憑依者はスタイリッシュなマッドサイエンティスト 作:社畜戦士
あとセリューは狂信者なのでドクターを妄信していますが、普通にドクターは外道の屑なので。
その事実は変わりません。
「うりゃあああああっ!!」
「オラァアアアアアッ!!」
激しい金属音を響かせ、裂帛の気合と共に振り下ろした模擬剣が下からの訓練用大斧による打ち上げでかち上げられる。
圧倒的な膂力の差によるパワー負けだ。
だが此の程度は想定内。
元より少女の身の上で偉丈夫である先生との斬り合いを制する事が出来るだなんて思い上っていない。
私は敢えて切り上げに逆らわず、後方に蜻蛉を切る要領で距離をとった。
しかし先生はあれだけの大きな得物をフルスイングしながら、少しも得物に振り回される事無く急制動をかけて此方に踏み込んできた。
離した距離を一気に食い潰されるが、此方も黙ってやられてばかりじゃない。
宙に浮いたまま懐に隠していた刃を潰した投げナイフを急所に目掛けて投擲する。
七つの急所と顔面目掛けての八か所同時攻撃だ。
コレが今回の秘策!
片手剣以外にも私には投擲の適性があったようで、こうして付け焼刃とは言えないレベルで投げナイフが様になっている。
流石に目の前に攻撃が迫ればさしもの先生でも少しは怯むハズ!
「甘ぇんだよぉッ!!」
「ウソっ!?」
バキッと甲高い破砕音が響いたかと思うと、全てのナイフが切り払われるか破壊されていた。
しかも、顔面を狙ったナイフは食いちぎられている!?
コレは流石に想定外ですよ!!
「くっ、【炎熱廻廊】ッ!!」
咄嗟に右腕にある埋込術式の内の一つを起動し、火炎の竜巻で自身を覆う。
大砲の直撃すらも一瞬で燃やし尽くして防御する一級の防御術式。
コレなら流石に少しは時間が稼げるハズ。
そうでなくても目くらましにはなるんだ!
どうせすぐに破られるだろうけど、今はほんの少しでも態勢を立て直す時間が欲しいかr――
「温ぃッ!!」
「ウソでしょっ!?」
しかし、先生は唯の訓練用大斧で炎の旋風を切り裂いてしまった。
流石に武器を魔力で強化ぐらいはしているんだろうけど、これじゃあ得物の有無は関係無いじゃないですか!!
どうせ無手でも出来るんでしょう!?
すぐに破られるだろうとは思ってたけど、刹那も保たせられないだなんて思ってませんでしたよ!!
「――っと、終わりだな」
「……ハイ。降参、です……」
軽々と振り抜かれた大斧が私の首元に突き付けられる。
誰が見ても完膚なきまでに勝者と敗者の区別がつく事だろう。
――また、勝てなかった。
一度小休止を挟む事になり、先ほどの反省点などを先生に指摘して頂く。
手合わせの度にこうやって実地で教育を受けられるので、つい最近までは「箸より重いものを持たない」箱入り娘だったのが信じられないくらいに実力が向上しているのを実感する。
だが、超えるべき壁は大きく険しい。
「――ま、そこそこイイ感じになってると思うぜ? 動きのキレは同年代とはもう比べ物にならねぇ。決め時でのクソ度胸も中々だし、後は判断力を鍛えるのが課題だな」
「判断力……ですか?」
どういう事だろう。
全体的に能力の不足があるのは自覚していたけど、武略で不足している部分があったんだろうか。
まあ、流石に昨日今日で一端の武人に並ぶ観の目を養っているとは口が裂けても言えないけれども。
「まあ聞け。最後に目くらましとこっちの動きを抑制する為に壁を作ったろう?」
「ええ。……一瞬で破られましたけど」
本当はアレで体勢を整えてから特大の呪砲でも放つ心算だったんだけど。
いくら壁として機能しないと分かっていても、流石に少しくらいは歩みを遅らせる事が出来ると考えていたのに……。
「其処だ、失敗は。どうせ壁としては期待出来ないのは分かってんだから、あの場では此方の視界を遮る事に注力すべきだったな」
「視界、ですか……?」
「おう。例えば、廻廊の中心を敢えて敵を包み込むように展開して、視野を塞ぐとかな」
「な、なるほど!」
確かにそのように展開すれば、敵だけを拘束出来るか。
アレは相手と此方を遮る利点の他に、此方も完全に視界を塞がれるというデメリットもある。
だけど、壁としてではなく檻として使ったのならそれも気にならない。
