東方闇魂録   作:メラニズム

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第二話

 永琳の薬草集めを手伝った騎士は、礼をしたいという永琳の誘いで、彼女の住んでいる町に行く事になった。

 森を抜け、膝当たりまで生える草原から、くるぶし程度の長さしかない不自然なほど平らな平原。

 そしてその先に在った光景は、少なからず騎士を驚かせた。

 

 遠方から見える壁は、煉瓦でない、見慣れない材質の白壁だった。騎士の位置からでは一面でしか見えないが、恐らく町は白壁で覆われているのだろう。

 その壁の上方には鼠返しのような出っ張りのついた屋根があり、その屋根はこれまた見た事の無い歪な四方形の集合体で形作られている。

 町の内部に入るためには、見た所ここからでは一か所だけ見える、頑健そうな大型の門から出入りするように思われた。門の両脇には、見慣れない武装をしている二人の男が立っている。

 

 扉の番をしている二人は、騎士の姿を見た時に一瞬その手に持つクロスボウに似た物を構える。

 それとほぼ同時に永琳に気付くと、クロスボウのような何かを下げて、手をこめかみに当て永琳が声をかけるまでそのまま不動であった。

 あのポーズは礼のようなものなのだろうと騎士は思った。

 

 永琳が門番の二人と話している間、騎士は門番の持つクロスボウのようなものを観察していた。

 それは形状で言えばクロスボウのようであったが、矢をつがえる為の溝も無く、矢を曳く弦も無い。

 大砲のように棒の先端部分に穴が開いてはいるが、果たして小指が入るかどうかという小さい穴しか開いていない。

 警戒した時の構えも含めて考えると、やはり人が持てる大砲のようなものだろうか、と騎士は推測していた。

 もしそうであるならば、この町の技術は物凄い物がある。かつて旺盛を極めたドラングレイグの正規軍が大砲止まりの技術力であった事を考えれば。騎士の背筋に薄ら寒い物が走った。

 

 永琳達の会話も終わり、騎士は露骨に警戒している門番の視線を背に受けながら永琳の後を追った。

 

 外壁と同様、町の内部も騎士にとっては異国情緒漂う、物珍しい文化体系となっていた。

 

 先ほどの門番は防具なども付けており、騎士と比べてもあまり違和感こそなかったが、町の市民が居る町内部ともなると騎士の異様さが目立つ。

 市民であろう人々は男女問わず多種多様な服装をしており、そういう意味では騎士は目立つ存在とは言えない。

 だが、彼らの服装は余りにも精巧過ぎると騎士は感じた。

 彼らの服は全てが精製時の綻び等を持たず、ある程度使い込まれている様子の服すら糸切れが生えている様子は無い。

 

 他にも市街の道は、旅慣れた騎士にとってはやり過ぎとも思えるほど丁寧に施工されていたり、家の壁も大きな岩から彫り抜いたとしか思えない程真平らであった。

 総じて、町の技術が高すぎる。騎士は塵が積もるように重なっていた謎が、目に見えるほど積み重なって来ている事を自覚し始めてきた。

 

 同時に、目の前を先導するこの美しい女性は……先ほどから会う市民全てに羨望と崇拝、あるいは畏怖を持って接せられている、永琳という女性は何者なのか。

 そして、何故彼女が明らかに怪しい己を、無理にでも町に入れたのか。考えれば考えるほど底なし沼に落ちるような感覚を騎士は覚えた。

 

 体調でなく、精神的に意識が落ち込むような疲労感を背負いこみながら、騎士はいつでもこの町から抜け出せるように道を覚える事に気を配る。

 気が漫ろになった騎士に密やかに振り返り、ほくそ笑む様な微笑を浮かべる永琳であったが、それに騎士は気付く事は無かった。

 

 

 

 道を覚える事に集中していた騎士だが、そうしない内に路地裏やいくつもの路地を跨ぎ、土地勘のない騎士にはどう足掻いても入口には辿り着けないような道を行っている事に気付く。

 流石に抗議しようと肩を叩こうとした騎士だったが、その前に永琳は振り返り、目的地に着いたと告げた。

 

 そこはある程度開けた道や住宅の間隔があった町としても広い面積を誇る場所だった。

 

一般人は立ち入れないようにしているのか、体躯の良く跳躍力のある人間が助走をつけてようやく届くか、といった高さの壁で覆われている。

 壁で覆われているにも拘らず広い面積があると分かったのは、一重に見渡しても壁の果てが見えないからであった。

 ここの壁も最初の時と同じく白塗りを施されているが、気のせいか色味が上品なものに感じる。

 ここも見える範囲では一か所だけに門と門番が見えるが、町に入る時と違い門に使われている木材は頑健さでなくその色味や品を重視しているように見える。

 門の前には周囲より大型の家が建っており、その中から門番と同じ格好をした者が交代していた。恐らくは門番達の為の家だろう。

 

