東方闇魂録   作:メラニズム

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暗い、暗い、部屋の中。
だけれど、私はそこが一番落ち着く。

何の命も無い、この部屋が。

傍らには本の山。
図書館から持って来て貰ったこの本の、ただ文字だけをずっと読む。

そうしていなければ、この深い闇の向こうに命が見えてしまいそうで。

文字の中には山が有る。
海が有る。
川が有る。
空が有る。
太陽が有る、月が有る。

でも、私はそれを見たくない。
見たいけれど、見たくない。
その全てを壊してしまうかもしれないと思うと、とても見る気にはなれない。

闇の無音の中に、唐突にノックの音が響く。

「……起きているか?」

それは、お父様の声。

「……うん」

返事しない事も考えた。
けれど、それはお父様に悪い気がして、私は聞こえるかも解らない微かな声で答える。

「……その、なんだ」

元より、お父様は口下手なほうだと思うけれど。
その時ばかりは、そればかりでないように感じた。

「……どうしたの?」

「……調子はどうだ」

「……いつも通りだよ」

「……レミリアとはどうだ」

「……お姉様は、何時も良くしてくれてる。
お姉様だけじゃない、パチュリ―も、美鈴も、咲夜も。
皆、良くしてくれてる」

「……そうか」

そして、お父様の声が止んだ。
その沈黙が、部屋の闇に染み渡るだけの、少しの時間が経った後。

「……これから先、色々な事が有るだろう。
だが、生きていさえすれば、なんとでもなる。
良くも悪くも、な。
だから、失敗を恐れるな。
やろうがやるまいが、どうせ後悔は付き纏う物なのだから」

それが、まるで。
まるで、遺言か何かみたいで。

お父様の立ち去る足音を止めようと、扉まで駆け寄って。

……そして、壊してしまうかもと思ってしまって。
結局、扉を開ける事は無かった。

そして、夜が来た。





第三十一話

その夜その時分、世界の音は寂しい物だった。

 

鎧が細かく音を立て、草木を掻き分ける音が響き、肉が裂かれる鈍い音が時折闇夜に木霊する。

 

草木に点る夜露が、紅を映しながら落ちていく。

それは紅い月の反射か、あるいは血それ自体の色か。

それを気にする者は居ない。

 

既に十は超えた、と騎士は切り捨てた妖怪達の事を思う。

 

紅い霧に包まれた世界。

 

その中で酔ったように暴走する妖精達の姿は、赤い霧と相まって世界の変調を知らせる。

だからこそ、これまで切り捨てて来た妖怪達の事が、騎士は気にかかった。

 

どの妖怪も、霧に酔った様子は無かった。

ただ己の意志でこちらに襲い掛かって来ていた。

 

騎士は、草に付き露と化した水滴を蹴散らし、月が二つに見える場所に着く。

 

霧の湖。

その名に反してその全ての霧をばら撒き切ったように視界が晴れ、湖面が鏡のように赤い月を映す。

 

その晴れた視界の果て。

そこには、騎士が何時ぞや見た、紅い屋敷が建っていた。

 

騎士は走るのを止め、一歩一歩、屋敷へと歩いていく。

 

夜露が震え落ちる。

 

草が跳ねる。

 

少しずつ、少しずつ。

 

屋敷が近くなっていく。

 

月に浮かんだ地を這う竜を、騎士は見た事が有った。

 

それは、有る屋敷で見た物だ。

それは、有る吸血鬼のかつての生の残滓だ。

 

ドラキュラ公。

 

ヴラド・ツェペリシュの家紋だ。

 

屋敷の門前。

そこには、見知った男が立っていた。

 

「……どうやら、一人で来たようだな。

奴は無駄骨か。

……さて、間に合うかな、奴は」

 

アルカード。

 

紅い館の主が、そこに居た。

 

「……疑問も、ある事だろう。

だが、生憎とどれだけ時間が有るか分かった物では無いのでな。

種明かしは、レミリアに聞いてくれ」

 

そこまで言うと、ふう、と息を吐き、そして吸う。

 

「では、始めよう」

 

アルカードの一言と同時に、紅魔館が落とす影から無数の影が生じる。

 

否、忍んでいたのだ。

 

その姿は、どれも見た事が有る。

 

アルカードの部下達だ。

 

その後ろ……紅魔館の屋上には、人影が二つ。

小さな影と、大きな影。

 

騎士は兜を取り出した。

 

やはり、あの空に浮かぶ竜は己を呼ぶ物だったらしい。

 

普通に呼ぶためならば、このような形で呼ぶ必要は無い。

霧を撒く必要も、こうして彼らが出てくる必要も無い。

 

であれば、何の為に彼らはこうしているのか。

 

騎士は理解する。

 

最も使い慣れた形見の騎士の兜はここにはなく、仕方なく最もそれに似ているが為に使い易い上級騎士の兜を被る。

そして片手で持っていたロングソードを構え直し、両手で握り締める。

 

ああ、そうだ。

 

ただ死なないだけでは生きているという事にならないのは、己が一番よく知っているのだ。

 

死に直す為に。

 

今度こそ灰になり、墓の下で眠る為に。

 

それは、"不死"の願いでもあるのだから。

 

 

 

空を飛ぶ。

空を飛ぶ。

視界が赤い。

ぼやけている。

 

「……あなたが、博霊の巫女?」

 

羽の生えた少女が飛んでる。

 

邪魔だ。

 

「私は、レミリア・スカーレット。

本来なら、お父様の……いや、私の屋敷でお出迎えさせてもらうつもりだったのだけれど。

お生憎様、幻想郷の賢者様と交わした八百長は反古。

あなたにはここで私と付き合って貰うわ」

 

「……あなたが首謀者?」

 

「いいえ、違うわ?

