東方闇魂録   作:メラニズム

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 八雲紫は、ある丘で立ち尽くしていた。

 幻想郷が見渡せる丘。
 藍が、騎士に拠点として提供した場所である。
 そこには、火に巻かれた剣が有った。

 八雲紫は、時を忘れたようにそれを見続けている。
 そして、ふと我に返ったように己の傘に仕込んだ、錆び付いた刃を出して見た。

 やはり、そうだ。

 この地面に薪のように撒かれた骨、刺さっている剣。

 あの荒れ果てた地には、錆び付いて地に転がっていた刃しか残っていなかった。
 だが、こうして篝火のように燃えているのが、この錆び付き果てた刃のあるべきだった姿なのだと確信する。

 藍が言うには、ここを拠点の場所として彼に提供したらしい。

 それでは、彼がこの篝火の主なのだろうか。

 ならば、この錆び付いた刃の主は、彼だという事になる。

 彼は、あの荒れ果てた地に居たのだろうか。

 あの荒れ果てた状態の時でさえ、数千、数万と前の話だというのに?

 有り得ない、と頭が呟き、きっとそうだ、と心は叫ぶ。

 何時ぞやの妄想が、真実味を帯びてきてしまった。

 時代にそぐわない彼の武具と、同じように時代にそぐわない、錆び付き果てた刃。

 これまでは妄想によって繋がれてきたその二つの事柄が、篝火という共通点で結ばれた。

 私には、解らない事ばかりだった。

 妖の癖に人に焦がれてしまう自分の事も、この錆び付いた刃の事も。

 物事の境界すら操れる、能力だとしても異質に過ぎるこの"隙間"を、自分が何故操れるのかも。

 全ての湧き出る疑問は、私は何者なのだと言う問いに集約する。

 その問いの答えはどこを探しても見つからなかったから、諦めて妖らしく衝動の赴くまま幻想郷を創ろうとした。

 彼に抱いた、形容しがたい暖かさと安らぎを、父かもしれないという妄想に詰め込んで。
 そして、その妄想を、心の痛みと共に切り捨てて。
 
 割り切る為の代価を払ったその矢先に、どれだけ切望しても見つからなかった答えが、眼前に有る。

 いざ、問いの答えを知れるとなると、知るのが恐ろしくなる。

 目的……問いの答え……を叶えられなかった旅路とは言え、その果てに今が有るのだから。
 答えを得られなかったからこそ得られた今が、答えを得る事によって変わってしまうかもしれない。

 私は、それが最も怖ろしい。

 私は、こうやって人と妖の共存できる里を作って、その合間に彼や藍をからかって。
 それが変わってしまうかもしれない。

 でも、私はこうして可能性を見つけてしまった以上、無視する事も出来ない。

 彼とは、きっとまた顔を合わせなければならない。
 それも、何度も。

 その時に、私は今までのように平然として居られる自信が無い。

 幽々子との一件ですら、私は感情を抑え込めることが出来なかったのに。

 だからこそ、今、私の抱える問いにけりを付けなければいけない。

 私の問いについての答えを、彼に問う事で。

 私は、藍を呼び出し、彼の居場所を探させる。

 日が高く上っていた。

 真昼間だ。


第十八話

 夜が明け、里の門を通れるようになってから。

 

 騎士は、どこの調査へ向かおうか思案していた。

 

 山か、森か、湖か、あるいは竹林か。

 どれでも良いように思われるが、やはり調査の及び難い所を探索するべきだと騎士は考える。

 

 山は、恐らく強力な妖怪でも居るのだろう。

 馬鹿と火は、では無いが、妖怪と言うのは得てして己を見せつけたがる者。

 であれば、当然ながら強力な妖怪は山に居を構えている。

 そして、それを藍が調査していない筈も無い。

 

 湖は起伏に乏しい地形で、さほど大きくも無い。

 調査に不備が生じるような余地は無いだろう。

 

 であれば、森か竹林か。

 

 森は鬱蒼としていて尚且つ広いが、湖や竹林のように霧が漂っているという訳では無い。

 無論調査するべき場所としては優先順位が高い。

 

 だが、竹林も規模は広く、そして霧が深い。

 

 霧というのは厄介な物だ。

 