しかも相手の視界を塞いで身動きも一時的に取れなく出来るという、一挙両得の妙手だ。
流石に先生クラスを相手にしたらさっきのようにすぐ破られるだろうけど、此方が態勢を整えるだけの時間が稼げるだろう点では此の使い方の方が優れているかもしれない。
……しかし、確かに先生の言う通りだ。
要は、私には戦略的な動きの構築がまだ足りないんだろう。
そういう素地は長期間の修練を重ねる事で自然と養われるモノなんだろうけど、つい最近になって武術を齧ったばかりの私ではどうしてもその積み重ねが不足している。
やっぱり日々鍛錬あるのみ、ですね……。
私、セリュー・ユビキタスが此処『特別技術開発教導試験大隊』にお世話になるようになってから、まだ一カ月しか経過していない。
そもそもユビキタス伯爵家のご令嬢だった私が、試験部隊とはいえ軍務に携わるようになったのには理由がある。
それも、とってもシンプルな理由が。
何も難しい話ではない。
家督相続で揉めた先々代の祖父の代で没落したユビキタス家は、母を政争で亡くして、父は立身出世を目論んで軍属にあったが、使用人も老齢の家令が一人いるだけの名ばかり貴族と化していた。
その父が名のある武人や異民族の将兵と戦って果てたのではなく、近隣で暴威を揮っていた賊徒の頭に返り討ちに遭い重傷を負った事で、私は名ばかりだった貴族としての邸宅や財産すらも失った。
その結果、父と同じく軍部で身を立てる事を余儀なくされた。
ただ、それだけの理由だ。
あの日の事は私の脳裏に苦い記憶として色濃くこびりついている。
大規模な賊徒の討伐がある為に父が暫く家を空ける事を聞かされていた。
私が何時ものように自室で父の無事を祈っていた頃、大雨の中に早馬で自宅へ急使が飛び込んで来る。
『お父上が賊に討たれて瀕死の重傷である』との報せを受け、私は着の身着のままで暴風雨が吹き荒れる中を騎馬で病院へ駆け込んだ。
其処で目にしたのは、包帯まみれでか細い呼吸を漏らす、何時死んでもおかしくないような重傷の父の姿だった。
私が病床に駆け寄ると、父は視界も定かではない茫洋とした顔で私に語り掛ける。
『決して賊を許すな、悪を許してはならない』
譫言のように唯々それだけを繰り返していた父は、段々とその声すらも力を失っていく。
子供の私の目にも父が力尽きようとしていたのが理解出来、私は半狂乱になって泣き叫んだ。
誰かパパを助けて。父を死なせないでくれ。
そんな事を喚き散らしていた。
しかし、此の世界に神など居ないと、つくづく実感した。
医者達の懸命な治療も空しく、徐々に父の身体から生気が抜け落ちていくのが解ってしまう。
誰も私たちを助けてなどくれない。
父も命を諦めてしまったようで、諦観の眼で虚空を睨んでいた。
このまま私はたった一人の家族を失ってしまうのか。
そう悲嘆にくれた時。
あのお方が現れた。
『じょーだんじゃなーいわよーぅ!!』
素っ頓狂な掛け声と共に病室に飛び込んできたのは、なんというか、その、アレなお方だった。
白衣を着ている事から、医師なのだろう。
背後に多数の助手と思しき人たちを従えている事から、それなりに上の立場であり、腕にも実と名が揃っている事が伺える。
そして……オカマだった。
ほんのりと色付いたリップに、アイラインやシャドウ等の薄い化粧、女物の小物等、壮年の男性が身に纏うのはおかしい数々の証拠と、決定的なのは女言葉だ。
あまりにぶっ飛んだ人間の登場に一瞬我を忘れたが、其処からは状況が目まぐるしく変化していった。
男性は何かの薬品を次々と父に投与し、口では矢継ぎ早に周囲へと指示を飛ばす。
『時間がないからすぐにオペに入るわ! 関係者以外は出ていきなさい!!』
そう告げたドクターに従い、慌ただしく動き出した周囲が私をオペ室から追い出そうとしたので、私は抗議した。
私は父の一人娘で、立派な関係者だ、と。
しかし『今から此処で手術するから清潔にしてない奴は出てけっつってんのよ濡れ鼠』と詰られ、猫の子を摘まむようにして放り出された。
確かに大雨の中を馬で駆けてきたからびしょ濡れだったけど、そんな言い方は無いと思う。
何はともあれいきなり始まった大手術。