私は実の妹を実の父に人質に取られ、あなたを殺せと言われた哀れな吸血鬼。

……まあそう言う筋書きなのよ、突っ込んじゃ駄目よ?

劇壇に上がってから言う事では無いけれど、あなたこれぐらい言わないと洗いざらいあの賢者に喋ってしまいそうだし」

 

「つまり、邪魔者ね」

 

私は殴り掛かる。

 

だけど躱された。

 

「あら、凄い霊力。

……それで、あなたは話してくれないの?

私は名乗りもしたし、理由も喋ったというのに。

……どういう教育を受けているのかしら?」

 

フン、とあいつが笑う。

 

「博麗霊夢。

巫女として在る事を望まれている。

だから望まれるままにあるだけ。

……じゃあ死ね」

 

「こんなにも月が紅いから……。

永い夜に、なると良いのだけれど」

 

殴ろうとして、その呟きが耳に入った。

 

 

 

紅い月の下。

美鈴に無理矢理連れられて見た月光の下。

その景色はあまりにも酷い。

 

悪い悪夢だと思った。

美鈴に縋り付く。

 

「ねえ、美鈴。

私、夢でも見ているのかしら。

おじ様が生きていて、皆と殺し合ってるなんて」

 

「……妹様。

これは、夢では有りませんよ。

眼を背けてはいけません」

 

「嫌!

だって、皆見えないんだもの、掴めないんだもの。

なんで皆地に伏せているの?

なんで伏せた皆は見えないの、掴めないの?

だって、掴めないなら皆死んでるって事じゃないの!?

こんなのが夢じゃなきゃ、一体何だって言うのよ!?」

 

「おかしいわ、こんなのおかしいわ。

だって、皆がおじ様を殺す理由なんてないんだもの。

おじ様が、皆を殺す理由なんてないんだもの」

 

「あるとすれば、おじ様が私を殺す理由くらいだわ。

……ねぇ、私がおじ様の前に行けばいいんじゃないかしら、それなら皆死なないわ。

ねぇ連れてってよ美鈴。

美鈴!」

 

美鈴に縋る。

そして服に顔を埋める。

 

もう皆のなれの果てを見たくなかった。

そして、丁度良いとも思った。

 

ここで死んでしまえば、自分の力に思い煩う事も無いのだ。

後ろめたくない理由で終らせられることが出来る。

 

「駄目ですよ、妹様。

そんなのは、誰も望んで居ません。

それ以前に……あの人は、別にあなたを殺しに来たって訳じゃないと思いますよ」

 

「あの人、さっき私達の事を見てました。

殺すなら、見つけた瞬間射かけるか切り掛かるために走り出したりでもしてますよ。

皆と争ってからじゃ、逃げられてしまう、って考えますよ、普通は。

殺す気なら、ね。

……あの人は、アルカード様の頼みを、聞いてくれただけですよ」

 

「……じゃあ、なんでこうなってるの?

美鈴、教えてよ。

私、さっぱり解らないよ。

何をすれば良かったの?

何をすればいいの?

何でこうなってるの?」

 

私が、あの時お父様を呼び止めなかったから?

 

「……妹様。

吸血鬼の別名は知っていますか?」

 

私を優しく抱きしめて、頭を撫でながら美鈴が呟く。

 

「ノーライフキング。

不死の王」

 

「そうですね。

……妹様。

アルカード様は、レミリア様や妹様と同じ吸血鬼ですが。

でも、出自は違うんですよ」

 

「アルカード様は、とある国の王様でした。

その国は小さくて、大きな二つの国に挟まれていました」

 

「王様は頑張って国を守りました。

国を守る為に、色々と酷い事をしました。

いっぱい、いっぱい、血を流し、流させました。

そして、その血の為か、あるいは悪名の為か、王様は死んだ後に吸血鬼として復活してしまいました」

 

私は知らなかった。

お父様は、私と同じように吸血鬼として生まれた物だと思っていた。

 

でも、それって、まるで。

 

物語にもある様な、吸血鬼ドラキュラ。

そのモデルになった……。

 

その時になって、私はお父様の名前の、アルカードの意味に気付いた。

 

美鈴は私の頭から手を離した。

 

「これは、アルカード様のお葬式のような物です。

あの人が、自分で決めた事です。

今、この時、この場で死ぬと、死に直すと」

 

「……なので、妹様が何をしたから、しなかったからでは無いんです。

仮に妹様が居なくても、似たような時に、似たような事をしたでしょうから。

だから、妹様が気に病む必要は無いんです」

 

「……じゃあ、なんで皆は死んでいるの?

お父様が死ぬ気なだけなら、皆も死ぬ事は無いじゃない……」

 

解らない事が多すぎて。

だからこそ疑問は思考から溢れて、その上澄みが口からこぼれる。

 

私の呟きに、淡い笑みを浮かべて美鈴は応えてくれた。

 

「やっぱり、親子ですね。

アルカード様自身も妹様と同じような事を言ってましたよ。

馬鹿げてる、って。

けれど、皆こう言ってました」

 

「いくら化け物でも、"頭"を挿げ替えては生きていられないのだ、って」

 

疑問が疑問を呼ぶ。

 

疑問は溢れて、だけど言葉に出来なくて。

疑問で胸が溢れて、軋んで。

 

その苦しみに思わずため息を付いたけれど、ため息が吐き出したのは胸を軋ませる疑問じゃなくて、気力を吐き出してしまって。

 

私は、疲れてしまった。

体が重く感じる。

 

何もかもが、解らなかった。

おかしい事ばっかりだ。

 

「……妹様。

辛いかもしれませんが、どうか見ていて下さい。

思う事は、いっぱいあるかもしれませんが。

見る事だけは、今しか出来ません」

 