 例えば鬱蒼とした森ならば、住居などを立てる為に切り開かねばならない。

 強力な妖怪が住居を立てていないという事は考え辛く、そこを飛べる藍が見逃すはずも無い。

 

 だが、霧というのは上空からの視界も遮る。

 それは住居が有っても視認できないという事であり、調査の必要性は格段に跳ね上がる。

 それが一帯を埋め尽くす程の竹林ならば、尚更だ。

 

 結論としては、最優先で調査をしなければならないのは、竹林だという事になる。

 

 結論を出した騎士は、門を出て、竹林の方へと歩き出した。

 

 すると、妖怪退治屋を一人連れた若者が騎士へと話しかける。

 

「あんた、竹林に行くのかい?」

 

 そうだ、と首を縦に振る騎士。

 若者は大量に竹が入っている竹籠を重たげに背負い直すと、騎士へと言う。

 

「見ない顔だから一応忠告しておくが、あの竹林は気を付けた方が良いぜ。

 どんな風向きだろうと霧が晴れる事は無いし、霧自体が不思議な力を持ってるらしいんだ。

 真っ直ぐ歩いてるはずなのに同じ所に出たりする。

 その上に妖怪が巣食ってるってんだから、どうにも危険なんだよ。

 迷って出れずに死ぬ奴もいるし、少ないが妖怪も居るから、妖怪に喰われる奴もいる」

 

「兎も角行くにしても、竹林の周辺辺りで引き返す事だ。

 少なくとも、そうすれば迷う事は無い。

 妖怪に出くわす事は、ままあるがね」

 

 だから、彼が着いて来てくれるのさ。

 

 若者は妖怪退治屋を首で指し示しながら、里へと入って行った。

 

 竹林は迷う、とは言っていたが、どうにでもなるだろう、と騎士は楽観する。

 

 霧に包まれた土地は、初めてでは無い。

 それに、ただ元の場所に戻ってくるならば、強引ではあるが片端から竹を切り倒して進む事も出来る。

 最悪、出られなければ自刃して戻ればいい。

 その時は里の篝火に出る事になるので、妖怪扱いされる事は必然だろうが。

 

 騎士が歩みを進めると、竹林が見えてきた。

 双眼鏡で眺めた時よりも、霧が深く煙っているように見える。

 

 騎士は、竹林へと足を踏み入れた。

 

 すると、どうした事か、騎士の周りの霧だけが晴れ、先が見える。

 

 まるで方向を指し示すように、騎士の目の前一定の範囲だけが鮮明に見える。

 

 ……何かに、誘われているのだろうか。

 

 騎士は警戒を強め、己のソウルから一本の大剣と、錆び付いた盾を取り出す。

 

 その大剣は、大剣と言うには短く、直剣というには長かった。

 故に、雑種(Bastard)と蔑まれ、いつしかそれが名前となった。

 雑種の剣、バスタードソード。

 それは片手と両手、どちらでも使えるよう作られた"どっちつかず"の剣ではあるが、故に独特の扱いやすさが有る。

 

 盾の名は赤錆の盾といい、フォローザという、ドラングレイグのはるか東に存在した国で生まれた英雄、ヴァンガルの盾である。

 盾には彼の挙げた手柄首の数が傷痕として刻まれている。

 傷だらけで赤錆びてはいるが、今もなお盾としての役割は十二分に果たし得る。

 

 取り出したバスタードソードを背中に背負い、その上に赤錆の盾を背負う。

 

 そして、警戒しながら、霧が晴れていく先を進み始めた。

 

 霧の先を進み続けると、一つ、建物が見えた。

 

 白い壁に瓦の載った外壁。

 その上に見える家は、どこかで見た事のあるような作りだった。

 

 訝しさを抱くほど精巧に作られた家。

 

 もしや。

 

 騎士は警戒も忘れ、その建物の門へと走る。

 門に閂は懸かっていなかったか、押すだけで開く。

 

 門の先に見える風景も、また見た事のある物だ。

 

 騎士は確信を深め、建物の奥先へと入っていく。

 建物の玄関からブーツを脱ぎ、歩みを進める。

 

 騎士の歩みは迷いを知らず、ある場所へと向かう。

 