病室の前で父の無事を願い続ける事数時間。
固く閉ざされた病室のドアが開き、先ほどのオカマのドクターが一仕事終えた顔で出てきた。
私はすぐにそのドクターに駆け寄って父の安否を尋ねる。
しかし、拍子抜けする程完璧に治療は成功しており、眠ってこそいたが父の血色も良くなっており、穏やかに寝息を立てている姿を見て安心して腰が抜けてしまった。
父が助かった事でどっと疲れと睡魔が押し寄せてきたが、生憎とこの場で寝入る訳にもいかない。
またあの大雨の中を馬で駆けないといけないのかと思うと辟易するけど、文句を言っても仕方がない。
諦めて厩舎まで戻ろうとしたが、其処でドクターに声を掛けられる。
なんでも、こういう急患の家族等向けに簡易の宿泊施設があるらしく、疲れているなら其処で一泊していったらどうか、と。
渡りに船だったので、快く了承してその施設へ向かう。
ドクターに案内されながら、道中でポツポツと話をした。
見かけや口調こそ変わっていたが、ドクターは深い見識と聡明な頭脳を持っており、会話には知性が溢れていて話していて楽しかった。
ウィットに富んだ軽妙なトークに時間を忘れ、あっという間に目的地へと到着。
その日は最後に幾つかの話をしてドクターと別れたが、私はその時のドクターとの会話で深い感銘を受けた。
今の自分を形作る芯に、その時のドクターの言葉が大きく刻み込まれているのは間違いない。
きっと、ドクターに憧れ、恋焦がれるようになったのは、此の時の出来事が発端だろう。
「『生きる事を諦めるな』、か……」
手合わせの合間にある休憩中、ポツリと漏らした私の呟きに、水分補給をしていた先生が耳聡く反応する。
「あ? ドクターの言葉か?」
「ええ、私がドクターの下に就きたいと決心した言葉です」
私は胸を張ってそう宣言する。
ドクターはその言動と取り組んでいる施策から誤解されやすいけど、身内には情が厚くてとっても素敵な方です。
犯罪者への人体実験を行っている等の冷酷な一面もありますが、所詮は長期刑囚や死刑囚相手の話ですよ。
人材の有効活用だとドクターは仰っていましたし、私もそう思います。
ゴミを再利用しているだけなんだから、外野にとやかく言われたくはないですね。
ともあれそんなドクターは、無辜の民草への慈しみの心を持ち、文武に秀で、多方面での突き抜けた才覚をお持ちになった素晴らしい人格者なのです。
ドクターの美点は懐に入ってよく見ないと分からないものかもしれませんが、知っている人が知っていればそれでいいんです。
寧ろ、他人が知らないドクターの長所を身内だけが知っているというのはとても心地良いものですし。
さて、そんなドクターの金言名句は枚挙に暇がないですが、その中でも此の言葉は私にとって特別なモノです。
アフォリズムとしてはありきたりで、寧ろ陳腐に感じられる物ではあるかもしれませんが、私の行く末を決定づけた言葉という意味では此の言葉を上回る物は無いでしょう。
つまり、私のモットーは『いのちだいじに』なのです。
「ふーん、まあいいんじゃねーの。『人の命は星よりも重い』と公言して憚らないドクターらしいじゃねーか」
そして意外な事に、先生はその言葉を否定しませんでした。
びっくりです。
「てっきり、『武人なら死ぬことを恐れるな』とか仰るかと思ってましたが」
日夜経験値稼ぎと称して明らかな格上であるドクターやランさんとかに挑んで死闘を繰り広げているダイダラ先生らしくないですね。
ていうか前の所属部隊で預けられていた帝具は返上したらしいですが、今使っている得物も充分チートですよね?
神器ってもう現代の帝具じゃないですか。
「あ? 別に俺は死ぬ事を恐れてないんじゃねーよ。俺が俺のやりたいように生きて、戦って、それで死んだとしても……そーだな、コレもドクターの言葉を借りると、『私たちは死ぬことを恐れないのではない。死ぬことを後悔しないのだ』……って所か」
「ふぉおおおおおっ!! 流石ドクター! カッコいいお言葉ですね!!」
「……お前さんの男の趣味だけはわかんねーなぁ……」
先生が何やら黄昏ていますが、そんなことよりも今は私の『今日のドクターノートその3』にその名言を書き記さないと!