私は前を向いた。

皆の姿が見える。

その皆の姿が、すぐにぼやける。

 

「……どうぞ、ハンカチです。

泣くな、とは言いませんよ」

 

 

 

霊夢の正体は知っていた。

……というか、多分そうだろうとは思っていた。

 

だけれど、空を飛ぶその姿は、思っていたよりも遠い。

 

私は帽子を被って、杖とスクロールを抱えて走り出す。

 

霊夢は家々も、外壁も、何もかも無視して飛んで行く。

 

私は必死で追いかけるけど、でもどんどんと離されていく。

 

最終的に私は霊夢の姿を見失ってしまったけれど、その飛んで行く方向は解った。

 

霧の湖。

 

だから私はその方角に行こうとして、後ろから声を掛けられる。

 

「……おや、あなたは……確か、霧雨の御嬢さん、でしたな?」

 

その姿に、見覚えが有る様な気がした。

 

その羽織るコートは、確か最近湖の方に来た妖怪の人だとか。

妖怪だからって事で皆おどおどとしていたけれど、物腰が柔らかくて好感を持たれていたはず。

 

けれど、その人はもう人じゃなかった。

 

コートの中には獣毛が見えて、被る鍔広帽子の下には狼の顔が見える。

 

その顔に怯えていると、その人は……狼男はそれに気づいたようだった。

 

「おや、すいませんな。

生憎とこの外見はどうしようもありませんので。

否、今はある程度どうにかなりはしますが……申し訳ありませんが、ここで使いたくはありません。

それで……あなたはどうして、このような紅い夜に、外に出歩こうとしているのですかな?

このような夜は、それこそ私のような者に出会ってしまうやもしれませんぞ?」

 

脅すような物言いは、だけれど柔らかい。

その物言いに、私は覚えが有った。

 

今よりも小さい頃、慧音先生が読み聞かせていた赤頭巾。

それに出ていた狼が、こんな風に優しい声色だったっけ。

 

「霊夢が……巫女で。

空を飛んで行っちゃって。

霊夢のお父様も居なかったし、慧音先生も眠ってたし」

 

「そうですか、そうですか。

彼は既に赴いていましたか。

ありがとうございます、私も乗り遅れないで済みそうだ。

……ですが、友達とその父が妖怪退治に行く。

それはあなたが、非力なただの人間であるあなたが、その後を追う理由になるのですかな?

今ですら瞬きすれば私に食べられてしまうやもしれない、そんな状況だというのに」

 

「……霊夢は、眩しいから。

遠いから。

でも、だけど。

届かないかもしれないけど」

 

一言、一言。

絡まった毛糸のようにぐちゃぐちゃの心の内を、吐露していく。

 

それは、未だにぐちゃぐちゃだけれど、並べ立てた言葉が、何とかそれがどんな物かを現そうとしている。

 

言葉にしたら脆くなってしまいそうな、そんな不確かだけど大切な何かが、形になりそうなのを私は感じていた。

 

「見上げるだけじゃ、嫌なの。

私は、霊夢の友達だから。

……同じ物を、見て。

同じ物を感じたいの!」

 

「……そうですか。

私は、もう行きます。

……一緒に行きますか?

この先では、あなたには似つかわしくないような血生臭い行為が行われています。

……引き返すのは今ですよ」

 

その言葉に、怯まずにはいられない。

けれど、杖をぎゅっと持つ。

そして、スクロールを握り締めた。

 

そしたら、急にすごく疲れる感じがした。

何故か、頭上が明るい。

頭の上を見てみたら、そこにはとても明るい光球が有った。

 

それは、まるで星みたいだった。

 

「……なるほど。

これは、彼に送られた物ですか。

……眩しいですな。

まるで、星のようだ」

 

この光も、あなたも。

 

その呟きは、魔理沙には届かずに狼男の口の中で消えた。

 

「……さて、もう一度聞きましょう。

行きますか?

行きませんか?」

 

「……私、行く、行きます!」

 

「そうですか。

……良い子ですね、君は。

君みたいな子に教えることが出来る慧音先生が、羨ましい。

……本当に、羨ましいですね。

……では、行きましょうか」

 

 

 

歩いている内に、頭上の光は……星は消えた。

曰く、あれは魔術か何かだったのだろう、その巻物はスクロール、魔法の書物なのだ、と教えてくれた。

 

道中には、何体も妖怪の死体が有った。

 

凄く怖かったけれど、何体も見る内にその死体が一撃で倒されている事に気付く。

だって、どの死体も傷跡一つしか無いんだもの。

怖ろしさを超えてなお興味が鎌首を上げるくらいには、それは綺麗な物だった。

 

そして、辿り着いた。

そこには一人の騎士と、幾多もの化け物の死体、そして紅い館の前に立つ一人の男が居た。

 

「ギリギリ、間に合いましたか。

……では、ここに居て下さい。

くれぐれも、声を出さないように。

知れたらあなたが危険やもしれませんし……」

 

「それに、劇中は観客は声を上げない物です」

 

パッチリと、ウインクを付け加えたそれは、ちょっとばかりの茶目っ気なんだろう。

 

ポンポン、と軽く二度私の頭を撫でてから。

 

「ああ、そうだ。

最後に一つだけ。

……魔術と言う物は、簡単に扱える物では有りません。

もしかすれば、あなたは光についての魔術に、適正があるのやもしれませんね」

 

「……さあ、もう少し離れていなさい。

……それでは、さようなら」

 

口調こそ違う物の、説く様な物言いは、どこか慧音先生のようで。

 

狼男はコートの中から掌に収まるような鉄の筒を……銃を出した。

 

それは良く聞く銃の形にしては、筒の部分が広くて、引き金らしき所も狼男の指ですら通るほどに太い。

自分用に仕立てたのかな、と魔理沙は思いながら、狼男から離れる。

 

