東方闇魂録   作:メラニズム

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第十四話

「……と、こんなところね。

 はい、これ手紙。時間はかかってもいいけど、ちゃんと渡してね」

 

 彼女……八雲紫の誘いを受けてから、彼女の家……どんな者でも侵入する事はまず出来ないらしい……で、少しずつ話を詰めていた。

 

 そして今、漸く話を詰め切った所である。

 

 騎士が受け取った手紙は、各地の有力な妖怪への手紙である。

 手紙の数はそう多くは無いが、有力な妖怪という物は得てして縄張りを持っている。

 各々その広さはまちまちだろうが、妖怪同士の力関係を考えれば、それぞれの縄張りは相当離れているだろう。

 

 故に、枚数に対して、相当な距離を移動せねばならないだろう。

 

 騎士は紫から手紙を受け取る。

 

「ねえ、あなた、寝なくて大丈夫?

 何だかんだで三日三晩、ずっと寝ていないけど。

 別に、寝床位貸すわよ?」

 

 紫は、手紙を受け取った騎士にそう言った。

 

 騎士は、紫の言う通り三日三晩眠らずに居た。

 

 だが、騎士は紫の言葉に首を振る。

 

 彼女を信用していない、と言えば嘘になる。

 

 しかし、騎士は眠る気にはなれなかった。

 

 永琳の処で住んでいた時も、諏訪で寝泊まりした時も、実の所寝た事は一度も無い。 

 

 不死人となってからは、眠るという行為が恐ろしい。

 

 意識が闇に落ちる事も、瞼を閉じて闇が広がる事も。

 

 兎にも角にも、闇が怖ろしくてたまらない。

 

 そういえば、最後に眠ったのはいつだったろうか。

 

 思い出が味気の無い記憶になるほど昔には、安らいで眠れたものだが。

 

「ほら、倒れられても困るんだから。

 無理矢理にでもいいから寝なさい」

 

 紫がそう言うと、騎士は浮遊感に見舞われた。

 

 下には彼女の居る真紫に眼球がある空間が広がっている。

 

 ほんの一瞬、その空間の中を漂ってから、騎士は一つの部屋に出る。

 

 布団が敷いてある部屋だ。

 

 ここで寝ろ、と。そう言う事なのだろう。

 

 騎士は取り敢えず、着ていた外套と付けっぱなしだったアルバの兜、鎧、篭手を外した。

 具足は紫の家に入る時に、既に外している。

 具足のまま家に入って、荒らす訳にもいかない。

 

 外套のみを脇に置き、それ以外をソウルへと仕舞い込んで布団へと入る。

 

 さて、眠れるだろうか。

 

 眼を閉じる。

 

 目の前には闇が広がっている。

 

 背筋が、冷えた気がした。

 

 目の前全体が、真っ暗となる。

 

 騎士は、瞼の裏以外で、そういう所を知っている。

 恐怖や悍ましさすら呑み込む、深淵の闇を知っている。

 

 これは、それとは似て非なる闇だ。だが、闇は闇なのだ。

 

 騎士は、眼を開けた。

 

 とても、眠れそうにない。

 

 ふと、騎士は思い至った。

 

 懐から聖大樹の盾を取り出し、外套の脇に置く。

 

 聖大樹の盾とは、ドラングレイグに伝わる伝承に出てくる盾である。

 夢の神、ネラ。

 その寓話で、この盾は夢の世界にある喋る大樹が姿を変えたものだとされている。

 

 寓話で、臆病な少年に力を与え、盾となった喋る大樹。

 

 その力があれば、せめて闇の代わりに夢を見れるのではないだろうか。

 

 無論、そんな効果があるなんて事は聞いた事が無い。寓話は寓話だ。

 

 だが、そんな寓話にあやかりたいと思う程度には、騎士は眠る事が怖かった。

 

 あるいは、心の片隅で、寓話の少年のように助けて欲しいと思っていたのかもしれない。

 

 また床に就き、眼を閉じる。

 

 闇が広がっていた。

 

 しかし、ちょうど聖大樹の盾を置いた所。

 

 そこ辺りから、仄明るい光が見える気がした。

 

 光はどんどんと大きくなる。

 

 視界の全体が、光に包まれた。

 

 光は少しずつ消え失せる。

 