 その途中。

 

 居間に当たる所の脇を通り抜けようとした時、騎士は声を掛けられた。

 

「そんなに急いで、何処に行くのかしら?」

 

 騎士は、懐かしいその声に振り替える。

 

「久しぶりね。

 今度は、何百年ぶり、と言った所かしら」

 

「見た所、疲れ果ててるようでも無いけれど」

 

「まあ、そこはどうだって良いわね。

 貴方が帰って来たんだもの」

 

「お帰りなさい。

 取り敢えずは、お茶にでもしましょう?」

 

 そこには、見知った顔が有った。

 

 銀に輝く髪を三つ編みにし、相も変わらず妙な赤青の衣服を着た。

 

 八意永琳。

 

 そしてその隣には、沈黙を保ったまま不敵な笑みを浮かべた少女が居る。

 

 蓬莱山輝夜。

 

 懐かしい彼女らは、三人分の茶と茶菓子を用意し、居間の食卓に座っていた。

 

 

「いきなり永琳が、あなたが来たというのだもの。

 寝ていたのに叩き起こされてしまったわ」

 

 そう、輝夜が口を開いた。

 

 しかし、永琳がいつ来訪を知ったのかは知らないが、どれだけ遅く見積もっても家の手前ほどだろう。

 既にその頃には十分日が昇っており、とてもでは無いが眠っているような時間帯では無い。

 

 どうやら、彼女は自由気まま過ぎる程気ままに暮らしているようだ。

 

「っていうか、どうやって霧を抜けて来たの?

 あれ、月からの監視を逃れる為に永琳が作った結界らしいんだけど。

 なんだっけ、確か霧の事をおかしいとは感じても結界だとまで判断できない様に、認識阻害もかかってるんだっけ?」

 

「それと平衡感覚の阻害もあるわよ。

 彼が入って来れたのは、彼だけが入れるような形にしていただけ。

 細工を仕込んだ訳では無いけどね」

 

「結界に細工を仕込まないで、どうやって個人認証したのよ?」

 

 訳が分からないわ、と口を尖らせる輝夜。

 

「まあ、そうね。

 色々と姫には言ってない事もあるし、どうせだから茶飲み話ついでに全部言ってしまいましょうか。

 ただ、長くなるけど」

 

「……まあ、いいか。

 聞かなくても暇な事には変わりないし。

 ただ、聞いてて寝たくなるような話し方にしないでね?」

 

「大丈夫よ、私は子守唄じゃなくて茶飲み話をするつもりなんだから」

 

 そう言うと、永琳は茶を一口飲み、一息ついた。

 これは彼女が話をする前の癖のような物で、同時に話が長くなる事を予兆してもいる。

 輝夜も永琳のこの癖を知っているのか、ため息をついた。

 

「じゃあまず、蓬莱の薬について、どれだけ知っているかしら?」

 

「え?

 何で蓬莱の薬が出てくるの?」

 

「言ったでしょ、長くなるって。

 それに分かり辛くもあると思うから、こうやってあなたが知っている事柄と絡んでいる所から話すのよ。

 ……そうでもしないと、あなた話聞かないもの」

 

「私は興味のある事には全力よ?

 まあいいわ、確か月でタブーとされている穢れを用いた薬で、不老長寿になれる。

 こんなもんでしょ?」

 

「ええ、そうよ。

 あなたが知り得る事柄では、抜けは無いわ。

 私が付け加えるべきなのは、蓬莱の薬は彼から……正確には、彼に着いている呪いから出来た物だって事ね」

 

「あー、成程ね。

 通りで生きてるはずよね、ただの人間が」

 

 そう言いながら、輝夜は騎士を見つめる。

 

「彼の眼を覗いてみなさい、輪とそれを取り巻く火が見えるでしょう?」

 

「え、そんなのあるの?

 ちょっと見せなさい」

 

 そう言うと、彼女は騎士に近寄り、眼を覗き込む。

 

「あ、本当だ。

 面白いわね、これ」

 

「話を続けるわよ。

 彼は、この世界の人間では無いわ」

 

「?