 ともすれば逃げられないところに追いやってから殺しにかかる気なのかもしれない。

 不死人になる前まではそうまでする理由など無いと言い切れたが、不死人であるというだけで理由や免罪符になる人や場所など数え出したらきりがない。

 いざとなれば自刃し町から脱出を図る事まで考慮に入れていた騎士は、明らかに要人がいそうな所に連れてこられ、面喰らった。

 永琳はまるで自分の家に入るかのように気楽に門番と接し、少し訝しんだ目で見られたが騎士も中に入ることが出来た。

 

 家の内部は想定していたよりも広く、そして町内部よりも目立つ異国的文化が有った。

 

 池である。

 

 邸宅にまで水を曳き(あるいは水場を掘り当てて)、その上で半ば無駄遣いとも言える池に使用するとは。

 半ばあきれ果てた眼で池を見つめていた騎士に、永琳は察したかのように説明し始めた。

 

「ああ、この池ですか? 私は水際に生える薬草類が育つ程度の物が欲しかっただけなのですが、依頼したところが必要以上に大きく作ってしまいまして」

 

 想定はしていたが、やはりこの家は永琳自身の家なのだと騎士は確信を持った。

 であれば、彼女の目的が己の殺害ではない、という線。

 それがにわかに信憑性を持ち始めたと騎士は安堵の息を漏らす。まさか自宅で殺人などすまい。……必ず、と言い切れないのは、一重に彼女の底知れなさによるものだ。

 

 大き過ぎる池に羞恥心でも感じたのか、説明し終えると永琳はまた特殊な(少なくとも騎士にとっては)建築様式の建物に騎士を招き入れた。

 出入り口は平らに切断された石が埋め込まれており、家の中はそこより一段高く床がある。騎士にとっては何故一段だけ階段を作るのか疑問に感じた。

 奇妙に思いながらも段を上がろうとすると、永琳から制止される。

 

「え、ちょ……ちょっと待ってください、何故具足をつけたまま入ろうとするので?」

 

 どうやら具足を外して入るのがここら一帯のマナーらしい。足の守りはどうするのだろうと考えながら鋼鉄製の具足をソウルに還元する。

 

「……ッ!?」

 

 すると、これまでの柔らかく包み込むような雰囲気が一変し、求道を志す魔術師のようなぎらつく目を覗かせる。

 だがそれも一瞬の事で、また柔らかい雰囲気が彼女を包み込んだ。だが、今のが彼女の地だろう。

 ソウルの収納術自体は魔術に類する物とされているはずだし、不死人と繋げられる事は無い。

 美人だが得体の知れない彼女のヴェールを一枚脱がしたという訳だ。騎士は兜の奥でほくそ笑んだ。

 

 永琳が礼として出した茶と茶菓子は、趣向品をたしなむ余裕が余りなかった騎士にとっては至福の時だった。

 喋る事の出来ない騎士は専ら永琳の会話に耳を傾けていたが、彼女の話す内容は専ら町の素晴らしさを語っていた。それだけなら素直に騎士も聴くことが出来たのだが。

 彼女の眼はおよそ茶会や会話を楽しむ物では無かった。かといって剣呑な雰囲気でも無い。

 まるで双方共に結末が解っている劇の台本でも読んでいるようだ。騎士としても幾つか彼女が提案したい事の見当はついていたが、絞り切れていない以前に喋る事が出来ないので主導権を握れない。

 

「で、ですね……ああ、そういえば。私は家庭教師の真似事もやっているのですが、剣技を鍛えたいと言っているのです」

 

 余りにも急な話題転換。彼女の知っている騎士の能力からしても、これが本題である事は明白であった。

 

「しかし生憎私は剣技が出来ないものでして。誰かいい指南役でも居ればいいんですが……」

 

 今なら衣食住と給金も付いて来るのですが、とわざとらしい様に呟く永琳。その口元は微妙につり上がっている。

 彼女の厭らしい所は、思惑を知られようが知られまいが、最終的には相手が喜んで頷く状況を作り出してくる所なのだろう。

 騎士としても、右も左もわからない地で衣食住と給金が保障され、更に言うならば美味い茶菓子に茶を貰ってもいる。極めつけに言えば美人の誘いだ。

 

 多少怪しい所は有っても、飲まざるを得ない。

 

 騎士からの提案を聞くと、永琳は解っていたと言わんばかりに頷き、笑みをこぼした。

 騎士としては、この笑みは演技で無い、と信じたい気分になる笑みだった。

 

 

 

 彼女に紹介された住居は、彼女の家……すなわち、今時分剣の指南役になると志願し、茶菓子と茶を楽しんだこの邸宅であった。

 何でも部屋は余っているらしく、どこでも自由に使っていい、と騎士は言われた。

 そうは言われても、この即断即決振りを見るに雇い主は明らかに永琳であった。下手な真似は出来ない、と最早薄れて消えかけていた騎士としての誇りが判断を下す。

 どうやら彼女が行く主要施設は一か所に固めてあるらしく、指南役だけでなく護衛の真似事もやろうとしていた騎士には好都合であった。

 

