推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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突撃!隣の漫画家さん

 

 

 

 ブレイド───言わずと知れた大人気漫画「東京ブレイド」の主人公。

 国内外で圧倒的な知名度を誇るこの作品のシンボルキャラクターでもある彼がスマホの小さな画面にその姿を映し出している。

 現実に、現代の都心のありふれた街並の中に。

 

「扮装してるとはいえ顔を隠しもしねぇでその上目立つ火気なんぞ振り回しやがって、ふてぇ野郎だな。しかしこいつぁこれ以上ねぇ動かぬ証拠ってぇやつですぜ。こいつを持って警察に行きゃあ……」

「……これ、なんていうかすごく……本物みたい」

「そうなんだよ!」

「あ?」

 

 あかねの呟きにGOAは大きく頷いた。

 

「これまで2.5の舞台でプロの特殊メイク技術を数多く見てきたし、アニメイベントで個人製作の物凄いクオリティーのコスプレだって何度も見たことがある。けどこれは、これは、そのどれとも違う。まるで、そうまるで、“本物”みたいなんだ! コミックの世界からそのままこっちの世界に抜け出して来たみたいに、リアル過ぎる」

 

 にわかに興奮したGOAの言葉を受けて画面内の人物をよくよく観察する。

 

「……出来の良いコスプレに見えるがな」

「爺がよ……」

「うっせ」

 

 己の惚けた言い様にアクアが実に忌憚のない感想を(のたま)う。

 

「オファーが来た時から漫画もアニメも嫌ってほど見せたろ。こいつの顔の造形、整形でもしたのかってくらい原作の作画に寄ってる。随所に三次元的な解釈はしてるが……異常だぞ。これ」

「作画だなんだってなよくわからねぇが。一つ確かなのは、こいつが担いでる刀……こりゃ真剣(ほんみ)だぜ」

「マジか」

「ああ」

 

 刃の煌めきからして本物の玉鋼に相違あるまい。

 それにこの波立つような乱れ刃文、かの国宝級大業物を思い起こさせる。無論、実物である筈もないがそれを模して打たれた贋作をわざわざ持ち出して脅迫相手に見せ付ける所業。

 

『東京ブレイドから手を引け。さもねぇと俺はお前を叩っ斬る!』

「このすぐ後、“ブレイド”は電柱を駆け上ってビルの上に消えたよ……ほら」

 

 その言の通り、赤い装束の男は突如その場を跳躍し電柱の頂点へ、そこを足場としてさらに跳びビルの屋上の影へと姿を消した。

 およそ人間業ではなかった。

 こんな真似ができる者が真っ当な人間であるものか。そう、己はよく知っている。身を以て。

 

「……」

「……」

「警察に相談できない最大の理由がこれだ。よくできたフェイク動画だと思われるのがオチ。実際この目で見てもまだ信じられない。現実離れしてる。こんなことがリアルで起こり得るのかって……ははっ、正直興奮を禁じ得ないよ」

「GOAくんこれ笑い事じゃないよ!? 五反田くんの見立てが確かなら相手はマジの凶器を持っててなんかヤバい身体能力してて火炎放射までしてくる怪人だよ!?」

「あはは……すみません。僕もなんだかんだオタクなんで、どうしてもね」

 

 雷田の慌てぶりこそ至極尤もだ。この時は直接手傷を負わされなかった。だが次もまた相手が同じように穏当に振る舞ってくれる保証はどこにもない。

 アクアが一瞬ちらりとこちらを見た。

 言いたいことはわかる。

 このヤマ。犯人の目的もGOA個人を狙った私怨なのか東京ブレイドの舞台化・実写化に反対する示威行動なのか。なによりその正体もまた一向判然とはしないが、一つ厄介な可能性を示唆している。

 この世ならざる事象。超常の、異なるモノの介在を。

 

「このことを相談するべきか今日まで迷っていたんだ。腕利きの探偵っていう下馬評を果たしてどこまで信じていいものかってね……でも、さっきのスタジオでの演技を見て、いや演技を超えるものを見せられて決心がついたよ」

「鴨志田くんには悪いけど、僕やGOAくんにとってあれはマジのファインプレーだった。五反田くんの実力を垣間見ることができたんだから。現実離れした事件には、同じくらい常識外れの超人の力を借りるっきゃない」

「超人、なのかね。俺ぁ」

「真っ当な凡人から言わせてもらうなら……変人」

「え、アクアくんって自分のこと凡人だと思ってるの?」

 

 すっ惚ければ刺され、刺した当人も背中を刺され、その瞬間俺達は無闇矢鱈に滑稽だった。

 良くも悪くも普通からはみ出した三人組に、雷田は拝み手に、GOAは頭まで下げて向き合う。

 