 目の前には花畑が広がっていた。

 

 赤、青、黄、白。季節を超えて、様々な花が咲いている。

 

 夢を見ているような、浮いているような感覚は無い。

 

 ここは、夢では無いのだろうか。

 

 感覚は夢では無いと言い、眼はまるで夢のような景色だと告げる。

 

 遠く彼方まである花畑。

 

 その一角に、一つの館があった。

 

 館としては、大きさはほどほどだ。

 

 しかし、妙に迫力がある。

 

 館自体におかしな所は見受けられない。

 あるいはこの迫力は、館でなくその住人が出しているのかもしれない。

 

 装備を外したため、ほぼ裸状態である騎士。

 

 取り敢えずはと、上級騎士……位の高い騎士が身に着ける防具で身を固める。

 

 瞬時に上級騎士の鎧を身に着けた後。

 

 ふと、背後に人の気配を感じた。

 

 振り向く。

 

 花々に囲まれ、女性が立っていた。

 

 短い緑髪は植物の葉や茎のようで、身に纏う服の格子柄に囲まれた赤は、花びらのよう。

 

 切れ長のその紅い瞳の色は、何故か血を連想させる。

 

「また、面白い花(ひと)が訪れたものね」

 

「夢幻に近い夢幻世界へようこそと言った所かしら、枯れない造花さん?」

 

 足も意識もしっかりとしている。

 

 だが、そう言う、華に囲まれた彼女の姿は、正に夢のような美しさを誇っていた。

 

「さて、普通は寝ていても、この世界を訪れる事なんて無いはずだけど。

 あなたがここにいるのは、その背負ってる樹のお蔭かしらね?」

 

 彼女にそう言われて背中に手を当てると、そこには硬い感覚が有る。

 

 背中から取り外して見ると、背負っていたのは聖大樹の盾だった。

 

 燐光を放っている。

 

 もしや、本当に夢の世界へと誘ってくれたのだろうか。

 

 では、あの寓話は作り話などでは無く、本当だったのだろうか?

 

「さて、どうかしらね。

 寓話云々は知らないけど、その樹、さっきから話しかけても、何も喋らないもの。

 でも、あなたをここに連れてきたのは、その樹で間違い無いわよ」

 

 そう考えていると、心を読んだかのように相槌を打ってきた。

 

 彼女は、心を読めるとでも言うのだろうか。

 

「結果的にはそうだけど、違うわ。

 私は花を操れるだけ。その延長で、花と話す事は出来るけど」

 

 では、自分は人で無く、花になったと?

 

「そんな事は知らないわ。

 ただ、私にとっては人も花も同じよ。

 貴方たち人も、この花達も、私にとっては意志と言葉を持った生き物。

 最も、人と違って花は、その心も見た目通りに美しいけど」

 

 植物を操るという能力も、大分大雑把なようだ。

 

 しかし、彼女が言うには、ここは夢幻の世界だという。

 

 夢ならば覚めるだろうが、果たしてこの夢は覚めるのだろうか。

 

 少なくとも、聖大樹の盾は何も教えてはくれない。

 

「ねえ、あなた。

 私、その樹が欲しいわ。

 今は眠っているけど、その樹は凄い力を秘めている。

 それさえあれば、最強の私はもっと強くなれる」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。

 

 しかし、この盾によってこの世界に来たのだ。

 

 渡してしまっては、この世界から出られないかもしれない。

 

「なら、無くても出れるようにすればいいんでしょ?」

 

「取り敢えずこの世界の主ならあなたを帰す事も出来るでしょ。

 あなた、強いんでしょう?

 ついてきなさい。

 世界の主をぶちのめしに行くから」

 

 ……どうやら、彼女は中々恐ろしい思考回路をしているようだ。

 これでは彼女が美しいと言う花達の心内も、怪しく思えてくる。

 風に靡く花達が、そんな事は無いと首を振っているようだった。

 

 

 

 彼女の後を追い、花を潰さぬように歩き続けて、しばらく。

 

 彼女が立ち止まった所には、一人の少女がいた。

 

 侍女服のような物に身を包んでいる。

 

 彼女と少女は言葉も話さず、身構えた。

 

 話せば分かるかもしれないというのに、何故戦おうとするのだろうか。

 