 つまり、所謂浄土とか、地獄とか、そう言った所から来たわけ?」

 

「それらの世界よりも、もっと"遠い"世界だと思うわ。

 何せ、私ですら知らない技術なのだから」

 

「うっそ、珍しい。

 あなたが知らない事もあるのね」

 

「まあ、今では大分解ってきてるけどね。

 永い間時間も有ったし、出来ない方がおかしいわ」

 

 こちらの眼よりも永琳の話に興味の矛先が向いたのか、輝夜は席に戻った。

 そして茶を飲みながら、永琳へ視線を注ぐ。

 

「で、解った事って何?

 まさかここまで言ってお預けなんて事無いわよね?」

 

「全部話すって言ったでしょ?

 まあ、ある程度話す内容は絞るけれどね。

 そうしないときりが無いわ」

 

「解ったわ、それでもいいから話して。

 そんな面白そうな話、一度で聞いてしまっても勿体無いし」

 

「じゃあ、彼の呪いと火について絞るとしましょうか」

 

「え?

 呪いと火は別物なの?

 てっきり火が呪いだと思ってたけど」

 

「ある意味合っているし、間違っているとも言えるわ。

 彼の眼の輪が彼自身を蝕む呪いで、火は呪いと彼両方を蝕んでいるのよ」

 

「面倒くさいわねぇ、噂に聞いていた京の女性関係並みに面倒だわ。

 というか、呪いはまだ解るけど火って何よ?」

 

「呪いについてはある程度解っているけど、火については全然ね。

 敢えて言うならば、太陽のような物かしら。

 その火に当たる者を暖めもすれば、焼き尽くしもする。

 呪いまで焼くなんて物は、規格外過ぎるけれどね」

 

 輝夜が器に盛られていた煎餅を齧りながら質問する。

 

 美味しそうなので食べてみたが、成程中々香ばしい。

 御茶請けにはもってこいの物のようだ。

 

 美味しそうに煎餅を食べる騎士を一瞥しながら、輝夜は言う。

 

「火についてはその程度の認識でいいんでしょ?

 じゃあ、呪いってのは何なのよ。

 蓬莱の薬に関係してるっていうんだから、寿命に関する呪いなんでしょうけど」

 

「まあ、そうね。

 正確にメカニズムを言うならば、魂が覚えているその者の形を再構成する。

 そういう呪いよ。

 ただ、蓬莱の薬とは違って、再構成に不備が有ったようだけど。

 多分、死んで再構成された場合、死体のような半ば腐ったような形になるのでしょうね。

 考える器官も損耗して、最終的には動く屍になるはずよ」

 

「なんで過去形なの?

 それに曖昧な言い方ね。

 もしかして、それが"火が呪いを蝕む"っていうのと関係が有る訳?」

 

「面倒くさがり屋の癖に、頭は回るんだから……。

 そういうのが諦めもつかないから、一番面倒なのよ」

 

「あら、私を育てたのはあなたでしょう?」

 

「私は異世界の知識だけじゃなく、子育ての知識も不完全だったみたいね?

 まあ、あなたの言う通りよ。

 火が、呪いを焼いて蝕んでいるから、そのメカニズムに不備が生じた。

 それも、彼にとって都合の良い形にね。

 私はその都合の良い形をただ写し取って、薬にしただけ」

 

「そして蓬莱の薬が出来た、と。

 ……あれ?

 これだけじゃ、霧の事について何も解ってないじゃない」

 

「霧については、呪いじゃなくて火の方に関係しているのよ。

 彼の意志に関わり無く、彼の中の火は焼き尽くす。

 それが結界であってもね。

 彼は自動の結界破りを持ってるような物なのよ」

 

 そう言うと、永琳は煎餅を齧っていた騎士に向き直る。

 

「だから、気を付けなさい。

 結界というのは、縄張りのような物。

 それを壊すというのは、宣戦布告をしているようなもの。

 あなたの意志に関わり無く、面倒事も起こりかねないのだから」

 

 分かったと、騎士は首を縦に振る。

 

「呪いの事について、まだ話していない事もあるのだけど。

 お昼時にもなったし、来客が来たようだしね」

 

「来客?」

 

「ただの妖怪ですわ、お姫様」

 

 その言葉に、騎士と輝夜は居間の扉の方を見る。

 永琳は平然と茶を飲んでいた。

 

 そこには、紫と藍が居た。

 背後には隙間が見える。

 

「お手柄だ、と誉めてやろうと思ったが……。

 随分親しげだな。

 女を誑かすのは上手いらしい」

 

「藍」

 

「……すいません」

 

 開口一番毒を吐く藍を、紫が窘める。

 

「彼を探しに来てみれば、歓談中のようですわね。

 私たちも混ぜて頂けません?