 

 

 夜。割り当てられた部屋には騎士は何も置かず、ある物と言えば備え付けであったベッドと箪笥ぐらいの物だろう。

 そもそもが常時襲撃される危険に置かれていた騎士としては、眠る気になれずにベッドの中に居るのがせいぜいであった。

 

 寝れずにいた騎士は、指に着けている4つの指輪を手慰みに弄る。

 これらの指輪は装飾品では無い。それぞれが魔力か、あるいは神秘的な何かを込められたアクセサリである。

 そのつけられた魔力が相互に干渉しない限界数が4つだった。

 

 戦闘用の指輪を付けたままだった騎士は、慰みついでに別の指輪に付け替える事にした。

 そもそもこの部屋にした意味……永琳の護衛……を考慮した騎士は、ささやきの指輪に付け替える。

 

 ささやきの指輪は、ドラングレイグに訪れていたとされる探索者、ロイの着けていたとされる指輪である。

 一定距離以上に近づいてきた敵対者の心の声が読めるという優れものである。

 敵対者以外にも、知性を持つが言葉が合わない物と会話する事も出来るという、潰しの効く指輪だ。

 

 騎士がささやきの指輪を付けた瞬間、聞きなれない女性の声が二人聞えてきた。

 

(しかし、幾らなんでもこれは……いいのでしょうか?)

 

(いいのよ、私たちはむしろ提案されたのよ? それに、これをやる理由があるのはあなただけよ 付き添いに来てあげたんだから、感謝されてもいいぐらい)

 

(八割方、自分も気になるから見に来ただけでしょう?)

 

 どうやら二人組のようだ。が、少なくとも永琳ではない。そしてささやきの指輪で聞こえるという事は敵対的意識があるという事。

 

 足を潜ませながら、具足を履いて床を傷つける訳にも部屋を傷つける訳にもいかない騎士は、それを達成する為に準備を密かに進めていた。

 

(こうしてもいつまで経っても始まらないわよ、さっさとなさい)

 

(……分かりました)

 

 ちょうど騎士が準備を済ませた時、相手方も突入の意志を固めたらしい。

 スライド式の扉が吹っ飛び、その瞬間騎士はスペルを発動させる。

 

 深い沈黙。

 

 効果は単純明快、己以外の一定範囲内のスペル発動を封じる、闇術の部類に入るスペル。

 闇術は文字通り闇に類するスペルであり、魂を冒涜する悍ましい所業によるスペルである。

 騎士としても好ましい物では無いが、その効果は強力無比。使う必要性があれば躊躇する事は無い。

 

 騎士としては相手が先にスペル妨害の術式を使う事を恐れた、いわば安全策だったのだが、彼女らにとってはそれ以上の意義があったらしい。

 

 突入しようとしていた女性の内の傍らが、一瞬躊躇ってから部屋の中心へと一足で入る。

 ちょうど蹴り破られた側の、侵入する彼女らの側からは見えないところに居た騎士は、更にもう一手打つ為の時間を稼ぐことに成功する。

 

 緩やかな平和の歩み。

 

 これは奇跡であり、効果は自分以外の周囲の生物、全ての動きを遅くするという物。

 

 緩やかな平和の歩みの発動により騎士の居場所に気付いた女性……否、少女は、その両手で持った刀で騎士に切りかかる。

 しかし騎士は避けようとせず、更に片手の掌に現した火を己の胸に叩きつける。

 

 鉄の体。

 

 これは呪術と呼ばれる部類のスペルである。効果は文字通り肉体を鉄に変える物。

 呪術は騎士が薪となった、あの始まりの火を再現する事をきっかけに出来た魔法体系であり、火に関わるスペルが多い。

 

 鉄の体によって刀は弾かれる。更に騎士は片手に持っていた黒色の枝を仕舞い、蜘蛛の牙……糸鋸の様な形状をした曲剣である……を取り出す。

 そして幾度と振り下ろされる刀を無視し、蜘蛛の牙を振った。すると、その刃から粘ついた糸が飛んでいき、少女の体に粘着する。

 

 蜘蛛の牙は、強大なソウルから作り出された武装の一つである。

 公のフレイディアという、超大型の蜘蛛のソウルから作り出されたそれは、蜘蛛の力を秘めている。

 

 約束された平和の歩みに加え、蜘蛛の糸をつけられた少女は、最早碌な抵抗も出来ずに騎士の持っていた鞭で手足を縛られた。

 どうやら後衛だったのだろう、もう一人いた女性……彼女もまた少女だった……は、数瞬で敗北した片割れを見捨てて逃げようとしたところをこれまた蜘蛛の牙の糸でもって拘束された。

 

 

 

 

 月も日光に隠れる頃、全て最初から知っていたと言わんばかりの態度で出てきた永琳を怒る気にもなれず、第一印象最悪となった糸まみれの教え子からの刺々しい視線を甘んじて受け入れるしかない騎士であった。


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