TS守り神 作:RK
「死んだら生まれ変わる? いまどきそんなの信じてる奴いんの? はは」
これは、俺が生前に言っていた言葉である。現代日本では主流な意見だと思うが、神様がそれを聞いていて意地悪をしたのかもしれない。俺は交通事故で死んだ後、別世界に転生していた。
もう少し詳しく話すと、山道でバイクに乗っていたら逆走してきたダンプカーが突っ込んできて、「あ、死んだ」と思ったら、いきなり山の中にいたのである。
転生した直後は何も分からず、ダンプカーに突き飛ばされて崖の下まで落ち、運よく命を拾ったのかと思った。しかし近くに流れる川の水面を覗き込むと、狐の耳とふさふさな尻尾のついた、白髪の美しい少女が映っていた。
「……これ、俺?」
何度も見返したが、同じぼろ布を着ているし、手を振ったら同じように手を振り返してくる。それに股を触ったらあるべきものがなかったし、胸は逆に少しあった。
しばらくおろおろしていたが、やがて自分一人で慌てていても仕方がないと気づいた。警察か病院なら、自分の身に何が起きたかわかるだろうと思い、山を下りて街を探すことにした。
だが、行けども行けども山。ようやく見つけた灯りを頼りに歩いていて見つけた小さな村は、まるで昔の農民が暮らしていたような茅葺きの粗末な民家が集まったものにしか見えなかった。
まさか俺がいるのは現代日本ではなく、過去の日本、もしくは日本に似た異世界なのでは? そう思い始めたとき、槍を構えた見張りらしき男が俺の近くにやって来た。
「あの、ここは日本ですか?」
「……」
「すみません」
男はこちらに気づき振り向いた。すると、突然槍をこちらに向けてきた。
「よ、寄るなっ! バケモンめ」
「バケモノ?」
「お前のことだよ。じゃあなんだ。自分のこと人だとでも思ってんのか」
「うん……」
「化かすんなら、その耳を隠してから来るんだな。失せろ!」
男がぶんぶんと槍を振り回してきたので、俺は逃げ出した。狐の耳と尻尾がある以外は人間の女の子と変わらないので、話くらいは聞いてくれると思っていた。だが人間は俺の姿を見るや、問答無用で退治しようとしてくる。この世界では、ケモ耳が生えているだけで怖がられるらしい。
そんなわけで、俺は人里を避け山の中で生活を始めることにした。幸い秋だったため食物には困らなかった。木の実はその辺によく生えているし、行き倒れた旅人の死体から火種をいただいた後は、猪や鳥のように食べられそうな動物を狙った。まあ、まともな狩りの道具を持っていなかったので、肉を食べることができるのは稀だったが。
こうしてしばらくは木の実や魚をとって食べ、落ち葉を集めた穴ぐらで眠る日々を続けた。孤独であることに目をつぶれば、なかなか快適だった。
(……あと、アレがあれば完璧なんだけど)
それはお米。いやこの際麦でもいい。お腹いっぱいに穀物が食べたかった。転生前は当然のように口にしていたが、食べられなくなって初めてあのデンプン質が恋しくなった。
人里には水田があったが、また危ない目に遭う可能性が高いのでご飯を分けてもらうことはできない。だから山道を歩いている旅人に握り飯なり保存食の干し飯なりを分けてもらうことにした。
「旅人さ~ん、すみませーん」
「……ひいっ、バケモン!」
俺を見た旅人の反応は、たいてい同じ。そういうオーラが出ているのか、俺を見た瞬間に逃げ出すのである。実際俺がバケモノだというのは正しいのかもしれないが、そうひどい容貌でもないので少し複雑な気分だった。
(なんで皆逃げるんだろ)
その理由が分かったのは、何人目かの旅人と交渉を試みたときだった。
「ちょっとでいいからご飯をわけてください。代わりに木の実とか……魚をあげますから」
「こ、この野郎! 近づくなあっ!」
「うっ」
いきなり持っていた杖で頭を殴られ、俺はうずくまった。たらりと流れてくる血を拭いながら、旅人を見上げる。俺はただご飯を分けてほしいだけなのに、なぜこんな目に遭わないといけないのだろう。
「なんで……こんな」
「こ、子どもに化けたからって、俺は騙されんぞ」
旅人の腰は引けていた。俺を殴ったくせに怖気づいているらしい。
「確かに俺は人間じゃないけど、あんたを傷つけるつもりはない!」
「……嘘つけ。周り、見てみろよ」