「やり方は君らに任せる。報酬は僕のポケットマネーになるが、言い値で払わせてもらう。僕の願いは一つ、どうかこの舞台を完遂させてほしい。僕だけじゃない。この企画に携わる多くの人達の為にも……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 日暮れ間近の帰路を三人で行く。

 陽気の恩恵が消えた途端、都市部の空気はやたらに寒々しい。アスファルトとコンクリートと鉄骨によって構築された硬質な街並み。赤い和装の怪人が跋扈するにはやはりどうにも不向きに思えてならなかった。

 目の前に茫漠と広がるこの現実という世界では。

 

「結局依頼は受けるんだな。あの動画だってどこまで信憑性があるかわからないってのに」

「フェイクだってのか? わざわざあんなもの作ってまで、俺やお前さん方を揶揄おうって? そこまで暇人にゃ見えなかったがな、あのGOAってぇ兄さん」

「嘘はなかったと思う。本気で恐がって驚いてたし、ちょっと楽しそうにも見えたけど」

 

 人物観察の鬼たる黒川あかねの眼力をしてそう判断したのなら、九分九厘間違いはないだろう。狂言、詐欺の疑いは一旦腹に仕舞っておく。

 脅迫状もとい怪文書の方は送り付けられてきた日時や状況も合わせて裏取りをする必要はあるだろうが、それはいい。問題は例の動画だ。真偽をどうこうする以前に、この推定“ブレイド”の正体を掴まねばならない。

 

「とりあえずルメに話を聞くとするかい」

「……」

「露骨に不満そうな顔するんじゃねぇよ」

 

 アクアがあの娘子に懐疑的なのは今に始まったことではない。

 アクアとルビーちゃん……雨宮とさりなちゃん、そしてなによりアイの数奇な運命を観客気取りで見物していた怪しい存在。その当事者として痛みを被ってきた雨宮としては、これ以上関わり合いになりたくない、大切な者達を関わらせたくないと考えるのが人情だ。

 

「ま、しょうがねぇやな」

「見た目が幼いってだけで甘やかすお前も悪いんだぞ。あいつは……ただの子供じゃない」

「ガキだよ。必死で自分はガキじゃねぇって見栄張って、弱いところを隠そうとする。本当は淋しがりなくせにな」

「お前のその認識だってあいつに植え付けられたものかもしれないんだぞ! 俺は……俺やルビーは認めないからな、あんな……」

「……」

「あかね坊よ、気を遣って黙っててくれんなぁいいが人の顔をそう必死こいてスケッチするんじゃねぇ」

「っていうかそんなでかいスケッチブックどっから出した」

「あ、気にしないで。私はただの街路樹だから。二人は全然そのまま二人の世界で」

 

 娘の語気が湿度と熱を持ってちょっと怖いのでこの話はまた後日に改めることとする。

 

「ルメの前にもう一人、話を聞きてぇ相手がいる」

「ああ、たぶん俺も同じ人間を思い浮かべた」

「鮫島アビ子先生、だね」

 

 当然とばかりにあかねは微笑む。どうもこの面子は何かと以心伝心が働いてくれる。己やアクアが馴染みの腐れ縁で疎通するのに対して、あかねの方はただひたすら察しが良すぎるだけなのが可笑しいやら恐ろしいやら。

 

「そりゃわかるよ……マシアクは私の正義(ジャスティス)だもん。心理描写と文脈を理解する為なら読心術の一つや二つ会得しちゃうもんね」

「こいつはあかね流の冗句と受け取ればいいのかね」

「ソウダトイイネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 善は急げという。

 幸いにも我々にはかの売れっ子漫画家と親交があった。連絡した翌日には会う約束を取り付けることができた。

 いつまた襲撃者が現れるとも限らない状況。とくれば果断迅速こそ最良手である。

 

「という訳で、ご自宅まで押し掛けた次第で」

「どういう訳ですか!?」

 

 乱れた濡髪が顔立ちを一層幼くして見せる。微かに湯気を立てる血色の浮いた頬。風呂上りらしい。

 マンション一階のインターホンの画面越しに一度、そして玄関口で再度こちらの存在を確認したにも関わらず、鮫島のアビコちゃんはそれはそれは頓狂な声を上げた。

 

「当たり前でしょ。アポ取ったって言ったって、男性がいきなり訪ねてきて泰然自若としてられるような子じゃないんです。見ればわかるでしょうに」

 

 今回同行を引き受けてくだすった吉祥寺先生が、傍らから実に真っ当な苦言を呈した。

 とはいえ彼女のそれもなかなかに忌憚のない……容赦のない物言いだが。

 

「本日はお忙しいところ、本当にありがとうございます。電話口でお話しした通り調査にご協力いただきたくご無礼を承知で参上しました」

「い、いえ……貴方と話をしたかったのは、こっちもなんで……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 こうして己は漫画家鮫島アビ子の仕事場にして自宅マンションへ無法にも突撃をかましたのだった。

 

 

 

 

 

 

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