「こいつ以外にももう一人、こいつの姉で世界の主が居るのよ。

 こいつ一人にモタモタしてられないわ」

 

 自分本位なその物言いは、彼女は文字通り人で無しなのだという事を感じさせる。

 

 どうする。

 

 彼女に従い、少女を殺すか。

 

 それとも、彼女に背き、彼女を殺すか。

 

 そう考えた時、どちらにしても殺す事を考える自分に、騎士は辟易する。

 直ぐに殺す事を考える、己の方が人で無しでは無いのか。

 

 騎士の葛藤を知る由も無く、二人の少女は相対する。

 

「あら、そこの緑髪は見た事有るけど、あなた誰?

 まあいいわ、どっちにしても殺すし」

 

「夢月、今日はあんたの姉共々死んで貰う事にしたのよ。

 ついでにこいつを元の世界に戻そうって訳」

 

 傍若無人な彼女の物言いに、夢月は鼻を鳴らし言い返す。

 

「私たちは二人で一人前だけど、別に一人でも貴方たちを殺すの何て訳無いわ。

 そうよ、これまでは見逃してあげてたんだから」

 

「そう言ってる割には、あなたたち二人で居た事なんて見た事無いけど。

 実は不仲なんじゃないの?」

 

「そんな事無いわ!

 だって、いつも姉さんは助けてくれるもの!」

 

「じゃあ、助けてくれた姉さんの姿、あなた見た事有るの?」

 

 その彼女の物言いに、夢月は口を閉ざす。

 その反応を見て、更に笑みを深くし彼女は言葉を重ねる。

 

「あら、冗談で言ったのに、本当だったの?

 これじゃあ、その姉さんも本当に居るのかどうか、怪しい話ねぇ?

 

「貴方たち二人ともとても似てるもの。

 服を着替えて、あなたの姉だと名乗って。

 そうすれば、あなた一人で二人が居る様に見せかけられるわよね?」

 

 本当は、あなたの姉なんて、最初から居なかったんじゃない?

 

 嗜虐的な性格の彼女には、打てば響くような夢月の反応が楽しかったのか。

 更に言葉を投げ掛けるが、その言葉に夢月の反応がおかしくなる。

 

 致命的な、それこそ夢が幻となってしまうような一言だったのか。

 

 ヒステリックに、彼女の言葉を否定するように、夢月は叫ぶ。

 

「居るもん!

 私の姉さんは、絶対居るもん!

 私は一人じゃない!

 だって、私たちは二人で一人前なんだもん!

 姉さんが私を嫌ってるなんて嘘!

 姉さんが居ないなんて嘘!」

 

「夢を壊すような奴なんて、この世界に要らない!」

 

「幻を掻き消してしまうような奴なんて、この世界に要らない!」

 

 だから、死んじゃえ!

 

 それ以外のすべてを取り落したように、殺意のみを放つ夢月。

 魔力で出来た無数の弾を気が違えた様に撃ち始めた。

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、応戦し始める。

 

 夢月の標的は、彼女ただ一人。

 騎士は対象と入っていないのか、その弾の弾道から見て、流れ弾しか飛んできてはいない。

 

 だが、流れ弾でも圧倒的な密度を持っている。

 

 騎士は、その弾幕の余りの濃さに装備を整える隙が無く、防戦一方だった。

 

 幸い、元から持っていた聖大樹の盾は、そういった力を弾き返す力を持っている。

 

 故に、防戦ならばさほど苦も無くこなす事は出来る。

 

 だが、彼女も夢月も、空を飛んでいる。

 

 騎士は空を飛べないし、弾幕で魔術触媒も出せない今、有効な攻撃手段を持たない。

 

 彼女らの戦いを、防戦しながら傍観するしか無かった。

 

 元より、どちらに組するべきか、騎士は決断出来てはいなかったのだが。

 

 彼女と夢月の戦いは、一見互角なように見えた。

 

 彼女は膨大な妖力を惜しみなく使い、夢月のように弾幕を張りながら、時折凄まじい太さの妖力による砲撃を放つ。

 

 夢月はこれまでのように、地面の草木が荒野にな理そうな程の密度の弾幕を張っている。

 

 だが、夢月は半ば正気を失っているのか、判断が鈍っている。

 

 故に、戦局としては少しだけ、彼女の方に傾いていた。

 

 彼女もその衣服の端を襤褸にしながら、しかし着実に夢月を追いこんで来る。

 

 やがて、夢月は苦境に追い込まれ、ついに頬に弾が掠る。

 

 血が夢月の頬から一滴、垂れた。

 

 夢月は自らの頬を撫で、血を指に乗せる。

 

「ねえ、姉さん。痛いよ。

 いつになったら来るの?