そう言われて辺りを見回すと、周囲の雑草が凄まじい勢いで枯れ始めていた。旅人に会うときはずっと相手だけを見ていて気づかなかったが、どうも感情が昂っていると俺の周りにあるものは枯れてしまうらしい。
つまり、向こうからはその辺の植物を枯らしながらやってくるヤベー奴に見えていたのだろう。
「次はもっとうまく騙すんだな」
言い捨てると、旅人はいなくなった。
それからしばらくは、自分の力の正体と制御方法について調べるのに時間を使った。雑草、樹木、鳥、猪……山の生き物相手にいろいろためした結果、どうやら俺には生物を強制的に成長させる力が備わっているらしいということが分かった。
この力の使い方は、成長させたい生き物に手のひらを向けて強く念じるだけ。込める力の度合いで成長のスピードも変えられるため、木を枯らすならフルパワーで、未熟な木の実を食べごろにするなら弱めにといった感じで細かい調整も可能なようだった。
「……楽しいなあ」
能力を試しているうちに、俺はふと気がついた。この力を見せつければ、旅人から欲しいものを分けてもらえるのではないか。
やることは野盗と同じなので抵抗はあったが、どうせあちらは俺を人間扱いしてくれないのだ。少しくらい飯や衣服を奪ってもお互い様というものだろう。
一度割り切ってしまってから、追いはぎに慣れるまで時間はかからなかった。
山道を歩いてくる旅人がいたら姿を現し、手近なところにある木を枯らして見せる。そして「お前もこうなりたくなければ飯をよこせ」と言うのである。
効果はてきめんで、旅人は持っている飯(ときどき衣服)を命乞いとともに差しだしてくれた。まあ脅すだけで本当に殺したくはないので、用が済んだらすぐに逃がしてやっていたが。
こうして俺が旅人から荷を奪うようになってしばらくすると、俺が待ち伏せする道は「バケモノが出る道」として知られるようになった。
以前襲った商人の話によると、俺はここを移動するしかない旅人にはかなり怖がられているそうで、生き物の命を吸い取ってしまうことから「
そんな風に名前が広まってしまったせいか、この道を通る旅人は減った。代わりにバケモノ退治で名を上げようとする武士がやってくるようになった。
彼らは俺が姿を現すと雄叫びを上げて襲いかかって来る。ただ、老化させてなんとか勝ったとしても、その苦労に見合うだけの何かを持っていることは少ない。
そもそも俺に殺される可能性があっても名を上げたいと思うのは無名の武士くらいなので当然といえば当然なのだが、本当に戦ってもいいことがなかった。やがて俺は武士と普通の旅人を見分け、旅人だけを襲うようになった。
狐のバケモノが出るという山のふもとの村に、
彼は全国各地の寺を巡って修行をしている僧侶で、長旅のせいで髪と髭は伸び放題だった。最初はこんなみすぼらしい僧侶がいるものかと思われていたが、袈裟を着ていたのでぎりぎり僧侶だと信じてもらうことができ、ある村人の家に泊めてもらうことになった。
「来寛様。ひとぉつ頼みたいことがあるんですが。いいでしょうか」
夜。囲炉裏の火を囲んでいると、来寛は向かいにいた村の男にそう訊かれた。
「拙僧にできることならば。一晩泊めてくれた恩もありますゆえ」
「あ、ありがてえ。相談ちゅうのは……この辺の山道に出てくるバケモノを退治してほしいってことで」
「バケモノ?」
男が言うには、そのバケモノ──オカラシサマは一見可愛らしい娘のような姿をしているらしい。だがその正体は周囲の植物や人間を枯らしてしまう恐ろしい力をもった狐。山道で旅人を待ち伏せては飯や荷物を奪っていき、荷を渡すのを拒めば『枯らされて』しまう。
「オカラシサマのせいで、旅人も来ねえし、山に入って山菜もとれねえってんで、困っとるんです。何人かお侍も倒しに行ったんだが、駄目で……なんとかヤツを倒してくれんでしょうか」
仏の力を借りて魔を滅する心得も多少はあるので、こんな風に旅先で妖怪退治を頼まれることはよくあることだった。話を聞く限りだと少し強そうな相手ではあるが、修行になりそうだと思った来寛はうなずいた。
「分かりました。明日、山に行って調伏してきましょう」
そして次の日、来寛はオカラシサマの出る山へと出向いた。