実はさっきの言葉には、もう少し続きがあります。
というかその言葉も、実際の所最初は父に向けて言っていた言葉だったりします。
『親がガキ遺して生きるのを諦めてんじゃねぇぞ、腑抜けが』
辛辣ですね。
でも、真理です。
確かに、あの瞬間父は生きる事を諦めてしまっていました。
妄執のように私へ『悪を許すな』と繰り言を叩きつけ、そんな棘を残して果てようとしていた父。
そんな父の事を、きっとドクターは許せなかったんでしょう。
その言葉の後、こうも言っていました。
『あらやだ、口が悪かったわね。ごめんなさい。……いい? 例えどんな事があろうとも、守るべきモノがあるなら生きる事を諦めちゃダメなのよ。例え無様と嗤われようと、愚かと謗られようと、生きて為すべき事を為さないと。ソレが大人の責務なんだから』
目線を合わせ、言い聞かせるように私を諭すドクター。
『誰も彼もが命を軽んじる。驕奢淫逸に耽る悪人も、非道を行う酷吏も、善良な臣民ですらも自他の命を軽挙に扱う。だから乱世が終わらない。……そんな世界は窮屈でしょ。でも此れが、千年続いた帝国の宿痾なのかもしれないわね。……だったら、そんな悪政は取り除かれて然るべきじゃないかしら』
物憂げな様子でそう語るドクターに、私は思わず聞いていました。
「ドクターは……もしかして、所謂“主義者”なんですか?」
『主義者』。
帝国人でありながら、帝国の治世を否定する考えの人間を指す言葉。
程度の差はあれど、ソレが極まると革命主義に至るとされている。
『リスト侯爵家』という帝国貴族の重鎮でありながら、革命を肯定するかのような物言いに私は冷や汗をかいていた。
だが、ドクターは薄く笑ってソレを否定した。
『そこ迄のモノじゃあないわよ。良識ある官人なら、今の帝国の治世が不味いって事は誰でも理解しているってだけのお話ね。その上で言うなら、アタシは帝国の治世を否定こそしても、帝国そのものは否定しないわ。……まあ、政を学べば誰しもそのジレンマには行き当たるものだけど』
そう言って、私に色々な事を教えてくださったドクター。
圧政に喘ぐ地方の困窮。貴族階級による横暴が罷り通る帝国の権力構造。濁流派と呼称される癒着や横領等の汚職が横行する大勢の役人や軍人。清流派を名乗りながら実質的に民衆への負担を無視して政策行動を乱立する連中。そして、諸悪の根源とも言える濁流派の首魁であるオネスト大臣。
――知らなかった。
貴族の子女として、恥ずかしくない程度の教育は受けていた心算だったが、そんなのは甘ったれた考えだった。
私は何の苦労もせずに毎日の生きる糧を得ていたが、ソレがどれだけ恵まれた地位にあるのか知らなかった。
いや、知ろうともしていなかった。
没落貴族とはいえ、ユビキタス家にはまだ僅かばかりの荘園も残されているし、家人が少ないとはいえ使用人もいる。
私は極限状態の餓えを知らないし、労働の辛さなんて貴族の子女のままならば知らないままで生きる事になっていただろう。
飢餓や貧困の果てに、生きる為ならばと止む無く犯罪に手を染める人間の苦悩も葛藤も知ろうとしていなかった。
日々父が賊を討伐していたのを喜んでいたが、父に討たれた人間の中には望まずに賊に身を窶した人だっていたはずだ、とドクターは指摘する。
飢えと貧困からどうしようもなくなり、その結果その日の糊口を凌ぐ為に一切れのパンを盗んだ人もいただろう。
領主が私腹を肥やす為に重税を課し、ソレから逃れる為に土地から離散し、ソレを咎められて生死を問わずで手配された人もいただろう。
権力者の中には、自身の犯した犯罪を金や権力によって全く無関係の無実の人間に擦りつける悪人もいるらしく、中にはそういった本来であれば無実の人間も父に討たれた可能性だってある。
無知とは恐ろしい。
私は貴族の子女としてしっかりとした教育を受けていた心算だったが、此の話を聞いてからでは見識のある人間だとは口が裂けても言えない。
所詮は政治に関わらない政略結婚の駒として、当たり障りのない知識しか身に着けさせて貰えなかったという事だ。
しかし、其れも仕方のない部分があったとドクターは仰る。
下手に現状を知って正義感に目覚めて市民への施し等を試そうものなら、濁流派に目障りに思われてしまえばすぐに謀殺されてしまうらしい。
清流派の大部分が意識ばかりが高い頭でっかちの自意識過剰な連中だから表沙汰になりにくいが、本物の良識派でも濁流派との折衝無しには善意からの行動も起こせない。
当然だが帝国の大部分の権力を握る濁流派にとって、市民の支持を得るような施しや政策は目障りな行いだ。
ともすれば多くの市民の不平不満を焚きつけて濁流派の権勢を崩しかねないからであり、無策にそういった行動を起こせば潰されるとの事だ。
だからこそ政治に関与しない貴族の子女には帝国の闇については教えていないのだろう、というのがドクターのお考えだったが、多分ソレは間違いだと思います。
ウチが没落貴族だからかは分かりませんが、父も帝国の暗部については無知でしたし。
父が幾らか快復してから、教育についてドクターの指摘なさった部分について聞いてみたが、返ってきた答えは『軍人は政治に関わるべきではない』というものだった。
……いや、武官が政治に関与してもいいか否かについての議論はさておき、だからって政治に関して無知無関心でいていいって理由にはならないと思います。
政治が何か知らなければ、却って無思慮に政治の領域を侵しかねないですし。
寧ろ不関与を徹底したいなら、逆に誰よりも政治に精通していて然るべきでは?
