野郎共もあんまり夜遊びすんなよ」
「どの口が言うか。あんたらも程々にしときなさいよね」
「な、なあ有馬。五反田達、どうするんだ? 野暮用って……?」
「……なんか面白そうだな」
「はいはい見ちゃダメ。あの不良とつるむと凄い勢いでバカになるわよ」
後ろ髪すら引かせてはくれない颯爽とした去り姿。野郎二匹を引き連れる様は女傑そのもの。
実に心の篭った、酷い言い様だった。
スタジオからも程近い小会議室Bの扉の前に立ち、ノックをして返事を待ってからそれを押し開けた。
長机にキャスター付きの椅子が六脚、出力用モニタとホワイトボード。会議の為の小部屋以上の意味のない空間には件の雷田以外にももう一人、待ち人があった。
品の良い身形の男。その柔和な笑みが我々を出迎える。
「お疲れ。稽古期間に入ったっていうのに申し訳ない。あーっと、星野アクアくん、それに黒川あかねさん? 二人は……もしかしてサルタヒコのメンバーかい?」
「いやいやいや、モグリ探偵自称してるなぁ己だけで。こっちのアクアは何かと己の稼業に手を貸してくれる物好きな野郎です。あかね坊は、まあ今回お目付け役ってぇとこで」
「どうも物好きです」
「目付けですっ」
「そ、そうかい。変わった業態だね」
「二人揃って堅い性質です。口外するような真似はいたしません。こいつは請け負います。なんなら一筆書いてもいい」
とはいえ、未成年と交わす書面に大した信頼性がないことも事実。法的にも、心情的にも、こればかりは仕方ない。二人が付いて来た時点で話が流れてしまうのも已む無しと心づもりはしていた。
一瞬、その偏光グラスの奥に思案の眼差しが垣間見える。しかし結局雷田は決断を変えはしなかった。
「どうぞ座ってくれ。あと紹介が遅れてすまない。こちらは」
「今回の東京ブレイド2.5の脚本を担当しています、GOAです。よろしく」
GOA、
「“サルタヒコ”……最初聞いた時はバンドかアイドルのユニット名か何かかと思ったよ。まさかあのいちごプロに業界専門の探偵部署があったなんて……なんていうか、うん、びっくりだ」
「ないですよそんなもの」
「えっ? そうなのかい」
「こいつが勝手に名乗って、勝手に依頼を受けて解決して、無駄に名前が広まっちゃって、畳もうにももう引っ込みが付かなくなっちゃったっていう至極間抜けな話です」
「俺ぁ自分からそんな風に名乗ったこたぁねぇんだがな。なんだか知らぬ間に風聞だか風評だかが独り歩きして、気付けばそんな仰々しい雅号が張り付いてやがったのさ」
「えぇ……」
雷田とGOAが呆れとも感心ともつかぬ呻きを上げる。真っ当な社会人として正しい反応だ。
「……でも実績はある。現に君が、いや君達が解決した事件の幾つかは界隈の一部じゃ有名だよ。所属タレントの個人情報を転売しようとした元社員を捕まえたとか、局の楽屋窃盗事件を解決したとか。どれも醜聞だから緘口令が布かれたようだけど」
「某有名映像制作会社社長のインサイダー取引と情報漏洩の事由が表沙汰になったそもそもの原因が、どこかの私立探偵の仕業だったなんて話も聞いたな」
「なにそれ。私知らない」
あかね坊の不満声に、アクア共々明後日の方を向いて白を切る。
娘と出会う前の話だ。まあそうした悪さ三昧が過ぎた為に奇天烈な雅号を背負う羽目になったのだから、なるほどこれは自業自得以外の何ものでもない。
実績などと呼ばわってくれることはさて、有り難がればよいのか恥じ入ればよいのか。
「ぶっちゃけ信じ難いエピソードばかりだ。けれど、僕はもう既に心の隅で君を信じ始めてる。現金だね! エキセントリックな話過ぎてなんなら少し興奮してる。創作者の悪い癖だ」
「するってぇとやはり今回の依頼主は」
「そう。雷田さんに仲介を頼んで繋いでもらったんだ。僕から、五反田くん、君にお願いしたい」
GOAは一呼吸の間を置いた。勿体付けているのではない。緊張感に口舌が足を取られ、整調の暇を欲したのだ。
意を決して、新進気鋭の脚本家は言った。
「僕と、この舞台を、東京ブレイドを守ってほしい」