その眼は、ファインダーは、レンズは、何を捉える。 作:一途一
SAY CHEESE
偶然、それは論理的に説明する事が出来ない奇跡的な割合で起こる事象を指す。
今、僕が相対しているこの出来事もそれでしか片付けられないような物だ。
こんなシチュエーションでアイドルに出会うなんて事も。
◆◇◆◇
僕の名前は
今日はB小町というグループの初テレビ出演という事で、いつもより少しだけスタジオ内が騒がしくなっている。
前のグループが終わり、B小町の出番が来る。僕はいつも通り1番カメラの場所に着き、準備が終わるのを待つ。
暫くしてスタジオのセットが完了し、カメラが廻る。
ディレクターが合図を始める。
「5…4…3…2…」
曲が始まり、センターのアイが歌う。
『あなたのアイドル サインはB! chu!』
レンズに彼女が映る。彼女はメンバーの誰よりも輝いている。
曲の中に織り込んでいる細々とした仕草からそこまでの体の動かし方まで完璧、
歌うも周りを引き込む様な歌い方だ。だが、1番気になるところがある。
顔が“綺麗に映りすぎている”。
まるで考え尽くして全て計算尽くの様な…驚くほどに。
気づかないまま連絡をする為のマイクをオンにしたまま声を漏らしてしまった。
彼女の瞳は、煌めいていて、吸い込まれる様で、とてもとても…
「う、胡散臭え…」
嘘が具現化した様だった。
◆◇◆◇
そのまま曲が終わり、次の出演者の準備に入る。準備をしていると不意に声を掛けられた。
「ちょっと、ニノマエ君。」
チーフプロデューサーだ。袖を掴まれてスタジオの外まで連れてかれる。
「何でしょう?」
「何でしょうじゃないだろ!?君何口走ったか分かっているのか!?」
「あー、あのアイドルの…?」
やっぱり『胡散臭え』は拙かったか…
「君この番組終わったら覚悟しておいてくれよ。」
「え、そこまでやばい事ですか?」
「当たり前だ!今日あちらの社長が来てるのにうちのスタッフがあのアイドルは胡散臭いなんていう事を言ったなんて溜まったもんじゃない!」
早口で捲し立てたチーフプロデューサーは呼吸を整えて再び喋る。
「とにかく、この収録が終わったら全力で私は斎藤社長に謝罪しに行かなきゃならない。君のせいだからな!」
そう言ってチーフプロデューサーはスタジオに入って行った。
…僕も次の準備をしなければ。
◆◇◆◇
結論から言えば、B小町の初テレビ出演は大成功した。
あの放送から暫く経った後、B小町の名は全国に広まり、次々と曲をヒットさせた。
だが、唐突にグループのナンバー1人気メンバーであるアイが活動を休止する発表をした。
そしてそれを驚愕した表情で見ている男が1人。
「まじかよ…こりゃびっくりだな。」
あの後僕は見事に左遷され、社の窓際にあるスキャンダル誌のカメラマンになっていた。
基本的なサイクルは、僕がネタを撮ってきて、記事担当の奴が文字に起こす。
少し特殊な記事の作り方だが、意外と休みが取りやすい上に効率が良いのだ。
そんな僕の手の上に乗せられている新聞には、大きな文字で『B小町の人気No.1アイドル活動休止』と書いてあった。どうせ明後日にはこの話題は薄れていくだろうが、衝撃度に関しては大きかった。
B小町は人気アイドルグループ、と言っても未だ成長途中だ。まだまだこれからという時期に不動のセンターとも言われているアイが活動休止、となれば確実にファンが減ってしまう。
何か理由があるのだろうか。まあ僕に関係がある事では無いが。
そんな事を考えているとコーヒーが入っていたマグカップが突然割れ、新聞には溢れてしまった。
「まじかよ…これお気に入りだったのに。」
新聞紙はそのまま無造作に捨てられ、ゴミ箱の底をコーヒーの残滓で湿らせた。
不穏な事が起きそうな気がしたのは僕だけだろうか。
◆◇◆◇
アイが活動休止を発表してから1年。今日も仕事を終えて帰宅する。今日は一昨日の朝から今日の夜まで女優の不倫現場を撮るために尾行して、ようやく写真を撮れたので帰る所だ。
僕が住んでいるのは某区の高層マンションだ。仕事の儲けとは何とも不釣り合いな場所に住めているのは親の莫大な遺産のお陰だろう。
家に帰り使用した機材をリビングのソファーの上に置き、テレビを付ける。テレビからはいつぞやの音楽番組が流れていた。
食べる物がなかったのでカップラーメンを作り、ソファーに座りながら食べる。
『今日はB小町のアイさんが復帰初のテレビ出演という事で…』
いつの間に現場復帰をしてたのか。僕には関係ない事だが。
彼女の胡散臭さは多少和らいだものの消えてはいない。僕も自分のせいでこんな事になったのだ。だが何だろう、このやるせない気持ちは。
嘘で固めた彼女は生き残って、本音を言ってしまった僕は番組をクビになり、芸能人のスキャンダルを毎週追いかけている。
何とも言えない敗北感が僕の心を支配していく。
一つ、考えが浮かぶ。