 いつになったら助けてくれるの?

 もうすぐだよね、もうすぐ来るよね。

 いつものように、私が知らない間に片付けてくれるよね。

 それとも、あいつらの言う通り……」

 

 姉さん、本当はどこにも居ないの?

 

 それは、無意識の呟きだったのだろうか。

 

 夢月は、自らの呟きを耳にして、眼を見開く。

 

 息を呑む。

 

 嘘だ!

 

 あらん限りに夢月は叫び、そして糸が切れたように気を失った。

 

 空から落ち、仰向けに倒れ伏す。

 

 そして、夢月は淡い光に包まれた。

 

 衣服が侍女のような服から少し変わり、赤を基調としたドレスのような衣服へと変わる。

 

 頭のフリルは、赤いリボンへと変わる。

 

 そして、夢月の背中から、純白の翼が生えた。

 

 光が消え、完全に変化が終わると、夢月は目を開く。

 

 そして、周囲を見渡すと、ちょうど彼女が件の魔力砲撃を仕掛けようとしている事に気付く。

 

 それをその翼でもって飛び、躱す。

 

「良く分からないけど、身に覚えが無い戦いをしているという事は、まだ居るのね、夢月。

 よかった……」

 

「良くは無いわよ。

 貴方たち、そういうカラクリだったのね。

 夢月が気絶してラッキーと思ったら、幻月、あなたが出てくるなんて」

 

 騎士にも、少し事情が呑み込めてきた。

 

 どうやら、夢月と幻月の二人は、多重人格かどうか知らないが一つの体を共有しているらしい。

 

 片方が意識を無くせば、もう片方が目を覚ます。

 

 夢月は戦いか何かに破れて意識を失ったと思えば、目覚めれば全てが終わっている。

 

 幻月は目覚めてみれば、謂れのない戦いに身を投じている。

 

 それは、幻月、夢月の二人にとっては、ほぼ唯一と言ってもいい姉妹の存在の確認方法だったのでは無いだろうか。

 

 そう考えてみれば、夢月のあの狼狽えようも納得が行くという物。

 

「で、幽香がいつか殺しに来るのは解ってたけど、そこのあなたは誰?」

 

「こいつはここに迷い込んできたらしいわよ。

 こいつの持ってる樹が欲しいって言ったら、多分樹の力でここに来たからないと帰れないとか言うのよ。

 あんたらをぶちのめすついでに、こいつを帰させてあの樹を頂こうと思ってね」

 

「つまり、交換条件って奴だ。

 人間同士がやる、互いの望みを叶えて終わりって奴?」

 

「そうそう、そういう奴。

 それとも何?

 あなた、こいつに交換条件を吹っ掛ける気?

 それなら、面白そうだからその間攻撃止めてやってもいいけど」

 

「あら、あなたにしては生暖かい言葉ね?」

 

「私、最強ですもの。

 いつにやっても結果が変わらないのなら、いつ仕掛けても変わりませんわ」

 

「ふーん。

 まあ、あなたをここから出す事は出来るけど。

 そうねぇ、私の望み何て、有るとすればただ一つだけよ」

 

 妹と、会ってみたいわ。まあ、無理でしょうけどね。

 

 呟くように言ったその一言には、心の奥底に仕舞っていた願い。

 それと、諦観が込められていた。

 

 諦観。

 

 それは、ロードラン、ドラングレイグ、神、人、そうでないモノ。

 

 その全てを絶望と悲しみに包んだ感情。

 

 だからこそ、騎士は彼女に、彼女らに、その助けになってやりたいと思った。

 

「……どうやら、彼。

 やる気になったみたいよ?」

 

「あら、そう。

 優しいのね、あなた。

 でも無駄よ、無理だもの」

 

「そうね、私が幻月、あなたを倒すまでの短い間に、解決法を出すなんて無理な話よ」

 

「あら?