狼男に背を向けて草木の中に紛れる魔理沙。

少ししてから、魔理沙は銃声が鳴るのを聞いた。

 

 

 

全て、切り伏せた。

もう、誰も生きてはいない。

 

騎士はロングソードに付いた血糊を払う事もせず、アルカードを見つめる。

そして歩き出そうとし。

アルカードの呟きを聞いた。

 

「……良く間に合ったな、狼男」

 

爆音と同時、腕に……否、剣から強い衝撃が走った。

ロングソードが弾き飛ばされる。

 

「……ワルサー・カンプフピストーレ。

26.6mm口径の榴弾だというのに折れないとは……何ともはや。

……アルカード様、申し訳ありません。

少々遅れてしまいました」

 

背後から聞こえた声に反応し、振り返る。

そこには、何時か見たコートの男が居た。

狼男が居た。

 

狼男は騎士と目が合うとにやり、と笑い、懐から取り出した丸薬を口に咥え、噛み砕く。

 

すると、肉が軋み、血が噴き出る音と共に毛が引き、肉が引き、人の姿へと戻った。

筋骨隆々の狼男の肉体を無理矢理小さく纏め込むように、体躯が小さくなっていく。

 

そこには、かつて見知った好青年が、年月を経た姿が有った。

 

……人に戻る丸薬、とでも言った所だろうか。

 

だが、それはどうも負担が大きいらしい。

血は少量ではあるが全身から未だ流れ続いており、狼男の息は荒い。

 

水気を帯びた咳を一、二回ほどした後、狼男は肩を竦める。

 

「……やれやれ、パチュリ―様は老体への思いやりを知らないらしいですな。

まあ、作ってくれただけ有り難い。

……さて、危うく乗り遅れかけましたが。

手合せ願いましょう」

 

同時に狼男が半瞬でコートの中に手を差し入れ、更に半瞬でリボルバー……パイソンという名前なのだとかつて彼から聞いた……を構える。

総じて一瞬の発砲。

 

速い。

 

盾を出すには間に合わず、銃口の向きを見て半歩踏み出す。

 

狼男が放った弾丸は"一発が"騎士の足元に着弾し、"もう一発"が太腿を貫き通す。

 

血が噴き出すと同時に、騎士は何故と疑問を抱く。

 

発砲音は一度、だと言うのに二発が撃たれた。

……否、一発の発砲音に聞えるほどの連射か。

 

確かダブルタップ、とかいう技術だったか、とかつて狼男から聞いた技術の事を思い出す。

 

騎士は出血も顧みず全身に力を入れる。

 

銃口を見つめ、小さく俊敏に動き続け、照準から身を躱す。

 

されども、それで稼げる時間は数瞬のみ。

その数瞬で以て、騎士は先ほど弾かれたロングソードを探す。

 

ロングソードは、騎士から十歩分右側に落ちていた。

ロングソードの位置を確認し、狼男を見る。

 

そして、眼が合った。

 

一歩、踏み出し始める。

二歩、発砲音が聞こえる。

三歩、脛に痛み。

四歩、頭から飛び込む。

五歩、着地と同時に手で土を掻き出し、投げつける。

六歩、発砲音を尻目に空いた片手で地面を殴りつけ、強引に立ち上がる。

七歩、弾が肩を掠り、鎧の肩に衝撃が走るが痛みは無い。

八歩、ロングソードに飛び込む。

九歩、発砲音が聞こえ、ロングソードを握る。

十歩、地面を殴った手で二発銃弾を受ける。

 

半ば息を止める様に止まって感じた時間が、六発の薬莢が地面に落ちる音と地面を蹴る音によって引き裂かれる。

 

六発が薬室に放り込まれ、銃を構える音と共に、騎士が投擲したロングソードが狼男のリボルバーを持たない腕を貫く。

 

痛みで固まった狼男の眼には、既に新しい剣を……銀騎士の剣を片手で振り被る騎士が映る。

 

狼男が雄叫びを上げ、騎士に体当たりする。

それによって太刀筋が乱れ、力の乗り切らない剣の根元の部分が狼男の肩を抉る。

 

騎士が血みどろの空いた片手で狼男の手に刺さったロングソードを抜く。

狼男はロングソードを抜かれた手をコートに入れ、もう一丁のパイソンを引き抜く。

 

痛みなど、どちらも感じてはいなかった。

 

狼男が発砲する。

 

騎士が避け、ロングソードで突く。

 

狼男がパイソンで受け流し、発砲する。

 

騎士の手甲に掠り、騎士は銀騎士の剣で腹を薙ぐ。

咄嗟に交わした狼男の腹には薄く一文字の傷が付き、両手のパイソンを同時に撃つ。

 

騎士は、一発をロングソードの腹で受けてロングソードに罅が入り、もう一発が兜のこめかみを強かに打ち付ける。

 

狼男は、パイソンの一撃によりふら付きながらも、返す刃で振るわれた騎士のロングソードをパイソンで受け止める。

それと同時に、もう一つのパイソンでロングソードの罅割れた部分を撃つ。

 

騎士はロングソードを受け止めたパイソンのフレームに罅が入ったのを見、ロングソードの柄でそのパイソンに殴りつける。

 

直後、爆音。

 

ロングソードの柄の一撃によって装填された弾丸が全て暴発し、四方八方に飛び散った弾丸が騎士と狼男の体を貫通する。

それと同時にばら撒かれた爆炎じみた硝煙に紛れ、両者共に後ろに飛び退く。

 

紅い月光と霧で暗い中ばら撒かれた硝煙は、視界を完全に遮る。

 