辺りには葉を赤く染めあげた紅葉がたくさん立っており、小川のせせらぎに落ちた無数の葉が流されていくのが見える。道もそう険しくなく、妖怪が出るという一点を除けばなかなか楽しい山道だった。
だが、道の途中から粘りつくような視線を感じるようになった。妖怪退治で何度も経験してきた、獲物を見定めているときの気配。
もうすぐだな、と思ったそのとき、木陰から誰かが出て来て行く手をふさいだ。
「荷物を置いていけ」
現れたのは、純白の髪をたなびかせた美しい娘だった。だが、狐のような耳や尻尾が生えているため人間でないことは一目でわかった。
「お前がオカラシサマだな」
そう言うと、狐娘はにいっと笑った。
「……そうか、俺のことを知っているのか、話が早い。お前も年寄りにはなりたくないだろう? 荷物を置いてさっさと逃げるといい」
「断る。拙僧は、お前を退治するために来たのだからな」
来寛の言葉を聞いたオカラシサマは、不機嫌そうに眉をひそめると、近くにあった紅葉の幹に触れた。
「見逃してやる、と言ってるのがわからないのか?」
みるみるうちに紅葉の葉が落ち、枯れていく。並みの人間であればこの得体のしれない力を畏れ逃げ出していただろう。だが、来寛は落ち着き払っていた。
「その程度の力など、怖くないわ」
来寛は
「なら、俺の力を喰らってみろ!」
ぐわん、と頭を揺らされたような感覚がした。これが彼女の力─周りの生き物を「枯らす」力なのだろう。だが来寛は構わず肉薄し、錫杖を振りかぶる。オカラシサマは目を見開き驚愕していた。
「なんで……動け」
「御仏の加護だ」
来寛はそのまま横薙ぎに殴りつけた。脇腹からまともに痛打を喰らったオカラシサマは吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。
「うえっ、あああぁぁ」
かなり効いたようで、狐娘は腹を押さえてうずくまり、ぼたぼたと血を吐いていた。どうもこの妖怪は生き物を枯らす力に寄りかかっていただけで、戦うことに関しては全くのど素人らしい。
来寛は錫杖で肩を叩きながら、うずくまるオカラシサマに近づいた。
「ち、近づく……なっ」
威嚇するように彼女は左手を向けてくる。御仏の加護のおかげで枯らされる心配はないが、攻撃をわざわざ受けてやる趣味もない。伸ばしてきた腕を足で押さえ、そのまま踏み折った。
「っあああ!」
「悪く思うなよ」
悶絶するオカラシサマの脳天に狙いを定め、杖を振り上げる。すると狐娘は泣きながら頭を地面にこすりつけた。
「ごめんなさい! どうしてもご飯が食べたくて……それで人を襲ってたんです。どうか命だけは!」
「顔を上げて見せてみろ」
オカラシサマの顔には深い恐怖が刻まれていた。ぼろぼろと涙をこぼし、来寛を見上げている。騙し討ちのための噓泣きではなく、本当に追い詰められた末の命乞いのようだ。
「……どうせ、拙僧がいなくなったらまたお前はまた旅人を襲うであろう。ここで殺しておこう」
「殺さないでください。お願いです。何でもしますから」
狐娘は目をつむり、必死に頼み込んできた。恐ろしい力をもっているとはいえ、見た目は可憐な少女である。妖怪退治に慣れている来寛も、そのまま一息に殺すのをためらった。
「今、何でもすると言ったな」
「はい」
オカラシサマはびくびくしながら来寛の顔色を窺っていた。もはや抵抗する意志もないようだ。
「お前の力は、枯らすだけなのか?」
もし枯らすだけなら、人の役には立たないので殺すしかない。しかしそれ以外の力をこの娘が持っていれば、生かす価値はあるかもしれない。
狐娘は、来寛の値踏みするような視線に怯えながら答えた。
「俺の力はそもそも、生き物を育てるためのものです。枯らしてるのは……育たせすぎた結果というか」
「つまりお前は田畑を豊作にすることもできるのか?」
「できる、と思います」
それを聞いた来寛は、この娘は使える、と思った。少なくとも彼女を祀ればふもとの村の人間は飢えに苦しまずに済むだろう。
「……分かった。罪を償ってもらおう。ふもとに拙僧を泊めてくれた村がある。そこに行ってお前の力を人々の役に立てろ。嫌だと言うならここで死んでもらうが」
オカラシサマの顔がぱっと明るくなった。
「やります! それで命を助けてもらえるのなら……喜んで!」
こうして退治されたバケモノ──オカラシサマは、来寛に連れられ山を下りた。