 "私たち、お互いを知る必要があると思いますの"」

 

「"ええ、そのようね"」

 

 言外に含まれた意味を騎士も輝夜も把握し切れてはいないが、どこまでも面倒な物だという事は解る。

 

「私はお暇させていただきますわ、私調子が優れなくて……」

 

 一瞬の内に猫を被り、逃げ出した輝夜に追従しようと、騎士が音を忍ばせながら腰を上げる。

 

「あら、何処に行きますの?」

「何処に行くのかしら?」

 

 ……すると、紫と永琳の両方に呼び止められる。

 

「私たちを繋ぐのはあなたしか居ませんわ、"相互理解を深める為には、あなたが居なければ"」

 

「ええ、"あなたが居なければ、私たち、お互いを誤解してしまうかもしれないわ"」

 

「……つまり、互いが嘘をつかない様に此処に居ろという事だ。

 お前が持ち込んだ厄介事だ、それぐらいしろ」

 

 後ろ暗い何かを滲ませながら笑顔を浮かべる永琳と紫。

 その言葉の意味を藍が説明してくれたが、結局は針の筵に居る事に変わりは無く。

 

 紫の傍に控える藍に、嘲るような視線を受けながら、胃を痛める騎士だった。

 

 

 それぞれが互いの事を当たり障りの無い範囲で知った後、ひと時の間が有った。

 紫の隣に控えていた藍は、今は昼食の準備をしている為に居ない。

 双方が茶を飲み、喉を潤す。

 

 やっと針の筵から解放された、と忍び足で席を立つ騎士。

 

 今度はそれを止める者は居なかった。

 

 彼が席を立った後、場の空気は一気に収縮し、張り詰める。

 

「それで……貴女方は、ある組織から逃げているそうですが。

 どんな組織なので?」

 

「あら、ただ矢継ぎ早に質問をされても、困るわ。

 そうね、"互いに一つ質問したら、一つ答えなければならない"。

 どうかしら?」

 

「良いですわね、互いに理解も深まりましょう。

 では改めて。

 "貴女方は、何の組織から逃げているので?"」

 

「"月の民……文明の発達した、強大な武力を持つ神話の時代の民族からよ"。

 ではこちらも質問を。

 "その傘、一体何が入っているので?"」

 

「あら、そんな質問でいいのですか?」

 

「いいのよ、そんな質問でね。

 見た所、何か仕込んでいるのでしょう?

 あなたのような大妖が、護身用に仕込むなんて事は有り得ない。

 となれば、何か別の理由で仕込んでいる。

 興味を駆り立てるには、充分よ」

 

 紫は、一瞬の間を置き、傘の柄を引く。

 そこからは、一本の錆び付いた刃が見えた。

 

「……これで、充分ですか?」

 

「ええ、充分よ」

 

 そう言い、永琳は茶を呷る。

 茶碗に隠れてはいるが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「では、私の手番ですわね。

 "あなたは、どういう経緯で彼と関わったのですか?"」

 

「そうね、ある太古に有る都、その近辺で出会ったわ。

 そして彼とは一年ほど共に居たのだけれど、私たちの居た月の民が月に脱出する時に別れてしまった。

 結局、その都は"妖怪に滅ぼされて瓦礫だけになったわ、この家みたいに精巧に作られて、美しかったのだけれどね"」

 

 紫の顔が、強張った。

 それを見た永琳は、口元に笑みを浮かべる。

 

「あら、どうかされました?