暫く煙が漂い、晴れた後。

騎士も、狼男も、血と弾痕に塗れていた。

言葉は無い。

ただ狼男は残った一丁のパイソンを投げ捨て、ゆっくりと懐からもう一丁パイソンを取り出す。

騎士は銀騎士の剣を両手で構える。

 

「……"拳銃"は、これでカンバンです。

最後の一勝負と行きましょう」

 

狼男は片手でパイソンを構える。

 

そして、騎士が走り始めた。

 

狼男が発砲する。

騎士はそれを銀騎士の剣で受け流し、弾く。

 

さっきと違い、距離があるのだ。

眼も慣れた。

これぐらいは出来る。

 

二歩、三歩。

大地を蹴りつけ、走る。

 

そして、また狼男が撃った。

また一発を弾き、そしてまた一発が騎士の二の腕を貫通する。

 

まだ、まだ耐えられる。

ただ、急所を狙う弾だけを弾けばいい。

 

残り三発。

 

一発と二発、撃たれるとしても防ぎ切れる。

 

そして弾丸が放たれた。

同時に騎士は息を吸い、集中する。

全ての動きが遅く見える。

 

一発目、足狙い。

これは骨や血管には当たらない、なので無視してよい。

 

二発目、腹狙い。

臓器に重なる位置だ、これは弾くべきだ。

 

三発目、心臓狙い。

 

三発目?

 

言わばトリプルタップ。

 

予想外のその三つ目の弾丸によって、一瞬の迷いが生じ。

三つの弾丸が体を抜ける感覚と共に、指に着けていた尊い犠牲の指輪が壊れる。

 

尊い犠牲の指輪は、赤紫の色味を帯びた、罪の神ベルカの指輪である。

装備者の死の代わりに自壊し、その命を守る。

それは例え神代の剣神の一閃だろうと、取るに足らぬ亡者の殴打だろうと、はたまた超速の鉛の一撃だとしても変わりはない。

 

弾丸が当たったと同時に全ての傷が癒えた騎士に、しかし狼男は驚かない。

 

至近距離となり銀騎士の剣を騎士が突きの姿勢で構え。

 

そして、狼男が最初に放った拳銃……ワルサーカンプピストーレを懐から抜く。

 

一瞬の間。

 

爆炎。

 

先ほどの物とは比べ物にならない爆風が辺りを包み。

 

爆風が消えた後には、銀騎士の剣を胸から生やし、爆風に全身を焦がした狼男と。

 

銀騎士の剣を離し、片手から闇色の丸い壁を生じさせた、騎士が居た。

 

ダークハンド。

人の道を外れた、ダークレイス達の業。

闇のソウルにより人間性を奪うそれは、同時に特殊な盾となる。

 

「ま……全……く。

最後の最後で、体にガタがくるとは。

……いや、それでも不意打ちは不意打ち。

これでは、負けを、認める他、ありません、ね」

 

良く言う。

その銃については、妙に熱を込めて教えてくれていただろうに。

 

対戦車榴弾、地上の覇者を仕留める為のその弾は、まともに撃とうとした所で蜂の巣にされて終わるだけ。

これは"不意打ちで"使う物なのだ、と。

 

……否。

負けたかった、のだろうか。

 

「……私は……強かった、です、か?」

 

息も絶え絶えに狼男が言い、騎士はそれに肯定で返す。

 

彼が狼男であれば……獣人として戦っていれば訳は無かった。

ただ速いだけの獣など慣れている。

 

己が苦戦したのは、一重にその技術と……執念故だ。

 

狼男としての彼では無く、彼自身が強かった。

不利な近接戦に対応するだけの技術と、それに執念が伴った為だ。

 

尊い犠牲の指輪は砕かれた。

 

事実、尋常な勝負ならば、殺し合いならば、その時点で敗北していた。

そう、もしも、己が尊い犠牲の指輪を所持できない常人であったならば。

彼が薬を使わなくても良い常人であったならば。

 

だが、その仮定は意味を成さない。

己も、彼も、常人では無い。

 

常人では無いからこそ、この場に居る。

"この紅い霧の中、化け物の闊歩する最中を潜り抜け、常人で居ながらこの場に居るのであれば、最早その時点で常人では無い"。

 

それが偶然だろうと、何だろうと。

 

「そう、です、か……」

 

そして、狼男はゆっくりと後ろに倒れ込んだ。

 

フフ、ハハハ。

 

狼男の笑い声は、水気が混じり、その生の灯を現すように小さい。

だが、虫の音すらも無い無音の夜に木霊するには十分だった。

 

「神よ。

何故、こんな獣の姿を与え賜うた。

友も、故郷も、教師の夢も捨て。

全て捨てさせ、与え賜うた力が、こんな醜い獣の姿か」

 

狼男から、僅かにソウルが漏れ出る。

それは彼の死が、既に避けられない物である事の証左だ。

 

騎士に吸収されたソウルは、騎士の脳裏にある一つの光景を映し出す。

 

それは、稀にある事だった。

魂と共に記憶が零れ落ちる。

 

恐怖におののく人々。

その眼は血走り、投げられた石には殺意が込められている。

一度投げられれば、後は雨霰のように石が飛ぶ。

ふと移した視線の先には、子供が投げる姿も有った。

 

視線の主はそれに驚き悲しみながらも逃げる。

走って走って、ふと手元を見れば、その手は獣じみている。

およそ、人の手では無かった。

 

「私と彼ら、何が違ったというのです。

それとも、彼らも私も何も違わなかったとでもいうのですか。

人は皆、獣だとでもいうのですか」

 

どんどんと眼が濁って行き、呂律も回らなくなっていく。

 

「……ああ、ですが。

皆に出会えたのだ。

私は幸せでしたよ、アルカード様」

 

最早、息は無い。

 