そんな疑問もさておき、私はその後生活の糧を得る為にドクターの指揮下部隊にお世話になる事になった。
発端は、父が屈強な賊徒だったとはいえ単なる賊の頭に敗れた事が問題視されたというものがあった。
裏では父の影響力を落としたいと考えた連中の手回しがあったそうだけど、曲がりなりにも貴族籍であり、没落したとはいえ相応に権力を持っていたユビキタス家の完全なる凋落を狙った連中の食指は迅速かつ強力に及んだ。
まず、父は病床にありながら公職を追われ、貴族籍を剥奪され、あらゆる資財を押収される。
その結果、隙間風の吹き荒ぶボロ邸宅すらも差し押さえられてしまったわけです。
家なき子にまで落ちぶれてしまい、このままでは父の入院費すらも払えない、と困窮していた所をドクターに手を差し伸べて頂いた。
ドクターが運営している財団の一つに、やむにやまれぬ理由で退役した元軍人を新たな職に就くまで支援する基金があり、其方を紹介して頂く。
父は此の基金の存在を知らなかったようだけど、政治的存在だと思っていたから敬遠していたから不見識だったそうですよ。
そういう所ですよ父さん。
父の無思慮ぶりには「コレは流石に没落も止む無し」、と感じ入るものがありましたが、それはさておき此の退役年金も無限に貰えるわけではありません。
父が完全に回復するまで幾分か日数が必要という事もあり、私も何かしらの奉公を行う事で当座の生活資金を得る必要がありました。
父の怪我はドクターの超絶技巧的な神域の手術ですぐに快癒したのですが、軍役も所詮は貴族位に任せて鳴り物入りで就いていただけです。
そんな父を、其れも公職追放を受けた父を雇って頂ける職場などが早々見つかる訳もありませんでした。
というワケで、否応なしに私も手に職を付ける必要性が発生。
ですが、貴族の子女としては聊かお転婆であっても、所詮は箱入り娘です。
貴族の位を失くせば無知無学な小娘でしかない私に、そんなに簡単に職が見つかるハズもありませんでした。
しかし、此処でまたしてもドクターが手を差し伸べてくださいます。
もはや返しきれない程に御恩が積み重なっていますが、他に頼るべき
私は心苦しく思いつつもその申し出を受け入れ、ドクターの指揮する麾下部隊『特別技術開発教導試験大隊』に所属する事になりました。
此の通称『特技大隊』は新機軸の強力な兵装である『神器』を試験運用する為の部隊で、比較的危険度の低い後方任務が主となります。
勿論実地試験として実戦データを取る部隊もありますが、基本的には帝都に建設された訓練施設で稼働試験を行うのがメインです。
私は其方に配備されることとなりました。
まあ、軍属になったとはいえ即座に軍事行動をとれるわけでもありません。
私は元々一般人の中でも特に非力な少女だったので、早急に執り行われたのが『
軍属としての心技体を練兵する為の教練で、ものの一カ月で私は兵士の卵にはなれていました。
コレは偏にドクターの考案した訓練メニューが優れているのもありますが、一番大きな特徴として肉体改造を物理的に超促成栽培で行えるという部分があります。
ドクターはバイオメカニクスやバイオメカトロニクス等の権威ですが、もっと言えば人体構造全般に対する深い理解を備えた技術開発を最も得手としています。
そんなドクターの手にかかれば、一般人を物理的に一端の兵士へと改造する事は一カ月もあれば御釣りが出るくらいには容易い事でした。
その後は特技大隊の戦闘教官を務めるダイダラ先生の下につけられ、現在までこうして鍛錬を続けている所です。
私自身メキメキと実力が伸びている事を実感出来るのですが、目指す頂は高く険しいままです。
ドクターはこんな私の事を高く買ってくださっているらしく、『ゆくゆくは専用装備を預けたい』と仰ってくださいます。
しかし、こんな未熟な状況ではとてもではありませんが受諾するわけにはいきません。
ドクターの期待を裏切らない為にも、いずれはその大任に相応しいだけの実力を身に着けたいとは思っています。
ですが、やはりまだまだ未熟に過ぎますから。
となれば、日々精進あるのみでしょう。
今後どうなるのかなんて、分かりません。
いずれは実戦に赴き戦闘を行う事もあるでしょう。