どんなに堅牢な守りでも、時間が経てば風化して、ボロが出てくる。どれだけ完璧に直しても、その跡は必ず残る。
そこから守りは剥がれて行く。
やってやろうじゃないか。
ソファに置いてあったカメラを画面に向けてファインダーを覗く。ファインダーにはグループのセンターで踊るアイの姿が映った。
「絶対にあなたの守りを剥いで見せる」
シャッターを切った音が1人の部屋に虚しく響いた。
◆◇◆◇
そうと決めた後の行動は速かった。
アイに関しての記事を端から端まで漁り、B小町の他のアイドルの素性からマネージャーの家族関係まで調べた。
ここで分かった事が幾つかある。一つは、他のメンバーとアイの関係がそこまで良くない事。
次に、映画出演が決まった事。
映画出演の方はどうでも良いし、メンバーとの関係が良くないとなると、あまり自分のプライベートの話をしない、という事だ。
他の筋からも探ってみたが、いかんせん情報が少な過ぎる。一つ希望を見出すとしたら、そこまでして隠さなければならない事がある。という事だ。
ここまでして防がれると、一層真相を突き止めたくなる。深層まで手を突っ込んだとしたとしても。
そこからさらに時間を進めて6ヶ月ほど。B小町はドーム公演をする事が決まり、人気も鰻登りに上がり続けている。
そんな中、僕の情報収集範囲は幼少期の関係人物にまで及んでいた。交友関係は不可思議と言える程にガードが堅かったが、過去の話は交友関係程ではなかった。
そしてドーム公演の前日、幼少期についての情報はほぼ調べ尽くした。
彼女は幼少期に両親から虐待を受けており、父親が居なくなり、母親が逮捕された時点で児童養護施設に入っていた。虐待されても逃げなかったのは母親に掛けられた『愛してる』を信じていたから。…だけどそれは嘘だった。
あの嘘の塊の様な目はここから生まれたのか。彼女は嘘吐きに望んでなった訳では無いのではないか。
心が揺れる。
アイの秘密を暴こうと首から下げていたカメラが妙に重く感じる。
日を跨いで調べていた影響もあるが、それ以上に自分の考えが正しかったのかという罪悪感があった。
覚束ない足取りで帰路に着く。
◆◇◆◇
マンションに着いた時には、もう7時を回っていた。
エントランスに入り、鍵を開けてドアを通ろうとすると、ガラスに小さな穴が空いていることに気づいた。
どうやらこの穴からセンサーを反応させて不法侵入した奴が居るみたいだ。
階段を駆け上がり、不審な奴がいない一階一階確認して行く。
そして自分の部屋がある階で、ある男を見つけた。
フードを被り、手に花束を持っている。インターホンを押し、出てくるのを待っているようだ。だが何かおかしい。
格好も変だが、それ以上に花束の持ち方がおかしい。花の中に何かを隠している。目を凝らしてみる。
そして中にある何かから日光が反射し、鈍い光を伴ってニノマエの目に届けられる。
ーーーーーーナイフだ。
その時扉が開く音がした。体より先に声が出る。
「チェーンを掛けろ!!!」
僕に気づいた様で一瞬男がこっちを向く。その間にチェーンを掛けて扉を閉めたのか、男が何度引いても扉は開かなかった。
「クソクソクソクソクソッ!!」
襲撃に失敗して随分ご執心のようだ。もう扉が開く事がないと分かった男は此方へ体を向ける。
目は怒りに震えていて、はち切れそうな青筋が額には浮かんでいる。
「お前のせいだ!お前のせいで俺はアイを殺せなかった…!」
は?アイ?こっちに向かってくる足音にも気付かず呆然としてしまった。
何で隣n…?
激しい痛みに襲われて思考が現実に戻る。男は居なくなっている。
その代わり、腹に一本のナイフが差し込まれていた。
思わずよろめく、だが、ここで倒れるわけにはいかない。星野アイはここに居る。僕の部屋の隣にいる。
手すりを使って部屋まで歩く。チェーンのかかったままの扉が開き、僕を視認してっさっきの男がいない事を確認するとチェーンを外した。
「大丈夫ですか!すぐに手当「ここに居たのか」」
唖然とした表情で此方を見つめる星野アイ。僕は構わずに話を続ける。
「あの時あなたをカメラ越しに見たあの時から気になっていた。嘘で固められた胡散臭い目、僕はあなたのその目が不思議で不思議で堪らなかった。」
床に血が溜まって行く。だが不思議と立っていられた。
「あなたの秘密がこんな所にあったなんて思いもしませんでした。」
視線が星野アイの後ろにいる子供達に向く。
「2人とも大人の様な目をしてる。将来有望ですね。」
血が少しずつ排水溝に流れる。
「だけど、まだ隠された秘密を見ていない。あなたの、その目の中にある真実の愛を。」
首に掛けられたカメラを廻し、星野アイにピントを定める。だが、ここで立っているのに限界が来たのか、膝から自分の体が崩れる様にバランスを無くす。だが、カメラの照準は外さない。
「あなたの真実の顔を見せてくれ。」
ファインダーを覗き、叫ぶ。
「
シャッターが切られ、僕の意識もそこで切れた。
多分続きます