狼男の、焦点の合わない眼を閉じ、竜の聖鈴を取り出し、鳴らす。

かつて銃を学んだ、己の教師への手向けとして。

 

騎士は振り返る。

紅魔館の前には、変わらずアルカードが居る。

 

そこで、騎士は足元に違和感を覚えた。

足元には狼男の血が広がっている。

 

"何故か、紅魔館の方に向かって"。

 

紅魔館の立地、霧の湖周辺は平らな土地だ。

少なくとも、紅魔館の方に傾いている訳では無い。

血が紅魔館の方へ流れる道理は無い。

 

だと言うのに、何故。

 

騎士は周囲を見渡す。

 

否、狼男の血だけでは無い。

他の、切り伏せた者全ての血が、紅魔館に向けて。

 

否、アルカードに向けて集まっている。

 

「所詮、私は血吸いの鬼。

だが、人の身で幾多もの血を流させて、それと成り果てた私は、その中でも一等賤しい物だろう」

 

集まった血はアルカードの手に集う。

その血は、騎士が倒した"彼ら"のソウルの燐光に包まれている。

 

「だが、卑しきこの身なれども、慕う者はいたらしい」

 

そして、血は剣の形を模り始める。

 

「しかし、それに報いる事はついぞ出来なかった。

この館などという場所を作ってやるのが関の山だった。

だが、彼らは私の手足であると言った」

 

血は集まるにつれて、鮮血から黒澄んでいき。

ソウルはその燐光を陰らせ、血へと練り込まれていく。

 

「ならば、その言葉の通り、手足としよう。

それが私に出来る、卑しきながらも出来る唯一の弔いだ」

 

そして、漆黒の剣がアルカードの手に握られていた。

 

「そうあれかし」

 

その祈りの言葉と共に掲げられた刀身は、最早紅い月光をも映しはしない。

 

騎士は太陽の直剣を手に持ち、真っ白で美麗な装飾の施された盾を背負う。

そして指に再生の指輪を嵌め、竜の聖鈴を鳴らす。

 

真っ白な盾の名はサンクトゥス。

かつて不死人になった聖人に贈られた、白教の伝説の宝具の一つ。

 

聖鈴によって発動した奇跡は太陽の光の恵み。

太陽の光の王女グウィネヴィアに仕える聖女たちに伝えられる、特別な奇跡。

 

両者共に、効果は発動者の傷を癒し続けるという物。

 

澄み渡った鈴の音が響く。

その音がやがて消え、そして両者は走り出した。

 

 

 

騎士の手が薙がれ、足が刺され、腹が裂かれる。

アルカードの首が別たれ、胴が別れ、腕が切り落とされる。

 

そして、その傷口のどれもが瞬時に塞がり、また動き始める。

 

「……あの子は、フランの能力は。

確かに、凄まじい物が有る」

 

剣戟の手を止めずに、アルカードが呟く。

 

「手に集め、握り潰す。

たった二つの動作で、何者だろうと終わる。

……だが、それならばレミリアはどうだ」

 

アルカードの剣が腹を貫く。

同時に、騎士の剣がアルカードの臓腑を抉り抜く。

 

「動作すら必要ない。

対象を見るどころか、その縁者を見るだけでも運命を操れるだろうな。

誰だろうと、誰かと関わらない運命を送れはしないのだから」

 

騎士の剣がアルカードを袈裟切りにし、騎士は逆袈裟に斬られる。

 

「それに比べて、フランは無差別に握り潰してしまうという訳では無い。

制御できない時も有る、と言うだけだ。

それならば、フランが能力を制御出来ないなどと言う事は有り得ない」

 

「……ただ、練習すれば良いだけだ。

赤子が立つ練習をするように。

その最中で転びもするだろう、泣きもするだろう。

だが、繰り返せばいずれは立てる」

 

「だが、そうするには私は邪魔だ」

 

「……本来、親は衰える。

そして死ぬ。

それはどう足掻いても逃れられない。

だからこそ子は諦めがつく。

だからこそ子は立ち直れる。

だが、私は死なない」

 

「何も、変わらないのだ。

それは優しい夢のような物だろう。

だが、夢は覚める物だ」

 

アルカードが騎士を右薙ぎに切り裂き、アルカードは左に薙がれる。

 

「ここは平和だ。

レミリアもあの子を守ってくれるだろう。

……血濡れた私は、最早必要では無い」

 

しかして、全ての傷は癒えて消える。

だが、剣戟の後は両者の武具に凄惨に残る。

 

最早、騎士の剣は……太陽の剣は血と油に塗れ、切れ味は既になく、半ば鈍器と化している。

逆にアルカードの血剣は己と彼自身の血を吸い切れ味が増してきている。

 

騎士の太陽の剣とアルカードの血の剣が鍔競り合う。

 

騎士は渾身の力で鍔競り合う刃を押すも、しかし膂力の差は如何ともし難い。

 

辛うじて均衡を保っていた鍔競り合いは次第に押し込まれ、ついには太陽の直剣、その刀身に血の剣が食い込む。

 

アルカードの顔が騎士の眼前に広がる。

その顔は、先ほどまでの親としての顔では無い。

疲れ果てた、一人の男の顔だった。

 

「……頼む。

もう、終わらせてくれ。

この、何時までも終わらぬ夢から、覚めさせてくれ。

あ奴らに、やってくれたように」

 

「この夢は決して悪い夢では無いが、そろそろ起きたいんだ。

そろそろ、終わりたいんだ」

 

一瞬の間。

 

そして騎士の体から衝撃波が放たれる。

 

その名はフォース、奇跡の御業。

 

それによって鍔迫り合いは終わり、アルカードが剣を構えると、既に血濡れた太陽の剣は別の剣に変わっていた。

 

ハイデの騎士の直剣。

その名が国を指し示す物なのかすら忘れ去られ、残るのはその直剣を含めた、幾つかの名残のみ。

 

「……さあ、血を吸う鬼を、ドラキュラを!