その過程で名も知れぬ凶賊に討たれ、骸を晒す羽目になるかもしれません。
ですが、せめて後悔だけはしない生き方をしたいものです。
――そして、願わくは。
将来は、ドクターの横に並び立てるような人間になりたいですね。
「――あれから10年ですか。早いものですね」
ふと手に取った日記帳を開いてから、気付けば結構な時間が経っている。
自室の整理をしていた所、古い日記帳を発見して懐かしく思いつい読み返してしまった。
日記をつけるようになったのはドクターのお世話になるようになってからだった事もあり、言うなれば此の日記はドクターとの思い出を一から綴った記録です。
そもそも日記をつけるようになった理由が、『心身を見つめなおす為にも自身に起きた出来事と感じた事を言語化して記録する』、という心理療法の一種を応用したからなんですよね。
エモーショナルディスクロージャーというものらしく、実際にコレを実行するようにしている試験部隊で精神的に故障した人間は驚く程少ないです。
まあ、その数少ない故障者もドクターが
というか木人形以外の真っ当な人間なんて希少ですし、分母が小さいからデータとしてはどうなんでしょうね。
いやいや、そんな事よりも日記の内容です。
この頃は私も随分と初々しいじゃないですか。
10年前の私と言えばまだ年齢も一桁の頃です。
帝具も神将器も持っていない、殆ど一般人に近かった頃の話。
そりゃあ初々しさもありますよ。
あの頃は初心な生娘だったんですから。
まあ、今となっては大人の階段上り詰めた立派な淑女なんですがね。
……むむむ? なんですか、コロ?
文句があるなら何か言ったらどうなんです。
この、このこのぉ。
ほれほれ、お口をびろーんと伸ばされても尚文句が言えるなら言ってみなさい。
「――っと、遊んでいる場合ではありません。久しぶりに実家に帰ってきたんだから、やるべき事はやっておかないと」
こう見えて私は一軍を預かる将官なんです。
必然的に自由になる時間も少ないんですよ。
折角実家に帰ってきたんだし、偶には親孝行をしないと。
取り急ぎ掃除をパパっと終わらせちゃいましょう。
「と言っても、実家に置いてある物なんてそんなにないんですけどね」
此の実家は、ドクターの下で私が頭角を現すようになってから買い戻した元々のユビキタス家の邸宅です。
其の頃には帝具と神将器を預かっていたので、その分の手当ても付くようになっていた為既に結構な高給取りでした。
おかげで綺麗に修繕されたそこそこの邸宅を買い戻すのも簡単でしたね。
ですが出世するまで相応に時間がかかった事も事実で、必然的に日数も経過していたし、家具家財は一から買い集める必要がありました。
そして其の頃には私もドクターの御宅でお世話になっていたので、実家の私の部屋はこういった古い日記帳や本等に写真立てなんかの雑貨類、勲章や賞状のような物置の肥やし等、使わない物を押し込んでおくだけの部屋になっています。
自室と言っても普段使用する部屋ではないので、必要最低限の物しか置いていないんですよ。
だから自室の掃除と言っても軽く拭き掃除掃き掃除をするだけでも充分ですからね。
部屋って長い間使わないでおくとすぐに傷んでしまいますから。
とはいえ、普段から家令が日常的に掃除をしてくれているので、その掃除もほとんどやる事がありません。
「――よし、掃除はこんな感じでいいかな」
本棚と収納の整理と簡単な室内の埃落としを済ませると、結構いい時間になっていた。
ちょっと日記を読み耽り過ぎましたね。
そうですね……よし、今日明日は非番なんだし、折角だから父に手料理でも振る舞いますか!
ドクターに教わったので、私も今ならある程度の料理くらい簡単に熟せます。
そもそも軍属なんだから野外炊事くらいは一通り修めておかないといけませんし。
……父は初めから士官任官だった事で、そういうのは一切出来ないそうですが。
だからそういう所ですって父さん。
まあ何はともあれ手料理のお時間です。
家令のジイに頼んで色々食材を買ってきてもらいますか。
何時までもお転婆なだけの小娘ではないという事を父にお教えしなくては。
私は既に立派なレディなんですから!!