 そんな事は無いわ。

 だって、あなたは私に負けるんだから。

 時間なんて無限にあるわ、それこそ、この人が死ぬまでね」

 

 捨て台詞を吐き捨て、少女らは戦いを始めた。

 

 騎士は、夢月、幻月を会わせる方法を考える。

 

 いや、ひとつだけ、思い付いてはいる。

 

 だが、それをするには何もかもが足りない。

 

 騎士自身の技術。知識。そして物品。

 

 全てが足りていない。

 

 

 少女らの戦いは激しさを増す。

 

 

 他の方法を模索する。

 だが、何も思いつかない。

 

 何か無いのか。

 

 ようやく、間に合いそうなんだ。

 

 既に全てが終わってしまった、ロードランやドラングレイグとは違って。

 

 悲しみを消し、笑顔を生み出す為に。

 

 そう、かの騎士が焦がれた、あの太陽のように。

 

 自らが身を投じた、あの炎のように。

 

 闇を切り裂き照らす、あの光のように。

 

 

 少女らの戦いは、幽香が押し始めた。

 

 

 騎士は一つ悟った。

 

 これまで無理だと言っていた、方法。

 

 無理というのは、それこそ諦観では無いだろうか?

 

 諦めに身を任せて、上手く行った事など無い。

 

 失敗した時の恐怖も、呑み込んで。

 

 やりたいと思ったのだ、やらねばならない。

 

 

 幻月の負う手傷が増えてきた。

 

 

 だが、現実として、騎士自身にやれる事は少ない。

 

 技術、知識、経験。

 

 それを騎士が持っていないのは、事実だ。

 

 思い出せ。

 

 どうにもならない時、人は、何を持ってそれに臨むのか。

 

 騎士は、諏訪での村人たちを思い出した。

 

 神頼み。

 

 騎士は、これまでは神に頼る事すら、ある種の手段として扱ってきた。

 

 神の御業は旅の助けにこそなるが、救う事は無い。

 

 むしろ、彼ら神も騎士をこのような運命へと誘った一因であるから、嫌っていると言ってもいい。

 

 嫌っていても、コツさえ掴めば使えるというのが、ドラングレイグ、ロードランの奇跡ではあったのだが。

 

 だが、今はそう嫌ってはいない。

 

 モリヤ神。

 

 その存在を知り、少しは神の事も本当に信じてみようと思ったのだ。

 

 

 ついに、弾幕にまともに晒され、幻月が血飛沫を出しながら落ちていく。

 

 

 騎士は幻月に駆け寄り、脈を診る。

 

 止まっている。

 

 彼女の胸から、ソウルが出てくる。

 

 幻の月のデーモンのソウル。夢の月のソウル。

 

 多重人格者は、二つのソウルを出す事は無い。

 

 では、彼女たちは真に"二人で一人前"では無く、"一人で二人前"だったのだろう。

 

 まずは、第一の関門を抜けた。

 

「あら、遅かったわね。

 もう全て、終わってしまったわ」

 

 まだ、終わってはいない。

 

 彼女らのソウルの前に、聖大樹の盾を置く。

 

 そして、騎士は片膝を付き、祈る。

 

 騎士が考えた方法は、特別なソウルを武器等に変える事を元として発想したものだ。

 

 ソウルを憑代に、所縁のある武器を生み出す、秘術。

 

 騎士はそれを扱う者に出会った事が有るだけで、ノウハウなどは持っていない。

 

 だが、そういった事が出来るという事は解る。

 

 では、二つのソウルを別々に、ソウルを憑代にそれぞれの体を構築出来れば。

 

 ただの、思いつきである。

 

 だが、騎士にはこれしか思いつかなかった。

 

 彼女たち二人のソウルが、特別なソウルとして形を残す程強力か。

 

 ただ莫大なソウルを持っているだけの騎士が、成功出来るか。

 

 これでは、賭けとすら言えない。

 

 だからこそ、"神頼み"をするのだ。

 

 ここは夢と幻の世界。

 

 であれば、夢の神ネラの力が、強力に振るえる筈。

 

 その御業ならば、もしかすれば。

 

 その一つの希望を胸に、騎士は祈る。

 

 祈る。

 

 祈る。

 

 ようやく、騎士は神に祈る人間の気持ちを理解した気がした。

 

 力も無い人間が、それでも今ある惨い現実を変えたいと、最後に縋るのが神なのだ。

 

 そのような祈りを受け止める神が、弱いはずも無いのだ。

 

 そして、その祈りも、軽いはずが無いのだ。

 

 モリヤ神も、大変だったのだろう。

 

 改めて、モリヤ神に騎士は敬意を表した。

 

 祈る。

 

 彼女達に、肉親の顔を見せてくれと。

 

 祈る。

 

 彼女達の孤独を、祓ってくれと。

 

 祈る。

 

 彼女たちに、笑顔を与えてくれと!