屠って見せろ!」

 

アルカードは笑みと共に、その手に持った漆黒の剣を振るう。

だが、騎士はこれまでのように受け止めようとはしない。

 

体を半身ずらし、手甲で血の剣を滑らせる。

アルカードの剣が地面を突き刺すのと同時にハイデの騎士の直剣がアルカードの腕を斬りつける。

切りつけられた傷には電撃が走るが、それを含めても傷は決して深い物では無い。

だが、アルカードが血の剣を引き抜き構え直した時には、既に騎士はその剣が届く範囲から逃れている。

 

アルカードは踏込み、また同じように剣を振るう。

それが騎士に当たろうとする瞬間、剣はその動きを止める。

直後、アルカードは更に踏込み、刺剣のように血の剣を突き出す。

 

三連突き。

 

だが、騎士はその切っ先の先には居ない。

切っ先の直下、兜が擦れるほど剣との至近。

そこから騎士はハイデの騎士の直剣を斬り上げる。

 

ハイデの騎士の直剣はアルカードの手を斬り飛ばす。

そして剣からまた電撃が迸った。

 

斬り飛ばされた手は、これまでとは違って元には戻らない。

それだけでは無い。

先ほど付けた傷も、一向に治る気配は無かった。

 

騎士の世界に置いて、電撃とは特別な意味を持つ。

電撃は、"太陽"でも有る故に。

 

地に落ちたアルカードの手はそのまま灰と化した。

ただ剣だけがまた血に形を変え、残った片手に集う。

 

「……ああ、良い。

良いぞ。

動きを覚えたのか?

成程、お前の本来の戦い方は、こういった物なのだな」

 

そして、集った血は剣では無く、槍を模った。

アルカードはそれを片手で振るう。

血が集まって出来た物だというのに、それは不思議としなった。

 

気が付けば、騎士は紅魔館を背にしていた。

対峙するアルカードは、その事に今気が付いたように遠くを……紅魔館の、恐らくはそこに立つ一人の事を見つめ、そして笑む。

何を見たのか、どんな表情を見たのか。

それは窺い知る事は出来ない。

確かめる為に、振り向く事も無い。

 

何故ならば、己もまた遠くを見ていたから。

 

正面、紅い霧の向こう。

その先に、雷光が霧中でけぶるように、朧な閃光が付いたり消えたりしている。

その光が影絵のように、二人の少女の姿を浮かび上がらせる。

それは、近づいて来ていた。

 

唐突に、その閃光の中から眩い閃光が……霊力の塊が、直ぐ近くに着弾する。

 

それで我を取り戻したように、アルカードが槍の切っ先を向ける。

 

騎士もまた、ハイデの騎士の直剣の切っ先をアルカードに向ける。

 

「……終わらせよう。

次を生きる者達の為に」

 

終わらせよう。

永きを生きた友の為に。

 

そして、騎士は駆け出した。

ハイデの騎士の直剣を構え、矢弾の如く駆ける。

 

それに対してアルカードは地を踏み締め、血の槍を構える。

 

一瞬。

その後、騎士は槍の間合いに入る。

 

槍はその埒外の腕力によってもたらされた豪速を持って突き出される。

その動きは先ほどの剣の突きと似通っている。

 

否、剣の突きがこれと似通っていたのだ。

 

紙一重。

腰の鎧とその下の薄皮を引き裂き、騎士は槍の鉾先をやり過ごす。

 

そして騎士は槍を掴む。

 

「む……っ!」

 

そのまま槍を引き寄せようとする。

が、それよりも早く槍を引き戻される。

それによって掴んでいた手が穂先で引き斬られ、手から血が噴き出す。

 

引かれた槍は、そのまま円を描き騎士の足を払う。

騎士は前へと飛び込み、それを避ける。

 

剣の間合いだ。

 

飛び込んだ勢いのまま騎士はハイデの騎士の直剣で切り上げ、アルカードはそれを槍の柄で受け止める。

受け止め切る。

 

本当に槍の柄か。

 

速度が乗った渾身の一撃。

槍の柄の細さであれば斬鉄をも可能とする威力だが、それをも槍は受け止める。

 

「これが、この槍がそう簡単に折れる物か……!」

 

騎士の一撃を受け止めた槍は、そのまま滑るように矛先の逆、石突きを騎士へと向ける。

 

突き、薙ぎ、振り下ろし。

 

最初の一撃とは違い、逆手に持たれた槍は、その短さと持ち主の剛腕でもって連撃を可能とする。

 

突きを半身ずらして躱し、薙ぎを屈みこみ避け、叩き付けをハイデの騎士の直剣で受け止める。

 

踏み締める地面が沈む。

ハイデの騎士の直剣の刀身に添え、支える腕が軋む。

ハイデの騎士の直剣の刀身の腹が削れ、すり減る奇音が響く。

 

刃の部分で無く、石突きで、片手であるというのに。

 

地面は沈み、全力で抗わなければそのまま脳天を割られる。

故に動けず、また抜け出す事も敵わない。

 

フォース……は、触媒を持たない故に使えない。

腰に括りつけた竜の聖鈴は、この圧力の前では酷く遠い。

 

支える足は震え始め、限界の近さを物語る。

膝を折りそうになる。

 

だが、まだ手はある。

 

一瞬。

 

物音も無く、唐突に騎士の足元に十数個の黒い陶器が現れる。

 

火炎壺。

中に火薬を詰め込み、投げつける事で爆発する投擲武器。

黒い火炎壺は良質で火力の強い火薬を詰め込んだ物。

 