……だからなんですコロ?
言いたい事があるならば言ってみなさい。
ほれほれ、お口をムニュムニュされながらも言えるものなら言ってみなさいよ、さあ!!
久しぶりに実家で羽を休めた次の日。
私は足取り軽くドクターの邸宅へ向かっていました。
休暇も今日で終わりですし、明日からはまた忙しない日々が再開します。
父にはお土産も沢山持たせていただきましたから、今日はコレを使ってドクター達に料理を振る舞うのもいいかもしれません。
父の現在の職業は、所謂半自作農に近いものになります。
私の収入もあって荘園の規模と数を拡大したユビキタス家は、結構な農地を抱える事になりました。
抑々父は戦傷こそ完全に治癒したものの、軍部や警備隊関係には策謀の影響で就く事も出来ず、かと言って文官仕事も適性が無いし元武官なんて文官には嫌われるので無理。
その結果、大人しく増やした農地を小作人も交えて適切に管理するのが今の父のお仕事になっています。
父は元々武官だった事もあり、全てを小作人に任せて自分は書類仕事だけ、という頭脳労働のみに従事するのを嫌っていました。
其の為、今では自身でも確りと農業に向き合って泥にまみれて仕事をしています。
ドクターのアドバイスを私伝手に聞いて貪欲に取り入れ、今ではかなりの生産数を誇る大規模農地になっています。
そんなユビキタス農園よりお土産で持たされた新鮮取れたてお野菜の数々。
小麦も製粉したばかりの物を頂きましたし、此処は野菜の味がシンプルに試されるピザとかがいいかもしれませんね。
フフフ、ドクターの好みはばっちり把握していますとも。
バジルとトマトとチーズのシンプルなマルゲリータと、ミックスピッツァにカイエンペッパーオイルとハバネロを足した激辛ミックスピッツァ。
此の二種類がドクターの一番のお気に入りです。
ああ、折角だしパスタも麺から作るのもいいですね。
ドクターのパスタの好みは変わり種がベスト。
イカ墨のブラックナポリタンと、娼婦風パスタとも呼ばれる辛いプッタネスカ。
やはり激辛料理は外せません。
ランさんの胃腸に大ダメージかもしれませんが、ドクターの選好という最優先事項の前では些細な犠牲です。
コラテラルダメージという奴ですね。
「ふんふんふふーん♪ コロ、今日はピザとパスタにしますよ!」
「キュキュッ!!」
相棒のコロに今日の夕飯のメニューを伝えると、可愛らしく鳴き声を上げて反応してくれる。かわいい。
コロは好き嫌いも無いのでお世話が楽なんですよね。
ランさんが座ったまま気絶するような激辛料理も平気でムシャムシャ食べますし。
苦味や酸味等にも忌避感は無いようです。
流石生物型帝具という事でしょう。
おっと、今日のディナーは私が作る事をエアちゃん達に伝えておかないと。
報連相は社会人の必須基礎能力です。
ピピピっと携帯電話で連絡をしたら、ついでだし市の方へ顔を出してみます。
ドクターの好みである香辛料全般は兎も角、イカ墨とか常備していないですし。
サラミやハムの類は自家製の物が発酵蔵に大量に有りますが。
野菜は此方で用意したので、ケッパーピクルスやアンチョビ、ブラックオリーブなんかが欲しい所です。
ローリエやパセリ、バジルにローズマリーなんかの香草類は常備しているので大丈夫でしょう。
――よーし、ちょっとしたトラブルこそありましたが、無事にお買い物終了です。
ふんふんふふーん♪
ふむん、興が乗った事だし小粋な唄でも口ずさんでみましょうか。
「ピザ・モッツァレラ♪ ピザ・モッツァレラ♪ レラレラレラレラ♪ レラレラレラレラ♪ レラレラレラレラ♪ レラレラレラレラ♪ ピザ・モッツァレラ♪ ピザ・モッツァレラ♪」
「キュキュキュキュキュッキュー♪」
「……ご機嫌ねアナタたち」
「あ、ドクター!」
「モキュっ!!」
ドクターに教わった『チーズの歌』を口ずさんでいたら、ドクターと遭遇しました。
しかし何やらお疲れのようです。
……此れは私の愛情料理で癒して差し上げねばっ!!
「……あのね、アナタたちさっき市で騒ぎ起こしてたでしょ」
「? 騒ぎ、ですか……?」
「いや、『一体何を言っているんでしょう?』みたいな顔やめなさい」
「ですが……心当たりが無いんですが……?」
「モキュ~?」
本当に覚えがないんですが。
まさか、夢遊病の如く知らぬ間に私の身体が意識と切り離されて徘徊を……ッ!?