 もしかして、お茶が渋かったかしら」

 

「……ええ、少し」

 

 紫は話の主導権を取られた事を感じながら、同時に一つの確信を抱く。

 "彼はあそこにいて、同時にこの女も居たのだ"。

 

 そうなれば、話は少し変わってくる。

 あの篝火について、彼だけでなく、この女も知っているかもしれない。

 言葉を話せない彼よりは、しっかりとした事を訊く事が出来る。

 そうだ、この錆び付いた刃の持ち主は、何も彼とは限らない。

 

 だが、面と向かって聴く訳にもいかない。

 それは、交渉によって勝ち取るべき物だ。

 

 今私は、幻想郷を創ろうとしている妖怪として、この場に居るのだから。

 

「では、私の番ね。

 これは質問というよりは、交渉の域に入るけど。

 "あなたの計画している結界、作るのを早めてくれないかしら?"」

 

「あら、どちらの結界の方ですか?

 幻と実体を操る結界ですか、それとも常識と非常識を操る結界ですか?

 ……どちらにしても、高くつきますけれど?」

 

「じゃあ、幻と実体を操る方でいいわ。

 もう片方は、流石に時期尚早でしょうし。

 それだけでも結界で隔離されるから、月の民に見つかる必要は無くなるのだから。

 ……それで、代償だけれど」

 

「月の侵攻。

 その手助けなんて、どうかしら?」

 

 その永琳の一言に、今度こそ紫は動揺を隠しきれなかった。

 

「……あら、それが対価として、成り立つとでも?

 そもそも、月へ侵攻するなんて私は言っておりませんが」

 

「言わなくても解るわ。

 あなたは月へ侵攻する。

 確実にね」

 

「では、聞かせてくださいますか?

 どういった理屈で、私が月へ侵攻するのか」

 

「まず、彼の引き込んでしまった気性の荒い妖怪の間引き。

 そして、上手く行けば月の技術を手に入れられる。

 後は……」

 

 あなたの出生、解るかもしれないわよ?

 

 ぼそり、と永琳は呟いた。

 紫の顔は強張る事を止め、能面のように無表情になる。

 

「……そこまで解っているのならば、あなたに聞いた方が早そうだけれど」

 

「私が嘘をついていないという確信があるならば、そうした方が早いでしょうね。

 でも、どちらにしてもあなたは月へ向かわなければならない。

 だってそうでしょう?

 あなたの父か、あるいは母が居る可能性が高いのは、月なのだから」

 

「……生きている確証など」

 

「私がここに、こうして生きている。

 それは、確証になるのではなくて?」

 

「私が提供するのは、月の侵攻の補助と、それが終わった後に私からの真実を伝える事。

 その真偽は、あなたに任せるわ。

 けれど、その順番を守らなければ、私は協力しない」

 

 紫の臓腑には、怒りが煮え滾っていた。

 こうまで相手の思う壺にされるのは、彼女にとって屈辱以外の何物でも無い。

 それを引き立てるのが、永琳の提案が最も彼女に得をもたらす事実である。

 

「あなたが裏切らない、保証が無いわ。

 そこはどうするつもりかしら」

 

「あなたのあの式神に、手紙を渡しに行かせて貰うわ。

 私の弟子に、月で防衛軍の総大将をしている子が居るの。

 その子に手紙を渡して、出来レースをさせるって算段よ」

 

「……冷たいのですね、自分の弟子を危険に晒すなんて。

 勢い余って殺してしまうかもしれませんわ?

 生き残ったとしても、責任追及は免れないでしょうに」

 

「あなたの本当の目的は、月を丸々制圧せずとも叶えられる物でしょう?

 その便利な能力が有れば、ね。

 それに、あの子が死んでも、それはあの子の責任よ。

 仮にも防衛軍の総大将なんてしているのだから、ね」

 

「……正直言ってあなたの事はいけ好かないけれど、その交渉、呑みましょう」

 

「ええ、これからよろしく」

 

「………よろしく」

 

 そう言って、両者は手を取り、握手を交わした。

 

 手紙は、内通者たる防衛軍総大将の信用を得る為に、月製の開封順が解る物が使われる事となった。

 その内容は紫たちには知らされず、藍が渡しに行き、その生死で確認が取られる事となった。

 それを呑んだのは、一重に紫が、自身の能力に絶対の信頼を置いているからに他ならない。

 

 かくして、藍は生還し、ここに後に月面戦争と呼ばれる戦いの切っ掛けが生まれた。

 

 騎士は何も与り知らない。


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