己のソウルの内からばら撒かれたそれを、騎士は踏みつける。

 

着火、爆発。

 

爆風でアルカードが怯んだか、それとも爆風がアルカードの足元を崩したからか、あるいはそのどちらもか。

 

いずれにしても、騎士は爆風に吹き飛ばされ脱出する。

ハイデの騎士の直剣を地面に突き刺し着地し、エスト瓶を飲んで傷を癒す。

 

アルカードはそれを邪魔する事も無く、槍を地面に刺して待っている。

 

持久戦は不利だ。

一撃でも喰らえばこちらは終わる。

だが相手は槍を手繰り、隙は無い。

 

加えて。

 

騎士の周囲……否、紅魔館の周辺に、霊夢のものらしき霊力の塊が着弾する。

その頻度は増え続けており、それは霊夢がここに辿り着くまでの時間はそう無い事を示している。

 

であれば、時間をかけていられる暇は無い。

かける気も無い。

 

「……ああ、そうだな。

そろそろ、終わりか」

 

騎士はタワーシールドを出し、片手に構える。

 

全てが金属製の大盾は騎士の体を全て覆い隠す大きさであり。

その大きさを持って、アルカードに太陽の意匠を刻まれた盾が迫り来る。

 

盾はどんどんとスピードを増していき。

アルカードがその盾の太陽、その真中を刺し貫くと同時に、"急加速する"。

 

「何……!?」

 

太陽の意匠を刺し貫いた血の槍は半ばにまでタワーシールドが突き刺さり、その陰から爆炎を掻き分け、姿勢の騎士が姿を現す。

タワーシールドを持っていた手には、呪術の火が仄明るく光っている。

 

封じられた太陽。

 

アン・ディールの秘儀であるその呪術は、文字通り小さな太陽のような火球を投げつける物。

その爆風が、タワーシールドを加速させる。

 

そして、呪術の火を持たぬもう片方の手には、溶岩が剣の形となった巨剣……熔鉄剣が握られている。

 

地の底から噴き出した火と共に現れ、愚王を焼き払った魔物。

その炎が、未だ剣に血脈のように脈動する赤線、そこから溢れ出る。

 

それは凄まじい熱量でもって"タワーシールドを"殴りつける。

 

封じられた太陽と熔鉄剣。

熱量の暴力に曝されたタワーシールドはその熱に耐えきれず熔け、血の槍に纏わり付く。

 

「盾を……!?」

 

熱量を吐き出した熔鉄剣をその勢いのまま投げ捨て、呪術の火を仕舞い込み、騎士は更に片手に棘の節で作られた刺剣、もう片手に倒木に岩を固定した粗野な棍棒を握る。

 

エス・ロイエスの術師が用いるその刺剣を氷の刺剣。

巨人が用いる為に作られたその棍棒を、巨人兵の棍棒と呼ぶ。

 

騎士は氷の刺剣を構えると、その剣を中心として氷の槍が生まれ、"タワーシールドが熔けて纏わり付いた血の槍"へと飛来する。

 

それ単体で重装鎧並みの重量を誇るタワーシールドの鉄が、余すことなく冷え固まり、槍を包み込む。

 

その槍の形は、手繰り慣れた物なのだろう。

血がその形へと変貌したのだから。

 

だが、だからこそそれが崩れれば。

 

アルカードは急激に重くなった槍に、体のバランスを崩す。

 

そこに、タワーシールドの非では無い重量の巨人兵の棍棒が、槍へと叩き付けられる。

 

血の槍は宙を舞い、アルカードは胴を晒す。

 

「ああ」

 

騎士の手には黄金の十字槍。

それは、竜狩りの名で知られた騎士の槍。

 

「なるほど」

 

騎士のもう片方の手には、龍を象った聖鈴。

 

「私を竜として殺すか」

 

騎士は十字の支えを聖鈴諸共掴み、腰を落とす。

 

「血を吸う鬼としてではなく、竜として」

 

それが相応しいと、騎士は思う。

その名に込められた祈りは、元は悪魔では無く、竜だったのだから。

 

そして、竜狩りの槍は突き出された。

竜狩りの槍はアルカードの腹を貫き、そして竜の聖鈴より雷光が発し始める。

 

「……」

 

「ああ」

 

「太陽など、もう見れないと思っていた」

 

それを、その場にいる全ての者が見つめていた。

 

霧を掻き分けてきた巫女も、巫女を留めきれなかった吸血鬼も。

吸血鬼の妹も、その傍らに居る吸血鬼の部下も、隠れている少女も。

 

紅い霧の下。

紅色の月の下に出た、太陽を。

 

その雷光は炎のようだった。

その雷光は太陽のようだった。

その雷光は最初に出来た奇跡だった。

 

太陽の光の槍。

 

その雷光を纏った竜狩りの槍は、更に踏み込まれ突き出される。

切っ先は空へと向けられ、アルカード自身の体の重みで刃が更に食い込む。

 

雷光は……太陽は切っ先へと集まる。

 

月光すら、その光の前では陰る。

 

アルカードの体から影が伸びる。

 

そして太陽は弾け。

竜狩りの槍からは灰が振り落ちた。

 

地面に突き刺さった血の槍は、纏わり付いた鉄塊に一滴も交わる事無く、地面へと溶け消える。

残された鉄塊に血は一滴も残されてはいない。

 

そうして、アルカードは……ヴラド・ツェペリシュは。

あるべき灰へと還った。




ダークソウル3、発売されましたね!
早速プレイしましたので、闇魂録にも反映させたいと思います。
しかしDLCが少なくとも二つ来るという事で、これ以上の投稿はそれらが出てからにしたいと思います。
その間も書き溜めはやっていくつもりですので、何卒ご了承頂けると幸いです。

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