「市で喚いていた馬鹿共を三枚に下ろしてたじゃない」
「ああ、ソレですか」
なぁんだ、その事でしたか。
確かに傭兵崩れのカス共が代金を払わずに店の商品を強奪しようとしていましたね。
だから帝都の警察権を限定的に預かる身分として、その害虫をきっちり駆除しましたよ。
手刀で綺麗に三分割にしてやりましたとも。
「あのね…………後始末くらいきちんとしなさい。その辺の下っ端に声をかけるくらいはしときなさいよ」
「ああ! 申し訳ありません……。確かにゴミをそのまま放置するのはいけない事ですね」
なるほど、確かに処理した後の肉塊を放置して帰っちゃったのはダメでしたね。
血と臓物の海も掃除しないといけないんですから、専門の掃除屋を呼ばないといけません。
将校という責任ある立場としてゴミのポイ捨ては無思慮な行動でした……。
いえ、でもあの時はちょっとカチンときたもので。
折角ドクターの為に愛情たっぷりの料理を作ろうと意気込んでいた所に、真横で水を差すように馬鹿共が騒ぎを起こしていたんですよ。
ちょ~っとばかりイラっときちゃって、気が付いたら背後から手刀で三分割にしていました。
失敗失敗。反省しないと。
「……コレがツッコミ不在の恐ろしさですか」
「あ、ランさん」
胸に手を当て猛省していたら、上空からランさんが舞い降りてきました。
此方も何やら疲れ切った雰囲気ですね。
「あら、もう済んだの?」
「ええ……。ウチの特殊清掃班を派遣しておきました。現場の指揮は警備隊に委任しましたが」
「上出来よ。いつもありがとね」
「いえ、副官ですから」
ああっ!?
いいなぁ!!
今のいいなぁ~!!
こう、眼鏡をクイっとやって『副官ですから(キリッ』って、いいなぁ!!
ソレ私もやりたいな~!!
「……セリューさん?」
「ああ、何時ものヤツよ。気にしないで」
「はぁ……?」
「ま、後始末が終わったんならいいわ。ホラ、帰るわよ」
「……ハッ!? そうだドクター! 今日のディナーは私が腕によりをかけて作りますよ!!」
「あらあら、其れは楽しみね」
両手に抱えていた荷物の大方をドクターとランさんに持っていただきながら、私達の帰るべき家へと帰宅します。
…………帰宅、か。
何時の間にか、自然と此のホームへ『帰る』という意識を持つ事が出来るようになっていますね。
私も、ランさんも、勿論エアちゃん達も。
みんなが此の家を自分たちのホームだと思うようになっている。
それはきっと、とても素敵な事だと思います。
私は一時期、帰るべき家も失っていました。
ランさんは、詳しくは知らないけれど復讐の為に全てを擲っていた事で孤独だったそうです。
エアちゃん達は、人買いに騙されて故郷から捨てられたも同然だったとか。
他の使用人の皆さんも似たり寄ったりの経歴を持っているらしいですね。
みんな、ホームを失い、頼るべき
ソレが今では、みんなが帰るべき家、守るべき場所として此処を認識している。
「……ふふっ」
「あら、どうしたの?」
「なんでもないですっ」
ドクター。嗚呼、ドクター。
貴方の為なら、私達は何だってしてみせます。
親を殺せと言うならば一切の呵責無しに縊り殺してみせます。
革命軍を潰せと言うならば全軍を挙げて本懐を遂げてみせます。
皇帝を討てと言うならば何もかもを捨てて特攻してみせましょう。
私の生きる意味は、全てが貴方の為にある。
私が全身全霊を賭けて愛するお方。
貴方の為ならば、私は修羅にでも羅刹にでもなりましょう。
私の愛しいドクター。
全力で貴方の事を追いかけるので、置いていかないでくださいね?
「ドクター?」
「なあに?」
「――愛してますよ」
「……I know. 私もよ」
嗚呼、ドクター。
こんなにも愛しいお方。
私の全ては貴方の為に在る。
セリュー主役回。
何故か番外編に出てくる皆さんの死亡フラグっぷりがヤバイ。
殺す気はないんですが…。
『特別技術開発教導試験大隊』。
征南軍が大筋で組織される前の初期段階でドクターが率いていた直下部隊。
基本的に神器その他の新兵器の実験部隊として運用された。
現在は征南軍に組み込まれている。
人物
・ジイ
家令。ユビキタス家に最後まで残った家人。高齢だがそれを感じさせない矍鑠とした老紳士。モブキャラ。