 

 光。

 

 眩い光。

 

 それが消えた時、二人のソウルと聖大樹の盾は消えていた。

 

 ソウルがあった所には、見上げる程の大木。

 

 そして、その根元に二人の少女が眠っていた。

 

 瓜二つのように、同じ顔。

 

 彼女達は、安らかな夢を見ている様に、指を絡ませ眠っていた。

 

「……凄いわね、あなた。

 本当にやってしまうとは、流石に思ってなかったわ」

 

 己の力では無い。

 神が、彼女らを救った。それだけなのだ。

 

「でも、あなたが居なければそれも無かった。

 ……あなた、面白いわ。

 そんな盾より、もっと。

 もっと、気になってきちゃった」

 

 面白そうなものを見る彼女の背。

 

 そこから、見覚えのある紫と瞳の切れ目が出てくる。

 

 隙間から、紫が這い出てきた。

 

「ちょっと、あなたね、何でただ寝るだけで変な所に行くのよ!?」

 

「あら、あなたの知り合い?」

 

「……ちょっと、誰よあんた。

 ええそうよ、彼は私の協力者よ。

 そういうあんたは何者?」

 

「そうねぇ……私、彼の事が凄い気になっちゃってるの。

 ええ、夜も眠れない位」

 

 そう言いながら、幽香は騎士の腕に指を這わせる。

 

 そこだけ見れば艶めかしい物ではあった。

 だが、彼女の面白そうな玩具を弄る子供のような顔を見れば、どんな意図かは一目瞭然だ。

 

「ちょ、ちょっ……!?

 そ、そんな女なんかどうでもいいわ!

 帰るわよ!」

 

「あら、強引な女ね。

 今日日、そんなんじゃ男も寄らないわ」

 

「大きなお世話よ!」

 

 売り言葉に買い言葉、騎士はその間に挟まれながら、隙間に押し込められた。

 

 紫も後を追い、隙間に入り、役目を終えた隙間は閉じる。

 

 それを見た幽香も、興味を無くしたように立ち去った。

 

 

 

 やがて、二人の姉妹は目を覚ました。

 

 双方共に、互いの顔を見て驚く事は無い。

 

 それぞれが、右手を伸ばし、目の前の同じ顔の頬を触る。

 

「初めまして、会いたかった、私の妹」

 

「初めまして、会いたかった、私の姉」

 

「これからは、二人で二人前」

 

「これからは、一人で一人前」

 

 それは、ある種の儀式のようだった。

 指を絡ませたまま、肩と肩を寄せ合う。

 

「……破られちゃった、契約を」

 

「破られちゃったの?悪魔のくせに」

 

「破られちゃったの、悪魔のくせに。

 それも、一方的に押し付けられたの」

 

「対価の押し売り?

 変な人間も居たものね」

 

「全くね、どうしようもない変人ね。

 私は、何を返せばいいかしら。

 悪魔が契約を破ったままなんて、癪だわ」

 

「そういうものなの?

 私、悪魔じゃないから解らない」

 

 話し続ける彼女らの目の前に、赤い霧が地面より湧き出す。

 

 その霧は人の形を成し、盗賊の皮鎧と短剣を取り出した。

 

 闇霊だ。

 

「とりあえずこの契約は、押し付けられたこの樹とこいつらの始末でいいのかしら?」

 

「いいじゃない、別に。

 人を騙すのも、悪魔なんでしょ?」

 

「それもそうね、それでいっか」

 

 そう言いながら、二人の少女は並んで飛び立った。

 

 二人とも、凄まじい量の弾幕を放つ。

 

 それは、二人で一人分などでは無く。

 

 二人で二人分だった。


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